ギフテッドの紋章
ファビアンの名前は、サン=テグジュペリの「夜間飛行」からとっています。あれもいい小説だったなぁ……。あ、あと新連載の「ダーティーズ!」もよろしこ。
街中を歩くふたり。常夜のこの街では、派手なネオンがちらつき、眠らない繁華街独特の騒音で、二人は大声で話していた。
「にしてもよウィッカム、結局俺らは何を奪いに来たんだっけ」
「うむ、的を得ている質問であーる。私が欲しい女は、この国の王女。そして非常に興味深いのは、この国の《紋章》なのであーる」
「お、王女っておま……、処刑されるぞ!? それに紋章ってなんだよ」
コホンとウィッカムは咳ばらいをして、
「この国の紋章。それは帝王が代々受け継いでいる最高機密の秘宝であり、それを所持する者はなんとエンプティでもギフテッドと同等の能力を持つことができるのであーる」
「ほう。そいつぁ質屋に売ったら高くつくだろうな。当然、闇稼業の場所に限るだろうが。そんなものまともなところに売ったら足がついて、それこそ俺らは国際指名手配犯になっちまう」
「その通り、なに、買い取ってくれるブローカーの、資産家の友人がいるのであーる。安心したまーえ。彼の名はファビアンと言う。今晩彼の家に泊めてもらえる予定なのであーる」
──街路。
セシルはエルザからもらった身を隠すローブを纏い、誰にも知られないように夜の街を歩き、路地裏に停めている彼女の所有するバンの中に入った。
「いちおー、ここがあたしのアジトだよ」
「あなたは、車で寝泊まりをするのですか?」
「まー、いろいろ便利だからね。ごめんね、後部座席なら横になれると思うんだけど」
「贅沢は言いませんよ……あなたは一応恩人なのだから。しかし、あなた、処刑されますよ?」
「手がかりがないのに、どうあたしを探そうっていうのさ」
エルザはハンバーガーを二個CUBEから取り出し、片方をセシルに渡した。どうやらビングリーのCUBEは世界的に出回っているらしい。エルザはそれを少しだけ齧った。
「そんでさ、あたし、紋章を狙ってんだけど、まさかあんた、今持ってないよね?」
「ごめんなさい……あれは、陛下が厳重に保管しているのです」
「そいつぁ厄介だね」
エルザはもう一つのCUBEから酒瓶を取り出し、口をつけた。
「ダジュール陛下って、ギフテッドなの?」
「いえ、エンプティです」
「つーことは、紋章でギフテッドの能力を得てるわけだ」
「まあ……でも、紋章は必ずしも強い異能を得られるわけではありません。実は、彼が所持するより、私が所持する方がよっぽど強い異能を得られるのです」
「ほう」
エルザは顔を赤らめながら、少し眠たそうにした。
「今夜はここで寝な。この地域は駐禁うるさくないし、こんなとこ誰も来ないから、安心するといいよ」
――帝国オーリリアハウス。
ローブ姿のダジュールはイライラしながら髭をいじり、大声で、
「おい、アラカルト!」
と呼んだ。
すると目にもとまらぬ速さで、白いタキシードを着た男が現れた。
「な、な、なんでしょう、あーっ、あっ、あっ、陛下殿」
アラカルトは細身の中年で、かなりのどもりで、あーっ、あっ、あっと口にするのが癖。
「セシルの居場所はまだ分からぬのか」
「あーっ、あっ、あっ、申し訳ございません、い、い、今さっきまでずっと探し回ってい、い、いるのですが、み、み、見当たりません。ですが、あーっ、あっ、あっ、最新の情報によると、は、は、犯人は盗賊のようです、あーっ、あっ、あっ」
「ふむ……盗賊か。許せぬ。人間をさらう盗賊など……生意気な」
するとアラカルトは下卑た笑みを浮かべ、
「あーっ、あっ、あっ、わたくしに妙案がございます、へ、へ、陛下」
「なんだ、申してみい」
「も、も、紋章を使うのです。す、す、全ての盗賊が最も欲しがるのは、あーっ、あっ、あっ、ものすごい高値のつく、紋章なのですから」
「ほう……」
ダジュールは指を鳴らしてワイングラスを取り出し、上等な酒の入った瓶が宙に浮いてそこに注がれた。
「そー、そ、そ、それが陛下の異能なのですね」
「そうだ。だが、わしはこんな異能などいらん。紋章などどうでもいい。それより、セシルを弄ぶ方がよっぽど愉しいからな。あんな絶世の美女を連れて歩くことは、わしの威厳を保つためにも大事なのだ」
ダジュールはグラスを傾け、悦に浸った。
――某マンション。
二人はマンションの202号室の部屋のドアベルを鳴らした。
中から出て来たのは、シャツの上にエプロンを纏った、筋肉隆々で髭面の、体長2メートルはあるかと思われる男だった。
「ようウィッカム。久方ぶりじゃねぇか」
「ふふふ、お前と言う奴も相変わらずであーる。こちらは私の友人のビングリーであーる。ビングリー、知らないと思うが、彼もこう見えてハルジオン大学の同期なのであーる」
「マジすか。ファビアンさん」
「おう青年、俺ぁ敬語を使われると背中が痒くなるんだ。砕けた話し方で喋ってくれねぇか」
「……ファビアン、あんたの専攻はなんだ?」
「なーに、ウィッカムほど成績は良くねえが、史学だよ。一応、博士号も取っているがな。どれ、腹も減っているだろう。良かったら俺の料理、味わってくれや」
ファビアンは、クジラの肉のスープ、アジの串焼き、大盛りのポテトサラダなどをふるまった。そこそこ美味しく、ボリューム満点で二人は満腹した。それからはつまみの落花生を出し、三人でワインを飲みながら食べた。
「おもしれえ話がある。異能者のなかでは、唯一、規格外の異能を持った異能者がいる。それは一番最初のアダムとイヴ、正確にはオリジン・アダムとオリジン・イヴと言うんだが、その血統を持った異能者で、その異能はギフテッドと言わず、《ヴァルハラ》と呼ぶのが通例なんだ。だが、ジョーカーズが出現する前の段階で、多くのヴァルハラは殺された。ヴァルハラはいきなり異能を発揮するわけじゃねぇ。使えば使うほど成長していくから、最初はひよっこで、簡単に殺されちまうからな」
「ふむ。興味ぶかーい。ところで話は代わるが、ダジュールの側近に、ジョーカーズがいると聞いているのーだが」
ファビアンはげっぷをして、
「アラカルトのことか。あいつぁ何を考えているのか分からねぇからな。俺の推測からしたら、あいつも紋章を狙ってるのかもしれねえ」
そう言って、
「Bチャンネルをつけろ」
とテレビに声をかけると、テレビは映像を映し出した。
すると男性のリポーターが、オーリリアハウスの前で、
「とんでもないニュースが舞い降りました。偉大なるダジュール陛下が、王家代々に伝わるギフテッドの紋章を展示するとのことです。そこに、一枚の予告状が偉大なるダジュール陛下の元に届きました。文面によると、『私がセシル王女をいただいた。王家の紋章も、8月25日の午前0時に頂きに行く』とのことです」
ファビアンは、くっくと笑って。
「おやおや、おもしれえことになって来たじゃあねぇか。ただでさえセシル王女が拉致されたってんで世間は盛り上がってんのに、紋章を奪うたぁ大した野郎だね」
「ふむ。警備は相当厳重になるだろうが、チャンスであーるな。どうだ? ビングリー。あの予告状は我々が出したということにしようではないーか?」
「やめといたほうがいいと思うけどなぁ……」
――車内。
人工伝書鳩を飛ばしたエルザ。ネットラジオでその放送を聞き、満足している。
「どうして窃盗を予告しているのです? 警備が相当厳重になるだけじゃないですか」
セシルが心配そうに尋ねる。
「あたしの狙いは、アラカルトっていう曲者ジョーカーズだよ。あんたの部下だから、知ってるよね?」
「ええ……最初ジョーカーズだと聞いたとき、皆彼の狙いが分からなかったものの、殺せばイライザに報復されるのを恐れ、一応家臣にしています。しかし、彼は今のところ特に問題なく王家のために働いています。彼に因縁でも?」
「あたしは、ジョーカーズに前いたんだ。幹部じゃなくて構成員だけどね。だけど任務に失敗し、お仕置きと称して性的暴行を受け、殺されるところを逃げてきた。あれ以来、ジョーカーズが憎くて、特にあたしを徹底的に犯したアラカルト。あいつは絶対に許さない」
くすりとセシルは笑い、
「私も似たような境遇ですわ。前の陛下は人間の陛下で聡明で美しく、お優しい方だったのですが、ダジュール陛下が前の陛下をこきおろし、金と権力と力で王位の座を無理矢理奪った。それ以来、私はダジュールの玩具として生きています」
「あんたとあたし、友達になれそうだね」
セシルはそのことばにくすぐったそうに笑い、
「そんなの、とっくに友達ではありませんか」
とエルザに手を差し伸べ、エルザはにこりとほほ笑んで手を取った。
「あーっ、あっ、あっ。仲がよ、よくて結構結構」
ふたりはその声にびくりと震えた。
パワーウィンドウを力でこじ開けたのは。
「こんなところにいたのか愛しのセシルよ。まったく、紋章を展示する手筈が無駄だったわい」
毛むくじゃらの太い腕が、二人にこれ以上ない恐怖を与えていた。




