高貴な冒険者の日々(中)
夜明けの森に日帰りで魔物狩りをしていたユウたちは、ある日ヴィアンから更に奥へ進みたいという要望を突き付けられた。話を聞いていると言葉の端々から森での活動に熱意を持つようになったことがわかる。
もちろんこれに対してルパートが反対した。冒険者の活動はあくまでも潜伏するための隠れ蓑なので必要以上の危険を抱えるわけにはいかないからだ。魔物を引き寄せる体質であるユウにも同意を求める。
ところが、ヴィアンはユウ抜きなら森の奥へ行けるのではないかと疑問を呈した。ある程度戦えるようになった3人ならば、魔物の襲撃頻度が下がれば対処できると主張したのである。
ヴィアンの主張は間違っているわけではない。それは他の3人も認めるところだ。しかし、ルパートからすると本来の目的のために安定した方法を捨てるなど論外であるし、雇われた目的が喪失しかねないユウも簡単に同意できなかった。
結局、森の中で話をしていたので魔物の襲撃と共にこの話は中断となる。ただ、この要望は以後も燻った。
要望が出てきて数日、一旦は収まったかに見えた例の話は再発する。それは些細なことがきっかけだった。
4人は森の中で昼食を取るときは森の端まで戻り、見張りを1人立てて食事をしている。最近ではヴィアンとルパートもその見張りをこなすようになった。さすがに1週間以上も繰り返していると新人2人も慣れたものだ。
この日は最初にユウが見張りに立ち、その間に他の3人が昼食を進めていた。話題が何となく途切れて少しの間全員が無言なると、ヴィアンが草原を見ながらため息をつく。
「この雨、いつまで続くのだ」
「森に入るまでは降っていませんでしたが、いつの間にか降っていたのですな」
「入ってすぐ、大きな水滴がやたらと落ちてきたから、あの少し前から降ったんだろうな」
釣られて草原へと顔を向けたルパートとトリスタンが話題に乗った。どちらも鬱陶しいと思っている点は同じだ。
囓った干し肉を飲み込んだヴィアンがトリスタンへと尋ねる。
「しかも最近は少しずつ蒸し暑くなってきたからな。夏が来るのはいつ頃なんだ?」
「確か7月だったはず。ユウ、そうだよな?」
「合っているよ。多少前後するけれど、降臨祭の頃までには終わるよ」
「降臨祭? ここにもあるんだな」
「もちろん。来月の7日だから後10日くらいかな」
「最大で10日か。長いような短いような、微妙な感じだな」
何とも言いがたい表情を浮かべたヴィアンは黒パンを囓った。湿気のせいで表面が少し柔らかくなってきている。
少し途切れがちになりながらも3人は雑談しながら食事をしていた。森の中からは大きな水滴が落ちる音が不規則に、草原からは雨が降る音が規則的に聞こえてくる。
そんな中、ユウは森の奥から人がやって来る気配を感じた。4人組の冒険者パーティだ。楽しげに話をしながらたまに麻袋を手で叩いているのが見える。ユウの知らない冒険者たちだった。大きな成果を得ているパーティなので不測の事態が起きる心配も必要ない。
近づいて来る4人組パーティの方もユウたちに気付いたようで、1人が顔を向けると残りも次々と目を向けてきた。しかし、すぐに興味をなくしたようで再び仲間内での雑談に戻る。少し離れた場所を通り過ぎたその4人組パーティは森の端から草原へと出た。雨の強さに辟易とした様子だが、それも一瞬ですぐに笑いへと転じている。
次第に遠ざかってゆく4人組パーティを見ていたヴィアンがトリスタンへと顔を向けた。そして、口の中の物を飲み込んでから問いかける。
「あの4人は、随分と早く帰るんだな」
「何日も森の奥で活動していたんだろう。膨れ上がった麻袋をいくつも持っていたからな」
「あれだけ麻袋に入れているとなると、相当魔物を狩ったんだろうな。すごいことだ」
「慣れたパーティだと思うぞ」
「私も行ってみたいな」
話し相手のトリスタンがわずかに困ったという表情を浮かべた。ルパートはまたかという顔になっている。しかし、仕事である以上は現状を意味もなく崩すわけにはいかない。
またもや黙って食事を進めるヴィアンはしばらくそのままだったが、ふと食べるのを止めてルパートへと顔を向けた。何かに気付いたという様子の顔で口を開く。
「ルパート、前に森の奥へ行く話をしたときに、冒険者の活動は隠れ蓑だから本来の目的を逸脱するようなことをしてはいけないと言っていたよな?」
「その通りです」
「ということは、本来の目的に沿っていれば森の奥へ行っても良い、むしろ行かなければならないということになるのではないか?」
「行かなければならない、ですか?」
「そうだ。本来の目的というのは身を隠すことだろう? 町の中では色々と工夫をして見つからないように行動しているが、森の中に何日も入っていればもっと楽に隠れられるのではないのか?」
「潜伏という点だけを考えればその通りですが、魔物に襲われる危険はどのようにお考えなのです?」
「魔物の強さと襲撃される頻度によっては、町の中で暗殺者に襲われるよりも安全だと思うのだ。トリスタン、仮にユウ抜きで森の奥へと入ったとして、どの辺りまで進めそうかわかるか?」
「さすがにぱっとは答えられないな。ユウ、答えられるか?」
背中で3人の会話を聞いていたユウは相棒から尋ねられて考えた。あの3人ならどこまで行けるだろうか。
「昼間だけ考えたら一般的な冒険者パーティと同じくらい奥まで進めると思う。ただ、前にトリスタンが指摘したように夜の見張り番、これをどうするかだよね」
「だよなぁ」
「では、実際に試してはどうだろうか」
「ヴィアン様、またそのような」
「待て、何もいきなり何日も奥へと入るわけではない。少しずつ試しながら奥へと進めば良いではないか」
ルパートを押さえて語ったヴィアンの提案は堅実な方法だった。最初は日帰りで夜明けの森の奥へと向かい、問題がなければ次にその辺りで一泊し、まだ行けると判明すれば次は一泊前提で更に森の奥へと向かうというやり方である。こうして3人の限界がどこかを見極めて数時間森の中で活動できるようにするのだ。
これと言っておかしな案ではない。新人冒険者だけのパーティで堅実に活動しているところなら実際にやっている方法である。それだけに、ユウもトリスタンも反対しにくい。
後はルパートだが、ヴィアンが更に語る。
「こうして少しずつ森の奥へと進んで安全を確認しながらであれば、無闇に危険になることはないだろう。後はもうひとつ、暗殺者に襲われる危険性も天秤にかけながら判断すれば良い」
「それは、まぁ。しかし、この森のことをよく知っているユウを外すのは危険です」
「ユウ、トリスタンでは案内役は務まらないのか?」
「別の森に入って活動したときに、森の入り方は教えたよ。夜明けの森固有の問題については不充分だけれど、町から3日か4日くらいなら特性は大きく変わらないからいけると思う。北の丘陵を除けば」
ユウの返答を聞いたヴィアンは困惑の表情を浮かべた。ルパートも同様である。どちらにとっても何とも言えない回答だったからだ。
こうなると当人にも話を聞く必要がある。
「トリスタン、君自身はどう思う?」
「えぇ? ユウの話だと3日か4日の辺りまでならいけるってことだろう。ユウ、本当に俺でいけるのか?」
「東端地方で森の中に入ったときのことを思い出したら良いよ。あのときに話をしたことは、大体夜明けの森で身に付けたことだから」
「それならいけるか」
「後は活動範囲を守ることくらいかな。他の冒険者をよく見かけるような場所がお勧めだよ。そう言う場所は安全っていうことだから」
話を聞いたトリスタンの表情から不安がほとんど消えた。ヴィアンの表情も明るくなる。反対にルパートの顔には不満が浮かび上がった。ユウへとその矛先を向ける。
「貴様、本当に大丈夫なんだろうな?」
「絶対の保証はできないけれど、それは今も同じだよ。それと、前から聞きたかったんだけれど、追っ手、暗殺者、なんでもいいけれど、それの危険性ってどのくらいのものなの?」
「もちろんかなり危険なものだ。貧民街に潜伏する程度にはな」
「この森の魔物に襲われる危険と比べると、どちらが危ないの?」
改めて問われたルパートは黙った。あまりにも暗殺の危険性を強調すると、森の奥へ向かうことで安全を確保するというヴィアンの意見を支持することになってしまう。
結局のところ、正確な危険性など誰にもわからないのだ。だからこそルパートは危険そのものを取り除こうとするし、ヴィアンは暗殺者の危険性をより重視し、ユウは判断材料を示すことくらいしかできない。
全員が黙ると、雨音だけが森の中に響いた。




