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幻姫と星空の国  作者: 立花柚月
天文台の王女
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8

エリカはぼんやりと天文台の窓から外の景色を眺めていた。森の新緑色がとても鮮やかに輝いている。すると、よく知った声が彼女の名前を呼び、エリカははっとした。慌てて入口へと向かう。玄関の扉の鍵を開けると、少し暗い屋内に明るい光が差し込んだ。エリカはそこにいる人物に笑いかけた。

「お姉様!お久しぶりです。何か月ぶりでしょうか?お元気そうで、何よりです」

エリカの目の前に、ジゼルがいた。爽やかな水色のドレスが、ジゼルの明るめの黒髪に映えている。ジゼルは人形のように整った顔に優しい微笑みを浮かべ、ぎゅっとエリカを抱きしめる。

「エリカ、久しぶりね!あなたも変わらない様子で良かったわ。…また少し、背が伸びたかしら?」

確かに、前よりも姉を見るときに顔を上にあげなくても済むようになっていた。その分成長したということなのだろう。エリカは笑ってうなずくと、ジゼルをいつものように天文台の中へと案内した。ジゼルは時々、こうしてエリカの住む天文台を訪ねてきてくれる。それはエリカの楽しみになっていた。――しかし、どこか違和感を覚える。何か、大事なことを忘れているような……。そんな奇妙な気持ちを振り払うように話しかけようとしたところで、エリカは不意に気付いた。いつの間にか、ジゼルの姿が消えている。ここにいるのは、エリカだけ。他に誰かいた痕跡は全く残っていなかった。いつの間にか、差し込んでいた穏やかな光も消えていて…。そこでようやく忘れていたことを思い出した。

――ジゼルは、もう、この世にいない。つまり、今見ているこの光景は、全て…。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「…っ!夢…、ですか?びっくりしました。あまりにも現実そっくりで…」

エリカはゆっくりとベッドの上で身を起こした。何度か深呼吸を繰り返した後で小さくため息をつく。もう二度と、夢の中のような出来事は起こらない。そんな現実が、エリカの心に影を落としていた。永遠に、ジゼルと話すことはできない。そうと分かっているのに、それを信じたくない自分が心の中にいる。これが、夢なら良いのに。しかし、間違いなくここは現実で、ジゼルが死んだのも紛れもない事実だった。


エリカとレオは朝ごはんを宿で食べてから、その宿を出発した。女将や少女は、少し寂しそうな表情をして見送ってくれた。――また、いつか、ここに来られるような日は来るのだろうか。それは彼女にはまだ全く分からなかった。今は先のことは何も見えない状況だ。逃避行は、始まったばかり。港町まではまだ遠い。

外に出ると、早い時間だが、既に開いているお店は多い。あちこちで、客を呼ぶための掛け声が聞こえてきた。その声の大きさに、エリカは少し驚いた。ここに着いたのは夜だったので、その時とは全く雰囲気が違う。エリカはきょろきょろしながら道を歩いたが、その様子を見て、とあることに気付いたレオが尋ねた。

「…エリカ。もしかして、君、街に買い物とかをしに来たことがないのか?」

「……、実はそうなんです。お金の使い方自体は知っていましたが、実際に払ったのは、さっき宿を出る時が初めてでした。そもそも、私の知っている世界は、城と、森と、天文台だけだったので…」

エリカは恥ずかしそうにそう言って、うつむいた。頬が少し赤くなっている。しかし、それを聞いたレオは何とも言えない気持ちになった。エリカは、しっかりしているように見えて、実は危うい。そのことに急に気付かされたようだった。彼女は王族という制限された環境に加え、不思議な力のせいで外の世界を詳しく知らない。星空の力を隠すためだったとは言え、レオはエトリセリア国王のその方法を今更ながら少し不満に思った。だが、それはもう変えようのない過去のことだ。

「そうだったのか…。でも、そこまで気にしなくていいと思う。これから少しずつ、色々なことを経験していけばいいんじゃないか?分からなければ、僕もサポートするから」

「…そうですね。ありがとうございます。ご迷惑をおかけすると思いますが、改めてよろしくお願いします」

エリカは律儀に頭を下げた。レオは少し戸惑いつつもうなずく。彼女は一応、敬われる側の立場のはずなのだが、あまりにも丁寧だ。ずっと天文台で過ごしていたのだから当然なのかもしれない。しかし、他の王族ともたまに接する機会のあったレオにとっては、それは少し不思議に感じられた。どこか他の王家の人間と違っている…。そんな違和感を覚えるレオを気にせず、エリカは再びあちこちを見始めた。非常に物珍しそうだ。しかし、レオはこんな感じで大丈夫なのだろうか、と少し不安に思ってしまった。

しばらく歩いていると、ようやく服を売っている店を見つけたので、エリカとレオはその店に入ることにした。そこには、様々な服が置いてある。どこか遠くの国の民族衣装まで売られていた。エリカは興味津々といった様子でしばらく店内中を回っていた。本でしか見たことがなかったような物がたくさんある。しばらくそれらに熱中していたせいで、本来の目的を忘れかけていた。

「…あ、ごめんなさい、つい夢中になってしまって…。あなたの服を選ばないといけないのに…。それに、あまりゆっくりしているわけにもいきませんよね」

「いや、大丈夫だ。僕が選んでいる間、見ていて構わない。暇だろうし」

レオのその言葉にエリカは嬉しそうに笑った。そして、再び店内を興味深そうに見始めた。とても楽しそうな様子だ。そんなエリカの様子にレオは少し笑い、服を選ぶことにした。約十分後、レオは買う服を決めたため、エリカを呼んだ。その間ずっと様々なものを観察していたエリカは非常に満足そうだ。二人は店主のところに行った。エリカがそのお代を払っていると、二人の様子を見ていた店主が言った。

「お前ら、エトリセリアから来たんだろう?服装で分かるよ。それに、そっちの青年は身なりがいいし、どうせ反乱から逃げてきたんだろう。でも、ここにはいない方がいい。国境がすぐそこにあるから、すぐに追手が来てしまう」

エリカとレオは顔を見合わせた。何故、店主はエトリセリアで反乱が起こったことを知っているのだろう?いくらここがエトリセリアの国境に近いとは言え、あまりにも情報が伝わるのが早すぎる。そういえば、宿の女将もそのことを知っていたが…。気になったので、エリカは店主に尋ねた。

「あの、どうして反乱が起きたということを知っているんですか?まだその情報は、フレイアには入っていませんよね?」

「何だ、お前ら知らなかったのか。少し前から言われていた。…エトリセリアはそろそろ滅びると…。それに、この辺りは旅人の街だ。前に来た奴が反乱が起こる日を教えてくれたんだ。だから知っている」

確かに女将も同じようなことを言っていたが…。そもそも、反乱が起こるという情報の出所はどこなのか。だが、さすがにそこまでは彼も分からないだろう。

店主はエリカにお釣りを渡した。そして、時計の方に一瞬目を向けてから言った。

「行くなら早く行った方がいい。今ならまだ時間もそれなりに早いし、何とかなるだろう。…ちなみに、どこか目的の場所はあるのか?」

そう尋ねられたエリカは昨日レオにも見せた住所の書かれた紙を見せた。そこにある「港町」の文字を見た店主はメモに手早く簡単な地図を描いた。それはこの周辺の地図だった。それによると、この店のある道をまっすぐに行くと、大きな街道があるようだ。そこを西に行くと、湖の街というところにたどり着くらしい。そこから先のことは、その街の人に聞くように、と店主は言った。その先のことは彼もよく知らないのだと言う。二人は店主に礼を言い、地図通りに道を歩いた。しばらくすると、地図にも描かれていた大きな街道に出た。まっすぐと伸びる道がずっと咲きまで続いている。恐らく、こちらで合っているのだろう。レオは周囲に敵がいないかを確認しつつ、どちらが北の方角かを確認した。今はまだ午前中。太陽がある方が東だ。つまり、その反対方向に向かえば良い。

「かなり長い旅になりそうだな…。エリカ、出発しても大丈夫か?」

「ええ、いつでも大丈夫ですよ!」

エリカは即答した。レオは少し笑ってうなずき、二人は道を歩き出した。

読んで下さり、ありがとうございました。

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