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その話、本当ですか??   作者: ホワイトデビル
1/4

第一話 魔人

序章

 


 起源が定かではない遥か遠い昔。


魔界と人間界との間に次元の隔たりがなく、共生していた時代があった。


 人間たちは自分たちが生きていく上で非常に都合が良い場所に集落を作り、

そして、それが大きくなるとやがて国が興り、同時に文明も発展していった。


 だが、魔人はそれとは逆に人間が住むには都合の悪い場所、磁場の安定しな

い、絶えず地の底より湧き出る放射性物質やガスなどが充満する山の奥深くに

住処を作った。


 そこは石や岩だらけの、植物が育たないようなゴツゴツとしたところであっ

たが、人間とは違い特殊な能力をもつ魔人にとってはこの上なく居心地の良い

場所であった。


 そんなところに住んでいるものだから、魔人は人間よりも成長が遅く、寿命

が長い。


 人間は一年で一歳年を取るが、魔人は人間でいうところの二十年で一歳年を

取るため、人間とは違い成長に時間が掛かり、また繁殖にも時間が掛かる。


 そのためか魔人の人口は増えず、常に一家族しかいない。


 そんな魔人の主な能力は、自然界のありとあらゆるエネルギ-を自らの力に

変換し自在に操ることである。


 ここまで聞くと、魔人は他の生物を支配することがありそうだが、長い時間

をかけて成長するという特性上、性格はとても穏やかでのんびりしているため

そのようなことはない。


 しかし、人間たちは魔人がそのような性質であることをを詳しくは知らな

い。


 魔人が山の奥深くに住んでいることは知っているが、彼らに出会った者はほ

とんどいない。


一家族しかいないので、まあそういうことだ。


 過去に魔人のもとへ訪ねて行った人間もいたが、訪ねて行った者の中で生き

て帰って来た者は過去に1人だけである。


 その者はある王国の王で人生の最後の日にこう書き記して死んだ。


「わが魂は永遠に魔人のもとに留まる」

 

 この王の言葉の捉え方は人それぞれだったが、多数派の意見では”命からが

ら逃げだすことに成功した国王だったが、逃げる際に呪いをかけられたため死

んでも尚魔人にその魂は囚われているに違いない”という解釈に止まった。


 なぜならこの国王は帰ってきたものの、精神疾患を患っていて自室から一歩

も外へ出ることはなく病気でその生涯を終えたからだ。


 そのような状態だったので国政は王妃が代理で行った。


 国王の死後、王妃は魔人討伐の部隊を山奥へ派遣したが失敗し全滅、生き残

った者は一人もいなかった。


 このことは噂となって広がりかなり遠くの国にまで伝わった。


 その後も、山の麓の別の国ではたびたび自然災害が巻き起こり、多くの死傷

者を出すなどの被害が続出した。


 その嵐の中に魔人を見たという者が現れ、人間たちは魔人を恐れるようにな

った。


 だがしかし、この事実を恐れてばかりもいられない、人的被害の大きさを考

えればこのまま放置しておくことはできない。各国は軍隊の中から特に戦闘能

力に優れた人間を募り、魔人討伐を図った。


しかし、それも悉く失敗した。


 国が諦めかけていたころ、民間から有志の者が立ち上がり魔人討伐の狼煙を

上げた。


 魔人ハンターの誕生である。


 彼らは決して群れることはなく単独で行動した。というのも、各国、税金を

しっかりととる割には民間人に厳しく、費用のほとんどはハンタ-達の自費で

あるため、お互いに費用の面で迷惑をかけないように行動をしていたからであ

る。



第一章 魔人ハンター★アデル


 うっそうとした森の中を完全武装で進む若者がいた。


 彼女の名前はアデル。山のふもとにある水資源豊富な国、水宮王国の魔人ハンターである。


 アデルが魔人ハンタ-に志願したきっかけは、およそ一年前まで遡る。


 その日、アデルは彼女が開発した低運動水力発電機の動力装置の試運転を、湖へと流れる小川でする予定でいた。


 その装置は、川上から川下にかけての水の流れが緩やかなところにおいても、5つの装置を連結させることでモーターの回転数を上げ、発電の効率が上がるように細かく設計されていた。


 アデルが5つの装置を設置し終えたちょうどその時、突如、魔人が原因と思われる嵐が湖の上で発生した。


 空からは激しい轟音と共に大きな青い稲妻が小川へと繋がっている湖の河口付近に落ちた。


すると水を介して高圧の電気エネルギーが小川へと流れ込み、彼女の開発した装置を数珠つなぎに破壊、その爆発で発生した炎が爆風となって、そこに至るまでの設計図と資料の数々を、丸焼きにしたのであった。


 サラっサラな彼女の亜麻色の頭髪とともに。


 アデルはその時のことを、衝撃を、決して忘れることはないだろう。


 ”一瞬で全て燃えた・・・青春も恋愛もしないままこの年になるまで一人でずっと頑張ってきたのに・・・一からやり直すとしたら、いったい何年かかるのだろうか。この装置が完成してお金が入ったら、お見合い水上バスツア-に申し込んで、素敵な人と出会うはずだったのに・・・”


 そしてその衝撃は刹那に怒りへと変換した。


 「この雷、、、決して許さん!!」


 そして、眠れないまま次の日の朝を迎えた。


 失意のどん底にありながら、落雷の原因が魔人であることを無線ニュースで知ると同時に部屋のチャイムが鳴った。


 アデルは悲しみに打ちひしがれながらドアを開けると、郵便配達のおじさんが、「これ、ポストに入らなかったんで、直接手渡ししますね!」と言って、


分厚い封筒を渡してきた。


 封筒を開封すると、その中から研究のための借金の明細書兼請求書がゴッソリと出てきた。


 一瞬顔は青ざめたが、言うまでもなく悲しい気持ちはぶっ飛んで、体は怒りで震えた。


 そうして、アデルは魔人ハンタ-になることを固く決意したのである。



 それから約一年、アデルは、昼間はガテン系の高時給体力勝負のアルバイトと、夕方からは家庭教師のアルバイトの二つを掛け持ちして借金を全て返し、魔人ハンタ-として活動する費用も貯めた。


 魔人ハンターになるには国の認定講習を受けてその後の試験に合格しなければならない。活動費用ができたところでアデルは役場へ行き、認定講習の申し込みをした。


 認定されるための手続きに費用はかからない。


 役場の職員さん(男性)「今日申し込まれますと認定講習を受けていただくことができるのは最短で2週間後になりますね、こちらの申請書ですが、お名前、生年月日とご住所のほうがお間違いなければこのまま予約お取りしますけど、どうなさいますか?」


 アデル「お願いします。」


 役場の職員さん(男性)「承知いたしました。では2週間後の午前9時からの講習になります。当日の持ち物は予約受付控え裏面の添付資料に書いてありますのでそちらをご覧ください。認定講習会場はお隣の建物、労働協同組合職業安定監督署の2階の小会議室になります。」


 アデル「わかりました。」


 役場の職員さん(男性)「他に何かご不明な点等、ございますか?」


 アデル「いいえ、大丈夫です。」


 アデルは添付資料付きの控えをもらうといったん帰宅した。


 そしてアルバイトに出かけた。


 2週間後、アデルは役場の職員さん(男性)の案内の通り労働協同組合職業安定監督署の2階小会議室を訪れた。


 小会議室には既に二人来ていた。


 一人はがっちり系の金色短髪の二十代半ばくらいの男性で真ん中の一番後ろの席に座っていた。


 もう一人は大人しそうな痩せた女性で、腰の少し上くらいの長さのストレートの黒髪で、年齢は不詳、窓側の一番前に座っていた。


 アデルが「おはようございます。」と声をかけると女性のほうが小さく「おはようございます。」と返してくれた。


 アデルは適当な距離を二人からとって、通路側の真ん中の席に座った。


 9時ちょうどに黒髪サラリーマンカット(格安床屋で切った感じ)の眼鏡をかけた三十代くらいの男性が小会議室に入ってきた。


「皆さん、おはようございます、本日の認定講習を担当させていただきます、ナカータと申します。最初に軽くハンター認定までの流れをご説明させていただきます。

 三年前までは実技試験なども執り行っておりましたが、昨今、応募される方の人数が減ったことや、もろもろの事情で今は学科講習のみで行い、この学科講習終了後の試験に合格されると皆さんは魔人ハンターとして認定されます。

 学科講習は一日のみとなっており、本日の講習の最後に認定試験を行います

ので皆さんきちんと覚えてくださいね。

 講習は10時ちょうどに始める予定となっております。このあと講習開始までお時間が少し余りますので各自お手洗い等はその時にお済ませください。

 お手洗いはこの小会議室を出ていただいて右奥と左奥、どちらにもございますのでお好きなほうをお使いください。

 また、お昼休憩ですが、講習の午前の部が終了したときに私のほうからお声かけさせていただきます。なお、講習後の試験の結果につきましては翌週の第二営業日までに、合格していたら認定証と一緒にご自宅のほうへ郵送させていただきます。

 あと、補足となりますが重要な事、魔人ハンター試験に合格した場合、そのお立場は国が認定する有志のボランティア団体としての位置づけになります。

 特に国からお金が出るということはありませんが、ハンターの認定を受けたものがハンターとしての活動を行っている間は税金の優遇措置を受けていただくことができます。いわゆる免税になります。

 ハンター活動を行っている間は皆さんは通常のお仕事はなさらないと思いますのでいったん失業中のお手続きが必要になります。

 この後、申請のための用紙をお配りいたします。ハンターをやめて再就職に向けての活動に切り替えられるときは、またこちらに来ていただいて申請をしていただくことになりますので、ぜひお忘れにならないよう、よろしくお願い致します。」


 その時小会議室のドアを誰かがたたいた。


 ナカータさんが会議室の扉を開けると背の低い若めの女性が書類を持って立っていた。


 ナカータさんは「皆さん、ちょっと失礼します。」と言ってそのまま通路に出た。



 若めの女性「ナカータさん、室長がこれも書いてもらってと」


 ナカータさん「え?何これ?」


 通路側にいるアデルには二人のひそひそ話がよく聞こえてきた。


 若めの女性「免税と減免の申請書ですよ。」

 

 ナカータさん「ええ??それって役場の仕事じゃない?何?連中、またうちに振ってきたんの?」


 若めの女性「やつら、調子に乗りすぎですよね。」


 ナカータさん「そうだよ、こっちだって人減らされていっぱいいっぱいなのに。役場のほうがいっぱい人いるじゃん~・・・なんで、マジかよ~。」


 若めの女性「向こうの言い分では失業の申請書と一緒に免税の申請書が書ければ、お客さんに後で役場に足を運ばせる必要がなくなるとか、二度手間にならないからお客さんの負担が少なくて済むとかってお客さんを盾にとって所長に変な圧力かけてきたそうですよ。サービス向上と円滑な業務連携とか言って。昨日、国税課の課長と補佐役が来たらしいです。。。」


 ナカータさん「くっそ、マジですか~。そもそもこの講習だってもともとは役場の仕事じゃんか。。うちで職業訓練やってるからって無理やりこじつけてきてさ、今度は書類も書き起こせと?。」


 若めの女性「そういうことです。」


 アデルは聞いてて何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。通路側に座ったのは失敗だったかもしれない。


 ナカータさん「おっと、そろそろ戻らないと。」


 そうして、ナカータさんは戻ってきた。


「大変失礼しました。ではこれから皆さんに申請用紙を二種類お渡しいたします。

一つは失業中の申請用紙と、二つ目は免税と減免の申請書です。ハンターの試験に合格すると免税、そうでない方は減免の申請になります。

 こちらの書類は一枚でどちらの申請もできます。役場のほうで審査して決定するとお通知が郵送で届きます。

 では通路側の方からお配りします。」


 それからしばらくの間みんなで申請書に記入をした。

 

 もちろん、ナカータさんに書き方などの説明を聞きながら。


 記入が終わると、講習までの間が自由時間となった。


 アデルがトイレに行くと、窓側の席の女の人が手を洗っていた。


 アデルが個室から出ると女の人はまだ手を洗っていた。汚れに対し少し神経質な人なのかなとアデルは思った。


 アデルが蛇口をひねると女性が声をかけてきた。


 窓側の女性「なんか、緊張しますよね。」


 アデル「そうですね。」とりあえず相槌を打った。


 窓側の女性「私、ヒデミと申します。お名前教えていただいても?」


 アデルは正直あんまり教えたくないな~、と思ったが仕方なく「アデルです。」と答えた。


 窓際の女性「アデルさん?すごくいいお名前ですね」


 アデル「ありがとうございます」


 ・・ありふれた名前だと思うが。社交辞令にしては少々大袈裟だよ・・とアデルは思った。


 窓側の女性「もしも受かったらの話なんですけど、二人とも受かったら同期、ってことですよね?」


 アデル「?・・・そうですね。」


 窓側の女性「あ、なんか気を悪くしたらごめんなさい。私今まで就職したことがなくて同期っていうものにすごく憧れてて。」



 なに?!働いたことがない??今までどうやって生きてきたんだ?とアデルは思った。


 深入りもいけないと思い(正直怖い)「あ、もう時間ですね、急がないと。」とアデルは話を切った。


 急いで席に戻ると、窓側の女性が「お隣に座ってもいいですか?」と言って隣に座ってきた。


 アデルは、だめだ!と言いたかったが答える前にすでに座っちゃてるし、そもそも言える勇気もなくて言えなかった。ヒデミさんは窓側から隣の席の女性になった。


 隣のヒデミさん「アデルさん、ナカータさんってなんか、素敵だと思いませんか?」


 !?おいやめろ、突然何の話をしている!?とアデルは思った。


 アデル「そうですか?あ、いやそうかも?そうなのかな?良くわかんないです。」


 隣のヒデミさん「アデルさんはお付き合いされている方、いらっしゃるんでしょう?」


 アデルは正直何も答えたくなかった。それ以上何も聞かないでほしいと願った。


 アデル「あ、いやあ、まあ。」


 早く講習始まんないかな~ナカータさ~~ん・・・・助けておくんなまし~。


 アデルは意味もなくナカータさんに祈った。


 隣のヒデミさんが何か言いかけたところでナカータさんが入ってきた。


 本当に助かった。


 ナカータさん「はい!それでは講習会を始めます。ではテキストをお配りいたします。先ほどと同じ通路側の方から、おっと席替えですね。近いと私は配りやすいです。」


 ナカータさんは隣のヒデミさんに気付いてそう言った。

 隣のヒデミさんは少し顔を赤らめてはにかみ笑いをした。


 その時アデルは次の休み時間、どうやって一人で過ごすかなど計画していた。


 しかしそれは取り越し苦労で済んだ。ナカータさんはご自身の他の仕事も山積みなのだろう、午前の講習は休憩なく二時間通しで行われた。


 そして昼休み、隣のヒデミさんに早速捕まった。「アデルさん、一緒にランチしませんか?」


 当然ダメと言えずに、一緒に近くの食堂でランチをすることになった。


 隣のヒデミさん「アデルさんはなぜハンターになろうと思ったの?」


 アデル「えっ?私?えっとまあ、大切なものを魔人が原因の嵐ですべて壊されてしまいまして、二度と同じことが誰にも起きないようにしたいと思いました。」


 アデルは恋愛以外の話でよかったと心底思った。


 本当は魔人をボコって色々と弁償させるのが目的だが、そういうことにしておいた。


 隣のヒデミさん「アデルさんはちゃんと目的があるんですね。」


 アデルはまた恋愛系の話になるのを恐れて話を繋いだ。


 アデル「ヒデミさんは?」


 隣のヒデミさん「私ですか?実は一度も働いたことがないから出会いもなくて、両親からなにかやりなさいって言われて、それで。。。。」


 アデル「・・・・・・・・・」


 難しい、なんとも返しようがない。ヒデミさんは年齢不詳なんで、若いから大丈夫ですよ、とも言えない。


 アデルは思った。とりあえず、目の前の水をがぶ飲みして『あんまり聞こえていません』なフリを装おうと。アデルはコップを手に取り水を飲んだ。


 隣のヒデミさん「ところで、アデルさんの彼氏ってどんな方ですか?」


 水がのどに詰まった。そのあと喉の奥からはじき返された水が鼻のほうへ流れ込んだ。涙と同時に鼻水が出た。


 アデル「げほっ!ゲホン!ぶぁぁっくション!!」


 隣のヒデミさん「アデルさん!大丈夫ですか?うわ~めっちゃ涙出てるぅ」


あなたのせいです。ヒデミさん。なぜそんなに恋バナしたいんだ。私は恋愛経験ゼロの妄想したことしかない人間です。


 アデル「ところでヒデミさんこそ彼氏いらっしゃるんですか?わたしは今は気楽なフリーです。」


 今は気楽なフリーだと??このうそつきめ!お前は一度もお付き合いしたことがない万年フリーじゃないか!アデルの心の声が正しいことを叫んだ。


 隣のヒデミさん「お恥ずかしい話なのですが、私はまだどなたともお付き合いしたことがございません。」


 ああ、そういえば出会いがないから親御さんに外に出されたようなこと言ってましたね、ちょっとこれは無粋な質問でした。と、アデルは心の中で反省した。


 アデル「ぜんっぜん、恥ずかしくないですよ。むしろ慎重なのはいいことだと思います。」


 ヒデミさんの顔が赤く染まった。


 アデル「そんなに恥ずかしがらないで、私も今彼氏いませんし、おんなじですよ。」


 『今』じゃない、ずっとだろ?アデル。心の声が呟いた。


 隣のヒデミさん「きっとアデルさんの元カレさんは素敵な方だったのでしょうね。」


 アデル「いえ、薄っぺらい紙きれでした。私の彼氏は。あっという間に消えてなくなりました。」


 それ、私の設計図のことです。ヒデミさん、ごめんなさい。


 隣のヒデミさん「そんなに深くはないお付き合いでしたの?」


 アデル「そうですね、夢中になっていたのは私のほうで、あちらは不完全なまま、でした。」


 そう、あともう少しで完成だったんです~。思い出すと涙が出そうになるアデルだった。


 隣のヒデミさん「そうでしたか、ごめんなさい、いやなことを思い出させてしまって。」


 アデル「いえ、大丈夫、また一からやり直そうと思っているので大丈夫です。おや~、そろそろ時間みたいですね、戻りましょうか。」


 これ以上の嘘はきつい、早く戻らねばとアデルは思った。


 そして午後の講習も順調に終わり、テストも終わった。


 アデルが帰ろうとしたとき、またヒデミさんに捕まった。


 隣のヒデミさん「アデルさん、またお会いしてもよろしいですか?」


 アデル「お互いハンターに合格していればきっとどこかでお会いできますよ。では、仕事があるので、お先に。」


 隣のヒデミさん「私、イーストフロンティアの神官居住区に住んでます。今度ぜひ遊びに来てください!」


 アデルは振り返り、軽く笑顔でお辞儀をすると足早に小会議室を出た。『ディナーも一緒に』、と誘われるのが辛かった。


 ヒデミさんはどんな爆弾を打ってくるかわからない。危険だ。


 それから5日後、テストの結果と認定証が手元に届いた。


 アルバイトはシフトを組んで引き受けている分を最後に、全部こなしてからやめた。お給料もちゃんともらってから、辞めた。


 そうして今、アデルはその費用をもとに森の中を更にその奥へと、魔人を倒す(仕返しする)ためひたすら突き進んだ。


 ひたすら突き進み、丸一日が過ぎようとしている頃、アデルにとある疑問が浮上してきた。


 ”ところで魔人の住処って、どのくらいの距離があるのさ?”


 かつて魔人に挑んだ者たちは精神疾患を患った国王以外誰一人その場所を知る者はいないとされていた。。


 しかしながらその王妃が魔人討伐を指示した際、魔人の住処の地図を記したとされるものが、今から遡ることおよそ300年前の古文書に残っていた。


 その古文書があるのは、アデルの住む水宮王国の東側の隣の国、グリ-ンフィールド王国である。


 豊かな農園が広がるこの国は、かつて魔人のもとより帰還した王の国である。

 

今では多くの魔人ハンター達がこの地を訪れ、王国国立図書館で地図を手に入れてから、周辺環境に配慮する目的で、国が定めた現地ガイドに魔人討伐の申請を出し、森の入り口まで連れて行ってもらうことになっている。


 もちろんアデルもここを経由してきている。


 アデルは自宅から水上バスを乗り継いで、まずは王国国立図書館近くのホテルに泊まることにした。『魔人ハンターの走り方』という本が各国で販売されており、多くの魔人ハンタ-はその本を指南書としていた。


 アデルも本屋でそれを立ち読みしてきた。


 その本にはこう指南されていた。


 【王国国立図書館にて魔人討伐の申請をするとガイドさんが森の入り口の近くまで連れて行ってくれますが、馬車で片道五時間くらいかかり朝九時半の1回しか馬車が出ないため、遠方のハンターの皆さんは前日の夜にホテルで一泊してから八時半の開館を目掛けて行くことをお勧めします。因みに地図代と申請&馬車乗車賃セットで購入すると1割引きになります。価格は20ヨーロです。】


 アデルは適当に安そうなホテルへ入った。


 ホテル従業員女性「お部屋ですが・・通りに面したお部屋とそうでないお部屋の二つのタイプをご用意できますが如何いたしますか?」


 アデル「禁煙で安いお部屋でしたらなんでも・・・」


  ホテル従業員女性「承知いたしました。ではシングル禁煙タイプで6階601号室になります。只今エレベーターが故障しておりまして宿泊料金を安くさせていただいております。チェックアウトとご精算は十時までにお願いいたします。それではこちら鍵のお渡しになります。ゆっくりおくつろぎくださいませ。」


 フロントで鍵を受け取るとアデルは階段で6階まで上がった。


 「普通に階段って、、結構きつい。。。」


 ようやく部屋に辿り着き、中へと入ると荷物を置き、着替えを取り出すとシャワーを浴びた。


 着替えてベットに横たわると次第に眠気が襲ってきた。うつらうつらしていると横の壁から何かをぶつけているような音が連続してきこえてきた。


 コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・コン・・


 「って!!マジで何??」


 アデルは上体を起こし壁を見た。まだ音は連続して聞こえる。


 イラっとしたアデルは壁に強めの蹴りを入れた。


 『ドンッ!!』


 振動とともにすごく大きい音が出た。


 アデルは一瞬ギクッとした。


 壁が壊れたかもしれないと思った。


 しかし、その後の不愉快な衝突音は消えた。


 静かになったところでアデルは再び横になった。


 翌朝アデルが目を覚ますと時計は八時を回っていた。


 慌てて飛び起きると急いで着替えを済ませて荷物を背負い扉を開けた。


 アデルが部屋を出るとちょうど昨日の夜、壁に何かをぶつけていた隣の部屋の宿泊客(ぽっちゃり体形の眼鏡をかけた男性)も出てこようとしていたが、アデルがいることに気が付くと、素早く部屋の中に戻り鍵を閉めた。


 そのことを横目でちらっと目撃したアデルは


 「なんなの?」

と、またしても不愉快になった。


 そのあとフロントで宿泊費の清算を済ませると急いで王国国立図書館へ向かった。


 王国国立図書館につくと日に焼けて文字の消えかかった看板があった。


 よく見ると矢印があり、”魔人ハンタ-チケット売り場”と書いてあった。


 振り返ること三年前までは魔人ハンターブームでここもさぞ賑わっていたのであろう、しかし今はその三年前に起きたある事件がきっかけで魔人ハンターを目指す者の数が激減し、ブームは過ぎ去ったのだった。


 三年前の事件、それは、魔人ハンター武闘会で優勝したハンターが魔人に殺されるという事件である。

 

 ブームが到来していたころは誰が言い出したのか森の入り口がパワ-スポットで運気が上がるとか何とかで、地図を買わずに馬車にだけ乗って観光を楽しむという町興しもされていた。たがそれも今となってはすっかり寂れていた。


 今日のお客はアデル一人のみである。


 もうだいぶ人は訪れていないようだ。アデルは矢印の方向に向かって歩いていくとチケット売り場に人影はなく、窓はカーテンで閉められ鍵がかかっていた。そしてチラシが張られていた。


 ”チケット売り場変更のお願い・経費削減のため、王国国立図書館管内総合


 案内所にてチケットを販売しております。図書館の入り口を入って右の管内総合案内所にてチケットをご購入ください”


 「え、なにそれ?来た道戻れってか。こういうの入り口とか看板に貼っておいてよ・・・」


 アデルは来た道を戻り、王国国立図書館内の管内総合案内所を訪ねた。


 アデル「地図と魔人討伐申請のセットのチケットください」


 案内所女性「40ヨーロです。」


 『魔人ハンターの走り方』の情報も古かった。


 ブームが去ってからの情報は更新されていなかった。価格は2倍に高騰していた。


 アデルは新たな怒りを出版社と魔人に抱くこととなった。


 お金を支払うと管内案内所の女性がカウンターテーブルの上に外出中の札と、インターホンを置いて出てきた。そしてアデルに向かって


 「それじゃあ、行きましょうか。」


 と言った。


 アデルは返事をすると自分よりも20歳以上年上に見えるその女性のあとについていった。


 建物の裏側に回ると、そこには一台の馬車が用意されていた、というよりも誰かの私物っぽい馬車が置かれていた


 「シルバーさーん!お客さん一名でお願いしまーす!」と、管内案内所の女性が叫ぶと、建物の横のほうから小さくて背中の丸くなったおじいさんが出てきた。


 どうやらこの国もシルバー人材サービスを活用しているらしい。


 「ああー、これね。」御者のおじいさんは馬を撫でてから馬車にあがると、そのまま出発した。


 管内案内所の女性が慌てて御者のおじいさんの腕と手綱をつかんで


 「ちょっ、ちょっと!!止めて!とめて!!シルバーさん!!お客さん乗ってない!!おきゃくさんのってないー!!」

 と叫んだ。


 御者のおじいさんは馬車を止めて管内案内所の女性を見た。


 女性はアデルを指さして「あちらのお客さん、森の入り口まで連れて行ってね!」とすこし大きめの声で言った。


 御者のおじいさんはアデルをみると、「なにしてんだ?早く乗れや。」と少し怒り気味に言った。


 アデルは金縛りにあうと同時にその脳裏には不安がよぎった。その不安はやがて的中する。アデルが馬車に乗り込むのを見届けると、管内案内所の女性は図書館の中に戻っていった。


 「森までな。」御者のおじいさんはそう言うと再び馬車を動かした。


 王国国立図書館から三十分ぐらい馬車で進むと建物は無くなり、やがて広大な麦畑が目の前に広がった。


 どこまでも青く吸い込まれそうな空と時折風にそよぐ緑色の麦の葉は清々としていてとても美しかった。


 アデルはその美しい風景を眺めながら、一時、乙女の妄想に浸った。


 今、目の前に広がるような美しい場所で、理想的な彼氏と理想的な結婚、理想の夫と、理想的な新婚生活を送っているかのような妄想、そして彼に少し強引に抱き寄せられての止めの愛の言葉「お前を死ぬまで離さない。」のところで御車のおじいさんがけたたましい音のおならをした。


 その妄想の先には、彼との甘いキスがくるはずだった。


 あまりに下品でがっかりな展開にアデルは何かとても大切なものを失ったかのような喪失感に襲われた。


 アデルが気力を失ってボーっと外を眺めていると、何かがおかしいことに気が付く。


 急に景色の流れていくのが早くなったことに気が付いたのだ。


 アデルが御者席をのぞき込むと、なんと御者のおじいさんが居眠りをしているのか死んでいるのかわからないくらい頭を下げて目を閉じていた。


 アデルは後ろから御者のおじいさんをつついて「おじいさん、起きてください!」と大きい声で言うが反応はなかった。


 馬はどんどん加速していく。


 道の先のほうには凸凹やら砂利やらの箇所が複数確認できる荒れた道が続いている。


 ”このままこの速さで突き進んだら、この馬車がメンテナンスがされているかいないかにもよるけれど、、否、ここは最悪の想定メンテナンスなしと考え車輪が外れるまでの速度と凸凹までの距離、外因的要因と車輪の接続部分の劣化とかかる負荷を計算して壊れるまでの時間は早ければおよそ2分、わたしが御者席に乗って馬を静止させるまでの時間はおよそ3分、間に合わない。方法は何が何でも今すぐおじいさんに目覚めてもらい馬を制御させるのみ!!”


 「おじいさん!起きてください!!おーい!!」


おじいさんは目を閉じたままだ。


 アデルは緊急事態、やむを得ないので一般人には使用禁止のハンターパンチを御者のおじいさんの背中に食らわした。


「起きろッ!!!!!!!!」


 ドガッ!!(バキッ!)


 丸くなったおじいさんの背中はまっすぐになり、瞼が開いたが白目をむいていた。


 「ぐほぉっっっ!」と言い、口から泡を吹いたが奇跡的に意識は回復、白目は白内障のグレーの目に戻り、「あんだ?これぁ危ねえなあ、ほれ、ほれ!」


と馬を制御し始めた。


 何とか車輪が外れて馬車が壊れる心配はなくなったが、その後、おじいさんはドーナツ状に分かれた一方通行の道を入り間違えて逆走し、なぜかアデルもとばっちりを受けて前方から来た馬車の御者さんに怒られた。


 「こっちは年寄りなんだから若いもんが遠慮しろや。」とブツブツ文句を言うおじいさんにアデルは「あんたが逆走して周りに迷惑かけてるんでしょうが!」と言いたかったが、言っても無駄だと思い口には出さなかった。


 そんなこんなで馬車は予定よりも早く森の入り口についた。


 予定よりも早く着いたし、ここまでの距離を歩いてきたわけではないので体力は消耗していないはずだが、アデルは疲れ果てていた。


 馬車を降りると御者のおじいさんが、


 「10分で戻って来いや」。と言ったのでアデルは


 「私、魔人狩りに行きますので今日はここへ戻りません。」と、返した。


 御者のおじいさん「あんだって?兄さんハンターか?やめとけやめとけ。帰って来れなくなっから。」


 アデル「・・・」


 アデルは沈黙した。


 ”今兄さんって、言ったよね?兄さん?私のこと??え?なに?髪の毛短いから男に見えた?否定すべき?でも女って言ったらますます引き留めてきて面倒くさそうよね?でも兄さん?”


 御者のおじいさん「兄さんみたいに背だけヒョロヒョロ長くて痩せてんのは、すぐ魔人に食われんぞ。」


 アデル「いやあ、でもせっかく来たので記念に山でキャンプしてから帰ります。」


 御者のおじいさん「あんまし奥のほうまで行くなよ、あぶねえからな。ところで兄さん、帰りはどうすんだ?昔みてえに毎日迎えは来ねえよ。」


 アデル「ここに来た他のハンターさんたちはどうされてましたか?」


 御者のおじいさん「ハンターらはみんな帰って来ねえので迎えはいらねえよ。ただ兄さんみたいに観光して帰る人もいるからそういう人たちにはさ、ここから5キロくれえ離れたところに役場があってそこで馬車に乗れるべ。って言ってんの。」


 アデル「では、私もそうします。」


 御者のおじいさん「そうか。まあよ、兄さん気いつけてな。」


 アデルは思った。


 やはりおじいさんは私のことを男と勘違いしている。


 私のどこが男に見えるって?背だけヒョロヒョロ長い??冗談じゃないわよ、目、悪すぎでしょ!!


 アデルは御者のおじいさんに「行ってきます。」と言いそこで別れた。


 アデルは森をただ黙々と歩き始めた。



 その時、カラスが泣いた。






第二章 魔人の住処

「しかしこの地図、かなりザックリだな~。」



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― 新着の感想 ―
[良い点] ギャグがあって面白いです。また、妙に現実味がある表現や設定があるので更に面白いです。
[良い点] ツッコミところ満載
[良い点] 細部まで作り込まれた設定(序章)に、妙な現実味のある認定講習申し込みの件、諧謔性のあるストーリの展開は非常に面白いと思いました。また、二章初めの次回予告的な締めは、第二話の興味を惹く良いス…
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