07.偶然
義兄夫妻が訪ねてきてから数日後、公爵邸にはまた客人が訪れていた。
父と古くから付き合いのある伯爵夫妻と、その娘であるヴィオラ様だ。
伯爵家は川を利用した交易に関わっており、今回は夏以降の輸送について父と話すために公爵領を訪れたらしい。ヴィオラ様と伯爵夫人も同行し、今夜はこちらへ泊まることになっている。
ヴィオラ様とは、以前から顔見知りだった。
王都の夜会でも何度か顔を合わせているし、幼い頃には両親とともにこの屋敷を訪れたこともある。ただ、年齢が離れていたこともあって、これまで挨拶以上の言葉を交わす機会はそれほど多くなかった。
けれど、ローレンスとは昔から親しかったようだ。
「相変わらずですね」
昼食を終えて応接室へ移ると、ヴィオラ様がローレンスを見て笑った。
「それは褒めてくださっているのでしょうか」
「どうでしょう」
ヴィオラ様は楽しそうに紅茶のカップへ手を伸ばす。
「困りましたね」
そう言いながらも、ローレンスは少しも困っていない顔をしている。
「昔から、そうやって誰にでも愛想がいいでしょう?」
「愛想くらいよくしておいたほうが、世の中は生きやすいですよ」
ヴィオラ様は呆れたように眉を下げた。
「そういうところです」
二人の間には、昔から互いを知っている者同士らしい気安さがあった。
「お二人は、王都でよくお会いしていたのですか?」
「ええ。家同士の付き合いもありましたから」
ヴィオラ様が答える。
「アメリア様とも何度かお会いしていますよ。覚えていらっしゃいます?」
「ええ。こちらへいらしたこともありましたよね」
記憶を辿りながら答える。
ヴィオラ様の顔には覚えがあるものの、当時何を話したかまでは思い出せなかった。
「ありました。お庭でお茶をご一緒したことも」
「ああ……覚えています」
そこまで言われて、ようやく昔の庭の景色が浮かんだ。
十二歳くらいの頃だっただろうか。
春になると、父は付き合いのある家族を屋敷へ招くことがあった。その日は天気がよく、庭へ卓を出して茶会を開いていた。
「途中で本を読みに行ってしまわれたでしょう?」
ヴィオラ様に言われ、少し恥ずかしくなる。
「そんなことまで覚えていらっしゃるのですか」
「皆で話していたのに、気づいたらいなくなっていたので」
「東屋にいましたね」
ローレンスが言った。
私は隣を見る。
「覚えているのですか?」
「ええ」
迷いのない返事だった。
「随分前のことなのに」
「青い表紙の本を読んでいました」
思わず目を瞬いた。
そこまで言われると、私にも覚えがある。
お気に入りだった冒険物語だ。
「……よくそんなことまで覚えていますね」
「途中でいなくなったので、印象に残っていたのですよ」
「本の色まで?」
「目立つ表紙でしたから」
ローレンスは何でもないことのように答え、紅茶へ口をつけた。
話題はそのまま、王都での昔話へ移っていった。
ローレンスとヴィオラ様には共通の知人も多いらしく、私の知らない名前がいくつも会話にのぼる。
「そういえば、以前おすすめいただいた旅行記、面白かったですよ」
ヴィオラ様が思い出したように言った。
「南方諸国のものですか?」
「ええ。あれです」
題名を出さなくても、ローレンスにはすぐ分かったらしい。
「ずいぶん前のことですね」
「勧められた側は覚えているものです」
ヴィオラ様が笑う。
「気に入っていただけたならよかったです」
ローレンスもいつものように笑って応じた。
知らない話だった。ローレンスがヴィオラ様と、そんなふうに本の話をしていたことを私は知らない。
二人にとっては、昔の何気ない思い出なのだろう。
ローレンスは長く王都で暮らしてきたのだから、私の知らない頃の彼を知っている人がいるのは当然だ。
それでも、先日の夜会で聞いた話が頭をよぎった。
ローレンスには、長く想っている女性がいるらしい。
私は改めてヴィオラ様を見る。
家柄は申し分ない。ローレンスとは年齢も近く、昔から家同士の付き合いがある。こうして話している様子を見ても親しげで、昔は本を勧めることもあったらしい。
もしかすると。ローレンスが長く想っていた女性とは、ヴィオラ様なのだろうか。
「どうしました?」
ローレンスに声をかけられた。
「何がです?」
「静かなので」
「お話を聞いていただけです」
「そうですか?」
「ええ」
ローレンスは少しだけこちらを見たあと、またヴィオラ様との話へ戻った。
私も紅茶へ口をつける。
聞いてみようかと、一瞬だけ思った。
けれど、客人のいるところで尋ねるようなことではない。
それに、そもそも私が確かめる必要のあることなのだろうか。
答えは出ないまま、茶の時間は終わった。
◇
その夜。
客人たちとの夕食を終え、自室へ戻った。
侍女に髪を解いてもらい、夜着の上から薄い部屋着を羽織る。
読みかけの本を開いていると、扉が叩かれた。
「どうぞ」
入ってきたのはローレンスだった。
「まだ起きていらしたのですね」
「ええ」
ローレンスもすでに夜の装いに着替えていた。
結婚してから、夜にこうして少し話をすることが増えた。
今日あったことや、明日の予定。時には互いに読んでいる本の話。
特別なことをするわけではない。
それでも、いつの間にか何度か繰り返すようになっていた。
「明日は伯爵たちも発たれるそうですよ」
「父上とのお話はまとまったのですか?」
「おそらく。詳しくは明日聞くことになるでしょう」
「そうですか」
そこで会話が途切れた。
ローレンスは卓上に置かれていた本へ目を向ける。
「それ、以前も読んでいませんでした?」
「覚えているのですか?」
「ええ」
何気ない返事だった。
けれど、昼間にも似たようなことがあったばかりだ。
「今日も昔読んでいた本のことを覚えていましたね」
「青い本ですか?」
「そうです」
「気になりました?」
「少し。私はすっかり忘れていましたから」
あれは十年近く前のことだ。
自分でも忘れていたようなことを、ローレンスは覚えていた。
「私も何でも覚えているわけではありませんよ」
「でも、よく覚えているでしょう」
「そうかもしれませんね」
ローレンスは笑った。
その顔を見ているうちに、昼間のもう一つの会話が頭へ浮かぶ。
「ヴィオラ様とは、本のお話をよくなさっていたのですか?」
できるだけ何でもないことのように尋ねた。
「昔は時々しましたよ」
「旅行記をおすすめしたとおっしゃっていましたね」
「ええ。私が読んで面白かったので」
ローレンスは、昔のことを話しているだけという様子だった。
「そうですか」
それだけのことだ。
友人に本を勧めた。ただ、それだけ。
分かっているのに、私はもう一つ聞きたくなった。
「ヴィオラ様とは、いつ頃から親しかったのです?」
今度は、少し踏み込んだ質問になった気がした。
「いつ頃でしょう。家同士では昔から付き合いがありましたから」
「では、子供の頃から?」
気づけば、すぐに次の問いを重ねていた。
「顔を合わせてはいましたね。親しく話すようになったのは、もう少し後だったと思います」
「そうなのですね」
答えを聞いても、なぜかそれだけでは足りない気がした。
ローレンスがこちらを見る。
「今日は随分、ヴィオラのことを聞きますね」
その言葉に、一瞬返事に詰まりそうになる。
「昼間、お二人が昔のお話をなさっていたからです」
ローレンスは少しだけ私の顔を見た。
「それだけ?」
「それだけです」
そう答えたものの、自分でも本当にそれだけなのか分からなかった。
少し間が空く。
「あなたは、ヴィオラ様のことを――」
そこまで口にして、止まった。
ローレンスが待っている。
「私が?」
何を聞こうとしているのか。
自分では分かっている。
けれど、最後まで言ってしまっていいのだろうか。
ローレンスには、長く想っていた人がいる。
それでも私との結婚を受け入れて、公爵家へ婿入りした。
私に対して不誠実だったこともない。
それなら、結婚する前に誰を想っていたのかまで、私が聞き出す必要はないのではないか。
「……いいえ。何でもありません」
ローレンスは少し眉を上げた。
「気になりますね」
「忘れてください」
「そこまで言われると難しいのですが」
私は本へ視線を落とした。
「大したことではありませんから」
ローレンスは少しの間、私を見ていた。
けれど、結局それ以上は追及しなかった。
「分かりました」
そのことに、少しだけほっとする。
同時に、なぜ自分があんなことを聞こうとしたのか、よく分からなかった。
ローレンスはしばらく別の話をしていたが、やがて時計へ目を向けた。
「では、今日はもう休みますね」
「……もうお休みになるのですか?」
口にしてから、自分でも少し意外だった。
ローレンスがこちらを見る。
「ええ。何かあります?」
「いいえ。ただ、まだそれほど遅くないと思っただけです」
「そうですね」
ローレンスは時計を見た。
「では、もう少しいましょうか」
「お好きになさってください」
「そうします」
ローレンスは再び腰を下ろした。
「何かお話しします?」
「何かしなければいけません?」
「いいえ」
「では、このままで」
「分かりました」
私は本を開き直した。
ローレンスも卓上に置いてあった本を手に取る。
頁をめくる音と、暖炉で薪が爆ぜる音だけが、静かな部屋に時折響いた。
こうして何も話さず同じ部屋にいることにも、少しずつ慣れてきた。
しばらくして、ローレンスが姿勢を変えた。
肩がわずかに触れる。
「失礼」
ローレンスが離れようとする。
「大丈夫ですよ」
それだけ言った。
ローレンスも、それ以上は動かなかった。
ほんの少し肩が触れているだけだ。
夜会で踊るときのほうが、ずっと近い。
気にするようなことではない。
そう思って、私は本へ視線を戻した。
ローレンスも何も言わない。
ただ、それ以上こちらへ近づくこともなかった。
結婚してからずっと、ローレンスはそうだった。
私が嫌がることはしない。
こちらが許した以上には踏み込まない。
それは夫婦になる前から知っていた彼の性格と、それほど変わらない。
昼間、ヴィオラ様と話していたときのローレンスを思い出す。
あちらには、長い付き合いのある友人としての気安さがあった。
今、私の隣にいるローレンスとは、少し違う。
どちらが本当ということではないのだろう。
私が知らない一面が、まだいくつもあるだけなのかもしれない。
私は頁をめくった。
結局、その夜も本の内容はあまり頭に残らなかった。
◇
翌朝。
伯爵一家が発つ前に、ヴィオラ様と庭を歩くことになった。
「昨日はありがとうございました」
「こちらこそ。久しぶりにゆっくり過ごせました」
朝露の残る庭を並んで歩く。
しばらくして、ヴィオラ様が笑った。
「そういえば、旦那様には感謝しているのです」
私は彼女を見る。
「ローレンスに?」
思わず聞き返した。
「ええ。婚約者と知り合うきっかけをくださったのが、旦那様でしたから」
「……婚約者?」
思いがけない言葉だった。
「ご存じありませんでした?」
「ええ」
ヴィオラ様に婚約者がいるとは、一度も聞いたことがなかった。
「三年ほど前になります。王都で小さな音楽会があったでしょう?」
「……あったような気がします」
記憶を探る。
三年前なら、私も王都にいたはずだ。
「旦那様が私と彼を同じ席へ招いてくださったのです。好きな作曲家が同じだと知って、話すようになって」
ヴィオラ様は嬉しそうに笑った。
「本人は、たまたま二人とも呼んだだけだとおっしゃっていましたけれど」
「ローレンスらしいですね」
「ええ」
「婚約者の方は、どなたなのです?」
そのまま、もう一つ尋ねた。
「エドガー・リンドナー様です」
「……リンドナー?」
聞き覚えのある家名だった。
「リンドナー伯爵家の次男の?」
「ええ。ご存じですか?」
ヴィオラ様が少し意外そうにこちらを見る。
「直接お話ししたことは、ほとんどありませんけれど……」
どこで名前を聞いたのか。
少し考えて、思い出した。
まだ私の婚約が決まる前。
父から、将来の婿として考えられる男性の名をいくつか聞かされたことがある。
その中にいた。
リンドナー伯爵家の次男、エドガー様。
「どうかなさいました?」
「いいえ」
私は首を横に振った。
「少し昔のことを思い出しただけです」
三年前。私が十七歳だった頃だ。
父がそろそろ婿を具体的に考えなければならないと言い始めていた時期でもある。
エドガー様の名前も、その頃に聞いたはずだ。
「婚約されたのは?」
「二年前です」
「では、お知り合いになって一年ほどで?」
「ええ。お互いの家族にも賛成していただけましたから」
「ご結婚は?」
「今年の秋です」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
祝いの言葉は自然に口から出た。
ヴィオラ様には婚約者がいる。
ならば、昨夜私が聞こうとしたことは、見当違いだったらしい。
そう分かって、少し気持ちが軽くなった。
そのことを、自分でも少し不思議に思った。
「旦那様は昔から、ああいうことがお上手なのですよ」
「ああいうこと?」
「人と人を引き合わせることです」
思いがけない話だった。
「そうなのですか?」
「ええ。私たちだけではありませんよ」
ヴィオラ様の言い方に、私は少し引っかかった。
「ほかにも?」
「何組かいらしたと思います。特に三、四年前は、よく茶会や観劇へ人を誘っていらしたような」
「ローレンスが?」
「ご本人は、ただ友人を呼んでいただけとおっしゃるでしょうけれど」
ヴィオラ様は楽しそうに笑った。
確かに、ローレンスならやりそうだ。
昔から人付き合いが広い。気の合いそうな者同士を見つけるのも得意なのだろう。
それにしても、不思議な縁だ。
もしローレンスがあの音楽会へ二人を招いていなければ、エドガー様はヴィオラ様と親しくならなかったかもしれない。
そうなれば、父が挙げた候補の一人として、私と婚姻の話が進んでいた可能性もあったのだろうか。
今となっては分からない。
ただ、妙な偶然もあるものだと思った。
◇
伯爵一家を見送ったあと、私はローレンスを探した。
午前中は父と仕事をする予定だったはずだが、まだ執務室へは向かっていなかったらしい。
庭へ続く回廊で見つけた。
「ローレンス」
声をかけると、振り返る。
「どうしました?」
「少し聞きたいことが」
「何でしょう」
ローレンスは足を止め、こちらへ向き直る。
「リンドナー伯爵家のエドガー様をご存じですよね」
「ええ」
「ヴィオラ様の婚約者だそうですね」
「そうですね」
やはり知っていたらしい。
私は続けて、今朝聞いた話を口にした。
「二人が知り合ったきっかけを作ったのは、あなたなのだとか」
「そんなこともありましたね」
あまりにも軽い返事だった。
「覚えていないのです?」
「覚えていますよ」
「では、なぜそんなことも、なんて」
「昔のことですから」
ローレンスは何でもないことのように笑う。
私はその顔をしばらく見てから、もう一つ気になっていたことを尋ねた。
「エドガー様が、以前私の婿候補だったことも?」
ローレンスは一度だけ瞬いた。
「ええ。知っていましたよ」
思ったよりあっさりした返事だった。
「……知っていたのですか?」
「それほど意外ですか?」
ローレンスはいつものように笑っている。
「少しは。いつから知っていたのです?」
「候補として名前が挙がるようになった頃には」
「どうして?」
ローレンスは少し考えるように視線を逸らした。
「社交界でそれとなく話は出ますから。家格や年齢を考えれば、候補になりそうな方もある程度は分かります」
そう言われれば、不自然ではない。
ローレンスは十五歳から父のところへ話をしに行っていた。
自分以外にどんな候補がいるのか知ろうとすることも、社交界で耳にすることも、おかしくない。
それでも、もう一つ引っかかることがあった。
「でも、エドガー様が私の婿候補だと知りながら、ヴィオラ様と引き合わせたのですよね」
「結果としては、そうなりますね」
「結果として?」
「二人は相性がよさそうでしたから」
「それは……そうだったのでしょうけれど」
どうにも話をずらされた気がする。
「実際、幸せそうでしょう?」
今朝のヴィオラ様の顔を思い出す。
「ええ」
本当に幸せそうだった。
「なら、よかった」
ローレンスはそう言って、いつものように笑った。
何もおかしなことは言っていない。
そうなのだけれど。
「あなた、私の婿候補だった方をほかにもご存じなのですか?」
何気なく尋ねたつもりだった。
「何人かは」
あまりにも自然に答えられ、私は聞き返した。
「何人か?」
「候補になりそうな方は、それなりに」
ローレンスはあくまで平然としている。
妙な言い方だった。
「まさか」
私は半分冗談で続けた。
「ほかの方にも、女性を紹介したりしていませんよね?」
ローレンスはすぐには答えなかった。
ただ、にこやかに私を見ている。
「ローレンス?」
その沈黙だけで、少し嫌な予感がした。
「皆さん、それぞれよいご縁があったようですよ」
「……それは、質問の答えになっていませんけれど」
むしろ、余計に怪しくなった。
「そうですか?」
「そうです」
ローレンスは笑う。
「……やっぱり何かしたのではありません?」
「どうでしょうね」
ローレンスは相変わらず笑っている。
「もういいです」
「よろしいのですか?」
本当は、少し気になっている。
けれど、これ以上問い詰めても素直に答える人ではない。
「どうせ教えてくださらないのでしょう」
「聞きたいですか?」
問い返され、少しだけ迷った。
「……少しは」
「では、そのうち」
「またそれですか」
「ええ」
私は小さく息を吐いた。
「お仕事へ行くのでしょう?」
「はい」
「父上を待たせますよ」
「では行ってきます」
ローレンスが私の前を通り過ぎる。
そのとき、すれ違いざまに手が軽く触れた。
すぐに離れると思った。
けれど、ローレンスの指先は、ほんの一瞬だけそこに残った。
私はその背中を見送る。
エドガー様のことは、たまたまだったのかもしれない。
ローレンスは昔から人付き合いが広く、人と人を引き合わせることも珍しくなかったという。
ただ――。
ほかの婿候補について尋ねたとき、ローレンスは結局、はっきりとは答えなかった。
何人かは知っている。
そして、その中にはエドガー様のように、今では別の相手と縁を結んでいる人もいるらしい。
それだけなら、何もおかしくはない。
けれど、十五歳から五年間、父のところへ通い続けたという話を思い出す。
一度断られても諦めず、足りないものがあれば身につけて、また父の前へ戻ってくる。
そんなローレンスが、自分以外の婿候補について、本当にただ知っていただけなのだろうか。
そこまで考えて、私は首を横に振った。
考えすぎだ。
今のところ確かなのは、エドガー様とヴィオラ様を引き合わせたことだけだ。
ほかのことは、ローレンスが話してくれない限り分からない。
私は回廊の先から視線を戻した。
それよりも、自分のことのほうが気になった。
ヴィオラ様に婚約者がいると知ったとき、私は確かにほっとした。
昨夜までは、彼女がローレンスの想い人かもしれないと思っていた。
婚約者がいると知っただけで、その可能性が完全になくなったわけではない。
それなのに、私はなぜか安心していた。
その理由は、まだ自分でも分からなかった。




