表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/66

17 青葉の君、鬼姫となる

 沖の中将の屋敷のえん


 広い庭は手入れが行き届き、いろんな花々が咲いている。きれいに切りそろえられた低木は大きな池のふちを彩り、水面が月に照らされてきらきら輝いている。


 白々と明るい月を眺めながら源春道みなもとはるみちと酒を飲んでいた。


 春道は、とある貴族の子息である。


 細かいことは気にしない人柄ゆえに付き合いやすく、沖の中将の飲み友達となっていた。


 「やっと涼しくなったね」


 「この酒は、今年初めて採れた酒だ。うまいだろう」


 二人は縁に座り、気楽に飲んでいる。ときどき、侍女が来て空になった酒をつぎにやってくるだけだ。


 「沖の中将、最近世間では鬼が夜な夜な歩き回っているという、うわさ知っているか」


 「いや」


 「侍従たちが日没後に使いから帰ってくると、頭から角を生やした巨大な鬼が通りを歩いているらしい。鬼は十二単を着ているとか。見た者はみな肝をつぶして気を失い、そうしている間に鬼がいなくなっていたという」


 「ぶっそうだな」沖の中将は眉をひそめる。


 「僕は鬼ではなく、昼でも夜でも十二単の美女に会いたいね」


 「美女はみんな御簾みすの奥だよ」沖の中将はあきれたように杯を口にした。


 「お、あそこに美女がおられる。一緒に飲もうではないか」


 酔った春道が、屋敷の暗く長い廊下の向こうに何かを見て、手招きする。


 沖の中将も視線を送るが、何も見えない。


 春道には見えているのか、「こっち、こっち」とうれしそうだ。


 うう、春道、変なのを呼ぶなよ……。


 いやーな気持ちで、沖の中将が暗闇に目をこらしていると、ぼんやりと影が見えてきた。


 廊下の向こうからやってくるらしい、その影は、徐々に女性であることがわかった。


 沖の中将は、動揺する。心当たりのない人物じゃないか。誰だ。


 沖の中将の気持ちには気づかず、春道は機嫌がいい。


 「姫、よかったら我々と一緒に飲みながら、朝を待ちませんか」


 春道の呼びかけに、姫の影はすごい速さでこちらにやってくる。まるで凍っている廊下の上をすーっと滑るようだ。


 沖の中将の酔いは冷める。なんだ、あれは!


 姫は、灯りの火が届く場所までやってきた。


 ほのかな灯りの火でも、姫の着物は青い葉が舞い踊っているのが見えた。顔は大きな扇で隠している。


 「中将、すばらしい姫が屋敷にいるのに呼ばないなんて。紹介してくださいよ」


 春道はうれしそうに中将をつつく。


 沖の中将は、戸惑う。


 誰?なぜここにいる?……十二単………。嫌な予感しかしない。


 姫は扇で顔を隠しているとはいえ、若い女性らしい生き生きした感じが全くしない。血のかよっていない人形のようだ。


 姫が扇のふちから少し上げた瞳を見て、沖の中将は背筋が凍る気持ちになった。


 「すみません、姫。えーと、どちらの姫でしたか……今日、我が屋敷に何か用事でも?」


 「……ふ……」青い着物の姫は、つらそうなため息をついた。


 「中将様、私を覚えていらっしゃらないのですね……。私は青葉の君です。この着物を中将様に褒めていただいた者です」


 「ああ、青葉の君。覚えているよ……」


 沖の中将は、うろたえながら答える。……どこで褒めたっけ。


 「私は文をいただけるとばかり思い、毎日、朝も、夜もお待ちしておりましたのに……」


 青葉の君は、悲しそうに声を震わせる。


 「なんですと!それならば、この春道がすぐにでも書きましょう!」春道がすかさず姫の前に躍り出る。


 青葉の君は、扇で顔を隠し、すすり泣きの声を出し始めた。


 「……いや、私がすぐに……」


 しどろもどろ、沖の中将が言っているのを押さえるように、青葉の君が大きな声を出した。


 「うそつきめ!」雷が落ちたかの大音響。


 同時に青葉の君の、か弱く美しい姿がみるみる膨らみ大きくなっていく。すぐに見上げるような小山の大きさになった。


 長い黒髪には牛の角が生え、たおやかな黒い瞳はランランと赤く燃える炎色に変わり、つりあがっていく。


 「……おお……!!」


 沖の中将と春道は、肝をつぶして酒の杯を放り投げた。


 「このうそつきには、どのように罰を与えてやろうか!」


 鬼姫が沖の中将をわしづかみにしようと手を伸ばす。沖の中将はよけようとするが、酒に酔っているため足もとがふらつく。


 「むう、姫、そんなことをしてはいけない!」


 沖の中将が言うのに鬼姫は耳をかさない。沖の中将を大きな手でつかんだ。そのまま立ち上がる。


 沖の中将を軒の高さまで持ち上げる。ニタア、と牙をのぞかせてうれしそうに笑った。


 春道が近くに置いていた木刀で鬼姫の足をしたたかに打つ。


 鬼姫は顔をゆがめ、沖の中将をぽとん、と落とし、手で足を押さえた。沖の中将は、なんとか受け身を取り、地面を転がった。


 「ぐ、おおおおおおお……」鬼姫は、低いうなり声を上げた。


 赤い瞳を吊り上げ、牙の生えた大きな口を開けて威嚇している。太い鬼の手を振り上げ、沖の中将めがけて振り下ろす。豪風とともに太い手が落ちてくる。


 「中将!」春道が叫ぶ。


 沖の中将の頭上から大岩が降ってくるかのごとし。逃げられない!


もう、だめだ。死ぬとは、こういうことか。沖の中将は目をぎゅっとつぶる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ