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エリカが店を出ると、ちょうどそこでレオに会った。どうやら、今まさに店の扉を開けようとしていたらしい。そのタイミングでエリカが内側から扉が開けたため、かなり驚いたようだった。どうやら、なかなかエリカが待ち合わせ場所に来なかったので心配になったらしい。エリカは扉を閉めてから、
「すみません、遅くなってしまって。少し気になることがあって…。相当待たせてしまいましたよね?…あ、お詫びにと言っては何ですが、荷物を持つのを手伝います!」
そう言ってレオが持っている荷物を見た。非常に大量で重そうだ。どうやらソアラたちに頼まれたものは相当たくさんあったらしい。なので、エリカが少しでもそれを持てば軽くなるかと思ったのだが…。しかし、レオはエリカのその言葉に首を横に振った。そして、辺りを一瞬見たかと思うと突然歩き始めた。相変わらず道は混雑しているのに、その隙間をぬってどんどん進んでいく。エリカは慌ててその後を追いかけた。どうにか追いついてから尋ねた。
「ちょ…っ、レオさん、いきなりどうしたんですか?速いです!」
「…さっきから、視線を感じる。追手の可能性がある。だから早く戻った方がいいと思ったんだ。それと、この荷物は恐らく僕が運んだ方が早い」
「…そういえば、先ほどレオさんと一旦別れた後で視線を感じたような気がします。もしかして、その時から…?ごめんなさい、どちらにしても早くした方が良かったですね」
「いや、エリカのせいではない。悪いのは向こうの方だ」
レオはエリカを安心させるように微笑んだ。そして、手で持っていた荷物を肩にかけると、空いた手でエリカの手を掴んだ。驚いているエリカにレオは素早く言った。
「そろそろ追手を撒いた方がいい。もう少し向こうに行くと人の数が少なくなって危険だ」
そう言うとレオは近くにあった細い路地に素早く入った。その姿は大勢の人に紛れているため、恐らく追っている側には、突然、人波の中に姿が掻き消されてしまったとしか思えないだろう。少し進んだ先にはちょうど大きな木の箱があり、その陰にいれば何とか二人の姿は隠れそうだ。レオは先にエリカを隠れさせた。もし、見つかってしまった場合でもレオが剣を使って攻撃すれば何とかなるはずだ。この道自体はかなり狭いが、剣を振るえるほどの広さはあるはずだ。レオは見つかった場合のことを頭の中でシミュレーションしながら物陰に隠れた。一方、エリカは何者かに追われているこの状況だったが、レオとの距離が非常に近いことにかなり緊張していた。今までにも手を繋いだり、泣いているところを慰められたり、そういうことはあったが、その時とは全く違う。レオは片方の手で剣を持っているが、もう片方はエリカを抱きしめている。隠れるために必要なことだとは分かっているのだが、どこか落ち着かない。
(こういう時って一体どうすれば…?!)
人と一緒に行動するという機会があまりなかったせいか、この距離感が普通のことなのかどうかもよく分からない。だが、そもそも今は追手から身を隠している状況だ。要するに、平常時ではない。なので、仕方のないことなのかもしれないし、そんなことを気にしている場合ではないのだが…。そんなことを考えていると、バタバタと誰かが走っている音が通りの方から聞こえてきた。通りは賑わっているのに、その音だけが何故か鮮明に聞こえる。それと同時に、複数の人たちの声も聞こえてきた。どうやら追手は今、この路地の近くにいるようだ。
「おい、見つかったか!?あいつら、急にどこかに消えやがった!早く探せ!」
「こっちにはいなかったぞ。人ごみに紛れて既に遠くへ行ってしまったんじゃ…」
そんな会話の後で再びバタバタと足音がしたが、それはすぐに遠ざかっていった。彼らは急いで別の場所に向かったようだ。物陰からほんの少し顔を出してそれを確認したレオは安堵したような声音で言った。
「良かった。これでしばらくあいつらはこの辺りには来ないはずだ。今のうちに……」
だが、そこでぴたりと言葉を止めた。さっきまでは必死だったので全く気にしていなかったのだが、ここに来てようやく今の状況に気付いたレオは慌ててエリカから離れた。
「わ…、悪い。全く気付いてなかった…。大丈夫か、苦しくなかったか?」
「だ、大丈夫です。それに、仕方のないことでしたし!と…、取りあえず戻りましょう!」
どこかぎこちない会話の後で二人は周りの様子を確認しつつ、路地から出て家屋を目指した。追手はかなり遠くに行ってしまったらしく、視線も全く感じない。そのことに二人は安心したが、どこか気まずい空気のまま、早い歩調で家屋に戻った。
一方、エリカたちの帰りを待っていたソアラは二人の買ってきた物を見て満足したような表情になった。欲しい物が揃っていたからだ。これで明日から作業に取り掛かれるだろう。だが、どこか微妙な空気になっている二人を見て、何があったのだろう、と不思議そうに首をかしげたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
レオは家屋に戻った後、疲れたので一旦自分の部屋で休むことにした。しかし、考えなければならないことは多い。…反乱軍は、もうここまで来ている。どこまで彼らは追ってくるのだろう。
正直、レオにはエリカを守り切れるかどうか、自信がなかった。――本当ならば、騎士として有能ではない自分が。最近、段々とその思いが強くなってきている。恐らくそれは、この街に向かう途中で反乱軍に攻撃された頃からだ。あの時…、エリカが人質に取られかけた時、レオは何もできなかった。最終的にどうにかなったものの、エリカの機転がなければどうなっていたか分からない。久しぶりにジゼルと話した時の事を思い出してしまったのも、原因の一つだろう。重い気分を抱えつつ、ゆっくりと与えられた部屋に入った。簡素だが、どこか落ち着く部屋だ。何も考えたくなくて、レオはそのままベッドに寝転がった。どうすればいいのか、良い案は何も出てこない。しかし、ふと着たままの上着に何か違和感を覚えた。ポケットの中に、いつの間にか何かが入っていたようだ。レオはそれを取り出してみた。
「……紙?何でこんなところに…。入れた覚えは全くないが。そもそも、いつから…?」
レオはつぶやいて、四つ折りされている紙を開いてみることにした。だが、そこに書いてある文を読んで目を見開き、思わず起き上がった。初めに思ったのは、どうするのが最善か、ということだった。知らせるべきか否か…。そう思い立ち上がったところで、部屋の扉の向こうから、少女の声が聞こえてきた。姿は見えないけれど、それでも誰なのか分かる。出会って半年も経たないが、今の自分にとっては最も身近にいる相手のものだ。――明るくて清廉で、けれど、時折その表情に孤独の影を見せる、天文台で暮らしていた王女。思わず扉の方を見たが、閉じられているため、外の様子を見ることはできない。
レオは再び手紙に目を戻した。そこに書いてあった文章をもう一度読む。差出人の名は、ない。だが、レオにはおおよその見当がついている。だからこそ、判断できた。――やはり、知らせるべきではない。もしもこのことを話したら、エリカはきっと不安に思うだろう。久しぶりの外の世界に、口にしなくても戸惑っているはずの少女を、これ以上心配させてはならない。それに、きっと、自分だけでも解決できるはずだ。レオは一人、つぶやいた。
「あいつら……。一体いつ、この手紙を服に入れたんだ…」
その小さなつぶやきは、静かなその部屋に消えていき、誰も聞くことはなかった。
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