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第四十九話 瀬川夫妻

 光男の話を一通り聞いた後、祥子は口を開いた。


「私に隠してたのね」


「隠していた訳じゃない」


「じゃあなに?」


 厳しい表情で祥子は光男に詰め寄る。


「なにって…」


 光男は床に腰を下ろしたままの格好で、口淀み、目線を外す様に下を向いた。


「私が毎日掃除して、綺麗にしている家をこんなにして、なんでそんな風に出来るの! 貴方の為に夜はパートにも出てるのよ! なんなの! ちゃんと言ってよ!」


 祥子は上から、光男の後頭部に向かって叫ぶ。


「…だから」


 下を向いたままの光男の口から微かに声が漏れた。


「聞こえない。はっきり言って」


 祥子は相変わらずのきつい口調で言う。

 だから光男は顔を上げて、祥子を睨み返しながら言った。


「そんなんだから言えないんだろ! 美冬の話だ。どうせ直ぐそうやって怒鳴って、まともな話にならない。いつだってそうだ」


 祥子は唇をかみ締めて、黙ってそれを聞いていたが、次第に顔つきを和らげて懇願する様に話し始めた。


「そんなに私が悪いの? 貴方の事が好きで、貴方と二人っきりで暮らしたいと思ってるだけなのに。学生の頃約束したじゃない」


「そんな事。しょうがないだろ。実際美冬はいるんだ。生まれて見れば可愛いとか、ならないのか?」


「その所為で体形が崩れたわ。妊娠線も少し残ってる。一つもいい事ないのに、なんで可愛いと思えるの? 私が貴方と過ごす時間だって、あの娘が奪って行って」


「それは違う! 美冬が奪ったんじゃない! 私が娘を構っただけだろう! 何が悪い! 娘を構って何が悪い! お前はおかしい。異常だ。俺はみんなで仲良く暮らしたかっただけなんだ。なんでそれを壊す。なんで普通に出来ない。他の母親みたいに、なんでお前は美冬を、実の娘を愛せない!」


「キライだから」


 祥子は、ポツリと言った。


「それじゃあ話しにならない。なんで好きになろうとしない」


「私が二人いるなんて嫌だし。私より若い私なんて、もっと嫌だし」


「なに言ってるんだ? あの娘はあの娘だろう。お前じゃない」


「私から出て来たんだもん、私よ。顔も性格もそっくり」


 そう言いながら、祥子は自分のお腹を撫でた。


「あの時、お前が美冬の名前を勝手に改名したのを知った時、もっとちゃんと話し合うべきだった。さっき話した渡辺さんの言う通りだ。お前とは別れるしかないようだ。付いていけない」


 その言葉を聞くと、祥子はそれまでお腹を撫でていた仕草を止めた。


「別れる?」


 そしてポツリと言う。


「別れたら死ぬ。今更一人でなんか生きて行けないんだから」


 そう言うと祥子は屈んで、しゃがんでいる光男の事を両手を広げて抱きしめた。


「貴方に捨てられたら、私死んじゃうから。死んじゃうから」


 頬を光男の頬に摺り寄せながら、甘えた声で繰り返し言う祥子。


「いいの? 私が死んでもいいの?」


 祥子の涙が頬を伝い、光男の頬へと流れて来て、乾いた唇を潤す。


「あ…ああ…」


 半開きになった光男の口からは声が漏れた。

 光男もまた、いつの間にか泣いていたのだ。

 それに気付いた祥子は更にきつく抱きしめる。


「困ったなぁ。困ったなぁ…」


 光男は独り言の様に呟いた。






つづく

いつも読んで頂いて、有難うございます。

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