高貴な冒険者の日々(後)
より良い潜伏環境を求めるという当初の目的と当人の要望を満たすため、ヴィアンは夜明けの森の奥へ向かう議論を活発にさせた。主に相手はルパートなのだが、ユウとトリスタンも度々意見を求められる。
最初、議論は平行線をたどっていた。現状で当面の安全を得られていたルパートが自説を曲げなかったからだ。ところが、それまで中立の立場を維持していたトリスタンが意見を述べたことで風向きが変わる。
解体場の買取カウンターで換金を終えた後、4人は酒場へと向かっていた。このときの議論でトリスタンが提案する。
「安全か危険かという話が延々と続いているが、そもそもユウ抜きでどのくらいの頻度で魔物に襲われるのかわからないままだと、いつまでも話に決着がつかないだろう」
「では、1度ユウ抜きで森の中に入るのか?」
「そうだ。まずは今までとまったく同じ、三の刻から五の刻までで活動して、ユウがいるいないの差をはっきりとさせよう。それから改めて話し合えばいいんじゃないか?」
「活動範囲は今までとまったく同じで、ユウがいない場合か。それならまだ」
条件を聞いたルパートの声が急に弱くなった。ユウが同行しないで森に入ったことがないのは確かだ。実際にどうなのか知っておくことは悪くない。
これにはヴィアンも積極的に賛成した。前のめりになってしゃべる。
「良い考えだな! 私は賛成だ。森の奥へ行く行かないは別にして、普通の状態がどのようなものかを知っておくことは大切だろう」
「そう言われると弱いですな。では、明日の活動はユウ抜きでやるということで?」
「そうしよう。悪いがユウ、明日は1日留守番をしていてくれないか?」
「留守番と言われてもどこに、ってああ、拠点がありましたね。そっちにいます」
明日の予定を伝えられたユウは自分の居場所を明示した。その声には張りがない。違うとはわかっていても何となく疎外感を感じてしまったからだ。
そんなユウに対してトリスタンが声をかけてくる。
「ユウ、明日どうやって合流する?」
「みんなが帰ってきたら手紙が来ているか確認しに拠点にも来るでしょ。そのときに部屋へ来るんだからすれ違いはないと思うよ」
「それもそうだな」
悩む必要がないと理解したトリスタンがうなずいた。他の2人からも反対意見は出てこない。
こうして4人は新たな活動方法に移ることになった。
翌朝、三の刻過ぎにとある宿を出たユウたち4人は宿屋街の路地で別れた。ユウが他の3人を見送り、1人残る。今日は雨が降っていないので幸いだ。
路地に立っていても仕方ないのでユウは歩く。目的地の宿屋『乙女の微睡み亭』だ。昼に他の3人と合流するまではここにいないといけない。
そう遠くない場所だったので時間をかけずにたどり着き、ユウは宿屋の中へと入る。受付カウンターの奥にはジェナが座っていた。その前に立つと老婆に声をかける。
「ジェナ、部屋の鍵をください」
「ユウじゃないか。こんな時間に珍しいね。新人とあっちこっちの宿に泊まってるんじゃないのかい?」
「今朝そこを出てきたんですよ。他の3人は夜明けの森へと行きました」
「それでユウだけこっちに来たのかい? 変な話もあったもんだねぇ」
「僕もそう思いますが、これも仕事なんで」
「仕事なら仕方ないねぇ」
ある程度しゃべるとジェナが受付カウンターの上の部屋の鍵を置いた。それを受け取ったユウは活動に不要な荷物を置いてある部屋へと久しぶりに入る。木窓を開けると室内が明るくなった。中の様子は以前と変わりない。
やることはというと今のところ特になかった。情報収集しようにも追っ手の手がかりひとつ教えてもらっていないので調べようがないのだ。
そのため、ここで何をするのかということは最初から決めていた。自伝の執筆である。まさかこんな形で再開するとはユウも思わなかった。
羊皮紙を机の上に置いたユウはペンを走らせる。胸の内には3人の安全や自分の存在意義など不安がある程度の大きさになっているが、それをそのままに書いていった。
部屋に入って2回目の鐘の音をユウは耳にする。五の刻の鐘だ。そうなると今日はもうそろそろ帰って来る頃である。時間が過ぎるのは意外に早かった。
尚も待っていると外の廊下から足音が聞こえてくる。部屋の前でそれが途切れると扉が開いた。トリスタンが入ってくる。
「いるな。お、やっぱり書いていたんだ」
「他にやることもなかったしね。きりの良いところまで書かせて。もう終わるから」
「いいぞ」
了解を得たユウは更にペンを動かした。しばらくするとそのペンを机に置く。そうして立ち上がって背伸びをした。その背中へとトリスタンから声をかけられる。
「それじゃ行こうぜ。城外支所で合流だ」
「ヴィアンとルパートは換金している最中なんだよね」
「ああ、元々読み書き算術ができるから任せても安心だな」
話をしながら2人は宿を出た。そのまままっすぐ冒険者ギルド城外支所へ向かう。目指すはその北側の壁沿いだ。一旦貧者の道へと出てから西に向かって歩く。
相棒の先導でユウが城外支所の北側に行くと、ちょうど向こう側からヴィアンとルパートがやって来るところだった。トリスタンとヴィアンが互いに片手を上げる。
「換金は終わったみたいだな」
「ああ。大した量ではなかったからな。手紙はあったか?」
「今日はなし。ユウが拠点にいたくらいだよ。それじゃ酒場に行こうか」
賛意を示したヴィアンにうなずくとトリスタンが先頭に立って歩き始めた。他の3人がそれに続く。
それまで黙ってヴィアンとルパートを眺めていたユウはいつもと少し違うことに気付いた。ヴィアンは非常に機嫌が良く、ルパートは安心しているかのようだ。
気になったユウはまずはトリスタンに話しかける。
「トリスタン、今日の活動はどうだったの?」
「魔物がほとんど現われなくて驚いた。結構探してやっと見つけたってくらいだったぞ」
「うん、まぁ、普通はあの辺りだったらそのくらいだよね。だからみんな奥に行くんだし」
「実は俺もユウがいない状態は初めてだったから、今までとの違いを今日やっと実感できたんだ。今日の成果なんて、1人銅貨1枚ないんだぞ?」
驚きの表情を向けてくるトリスタンにユウはうなずいた。森の浅い場所で鐘2回分も入らなければそんなものかなと暗算する。それが普通なのだ。
この状態に驚いているのはトリスタンだけではない。ヴィアンとルパートも同様だ。相棒との話が途切れるとヴィアンから話しかけられる。
「前からユウが魔物を引き寄せる体質だとは聞いていたが、今日その本当の意味がわかった。今日の状態が正常だというのなら、確かにユウの体質は異常だな。ユウがいないと楽になるはずだと主張はしていたが、まさかここまでとは思わなかった」
「私も同意見です。今日はユウ抜きで活動してみて本当に良かったと思っています。昨日まではユウにあまり危機感がないと思っていましたが、今日の結果を知ると考えを改めざるを得ないですね」
「ルパート、ということは、私の意見に賛成するということで良いのか?」
「昨日まであれだけ反対していたので正直言いづらいですが」
「はは、そうか!」
「ただ、ヴィアン様もおっしゃっていた通り、少しずつ慣らすように奥へと進む必要があります。魔物の危険性自体がなくなったわけではないので」
「そうだな。そこはもちろんだとも」
喜ぶヴィアンに複雑な表情を顔に浮かべたルパートが賛意を示した。これで夜明けの森の奥へ行くことが決まる。
「そうなると、僕は当面、というかずっと拠点で留守番になるの?」
「言いにくいがそうなるな。支援要員として貧民街で活動してくれたら嬉しい」
それまで無邪気に喜んでいたヴィアンが言いにくそうにユウへと返答した。必要ではあるが持て余す要員になったわけだ。そのことへの後ろめたさがヴィアンの言動に表れていた。
3人の話を聞いていたトリスタンがしみじみとユウに話しかける。
「それにしても、ユウのその体質、体質というよりは呪いに思えてきたな」
「夜明けの森だけで魔物がやたらと襲ってくる呪い? でも、どこでそんな呪いを受けたのかさっぱりわからないよ」
「そうなんだよなぁ。日銭を稼ぐ分には楽でいいのは証明できたんだが」
「全然嬉しくない」
慰めになっていないトリスタンの慰めにユウは口を尖らせた。最も活躍できそうな舞台に上がれないので非常にもどかしい思いをする。
貧者の道を歩いていた4人は安酒場街の路地へと移った。今日はどの酒場に入るかを話し合う。できるだけ旨い店を探し出そうと周囲を見ることに余念がない。
話し合った末にとある酒場へと4人は入った。その結果はもう少しすればはっきりするだろう。




