第二章 魔人の住処
「しかしこの地図、ずいぶんザックリだな・・・。」
その地図は商店街で道に迷ったときに、近くにいたお店のおばさんに声を掛けたら、何か書くものを探して書いてくれたものと同じようなクオリティのものだった。広告の裏面の白紙部分に書かれていないだけ少しはマシである。
入口からはだいぶ歩いた。しかし森の中の景色は一向に変わった感じがしない。そもそも広い湖だらけの見晴らしの良い平野で育ったアデルは森の中を一人で歩いたことがない。しかし彼女には、太陽の向きと地面に映し出される影から自分が今どの方角にいるのか、今何時頃かなどを割り出すことは造作もないことだった。
もうしばらく歩くと、道が2本現れた。
アデル頭の中の声「とにかく・・北を目指せばよさそうね。太陽の位置からすると・・・まっすぐに行けば近そうだけど、地図の道はかなりくねくねと曲がっているから、、、。
・・・推測するに、まっすぐは通れない。・・・何かあるってことか。なるほど、地図通りに曲がっている方の道に進もう。」
アデルのその判断は正しかった。大抵のハンターは気が短く、早く現地に到着しようと地図の道より最短ルートを目指して遭難し命を落とす。
アデル頭の中の声「恐らくこの曲がった道の辺りはまだ通り過ぎていないから、この最初の曲がり角までの時間で目的地までの距離を測るとしましょうかね~。まあこの地図が正しければの話だけど。」
アデルはまた歩き始めた。最初の曲がり角に着いた時、日は既に暮れていた。
そして、その曲がり角に着くと同時に、地図に書き込みをした。
アデル頭の中の声「森の入り口に入ったのが14時ころ、月があの位置なので今が19時ころ、人間の歩く速度の平均は1時間あたりおよそ4キロ、ということは、ここから入口までの距離は20キロか。とすると、魔人の住処は・・」
アデルは地図にある道を、入口から最初の曲がり角までの長さで分割した。
アデル頭の中の声「なるほど、この地図が正しいならば1日10時間歩けば7日で目的地に着く、とは言え休憩時間なども含めるとプラスで2,3日はかかるかな・・ふむふむ。まあ、とりあえず今日は疲れたしお腹もすいた、ここらで焚火の準備しよっと。」
アデルは鼻歌を歌いながら枯葉や枯れ枝を集め、曲がり角の内側の道沿いに地面をむき出すようにして直径約2メートルほどの円形のスペースを作り、真ん中に直径約60センチメートル、深さ約30センチメートルほどの穴を掘った。そしてそこに集めた枯葉の一部を入れた。
次に長さが1.5メートルくらいのまっすぐに近いやや太めで頑丈そうな木の枝を5本と、長さが1メートルくらいの丈夫そうな木の枝を20本拾ってきた。そのうちの長さが1・5メートルくらいの枝、2本ずつを一対になるよう一纏めにし、木の枝の真ん中より少し上のところを縄で縛った。縛り終えると足を広げて長いほうを下にしてグラつかないようにするため、掘った穴が真ん中に入るように穴の周りの地面に向かい合わせて挿し立てて固定し、焚火台用の足場を作った。、最後に残りの1本の枝を焚火台用の足場として設置した枝の上のV字の部分に渡して針金で固定し、焚火台代わりとした。
そしてその渡した枝に圧力鍋をつるして枯葉に火をつけると、お湯を沸かしてインスタントラーメンを作った。
ラーメンでお腹がいっぱいになるとアデルは防犯用具の制作に取りかかった。
アデルは焚火より半径約3メートルのところに長さ約1メートルの木の枝20本を、焚火を囲むように約90センチメートルほどの間隔をあけて円形になるよう地面に挿し立てた。立てた木の枝に針金を巻き連結させて囲いを作った。木の枝と針金の間には通電防止用のビニールを巻いた。
そして先ほどラーメンを作った圧力鍋の中、半分より少なめに水を貼り、蓋にある水蒸気を出す口にパイプを通して、そこから噴出する水蒸気でタービンを回転させて発電するという自作の小型発電機に接続し電気を作り針金へ流した。
獣除けの電気柵完成である。
アデルが寝ている間、熱源確保のための自動薪くべ機もその辺に転がっているもので適当に作った。
アデル的には、まあ4,5時間火が持てば良いでしょう、という感じで眠りについた。
しかし最初はなかなか寝付けず、頭の中にはここへ来るまでのあれこれが走馬灯のように浮かんできた。
そして体の疲れと共に不安が襲ってきた。
アデル頭の中の声「・・・勢いでここまで来たが、魔人というものがどんなものか実はまるで分らないのにどうやって弁償させる?弁償できるだけの財力を持っているのか?それに人間の言葉とか理解できるのか?お金がないなら労働で返せと言いたいが、何か仕事はできるのか?恐らく解体工事はできる。魔人と二人で解体業、悪くない。でも体の大きさはどのくらいだ?主食は何だ?・・人間だったらアウトだ。それに私の麻酔銃の麻酔は効くのか?そもそも、魔人を見つけられるのか?最悪見つけられなかったことも想定して他にお金になるような、何か実用的で売れそうなものを山で回収しながら歩くか、鉱物とか、薬草とか・・・。」
そんな貧乏くさいことをいろいろ考えているうちにいつしか眠りについた。
アデルが深い睡眠状態になって5分くらい経ったころ、暗闇から光る眼の何かが焚火をめがけて突進してきた。そしてその生き物は電気柵に引っかかった。
バチバチと電気がショートするような音と同時に「いやあああああああびぇあああああ!!」と悲鳴が上がった。
アデルがギクッとして目を覚ますと、そこには電気柵に足を取られ、体から放電している人が倒れていた。
人が獣除けの柵に引っかかってしまった!
この装置では人が死ぬほどの電気を作れはしないが、心臓の悪い人だったら大変なことになる、アデルはすぐ倒れている人が生きているかを確かめた。
近づくと長い黒髪で色白の鼻筋の通ったなかなかの美人女性だった。鼻と口に手を当てると呼吸をしていることが分かった。
すぐに発電を止めて、倒れている人の着ている服の首元を緩めて仰向けにし、少し上を向くような形で顎を上に向け気道を確保した。脈を測ると正常そうだ。あとは意識障害があるかないか。何と言って声かけようか?名前はわからない。アデルは少し悩んで思いついた。
「火事だー!山火事だ!!みんな逃げてー!!!火事だーー!」
いざ言葉を発するとなると恥ずかしかったので小声で言った。
こんなんじゃ気づかないだろうなと思ったが、意外にも倒れていた女性は最後に言った「火事」のところで飛び起きた。そして周りを見回した。
アデルはびっくりしながら
「大丈夫ですか?」
と声をかけた。
すると女性は虚ろな目でアデルを見た。そして虚ろな目が次第に見開き
「アデルさん??」と驚いたような声で叫んだ。
アデルも再び驚いた。誰だ?そして咄嗟に思った、私を知っているということはこの人、もしかしてどこぞの取引先の人?それか、家庭教師先の誰かのお身内の方?それとも電力開発機構の人?話を面倒にさせないために違いますと誤魔化すか?いや、それはダメでしょう、この人は私を知っている。この人が気を悪くしないように誰であるかを確認せねば!
アデル「こんなところで、お会いするなんて、驚きですね!それより大丈夫ですか?」
謎の女性「えっ、あ、はい!」
アデル「心臓とか体の中に機械を入れてたりとかはしていらっしゃらないですか?どうやら私の作った防獣用の電気柵に引っかかってしまわれて、微弱ながらも感電されたようです。」
謎の女性「え、えと、これ、アデルさんがご自分で作られたんですか?凄い、凄いですね!!」
謎の女性は装置を見てそう言った。
アデルは思った。なんかこの・・・な感じ、なんかどこかで・・・
謎の女性「アデルさん、またお会いできて嬉しいです!まさか本当にお会いできるなんて!」
アデル「そうですね、こんな森の中で再会するってきっとあんまりないですよね。」
とにかく話を合わせてみた。しかし「いったい誰なのだ!このままでは会話が持たん、どうしよう~でもなんか思い出しそうなんだけど・・・と,アデルは思った。
謎の女性「私、アデルさんと初めてお会いした時からなんか、『特別なご縁』、を感じてたんです!って、少し図々しい言い方かな、お気を悪くされたらごめんなさい。」
この言い方は、もしかして・・・
謎の女性「同期同士、一緒に魔人を倒しに参りましょう!」
謎の女性はヒデミさんだった。ヒデミさん、お肉がついて美人になりましたね。そんな地雷を踏むようなセクハラワードを私は言いませんよ。だがしかし、この人も突然出没するわな、私は一人で行動したいのに。と、アデルは思った。
何とか一緒に行動することは断念してもらわねば!!
アデル「ヒデミさん、感電したばかりですし、ここはいったん引き返して早くお医者さんに診てもらったほうがいいですよ。帰りの馬車まで送って差し上げます。町への帰り方をここへ来るときに御者さんから聞きましたので。」
ヒデミさん「え、いいえ、送って頂くなんてそんなとんでもないです、大丈夫ですよ!なんか、ここに来るまでは体中あちこち痛くて足も重くてしんどかったのですが、ビリビリしたおかげでしょうか?今はすごく体が軽くなって痛みもなくなりました。」
アデル「・・・」
電気柵はヒデミさんの全身を治療したようだ。他の理由を探そう。
アデル「ヒデミさんも魔人狩りに来られたんですか?」
ヒデミさん「はい?・・ええ、はい。」
ヒデミさんはなんか怪しい返事をした。
アデル「では認定試験合格したんですね。良かったです。」
ヒデミさん「・・・えーと、試験は受かってないと思います。。。」
なに?試験受かってない?ではなぜここへそんな完全武装をしてきているのだ?
ヒデミさんは全身ホワイトカラーの女子戦闘系コスプレを身にまとっていた。白い上着に白いミニスカート、そして白いニーハイに近い長さのブーツ。太ももで感電したと思われる。火傷をしていなければいいけど・・・とアデルは思った。
アデル「ヒデミさん、どうやってここまで来たんですか?認定証がないと馬車には乗れないでしょう。」
ヒデミさん「はい?なくても大丈夫でした。パワースポット巡りに来たと言ったら乗せてくれました。」
アデル「・・・案外、簡単に乗れたんですね。」
『魔人ハンターの走り方』には認定証がないと乗せてもらえないと書いてあったが、今は乗せてくれるのだな、とアデルは思った。
でもそれらは断る口実になった。
アデル「認定証がないなら・・むしろヒデミさんに何かあった時の責任が重いので、一緒には行けないですよ。」
しかしヒデミさんは引き下がらない。
ヒデミさん「なくても大丈夫ですよ!だって私、イーストフロンティアの巫女一族の末裔ですから!!」
なにそれ?巫女さんが魔人を倒すのかい?と、アデルは思った。
アデル「ヒデミさんは祈祷術みたいなのが使えるんですか?」
祈祷術とか興味あるかも。見てみたい。と、アデルは思った。
ヒデミさん「いいえ、そういうの使ったことはないですけど、魔人を倒せる剣は持ってきました。」
なんだ、つまらん。と、アデルは思った。
アデル「へえ、どんな剣ですか?」
少しぶっきらぼうにアデルは言った。
ヒデミさん「ご覧になります?ちょっと待ってください。」
そういうとヒデミさんは腰に巻いたベルトを外して剣を抜いた。
ヒデミさん「これです!どうぞ!」
ヒデミさんはアデルに剣を渡した。かなりの年代物で緑青がついている。剣先には錆もついている。鉄や銅を混ぜて作ったものだろう。特にって言う代物ではなく普通の骨董品だ。
これで魔人を倒せるの?ってか倒すつもりなのか?切れそうな感じはしないぞ・・・と、アデルは思った。
アデル「かなり古いもののようですね。」
ヒデミさん「はい。神殿の奥にあった物をこっそり借りてきました。」
アデル「え?それ、まずいんじゃないですか?」
それを持って自宅にお戻りなさい、親御さんにバレないうちに!と、アデルは言いたかった。
ヒデミさん「ご心配なく、あら、明るくなってきましたね。」
いつの間にか夜が明け始めた。少しづつお互いの顔を浮かび上がらせるように空間が明るくなり始めた。
アデルはこうなったら説得は無理、仕方がないと諦めた。
アデルはとりあえず朝食を済ませてすぐに発つことにした。
アデル「ヒデミさん、もう夜も明けますし、時間がもったいないから朝ごはん食べて出発しましょう。」
ヒデミさん「オッケーです!」
アデルは発電機へ水蒸気を送るパイプをを取り外すと鍋のふたを開け、中にお米を入れた。まだお湯はだいぶ残っていた。アデルは焚火の中に木の枝をくべると電気柵の回収を始めた。電気柵の取り外しを行っている間におかゆができた。さすがに自分だけ温かいものを食べるわけにはいかないので、ヒデミさんにもお裾分けをすることにした。
アデル「ヒデミさん、お皿とか持ってますか?」
ヒデミさん「?持ってます。」
アデル「私自分の分しか持ってなくて、それ、出してもらってもいいですか?」
ヒデミさん「え?あ、はい。」
ヒデミさんはリュックの中から丼ぶり茶碗とスプーンを取り出した。
アデル「少し多めに作ってしまったんで良かったら食べるのを手伝ってもらってもいいですか?」
ヒデミさん「ええ?宜しいんですか?・・・でもアデルさんの分が減ってしまうのは心苦しいですから私のことはお気になさらず・・」
グゥウルルルルウ~。大きい低音でヒデミさんのお腹が鳴った。
アデルの目は点になった。
ヒデミさんは顔が真っ赤になった。
アデルはヒデミさんの恥ずかしい気持ちを察し、さらっと流すことにした。
アデル「ヒデミさん遠慮はいりません、どうぞ。」
ヒデミさん「・・・すみません、頂きます。」
二人は食事を済ませると、焚火の上に少量の土をかぶせ、さらにその上から水をたっぷりかけた。ジュっという音と共に大量の煙と水蒸気が上がった。火が消えているのを確認してから焚火の穴をさらに上から土をかけて塞ぎ、その場を後にした。
アデルは困った。そもそも魔人狩りってお友達と行くような感じではなかったはず・・・。
だが、ヒデミさんは楽しそうだ。どうしよう。
ヒデミさん「アデルさんは魔人を倒した後は何かほかのお仕事をなさるんですか?」
アデル「え?ああ、そう・・ですね・・そういえばまだ何もその後のことは考えてませんでした、あ、そういえば、昨晩寝ながら魔人と解体業でもやろうかと思いました。」
ヒデミさんはそれを聞いて噴き出した。
ヒデミさん「ぷふっ!アデルさん面白ーい!!」
アデルは、いや、冗談ではなくかなり本気で思いました、と言おうとしたが確かにその考えは普通に考えれば正気ではないかもとも思った、ので言わなかった。
ヒデミさん「アデルさんは魔人を倒すのではなく雇い入れに行くのですか?」
アデル「そうですね、げんこつ1発くらいは食らわして魔人に改心させてから雇いたいと思います。」
ヒデミさん「きゃははは!!面白すぎ!!あらっ?」
ヒデミさんが急に立ち止まった。
あらって?何?アデルも立ち止まった。
ヒデミさん「アデルさん、あれ、人?ですよね?」
アデル「えっ、どれですか?人?私には見えませんけど・・・」
ヒデミさん「ちょっと遠いですけど、道の真ん中に粗大ゴミが置かれているような感じで、よく見ると人が倒れているように見えるんですけど、人じゃないのかな?」
アデル「粗大ゴミ?ああ、確かにゴミみたいなものがありますね。・・・いや!!人かも!」
アデルたちの向かう道の先に、枯葉にまみれた人がうずくまるように丸まって倒れていた。
正直マジか、死んでたら嫌だな。と思いながらも二人は急ぎ足で倒れている人に近づいた。そして恐る恐る顔を見た。そして思った。なんか見たことがある、この眼鏡、この顔の感じ・・
ヒデミさん「この方、労働協同組合職業安定監督署の方じゃないですか?」
アデル「そうだ、確か、講師のナカータさんでしたっけ?」
アデルも思い出した。
なぜナカータさんがここに?二人は同時に思った。
アデルはとにかく生存確認をした。顎のすぐ下の首筋に手を置くと脈は動いている。体も少し暖かい。生きている。
アデルは肩をたたきながら名前を呼んだ。
アデル「ナカータさん、聞こえますか?ナカータさん。」
三回くらい呼んだところでナカータさんが目を覚ました。
そしてナカータさんは前触れもなく急に起き上がった。二人はいきなり起き上がったことにびっくりした。
ヒデミさん「ひえええ、」
アデル「ひいっ!」
二人は腰を抜かしそうになった。
ナカータさんは突然起き上がった後、顔面無表情で直立不動のまましばらく固まっていた。
ヒデミさん「・・ナカータさん、大丈夫ですか?」
とヒデミさんが恐る恐る声をかけた。するとナカータさんは振り向きヒデミさんを見た。すると足早にヒデミさんに近寄り、
ナカータさん「これをあなたに届けにきました!」
と言って、カードを渡した。それは魔人ハンターの認定証だった。
アデル「受かってたみたい・・ですね。」
アデルはヒデミさんに言った。これでこの先、もう一人になれることはなくなった。
アデルの肩はズンと重くなった。
ヒデミさんは喜んでナカータさんにお礼を言った。
ヒデミさん「私の認定証のために、こんなところまでわざわざお越しいただいて本当にありがとうございます!」
アデル「でもなぜヒデミさんがここにいるとお分かりになったんですか?」
ナカータさん「実は、数日前にヒデミさんのご自宅へ認定証を届けに伺いましたところ、ご家族の方からハンターの認定講習の時にできたお友達と山へハイキングに出かけたと伺い、絶対にここしかない!と思い急ぎやってきましたが途中で道に迷ってしまい、しかも私としたことが荷物もどこかに置き忘れてしまって。お恥ずかしい話ながら三日ほど何も口にしていなかったので、貧血を起こして倒れてしまいました。でも、そのおかげでお二人にまたお会いできて良かったです。」
そういうとナカータさんの顔面はまた青白くなり、体はふらついた。
アデル「ナカータさん、大丈夫ですか?とりあえず座りましょうか。」
アデルはナカータさんの左側の二の腕を両手で支えるように掴み、ヒデミさんは右側を支えるように掴み、ナカータさんを地面に座らせた。
アデル「ナカータさん、とりあえずここで座って待っててください。お粥を作りますから。」
ナカータさん「ご迷惑をおかけしてしまい面目ないです。」
ヒデミさん「アデルさん、私、木の枝とか集めてきます。」
アデル「お願いします。」
二人は手分けしてナカータさん用の食事の支度にとりかかった。
ナカータさんは気が付くと地面に寝ていた。
アデルは即行で焚火台代わりを作り、米と水を入れた鍋を吊るした。
そこへ近場で集めた木の枝をヒデミさんが運んできた。
ヒデミさん「アデルさん、これすぐ近くの木の枝に引っかかってたんですけど、もしかしてナカータさんが三日前に無くした鞄じゃないかしら?」
それは茶色い地味なデザインの普通のショルダーバックだった。
ヒデミさん「ちょっと中を開けて見ちゃいましょうか。」
アデル「うーん。見ないほうがいいんじゃないですか?」
アデルは思った。そんなものをつい開けて見てしまったばかりに、あとで見ないほうがよかったという結末を招きたくはない、と。
だがしかしヒデミさんは違った。
ヒデミさん「どれどれ~・・ん?意外と何も入っていないかも。本とお財布と名札と手帳?あと、耳かきと爪切りでしょうか。なんでこんなものを?・・まだ下になんかあるぞい、おや、道で配ってる無料ティッシュが五個も入ってます!」
アデル心の声「無料テッシュ・・うちの母があると助かる、絶対にもらっとけ!っていうそれですね!私ここに来るときに水上バスの乗り場で、配っているお姉さん達の目を盗んで箱の中からゴッソリと持っていくおじさんの姿を目撃しましたよ!」
アデルはなんとなくナカータさんに親しみを覚えた。
アデル「・・・名札にはなんと?」
ヒデミさん「ナカータと書いてありますね。」
間違いなくナカータさんのものだ。
ヒデミさん「ナカータさんのお財布、結構パンパンですね。いくら入っているのかしら?」
アデルもそこには興味があったので止めなかった。
ヒデミさん「あらまあ、ずいぶん大金を持ち歩いていらっしゃるのね、すごーい!」
アデル「いくらぐらい入ってるんですか?」
ヒデミさん「7千ヨーロくらい入ってますね。」
7千ヨーロ?(日本円にして1ヨーロ140円、とお考え下さい)国の仕事はお給料が安いというのは噓か?それともただ単にナカータ家がお金持ちなのか?とアデルは思った。
アデル「ナカータさんお金持ちですねぇ!」
アデルはこれだけお金を持っているなら、ナカータさんにお粥を買ってもらおうかと思った。しかし死にかかっている人の足元を見るような、そんな容赦のないことはいけないだろうと思ったところ
ヒデミさん「アデルさん、そのお粥1000ヨーロで売れるんじゃないですか?」
と、ヒデミさんが突っ込んできた。
アデル「いやいやいや、、死にかかっている人にそんなことは言えないかな?」
ヒデミさん「大丈夫ですよ。こんなにお金持ちなんですもの。」
ちょっと待ってヒデミさん、あなた神官一族の末裔ではなかったでしたっけ?なんか小悪魔っぽいですぞ、とアデルは思った。
ナカータさんの持ち物チェックをしていると、ザワついていることに気が付いたナカータさんが目を覚ました。
ナカータさん「あ、れ・・・」
アデル「ナカータさん気が付きましたか?良かった。それと先ほどヒデミさんがナカータさんのショルダーバッグを見つけてきてくれました。」
ナカータさん「えっっ、ああぁぁ本当だ、私のカバンです。ヒデミさんありがとうございます!実はここへ来るのに何かあってはいけないと、全財産かき集めて持ってきたので家に帰るに帰れないなと、どうしようかと悩んでいたんです。」
全財産持ってきた?この人はこんなところに大博打でも打ちにきたのかい?認定証届けに来ただけならそんなにたくさん要らんでしょう?とアデルは思った。
そうこうしているうちにお粥ができたので、ヒデミさんが余分に持ってきていたお皿にお粥をいれてナカータさんに食べさせた。ナカータさんはゆっくりと少しづつおかゆを食べた。アデルたちはナカータさんの体力が回復するまでそこに留まることにした。
アデル「ヒデミさん、食材が切れる前に補充しておきたいので、何か栄養になりそうなものを探してきます。火の番してもらってていいですか?」
ヒデミさん「ええ、もちろん。」
アデルが食材を探しに行こうとしたときナカータさんが
ナカータさん「アデルさん、すぐそこのあの木の陰に農家さんの直売所がありましたよ。私そこで食べ物を買おうとして自分のカバンがなくなっていることに気が付いたんです。」
と、ナカータさんは10メートルくらい離れたところの大きな木を指さして言った。
アデルはナカータさんの指さす木のほうへ行ってみた。するとそこには小さな屋根付きの物置が設置されていた。そしてその中にはお米と乾物野菜、木の実と水、お酒、はちみつ、ロープ、革製のグローブ、石鹸とタオル、狩猟用ネットなどが棚に並べられて売られていた。アデルは食材が手に入ることに安心と喜びを感じた。が、しかし
ヒデミさん「あらまあ~、ずいぶんとお値段が高すぎないじゃないですか?ぼったくり価格ですよ、これは。狩猟用ネットだけ値段が付いていませんけど。」
そのようだ。町で売られているものの平均価格の五倍はしている。でもさっきのヒデミさんのお粥の値段よりは良心的だと思いたい。だが、しかしこれは高すぎるでしょ、とアデルは思った。
アデル「搬送料が上乗せされているんですかね。。。」
アデルはやはり自分で探そうと思った。
ヒデミさん「はちみつとお米だけ買いましょう、私、お金持ってきますね、」
といってヒデミさんはナカータさんのいるところに置いてきた自分のリュックを取りに行った。
アデルは食材を探すため歩き出した。五メートルくらい進んだところでヒデミさんに呼び止められた。
ヒデミさん「アデルさーん、ナカータさんが今日のお礼に食材買ってくれるそうです。」
アデルは振り返り、
アデル「本当ですか?」
と聞き返した。
そして二人はここぞとばかりに容赦なく、置いてあるすべての食材を買った。ナカータさんのお金で。
ナカータさん「今日はせっかくお二人と再会できましたし、先生と生徒ということで同窓会しましょう。」
ヒデミさん「いいですね!」
アデル「なんかすみません、先生のおごりでいろいろとご馳走になってしまって。」
ナカータさん「こちらこそ、助けていただいたお礼です。細かいことはお気になさらずに、さあ、飲みましょう!」
昼飲みが始まった。木の実を火で炒り、それをおつまみにして三人は飲み始めた。
ヒデミさん「ん!これ山ブドウのワインじゃないですか。程よい甘みと酸味とさわやかな香りが口の中にサーっと広がっていく感じ、なんか、すごく美味しい~!意外過ぎる!」
ナカータさん「こっちの穀物で作られたと思われるお酒も口当たりが軽くて甘みが強い、それに加えて鼻いっぱいにふわっとしたアルコールの香りと樽のにおい?を含んだ何とも言えない味がして、美味しいですよ。」
アデル「おわ!ほんとですね。これは間違いなくどちらもまぼろしの入手困難系と言っても過言ではない感じですね。ん?でもここでしか味わえないから入手困難幻のお酒なのか。」
と、食レポをするグルメな三人であった。
アデル「ナカータさん、ここへきて何日たつのかはわかりませんけど、お休みの連絡とか大丈夫なんですか?」
ナカータさん「ぜんっ全大丈夫ですよ~。私ここに来るまでほとんど休みが取れなかったので有給休暇がたくさん残ってましてね、で、それを本当は辞めるときに全部使ってから辞めてやろうと考えていたんですけど考えることはみんな同じで、雇用期間満了前に有給消化して辞めていく人があまりにも多くて、まあ、毎年の恒例行事みたいなものですかね、その期間は残された職員がですよ、残業時間一か月平均45時間越えの、ひどい人だと100時間超えちゃってる人なんかもいてですね、仕事自体、毎日お客さんから税金泥棒だの、詐欺だの、真面目にやれだのって怒られまくってそれはもう大変で、心も体も蝕まれてしまうから職場環境も最悪で、特に人間関係なんて最低で、いじめやパワハラなんかもあったりなかったり~、お客さんには~、お前らなんか信用できるかって怒られて、私の顔を見るなりいきなりうるせぇバカヤローだの、何言っても返事がバカヤローで、えっと何の話でしたっけ?」
ヒデミさん「ナカータさんの有給のお話。」
ナカータさん「そうそう、で、毎年同じような時期にこぞってお休み取られちゃうと残った職員が大変になるし、業務も停滞しちゃうんで、今年からは有給休暇は毎年計画的に消化する決まりになったんです。それで私のような休暇を殆どとっていない職員も、上からの通達で休めるようになりました。でも本当のところここだけの話、役人なのにみんなで労働違反しかしていないってどうゆうことでしょうね~。あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てたらあちらが立たず~」
アデル「国のお仕事って、倍率も高いし試験とか難しくてなかなか入れないのに辞めちゃう人とかいるんですね~。我々からすると、せっかく入れたのにもったいないような気がしますけど。」
ナカータさん「その試験内容をハンターの認定試験に使用させていただいてます。役場のほうが丸投げしてきたので私のほうで試験のハードルを上げました。頭のいい人しか受からないように。採点に時間を取られるわけにもいかないし.合格に付随する作業を極力小さくするためにはかなり有効的でした。アデルさんはナカータ版試験史上初の全問正解でしたよ。お役所勤めも夢じゃあない!で、もう一人の尖がった若者は一番最後の問題を間違えたので不合格にしときました。」
アデル「そうなんだ、でも一番最後の問題って本日の担当講師の名前をお書きくださいでしたよね?」
ナカータさん「そうです。奴はその欄にハムスターって書きやがりましてね。」
ヒデミさん「ハムスター?」
アデル「でも、ハムスターって可愛い系ですよね。とんでもないものの名前を書かれるよりは良かったかも。」とアデルは言った。そして、ナカータさんに気取られないようにアデルはまじまじとナカータさんの顔を見た。
アデル心の声「ハムスター?・・・まぁ、、見えないことはないかも。」
ヒデミさん「ナカータさんは定年になるまでに途中で辞めたいとかお考えになったことはあるんですか?」
ナカータさんの目が光った。
「毎日思ってますよ、でもそう思う度、ある人を思い出すんです。」




