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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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町の中から出た後

 ユウが町の中に入ってトリスタンを捜し出してから数日が過ぎた。あれからは何事もなく平穏な日々が続いている。休暇の内容もいつも通りに戻った。


 それと同時に雨が降り始める。夏に向けての蒸す日々が始まったのだ。ここ数日、小雨が降ったり止んだりしている。


 普段は自伝を執筆しているユウにはあまり関係ない、と言いたいところだが、昼食と夕食は酒場へと出かけているので微妙に鬱陶しい。更に水浴びと洗濯ができないのも嫌な点だ。正確には水浴びと洗濯自体はできるのだが、特に洗った後の衣類が乾かないからである。


 そんなある日、ユウはトリスタンと共に貧民の街道を歩いていた。時刻は六の刻を大きく過ぎ、七の刻に近い。それでも今の時期だとやっと夕方になったというくらいだ。


 雨に濡れて体が湿ってきたユウが空を見上げる。


「雨を防げる道具があったら良いんだけれどなぁ」


「外套を上から被るくらいがせいぜいだな」


「でも、ずぶ濡れになった外套って乾きにくいじゃない。厚手だから」


「そう言われてもな。俺じゃどうしようもないぞ」


「都合良く畑の上にだけ降ってくれないかな」


「そんな魔法があったらすごいよな。ああでも、だったら町の上だけでっかい屋根で覆えばいいんじゃないか?」


「1年中日陰になるよ? 夏は良いけれど、冬は日差しがほしいよね」


「駄目だな。俺たちの要求を満たすものはできなさそうだ」


 迷惑そうな表情を浮かべたトリスタンも雨空を見上げながら嘆息した。雨の日は濡れてから屋内に入ると長時間湿気で不快だからだ。


 そんな相棒に顔を向けたユウが問いかける。


「トリスタンって後どのくらいあのベティって娼婦のところに通うの?」


「そう何回もないぞ。何しろ町への入場料も報酬の一部としてもらっているからな」


「どういうこと?」


「例えば、ベティを一晩買うのに銀貨1枚かかるんだが、1回買うとジョッシュからの報酬を銀貨10枚から9枚にする。このとき、入場料の銀貨1枚をジョッシュからもらっているから更に1枚差し引いて8枚にするんだ」


「結局入場料の分は普通に報酬としてもらっているっていうことじゃない?」


「まぁそうとも言う」


「そのお金がそのまま入場料になるんだ。なんだかすごい損をしている気がする」


「町の中に行くときは賭場にも通っているからいいんだよ。それにな、あのジョッシュ、できるだけ妹を代金の代わりにしようとしているから、あいつから現金を受け取る名目が必要なんだよ」


 話をしながらユウは数日前のことを思い出した。ジョッシュがトリスタンに小声で勧めていたことだ。トリスタンも嫌そうにしていたのでどうにかしたかったのだろうと推測する。


「ところで、そのジョッシュなんだけれど、結局商品の代金って回収できたの?」


「できるわけないだろう。むしろ勝手に家屋に上がり込んできた不審者扱いだったぞ」


「話にならないどころじゃなかったんだ」


「その通りだ。あいつ、よくあれで今まで官憲に捕まらなかったもんだと逆に感心した」


「強引な人だったもんね」


「行商人としてはあの性格でもいいのかもしれないが、いややっぱり駄目だな。なんだかハンフリーがかわいそうに思えてきた」


「ジョッシュは今どうしているの?」


「再起のために奮闘中らしい。そのなけなしの金を俺が入場料としてもらっているから、なかなか難しいみたいだけれどな」


「それは大変そうだなぁ。思いっきり愚痴ってそう」


「毎回言われるぞ。この前なんて、1週間くらい毎日ベティを買ったらどうなんだって言われた」


「それはひどい」


 その場面を想像したユウは顔をしかめた。妹のベティはまだ兄のことを心配していることが窺えたが、兄のジョッシュは妹を都合良く使っているだけではと思えてくる。ベティの図々しさは苦手というだけだったが、ジョッシュのことは嫌いになってきた。


 自分が助けた相手のことを考えていたユウに対してトリスタンが更にしゃべる。


「そうだ、モートンっていう商売人に追い返されたときに何人か雇われている傭兵がいたんだが、そのなかにエルヴィスがいたぞ」


「え、あのときにいた人?」


「そう、あの部屋にいた奴だ。元はモートンに雇われていたみたいだな」


「帰り際に1日だけ雇われたってハンフリーに言っていたっけ」


「知り合いに小遣い稼ぎを頼む感じだったんだろうな。それで、今は元の雇い主のところで働いていると」


「あの人はあんまり関わっていなさそうだったもんね」


 ハンフリー側のトリスタンの立ち位置だった人物だ。決定的瞬間の証言者でもなかったので関係者ではあっても重要人物ではなかった。本人も最初からハンフリーには金で雇われていたという態度だったので元通りに収まったというだけなのだろう。


「トリスタン、そういえば、そのモートンの手下が今回色々と問題を起こしたけれど、モートン自身には何か影響あったのかな?」


「噂でいいのなら一応知っているぞ」


「それで良いよ。やっぱり影響があったんだ」


「ハンフリーが最後に、モートンは商人ギルドの会員の空き席を狙っているって言っていただろう」


「そんな話もあったね」


「どうもそれがうまくいっていないらしい。金が足りなくて息切れしてたんじゃないのかっていう話だ」


「手下にあれだけ強引に献金をさせておいて足りないの?」


「飛び交う金の額が俺たちの想像とは全然違うみたいだな。最近は新しい会員の名前も出てくるようになったから、空いている席の数も減ってきているし、ますます苦しくなるだろう」


「商人ギルドの会員って何が良いんだろうね?」


「さぁ? でっかい利権にありつけるくらいしかわからんな」


 小雨に打たれながらトリスタンは肩をすくめて首を横に振った。底辺で生きていると雲の上のことなど何もわからない。想像出来ることなど、椅子の座り心地は恐ろしく良いだろうが周りの環境が最悪ということくらいだ。


 2人は貧者の道から安酒場街の路地へと入る。七の刻に近い時間だと人通りも落ち着いてきていた。どちらもすっかり濡れ鼠である。


 頭から流れる雨水を拭うこともなく、トリスタンが思い出したかのようにユウへの疑問を口にする。


「確かユウは俺が投獄されているときに貧民街で知り合いを助けたんだったよな。その犯人たちはどうなったんだ?」


「今日のお昼に代行役人に話を聞いたんだけれどね」


「お前、昼時に城外支所に行っていたのか?」


「いつもの酒場だよ。そこで代行役人もたまたま昼ご飯を食べていたから隣に座ったんだ」


「普通は避けるのによくやるなぁ」


「もう慣れたよ。それで、その代行役人から話を聞いたんだ」


 苦笑いしたユウが一旦口を閉じた。それから話を続ける。


「トニーを拉致して監禁したチンピラたちがいたでしょ。あの人たち、実はそれ以前にも町の中の人を殺していたみたいなんだ」


「え!? 貧民街のチンピラが? どうやって?」


「その殺された人っていうのは町の中で詐欺を働いて危なくなったから町の外に出てきたらしいんだけれど、リンジーとドルフと名乗っていたラッセルはそいつを追いかけていたらしいんだ。それで、スティーブたちを雇ってその詐欺師を見つけ出し、持っていたお金を奪おうとした。でも、既にお金は持っていなかったから殺したんだって」


「町民を殺したのか。詐欺師とはいえ、それは」


「そうなんだ。だから、スティーブたちチンピラは処刑されることに決まったそうだよ」


「だろうな。他の2人はどうなんだ?」


「2人とも詐欺師にお金を騙し取られた被害者という面は考慮されたそうで、リンジーは貧民街に追放になるらしい」


「もう1人のラッセルは?」


「詐欺師の殺害と拉致監禁を主導したということで、財産を没収された上で町を追放になるはずだって」


「そういう風になるのかぁ」


 相棒に説明している間、ユウは代行役人と話をしていたときのことを思い出していた。今回の捕縛者の処断で町民である詐欺師をどうしたのかということが罰の判断主題で、貧民街の行商人に関してはどれだけ考慮されたのかが怪しい。ラッセルの判決には一応考慮の跡は見られるが、それは罪が足りないので上乗せしたという扱いに感じられた。


 それでも刑は執行されるのだ。一介の冒険者としてはそれで良しとするしかない。


 いつもの安酒場が見えてきたとき、トリスタンが声を上げる。


「うへぇ、すっかりずぶ濡れだなぁ」


「絞ったら結構水が出てきそうだよね」


「今日の客はみんなこんなもんだろうな」


「店内が湿っていそう」


 周囲を見たユウは通行人の誰もが自分たちと似たようなものであることに気付いた。ならば、このまま酒場に入っても怒られないだろう。


 衣服がたっぷりと吸い込んだ雨水をそのままに2人は馴染みの安酒場に入った。

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