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敗走

 フーヴェン王国との交渉を成功させた唯夜は国に戻らず、国境付近で待機していた千騎のみを率いて帝国領に侵入した。警備隊を蹴散らし、周辺を荒らしまわっていたトゥイアの軍と合流した。

「お、上級王! 交渉の方はどうでした?」

「上手くいったぜ。さすがはクロムバッハ侯だ。そっちはどうよ」

「万事良きようにとは言えませんね。三万からなる敵軍を破ったんですが兵力の三分の一と主将を取り逃がしてしまいましてね。あの将軍やばかったらしいですよ。包囲されてるのに兵を纏めて一点突破で逃げていきやがった」

 トゥイアは笑った。セレス、トゥイア、アリクブケら三将軍やその部下たちは皆優秀だ。彼らで駄目なら誰がやっても駄目だろう。

「そうか。まあでもセレスが上手くやってくれてるようでよかった。俺が楽できる日ももうすぐだな」

「まだまだ働いてもらいますよー」

 トゥイアが唯夜の肩を叩く。

 唯夜はセレス軍に合流し、総指揮を執った。帝国東部を容赦なく焼き払い、守備隊を叩き潰す。そのうち帝国軍は捕虜になるのを恐れ、戦わずに逃げ出すようになった。度重なる戦いでヒューベル軍は帝国人民にとって恐怖の象徴となった。

「報告です。アレキサンダー軍四万が帝都を出立し、我が軍の方へ向かってきているとのことです」

「四万か…やばいね」

 唯夜は頭を掻いた。アレキサンダーは天才だ。唯夜と違って軍人としての教育も受けている。素人の戦術が通用する相手ではない。そんな相手に数的不利を抱えて戦うことはできない。

「では退却なさるか」

 茶を飲みながらアリクブケが尋ねる。

「そうしたいのはやまやまなんだけど…戦って勝たないとそのうち負ける。決戦に持ち込んで勝たないと」

「ですが我々の常套戦術が通用するとは思えません」

 セレスが言った。

 ヒューベル軍は特攻部隊が敵に攻撃を仕掛けた後に後退し、敵を包囲網の中に引きずり込む戦術を得意とする。アレキサンダーの部下はともかく彼自身はその手に乗ってくれはしないだろう。

「策は用意してある。あとは君らがそれを実行できるかにかかってる」

「なら大丈夫ですな!」

 アリクブケは大声で笑った。



 帝国軍四万とヒューベル軍三万は帝国領南側のイグニ平原で対峙した。イグニ平原は広大な平原である。起伏はそれなりにあるものの、なだらかで峻嶮な地形ではない。小さな河川が走っており、飲み水の確保には苦労することはない。

 ヒューベル軍は二日かけて平原で工作を行い、万全の準備を整えた。それでも勝てるとは思っていない。あくまで工作、小細工でしかない。それで本物の天才、歴戦の猛者に勝てるわけがない。だがこれ以上の好条件で戦う機会に恵まれることはないだろう。

「とんでもなく都合のいい地形だ。運が良けりゃ勝てるぜ」

 唯夜は仲間たちに笑いかけた。仲間たちの顔は泥や汗で汚れていた。

「俺は勝てると思ってるぜ。頑張ったしな」

 悠一郎が親指を立てて見せる。彼も土木工事に従事し、昼夜を問わず働いてくれた。誰もが最善を尽くした。後は誤らず戦うだけだ。

 唯夜は全軍の前に出て剣を振り上げた。

「ヒューベル軍! 今日まで慣れない事ばかりさせて悪かった! 今日は存分に暴れさせてやる。相手はあのアレキサンダー率いる四万の兵だ。正直勝ち目は薄いけど俺にはお前たちがいて、お前たちには俺がついてる」

 兵士たちの戦意が漲っていくのを感じる。

「狙いはアレキサンダーの首一つ! 討ち取った奴はありったけの財産と領地と将軍の位をくれてやる! 力をもって栄光ある未来を勝ち取れ!」

「「おおおおおおおお‼」」

 兵が雄叫びをあげ、馬が嘶く。

 対する帝国軍もアレキサンダーが全軍の前に馬を走らせた。

「我が親愛なる帝国の民よ、救国の騎士たちよ。今、我らの眼前にいるのは我らの大地を穢す侵略者だ。我らの誇りを踏み躙る蛮族だ。ここで我らが破れれば帝国の民は惨劇を見ることになる。だがフェールハイト帝国皇太子の名において誓う。侵略者共を打ち払い、帝国の栄光と平和を守り抜くと!」

「「帝国万歳! 皇帝陛下万歳! 皇太子殿下万歳! 侵略者に死を! 帝国に栄光あれ!」」

「突撃!」

 帝国軍の突撃によって戦いは始まった。陣形を左右に長く展開し、ヒューベル軍を包囲すべく動いた。

「軽騎兵! 斉射!」

 弓騎兵が進み出て矢を放って迎撃する。彼らは唯夜より前に出ることはなかった。唯夜がそう命じていたからだ。帝国軍はそれなりの犠牲を出しながらも前進を続ける。唯夜は軽騎兵に後退を命じた。

 帝国軍はそれを追って前進する。開戦時、唯夜がいた付近まで駆けてきた彼らは突如落下した。夜渡祇軍は平原を横断する長大な落とし穴を掘っていた。深さは二メートルほど。底には帝国軍から奪った剣や槍の刃を突き刺してある。落下した者はその刃に突き刺される仕組みだ。また、落とし穴の存在を隠すために落とし穴を布で覆い、土や草を乗せていた。

「ぐああああああああ!」

 帝国兵たちはまんまと落とし穴に嵌り、貫かれていった。前線司令官たちは停止を命じたが勢いづいた重装騎兵はそう簡単に止まれるはずもなく後続にぶつかられ、兵士たちは次々と落下していった。

 その隙を逃さず、矢を雨霰と降らせる。帝国軍は一時退却し、近くの森林で木を伐採し、板を作って橋を架けた。一つではなくいくつもの橋を架けた。

帝国軍はそこから攻撃を再開し、夜渡祇軍に突っ込んだ。

「敵軍、壕を渡り、前進!」

「嘘だろ…⁉」

 唯夜は驚愕した。帝国の騎兵は貴族や騎士で構成されている。橋を架けたりとする工事は不得手だと思っていた。架けれたとしても思い鎧を着こんだ重装騎兵を支えることはできないと予想していたのだが彼らの技術力は唯夜の想定を遥かに上回った。唯夜は全軍に前線の引き下げを命じた。

「大丈夫か?」

「ああ。丁度都合がいい。全軍に通達! 第二段階に移る!」

 これまで横陣を敷いていた夜渡祇軍の陣形が乱れた。帝国軍の突撃を受け流し、側面からの攻撃を行う。帝国軍は思うように突撃を行えず、横からの攻撃で被害を多く受けた。帝国の重装騎兵は隊列を組んでの正面衝突を得意とする。軽装騎兵はその補助に過ぎない。重装騎兵も軽装騎兵もヒューベル軍に比べて動きに柔軟さがない。ヒューベル軍の部隊運用は散開と集中を基本とする。敵の攻撃を受ける時は散開し、敵を攻撃する時は標的を絞り、火力を集中する。また、川を利用して矢などの物資を運搬して物流の効率化も図った。戦術レベルの戦闘によって夜渡祇軍は帝国軍の突撃を受け止めていた。

「無様だ。一度退く」

 アレキサンダーの号令によって帝国軍は潮が引くように退却していった。こうしてイグニ平原の戦いは初日を終えた。

 夜は互いに数度夜襲を仕掛け、失敗に終わっていた。想定外のことが発生したものの、このまま戦えば勝てると唯夜は確信した。

 翌朝、帝国軍は戦術を大きく変えてきた。兵は鎧を着こまず、馬は馬鎧を装備していなかった。そして昨日のように突撃した。

「迎撃!」

 唯夜は迎撃を命じる。

 その時、帝国軍は散開し、走り回った。全軍がこれまでの突撃を捨て、四方八方に走り回り、夜渡祇軍の陣形を荒らした。

「何だ。奴ら気が狂ったのか⁉」

「無茶苦茶な動きだ! 大して長くはもたんぞ! それまで耐え凌げ!」

 帝国軍の動きは即席であるとしか言いようのないほどの粗末さであった。指揮官たちの優秀さで何とか機能しているだけですぐに疲労が来る戦術だ。夜渡祇軍は彼らの疲労するまで正面衝突を避け、疲労が見えてきたところで反撃に転じるのが好手かと思われた。前線指揮官たちは兵に後退を命じる。

「さあ、どう来る夜渡祇唯夜!」

 アレキサンダーは挑発的な笑みを浮かべ、姿を見せない敵将に対し勝利を確信した。

 唯夜は千騎ほどの重装騎兵の群れを見つけ、彼の意図を察した。考える暇もなく部下たちに命令を下す。

「全軍突撃! あの重装騎兵の部隊を潰せ!」

「どうしたんだ?」

「奴ら、迂回部隊を放ってやがる。帝国軍の訳の分からん動きはそれまで俺たちの注意を引きつけて陣形を崩すためのものだ」

 唯夜は前線に向かって走り出す。

「なら突撃はやめて後退すべきだろ!」

「逃げたところで皇太子を敗走させなきゃ俺たちに未来はない。皇太子の兵が鎧を脱ぎ捨てた今、守りは薄い。今しかないんだ!」

 夜渡祇軍の猛攻は凄まじく、慌てて守備に戻った帝国軍の防御陣形を突き破る。しかし帝国兵は死兵となって夜渡祇軍に襲い掛かり、アレキサンダーを守った。それでもアリクブケがあと一歩のところまで迫る。

「貴様が皇太子か!」

 髪を逆立たせ、全身を返り血で赤く染めたアリクブケが斧を振りかざしてアレキサンダーに襲い掛かる。

「蛮族が」

 アレキサンダーは長剣を抜き放ち、アリクブケの一撃を受け止めた。両者は激しく斬り合った。

「中々やるのう、小童!」

「貴様のような馬賊にくれてやる首などないわ」

 二人の間に帝国兵が割り込んだことにより一騎打ちは中断され、これ以上の強行突破は不可能と判断したアリクブケは部下たちを纏めて後退した。

 唯夜が率いる主力部隊もアレキサンダーめがけて直進したものの、ある将軍が率いる部隊に阻止された。

「皇太子殿下には指一本触れさせん!」

 錆色の短髪の青年将校が率いる部隊が正面から唯夜の突撃を受け止めた。まるで城壁のような堅牢さであった。

「突っ切れ!」

 唯夜隊の突撃は苛烈を極めた。それでも帝国軍は必死に守り、突破させなかった。

「一兵たりとも通すな!」

 彼らの戦いをアレキサンダーは遠目に見ていた。

「アルテリウスの部隊か…。彼は良くやってくれている。あの強兵を受け止めるとはな」

 ルーク・アルテリウス。アレキサンダー麾下の将軍で防御に特化した武将であり、その防御は一度たりとも抜かれたことはない。

「一歩も退くな! 怖気付けば負けるぞ!」

 アルテリウスは最前線で戦った。唯夜隊の猛攻を受けてアルテリウスの部下は次々と倒れていく。

「将軍、お下がりください! ここは危険です!」

 参謀が叫ぶ。

「ならん! 俺は殿下の盾だ。盾は攻撃を受け止めるためだけにある!」

 参謀の首に矢が突き刺さる。参謀は血を吐いて馬上から転げ落ちる。アルテリウス自身も無傷ではいられなかった。

 二騎のヒューベル兵がアルテリウスに襲い掛かった。アルテリウスは槍を走らせ、彼らの胸を貫いた。

 唯夜はアルテリウスを仕留めるべく馬を走らせる。しかし数騎の騎兵が彼の前に立ちはだかる。アルテリウスだけでなく彼の部下もまた防御に長けた兵団であった。彼らは命を投げうって恐るべきヒューベル騎兵に立ち向かい、その津波の如き攻撃を正面から受け止めた。

「邪魔だ! どけ!」

 唯夜隊の激しい攻勢によってアルテリウスは直下兵の大半を失うこととなったがその尽力は報われることとなった。 

 東の山からラッパの音が響き、一万の帝国騎兵が飛び出してきた。

「唯夜様、あれは…」

「チッ。時間切れか。全軍撤退! ヒューベルまで帰還する!」

 目の前の帝国兵の首を刎ね飛ばし、唯夜は全軍に命令を飛ばした。夜渡祇軍はすぐさま退却行動に移った。その動きは迅速であったが無秩序であった。殿部隊もなく、陣形を組まず、各個に逃げている。

「追撃だ」

 アレキサンダーは部下たちに追撃を命じた。彼自身は乱れきった部隊を纏め、再武装させた。これからヒューベル軍の長い敗走が始まるのである。


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