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その後、エリカは部屋に戻り、ベッドに寝転がりながら先ほどレヴェンから借りたばかりの本を読むことにした。星空のような表紙をゆっくりと開く。一ページ目は、美しい星空と、女神の絵だ…。彼女の長い髪が風に舞い、その瞳は遥か遠くにある星空に向けられている。そして、彼女の物語はその次のページから始まっていた。それは、初めて聞いた…、そのはずなのにどこか懐かしい、エトリセリアの始まりの、不思議な物語。
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――昔々、まだ、地上のあちこちが戦で荒れ果てていた頃の物語です。現在の湖の街に、星の女神が降り立ちました。争いの絶えない、まるで先の見えない真っ暗闇のような場所を安寧へと導き、人々を癒すという自らの役目を果たすために…。そこで彼女は、その頃特に激しい争いが立て続けに何回も起こり、荒廃し果てた場所へと向かいました。そこでは、東西南北のそれぞれを領地とする四人の覇者たちが争いを繰り広げていました。女神は、当時一番強い力を持っていた人物――、西の一族のところへと行き、争いを鎮めるために、彼にこう話を持ちかけたのです。
『私が自分の力を使って、あなたに未来を見せてあげましょう。なので、あなたは、戦いを収めるため、その力を利用して下さい。その代わり、あなたがこの国を必ず安寧へと導くのです』
と…。女神は、星を導く力と、癒しの力、そして、未来を知る力を持っていたのです。彼女はその力を利用して先のことを見通し、その結果を星空を使って示しました。これが、今もエトリセリア王国で行われている、星術の元です。女神の力によって未来を知ることができるようになった西の一族の長は、それを活用して、次々と戦に勝利しました。そして、最後に一つの王国を作り上げ、自らが王となりました。その王国こそが、今のエトリセリア王国です。………。
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そこまで読んだちょうどその時、扉が叩かれ、レオの声がした。そろそろ、夕飯の時間らしい。エリカは慌ててその本をベッドの上に置くと、起き上がった。鏡を見ると、寝転がっていたせいか、服にしわが寄ってしまっている。髪も所々はねていた。慌ててそれらを軽く直してから、エリカは廊下へ出た。
一階の食堂に行くと、既にそこには他の宿泊客がいて、それぞれ話をしたり食事をしたりしていた。非常に賑やかで明るい雰囲気だ。夕食は、主に魚料理が多い。恐らく、近くに湖があるからだろう。エトリセリアとは少し違う味の付け方にエリカは驚きつつも、味わって魚料理を食べた。時折レオとも会話をしつつ食事を進め、どちらもあと少しで食べ終わりそうになったちょうどその時だった。不意にエリカたちの近くで同じようにご飯を食べていた人たちがエトリセリアについて喋っているのが聞こえてきた。
「そういや、知っているか。一昨日、反乱軍が完全にエトリセリアの国中を制圧したんだとさ」
「そうなのか?!じゃあ、王族は皆殺しということか?」
「ああ、そうらしい。…って言っても、王城内に留まっていたのは、国王と第二王女だけで、後は逃げたらしい。でも、その内捕まって、その二人と同じく殺されるんだろうな」
エリカは、無表情でそれを聞いていたが、途中から何も耳に入って来なくなった。第二王女――、ジゼルが死んだ、と分かったところから、何も。何故か近くで交わされているはずの会話がとても遠い。本来ならば意味のあるはずの会話がただの雑音のようにしか聞こえない。ただ、その事実だけがぐるぐると頭の中を回っている。それ以外、何も考えられない。
――レオから、ジゼルが城に留まっていると聞いた時からそれは分かっていたはずなのに。その時から覚悟はしていたはずだし、できていたと思っていた。…何故、改めてその事実を突きつけられると、こんなにも悲しくて辛いのだろう。言葉が鋭利な刃物となって突き刺さったように、心が痛かった。
一方のレオも沈痛な表情でそれを聞いていた。こうして他人の口からそれを聞かされると、途端にそれが現実味を帯び始めるようだ。やはり、反乱軍は完全に王家を滅ぼすつもりなのだろうか…。そう思っていると、エリカが突然、立ち上がった。エトリセリアの話をしていた客たちは全くそれに気付いていない。いつの間にか話題は違うものになっている。彼女はレオから軽く顔を逸らしているので、その表情はよく分からなかった。エリカはそのまま、早口で言った。
「…すみません、私、一旦部屋に戻ることにします。あ、レオさんは全然気にしなくて大丈夫ですよ。なので、ゆっくりお食事していて下さい。…それでは」
その言葉の最後は若干震えていた。そして足早に去っていく。いつもと変わらないような足取りで。だが、一瞬エリカの顔が見えた。その表情は今にも泣き出しそうで…。しかし、それを必死で堪えているようだった。
(心配だが…、今はそっとしておいた方がいいだろうな…。大切な家族がいなくなるなんて、あまりにも悲しすぎる。しかも、争いの中で…)
レオはため息をついた。それと同時に、兄がいなくなった時のことを思い出してしまった。最近はあまり思い出していなかったのだが…、こんな状況だからなのかもしれない。あの時の悲しみも、一緒に蘇ってくる。状況の違いはあるが、彼も確かに大切な家族を失っていた。まだ小さかった頃の話なのに、その日のことは何故か今でも鮮明に覚えている。あの時交わした言葉も、見た光景も、全て。
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あの日、まだ幼かったレオは一人で剣の練習をしていた。王を護る仕事に就いていた父に憧れて、小さい頃から鍛錬していたのだ。時々父にも練習に付き合ってもらっていて、それは厳しくもあったけれど、彼にとってはとても楽しいものだった。すると、そこにイオ――、兄がやって来た。彼は数冊の本を抱えていたが、レオの姿を見て近付いてきた。そして尋ねた。
「レオ、今日も剣の練習をしているんだね。将来、将軍でも目指すのかい?」
「兄上!僕は、王家の方々を守る騎士になりたいんです!」
レオが元気よくそう言うと、兄はレオの頭を軽く撫でた。そして優しく笑ったが、彼はすぐにその場を去っていった。いつも通りに、少し忙しそうに…。兄は「星術師」を目指していて、そのために勉強をしたり、王城の知り合いに会いに行ったりしている。そのため、いつも忙しそうだった。だが、いつも通り夕方までには戻ってくるだろう。そう、信じて疑っていなかった。
……しかし、その日、兄はいつになっても帰ってこなかった。屋敷中が混乱した。いつになっても、この家の嫡男が帰ってこない、と…。父は必死に兄を探させ、時間のある時に自らもあちこちを探し回った。しかし、全く有力な情報は手に入らない。母も気丈に振る舞っていたが、夜になると悲しそうに泣いているのをレオは知っていた。レオ自身も、何度も何度も兄の部屋に行った。もしかしたら、今までのことは全て夢で、部屋のドアを開けたら、そこにちゃんと兄がいるのではないかと…。けれども、何回開けても、兄がそこにいることはなかった。主を失った部屋があるだけだった…。
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「……おい、あんた、ぼーっとしているけど大丈夫か?疲れているならさっさと部屋に戻って休んだ方がいいぞ」
レヴェンにそう声をかけられ、レオは我に返った。大丈夫だと返し、慌てて残り少ない食事を続ける。しかし、さっきよりもかなりそれは冷めていた。どうやら、意外と時間が経ってしまっていたようだ。食堂にいる人は先ほどよりも少なくなっている。レオは残りの食事を済ませることにしたが、一人のせいか、すぐに終わってしまった。その後でレオはレヴェンに言われた通り、早々に部屋に戻ることにした。あの時の記憶を思い出してしまったせいか、少し頭が痛い。――…だが、その途中でテラスを見つけた。さっきはその存在に全く気付いていなかったが、そこからこの街の景色が一望できるようだ。そして、そこにはエリカがいた。一人、どこか遠くを眺めている。夕食の時に別れてから、ずっとここにいたのかもしれない。エリカが寒くないかと心配になったレオは、テラスに出てみることにした。
読んで下さり、ありがとうございました。




