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湖の街へと続く道は、大きな通りのためか、人通りはかなり多い。特に旅人や商人が多いようだ。時折道の真ん中を荷馬車が過ぎ去っていく。また、通りを挟むようにして商店や屋台もたくさん並んでいた。エリカは活気のある通りの様子を物珍しそうに眺めていたが、これならば何かあった時に人ごみに紛れやすい、とレオは考えていた。二人は特に会話しないまま歩いていたが、エリカはあることを思い出した。
「レオさん、先ほどの服屋の店主の方のお話、どう思いますか?個人的には、とても気になります。宿の女将さんも同じようなことを言っていましたよね…」
「ああ、エトリセリアが滅びる、って噂が前から流れていたという話か。確かに妙な話ではあるな…。けど、噂の出所が分からなければ、誰が何故それを知っていたのかも分からない」
エリカはその通りだとうなずいた。最初にそれを言い始めた人を知らなければ、詳しい話を聞くことは不可能だ。最初に話を聞いた時、エリカはそのことがかなり気になったのだが、急いでいたため、結局服屋の店主にも詳しく聞くことができていなかった。
それと、エリカにはもう一つ不思議に思っていたことがあった。そもそもどうして反乱軍の人間がエリカの存在を知っているのか、ということだ。エリカは民衆の間では「幻姫」と呼ばれ、いるかいないか定かではない存在であり、貴族の間でも同じだとジゼルは言っていた。その話に間違いはないだろう。そのことを聞いていたので、エリカは自分の実在を知る人はほとんどいないのだと考えていた。しかし、昨日の夕方の追手は、どう考えてもエリカのことを分かって、狙っていた。
(もしかして、私のことを知っている人が反乱軍の中にいるのでしょうか…?だとすると、一体誰なのでしょう。家族以外に私を知っているのは…)
しかし、王城にいたのはかなり前のことだったので、全く見当がつかない。それに、そもそも反乱軍に誰がいるのかも知らない。でも、一つだけ確実に言えることがある。それは、反乱軍の上層部のうちの誰かが、エリカのことを知っているということだ。なぜなら、昨日の追手たちは、「あの方」に命令されたと言っていたからだ。つまり、エリカのことを知っている人は他の人に命令できる立場にあるということ…。そして、きっとその気になればエリカを捜すために大量の兵士たちを動かすこともできるのだ。それを考えると、エリカはとても怖かった。一体、誰がエリカのことを知っているのか。何故、「幻姫」を捜しているのか…。そんなことを考えていると、レオが不意に不思議そうに言った。
「…そういえば、王都で幻姫の噂が流れたのは何故だったのだろう?君を見たことがある人はいないはずなのに噂が流れた理由が分からない。もしかして、誰か、君の存在を知っていた人がいるのでは?」
「確かに。…ということは、噂を最初に広めた人と反乱軍の人は同じなのでしょうか?私の存在を知っている人なんてほとんどいませんし……」
エリカのその言葉にレオが怪訝そうな表情をしたので、エリカはさっき自分が考えていたことをレオに伝えた。すると、レオは納得したようにうなずいた。あり得ない話ではない、ということだろう。だが、そうなると、問題になるのはやはりそれが誰なのか、ということだ。その人物が絞れれば一番良いのだが…。エリカは今までに関わったことのある人物を思い出しながらつぶやいた。
「一番考えられるのは、昔、天文台にいた方とか…。ですが、皆さん王城の関係者ですし…。それと、婚約者は……。あ!」
エリカは不意に思い出した。ずっと前、急に行方不明になってしまった婚約者のことを…。その後色々とあったため、その存在を忘れかけていたが、確かにいた。彼との思い出はもうほとんどないが、彼が優しかったことだけは覚えている。
「かなり前の話ですが、婚約者はいました。突然行方不明になってしまったので、その話は消えてしまったのですが。確か、名前は…、イオ様、だったと思います」
「イオ……、ってまさか…。エリカ、その人の名字を思い出せないか?」
何故かレオは急に真剣な表情になって尋ねた。エリカは彼の様子を不思議に思ったが、取りあえず記憶をたどることにした。小さい頃の記憶なのでかなり曖昧だったが、何とか思い出す。
「その人の本名は…、イオ・ログナートだったと思います。侯爵家の方ですよ」
「…!!それ、僕の兄の名前だ。だが、かなり前に行方不明になって、ずっと会っていない。君の婚約者だったのか…。すごい偶然だな…」
その言葉にエリカも驚いた。久しぶりにイオのことを懐かしく思い出す。けれど、時間が経ってしまっているせいか、記憶の中の彼の姿はどこか曖昧だ。きっと、レオが彼の名字を言っていたとしても、イオのことまで思い出していたかどうかは分からなかった。
「…けど、たぶん、兄は違うと思う。反乱を起こすような人じゃないし、そもそもずっと前に行方不明になっている。生きている可能性は、…限りなく低いだろう」
「ええ、私もそう思います。とても優しい方でしたから…」
しかし、そうなると話は再び振り出しに戻ってしまった。二人はしばらく考えていたが、結局誰なのか見当もつかず、その人物を特定することは諦めることにした。
「…まあ、逃げていたらいつか接触してくるだろうな。その時に分かるだろう」
レオはそう話を締めくくった。昨日のように、これからも反乱軍は追ってくるだろう。…きっと、どこまでも。だが、その時、エリカがふと右の方を向いた。レオもそれに釣られて、そちらを見る。その先に見えたのは、…こちらに矢を向けている、黒服の人物。エリカを狙っているとすぐに分かった。
「エリカ…!!危ない、こっちだ!」
レオはエリカの腕を引いた。その瞬間、矢が空を切る音がして、エリカが今までいた場所に突き刺さった。黒い人物が追手であることが確定した。しかも、相手は弓を使っているため、圧倒的にこちらが不利だ。
取りあえず、レオはエリカを連れて、敢えて人が少ない場所へ向かい、物陰に隠れた。しばらくすると、弓矢を持った人物がきょろきょろしながら、レオたちが隠れている場所へ近づいてきた。恐らく、向こうからはまだこちらの姿が見えていないのだろう。しかし、このまま黒い人物がこちらに来てしまえば見つかってしまう。どうするのだろう、とエリカが思ったその時だった。すぐそこまで来た黒い人物に向かってレオが飛び出した。そして、鞘をつけたままの剣をその人物の手に振り下ろす。不意をつかれた黒い人物は避けられず、鞘付きの剣は勢いよく人物の手に当たった。その痛みでその人物は持っていた弓矢を取り落とす。レオは素早くそれを遠くへと蹴飛ばした。そして、呆然としている人物を捕らえた。そこまで来てエリカはそっと物陰から出た。レオがどこも怪我をしていないのを見て取って、エリカは少し安心した。しかし、レオは今までにないほど冷たい目を追手に向けている。
「お前、何でこの子を狙ったんだ?まあ、十中八九、反乱軍だろうけど」
「…、それを答えたら、俺のことを解放してくれるか?それなら、教えてやってもいいけど」
黒い人物はまだ逃げることを諦めていないらしく、あちこちに視線を走らせていた。エリカはその様子に警戒しつつ、辺りを見た。もしかしたら、他にも追手がいるのではないかと思ったのだ。しかし、幸いなことに他にはいないようだ。辺りには彼ら以外誰もいない。レオが答えた。
「それは無理だな。少なくともお前は、この子の命を奪おうとしていた。それは、間違いなく罪だ。もし喋らなかったとしても、お前のことは、しかるべき場所に連れて行く」
その瞬間、黒い人物は素早くレオの手を振り払い、逃げようとした。エリカの方へと向かってくる。だが、エリカは咄嗟にその人の進路に足を伸ばした。予想外の障害を避けられなかった黒い人物はそれに引っかかり、思いっきり転ぶ。レオは再びその人物を捕らえ、たまたま近くに置いてあった縄で彼を縛った。
「エリカ、おかげで捕まえることができたよ。ありがとう」
「いえ、大したことはしていませんよ。それに、今の技は元々お姉様に教えてもらったものですし。逃げようとする人がいたらこうするといい、って。それを覚えていました!」
エリカは懐かしそうにそう言ったが…。レオは、何故ジゼルがそんなことをエリカに教えたのか不思議に思いつつ、警吏隊に黒い人物を引き渡すため、通りの方にいる人を呼んだ。しばらくすると、警吏が数人やって来て、彼を連れて行く。エリカも追手が持っていた弓矢を警吏に渡し、その事件は一旦解決したのだった。しかし、一つ分かったのは、この辺りに留まり続けるのは危険だと言うことだ。既に追手はこの辺りまで迫っている。なるべく早く遠くへ行かなければならない。二人は、先を急ぐことにした。
これにて、二章完結です!
読んで下さり、ありがとうございました。




