第四十八話 それぞれの夜 その②
夜九時半。
大型ディスカウントストア。
店内は商品が隙間を埋める様に並べられていた。
歩くのがやっとの通路を美冬と、その後ろを数歩遅れて渡辺が歩く。
煌々と照らされた照明が、昼間以上に明るく商品を照らす。
美冬はどんどん奥へと進む。
いつの間にかあたりは女性モノの下着売り場へと変わっていた。
それでもまだ、美冬は奥へと進んで行く。
後ろを歩く渡辺は、色とりどりの下着に目のやり場に困っていた。
周りの女性達が自分の事をジロジロ見ている様な気がするからだ。
「ちょっと」
思わず渡辺は美冬に声をかける。
聞こえなかったのか、美冬は更に黙々と歩き続ける。
「ちょっと、美冬ちゃん」
だから渡辺は先程より少し大きな声で、もう一度呼んだ。
「なに?」
今度は立ち止まりキョトンとした顔で振り返った美冬。
「タバコ。タバコ吸って来ていいかな? これ、お金渡しとくから」
そう言うと渡辺は美冬に三万円渡した。
「こんなに? いいよ」
美冬はそう言いながら、お金を突き返そうとする。
「いいんだ。残ったら返してくれればいい。兎に角、必要な物はそれで買っていてくれ。俺はじゃあ、ちょっと行って来るから」
渡辺はそう言うと、反転して早足でその場を立ち去った。
ディスカウントストアから外に出ると、夜空は晴れていたが、駐車場の照明の明るさで、星は見えなかった。
渡辺は店の入り口から少し離れた所にある、備え付けの灰皿の所へ行くとタバコに火を点けた。
吸い込むと、タバコの先端がオレンジ色に光る。
「まいったな」
渡辺は煙を吹かしながら、苦笑いでそう言った。
住宅街を歩く安藤と舞。
「そもそも、美冬はお父さんが唯一の身内だと思っているから、ファザコンの気があると思うの」
「ファザコン! じゃあ、渡辺さんの事好きかもって事?」
「そう。多分好き。渡辺さんて、優しくて頼れる感じあるでしょ。美冬は愛情不足だから、そういうの弱いと思う」
「でも、おじさんだよ。中年だよ」
「関係ないよ、そんなの」
「えー、じゃあ危ないじゃん」
「それは大丈夫だと思う。渡辺さんは、本当に娘が欲しいんだと思えるから。ただ単に家族というものが」
「……」
「あっ!」
「なに?」
「道。通り過ぎちゃった。さっきの二股左なの」
「そう」
「話に夢中になっちゃって」
「そう」
「安藤君は、こっちだよね」
「うん」
「じゃあ、ここでお別れだ」
「そう」
「うん。何か、色々あったね。この二日間」
「ああ。そうだね」
「じゃあ私、あっちだから」
「うん」
「じゃあ、また明日ね」
「うん。また明日」
午後十一時。瀬川邸。
「なんなの? これ」
パートから自宅に帰り、祥子は驚いていた。
食器棚の皿が散乱し、廊下にも破片が飛び散っていた。
リビングに入るとソファーが倒され、床に光男が倒れているのが見えた。
「あなた! あなた、大丈夫!」
祥子は大声で叫び、光男へと駆け寄る。
そして頭を少し持ち上げて、腕を首の下に当てて頭を少し揺さ振りながら呼んだ。
「あなた! 起きて! あなた!」
「んん~」
微かに光男の口から声が漏れる。
祥子は今度は先程より大きく、光男の上半身全体を揺さ振った。
「あなた!」
「あー、なんだ。祥子か」
光男は目を覚ました。
「寝てた…美冬。美冬はいるか?」
「美冬? 知らないわよ。下にはいないみたいだけれど」
「お前の所為だ!」
すると光男は突然そう言うと、体を起こして祥子に掴みかかって来た。
「なに? 痛い! なんなのよ」
祥子は光男の手で抑えられた肩口を振り解きながら言う。
「お前と別れないと、美冬は帰って来ない。お前の所為だ! お前が美冬を虐めるから! 苦しめるから! ああ、俺はどうすれば良いんだ? 俺には選べない。俺は」
そう言いながら光男は頭を抱え込んだ。
「なに? どうしたの? 何があったの?」
突然の事に何が起こったのか分からないまま、頭を抱え苦しそうにしている光男を見ながら、祥子は言った。
つづく
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