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再戦

 その一ヶ月後、フェールハイト帝国が再びメズル王国を攻めた。その数はおよそ四十万。国内総兵力の三分の一にも及ぶ大軍だ。メズル王国は同盟諸国に救援を求めた。各国はその要請に応じて軍を派遣した。ホーストン王国はコリント伯を総司令官、夜渡祇伯を副司令官に据え、七万八千の兵を送り込んだ。しかし時既に遅く、メズル王国の王都は陥落、国王や王族は南の城砦都市ブレンティンに逃げ込み、徹底抗戦の構えをとった。同盟国の援軍二十三万はメズル王国軍七万四千と合流を果たし、国土を東西に貫く長大な防御ラインを敷いた。今回の戦いの主力は兵力からしてホーストン軍である。コリント率いる強軍と唯夜の騎兵。これらが同盟軍の槍として活躍することを期待されている。

 同盟軍が布陣しているのは王国東部に広がるクーシェイン山地と王国西部に広がるメズルドゥー山地、そして両山地の中間に広がるペルディ平原。平原の中央にはヘルトベル河と呼ばれる大河が北西から南東に向かって流れ、その支流があちこちに流れている。ペルディ平原は河川こそ多いものの開けた土地であり、大軍を展開できるので帝国軍はそこに侵攻を仕掛けてくると予想されている。しかし帝国軍は陣を東西に長く広げ、進軍している。前回のように後方に回り込まれるのを防ぐためか進軍ルートを悟らせないようにするためかはわからないが同盟軍は包囲されるのを防ぐために陣形を長く伸ばさざるを得なかった。それが狙いであるのかもしれない。

「四十万対三十万か。大戦だな」

 馬の鞍に胡坐をかいて唯夜は笑う。彼の軍は激戦が予想されるペルディ平原にエクレン王国軍三万と共に布陣している。

「唯夜様の世界では戦はもっと小規模だったのですか?」

 セレスが尋ねる。

「いや。もっと大規模だった。人口が違うからね。一国で数百万出せる国もあった。そんだけの人間が殺し合えば死者もまあ凄い数だった」

「そんなに…。悲惨な戦場だったのでしょうか」

 セレスらは驚いた。

「悲惨よ悲惨。これ以上ない。一千万人以上死んだ国もあった。たった一発で十万人を殺せる兵器もあった」

 夜渡祇唯夜は戦争に関する才能は平均以上を備えていたどころかホーストン王国屈指の用兵家である。自身の才能がどれほどか試してみたい気持ちもあるし人並み以上に好戦的な性分をしている。だがそれに他者を巻き込みたいとは全く思わなかった。あくまで自己の命だけで満たされる程度の欲求だった。

「戦争の悲惨さを全て知ってるとは口が裂けても言えない。でもできれば戦いがなくなってほしい。少なくともヒューベルの草原が戦火に巻かれるようなことは避けたい。そのために今、俺たちは殺し合う。とんだ二律背反だ」

 青年は笑う。彼の周りにいるのは選りすぐりの精鋭たちだ。唯夜より強い者も少なくない。ヒューベルの武力の粋を集めた二百名の部隊だ。

 各部隊の伝令兵たちが戦闘準備の完了を告げる。

「流石は職人揃いのエクレン軍。仕事が速いな」

 唯夜は満足げに頷く。これで準備は整った。勝つための準備は一切惜しまない。それが彼の信条であった。上手くいけば少なくともこの平原での戦いには負けないはずだった。他の戦場についてはどうしようもない。同盟軍総司令官の地位にあるならともかく今の彼は一介の将軍に過ぎない。他の軍を動かす権限も持ち合わせていない。だから顔も名も知らぬ者たちに命運を預けるより他に道はなかった。

「さて行こうか」

 唯夜は馬を進ませる。

「お待ちください。二百騎だけでは少のうございます。せめて護衛として私と私の部下百騎をお連れください」

 セレスが唯夜に馬を並べる。

「何だよ。手柄はやらないぜ」

「そうではなく! 今や上級王となられた貴方が戦死なされれば誰がヒューベルを導くのですか!」

「そん時こそクルルが上級王になって君が支えればいい。アルドゥインたちもいる。それに俺はここじゃ死なないさ。仕事がたくさんあるからね」

 こなすべき仕事をアルドゥインに放り投げて戦場まで来たのである。戦争が嫌いなくせに事務仕事も苦手であるという度し難い性根である。ここで死んではアルドゥインら文官に恨まれてしまう。

「しかし…!」

「大丈夫だって。セレス。正直、君に託した役目は君にしか果たせない。頼む」

 セレスは反論をしようとしたがその言葉を見つけることができなかった。夜渡祇軍の副司令官として任務を与えられたのだ。それを放棄して我を通すことは真面目な彼女にはできなかった。

「…わかりました。ではご武運をお祈りします」

「ああ。俺も祈る。また後で酒でも酌み交わそう」

 そう残し、唯夜はたった二百騎の兵を率いて雲霞の如く押し寄せる帝国軍に向かっていった。帝国軍の先遣隊千騎に突撃し、暴れ回る。

「一人五人は倒せ! 俺は十人やる!」

 唯夜は先頭を駆け、容赦なく敵を斬った。帝国軍は当初、少数の唯夜隊をみくびって応戦したが想定外の痛打を被ることとなった。唯夜は先遣隊の隊長を討ち取り、敵を敗走させる。帝国軍は救援部隊を出して先遣隊を回収したが、その際に混乱が生じ、そこを唯夜隊に突かれ、損害を出した。

 帝国軍は半数の部隊を前進させた。

「よし、こんなもんだな。エレン、頼んだ」

「わかった」

 エレンは唯夜に魔術をかける。それは拡声魔術。声を遥か遠方まで届ける魔術だ。修得は簡単であるため、この魔術を用いて開戦の号令を下す将軍は多い。

「俺はホーストン王国伯爵にしてヒューベル領主夜渡祇唯夜! 腕に覚えある者、功名を欲する者はこの首をとりに来い!」

 その声は敵味方問わず、平原にいる将兵に届いた。帝国兵は敵将がたった二百騎で突出してきていることを知った。そして恐れ知らずの帝国騎士たちが彼らに襲いかかる。唯夜は部下に後退を命じた。約二万の騎士たちが唯夜隊を追撃する。

「はっはっは、逃げろ逃げろ。突き殺されるぞ!」

 唯夜隊は付かず離れずの距離を保って逃走を続ける。ヘルトベル河の支流を一つ超えてさらに南へ走る。

 それを知った帝国軍総司令官ミネルヴァは椅子を蹴り倒して怒鳴った。

「愚か者! 早く引き戻しなさい! 全滅するわよ!」

 彼女の懸念は的中した。次に伝令が伝えてきたのは追撃した二万の騎士隊の壊滅であった。

「被害は?」

「帰還者は僅か数百名でして…。また、同盟軍は煙幕を張って視界を遮ったため被害の把握ができません」



 時間を遡ること三時間。

 敵を深く誘い込んだ唯夜隊は突如反転して帝国軍に攻撃をしかけた。同時に岩場や森林に隠れていたヒューベル軍やエクレン軍が左右から襲いかかった。罠であることに気がついた帝国軍の陣中に投石車で球体が投げ込まれた。地面に激突したそれは爆ぜて煙を撒き散らす。煙玉は数百ほど投げ込まれ、煙は彼らを覆い尽くした。動きを止めた帝国軍を覆い尽くすほど帝国軍をそれを吸った兵士たちはそれがただの煙ではないことを悟った。彼らの体の動きが鈍り出した。

「なんだ…。体が重い…」

「ヒューベルめ…。何をした…!」

 それはヒューベル族に伝わる毒草を用いて作った毒煙。致死性はないが吸い込めば動きは鈍る。鎧を着こみ、川や丘を越えてきた重装兵は装備が水を吸って重くなり、ある程度疲労していた彼らはそこから逃れることもできず、思うように動けないまま同盟軍の猛攻を受けた。

 数分ほど矢を射掛けた後、降伏勧告をすると騎士たちは降伏した。生き残ったのは七割程度。残りは戦死し、僅か数百名のみが難を逃れて本隊との合流を果たした。

「捕虜にできたのは一万四千名ほど。残りはおよそ討ち取りました」

 シーナの報告を受ける。唯夜は数千の屍が転がる平原を見遣った。見るも無惨な地上の地獄。死者の顔は苦痛に歪み切っていた。それは死体の山。雪がれぬ罪の証。そしてこれからもこの手は赤く染まるのだろう。

「ワールシュタット…か」

 唯夜は呟いた。

「ワールシュタット?」

 ヘスティアが首を傾げる。

「死体の山って意味らしい。俺のいた世界で昔、ある地方で騎馬民族と騎士国家の戦争が起こった。戦いは騎馬民族の大勝利。戦場には夥しい数の騎士たちの死体が積み重ねられた。だからワールシュタットの戦いってわけだ」

 これから自分はどれだけ死体の山を築き上げるのだろう。どれだけの命を奪い、憎悪を積み上げていかなかればならないのだろうか。だがどれだけ手を血に染めようとやり遂げると決めたことがある。広大なるヒューベルの大地とそこに住まう人々を守る。そのためならどんなことをすると決めた。

 いつかあの世で彼女と会う時、自分は最後まで戦い抜いたと。全力で自分らしく生きたのだと胸を張って彼女の手を握られるように。できることは何でもする。どれだけ残酷なことをしてでも成し遂げる。人道を歩いた先に未来があるとは限らない。役にも立たない倫理観との心中など御免被る。世界で一番死んでほしくなかった人が死んだのだ。敵を殺すことにもはや恐れなどない。

「もう…引き返す道はない…。そうだ。いつだって取り返しのつかない選択ばかりしてきた。手を洗ったところで血の色も匂いも落ちないな」

 呆れたように彼は言う。そして部下たちに作業の開始を命じる。今は戦争時。しかもこちらが圧倒的に不利だ。生者にも死者にも働いてもらわなければならない。


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