⑱リミットブレイク
魔法学園編一章 基礎魔法編完結です!
⑱リミットブレイク
こんな話がある。
どこかの国の王様に、それとは知らず平民が無礼を働いた。
王様は怒るどころかその者に褒美を与えた。
『平民に無礼を働かれた程度では怒らない寛大な王である』というパフォーマンスのためだった。
それと同じことがコイフとフィオナ、そして生徒会メンバー、そしてキリィ侯爵にも起きた。
今日は晴天、秘匿契約にサインした翌日である。
コイフとフィオナはいつもの平穏な日常に戻っていた。
病室で一緒に朝ご飯を食べて、のんびりしている。
各寮の掲示板には近く学校が再会する旨の通知が張り出された。
そこでフィオナが無事退院するまでふたりで一緒に勉強しようという話になり、コイフがパイン館に勉強道具を取りに戻ったタイミングだった。
監査官が寮へ王宮からの手紙を持ってきたのだ。
コイフは飛び上がらんほどびっくりした。
王宮からの手紙はコイフだけでなくフィオナ、聖女アユリ、聖女エレノアにも同様に届いた。
手紙によるとこうだ。
『碑文の解読及び、ショコラ魔導王国との友好関係を強固にした業績により、王より叙勲がございます』
この手紙は聖女アユリや聖女エレノアにも送られ、相当驚いたそうな。
あれよあれよという間に段取りが伝えられ、一月後に王城へ招待される旨が伝えられた。
どうしようとはほぼ全員が思ったのだろう。
知らず知らずのうちに、寮生で一番位が高いコイフのパイン館に生徒会の庶民メンバーが集まった。
すなわち、聖女アユリ、聖女エレノア、そしてフィオナである。
更には聖女二人の後見人まで付いてきた。
聖女アユリの後見人の息子、戦士科のハインツ・アルファルド先輩。
聖女エレノアの後見人の息子、普通科で商家のローレンツ・エーデルワイス先輩だ。
「コイフさん、お、王城で叙勲式ですって! どうしましょう」
おろおろと狼狽えるのが、聖女アユリ。
「アユリさん、落ち着いて……王城に行けば……全て指示されますから……狼狽えずとも大丈夫……ですが……叙勲式となると……それなりの装いを仕立てなければならないのでしょうけど……」
「そんな立派な服持ってない! 」
聖女エレノアの言葉を、大きく肯定したのはフィオナだった。
「皆さん落ち着いて」
コイフは突然やってきた5人にお茶を出しながら言った。
「アユリさんとツゥグー嬢は後見人に頼ればいいのよ、連絡が行っているはずなのよ」
とコイフは冷静に言う。
コイフは兄弟を頼って王城に突撃をかました東兎人国王女である、この5人より肝は座っている。
「私は⁉ 私は⁉ コイフに頼れば良いの!? 」
「フィーたんご家族に連絡はしたの? 」
「まだだった! 」
フィオナは通信魔道具であるイヤーカフを指で弄りながらコイフの部屋を出て行った。
フィオナはイヤーカフを使って両親に連絡を入れる。
「レギパパ、ヴェラママ、どっちか聞いてる? 」
返事が返って来たのは一瞬だった。
「あ”ーーーーーーーやっと連絡きた‼ パパだよ! フィーたん元気してるの⁉ 」
「レギパパ久しぶり、えーっと、実は入院しまして、今は外泊届で寮に戻ってるんだけど」
「なんでそーゆー重要な事すぐに連絡しないんだい? 僕らはそんなに頼りないかなぁ? 」
養父レギアスはイヤーカフ越しに泣きそうな声を出す。
「あーーー忘れてたごめんなさい、それでね、なんだか王様から叙勲されることになったんだけど、何を着ればいいのかなぁ」
「よーし! ドレス買いに行こうね! 」
「え? さすがに家から王都は遠いでしょ? 」
「なんと今王都に居まーす♪ 」
「ええーーーーーー⁉ 何で⁉ 」
「入院したの知らせないからですぅーーーでももういいや! フィーたんにぴったりな素敵なドレス買いに行こうね♡ 」
「あ、ちょっとレギパパ! 」
イヤーカフの通話は一方的に切られてしまった。
仕方なしにフィオナはコイフの部屋に戻る。
「養父がね、今王都に来てるらしくって、ドレス買ってくれるって……」
「あら、良かったじゃないフィーたん、これでフィーたんは解決ね、あとの二人は……」
コイフの言葉に戦士科のハインツ・アルファルド先輩が言う。
「ウチは遠いからな、ちょっと叙勲式には間に合わないかもしれない、金なら問題なく出せるが」
それを聞いて、普通科のローレンツ・エーデルワイス先輩が聖女エレノアと聖女アユリを見ながら言った。
「ならうちの商会でやってるブティックで作ってもらいましょ、アユリ様の分はハインツが出すとして、エレノア様の分はお父様が出す気満々ですから! 」
とからから笑って「いやー円満解決! 良かった良かった」なんて言っている。
「おいロニー、俺も行く、アユリに変な服選んだら容赦しないからな」
戦士科のハインツ・アルファルド先輩が普通科のローレンツ・エーデルワイス先輩を愛称で呼んだ。
「お二人は仲がいいなの? 」
「ええまぁ」
「同じような聖女後見人なんてやってるから自然にね」と普通科のローレンツ・エーデルワイス先輩が教えてくれた。
「では全員解決なのよ! よかったわ、わたしは手持ちのドレスで行くし、皆さん馬車もしっかり借りておくのよ? 」
はーい! とそれぞれ元気よく返事をして、コイフの部屋での緊急会議はお開きになる。
「じゃあわたしはフィーたんのお父様に挨拶に行こうかしら」
「そうだね! コイフに合わせたいから、一緒に行こう! 」
コイフはフィオナと一緒にパイン館を出発した。
魔法学校を出て、中央広場の方にコイフとフィオナは降り立った。
待ち合わせ場所で待っていたのは髭もじゃの大男だった。
「えっ⁉ トマスさん⁉ 」
フィオナが驚く。
フィオナ達に気付いた木こりのトマスは毛むくじゃらを持ち上げて快活にあいさつした。
「よぉ! フィオナ体調はどうだ? そちらさんはフィオナが世話んなってるお嬢様だな、え、どうもうちの娘がお世話になりまして……」
トマスは帽子を取りかがんで、コイフに向かって深々~とお礼の言葉を語り出した。
「そんなそんな、わたくしはコイフ・東兎人国と申します、こちらこそフィーにはお世話になってますのよ、頭をあげてくださいなお父様」
コイフは淑女の皮を被って、朗らかに言った。
「え……トマスさん……いや、レギパパなの……? 」
訝しがるフィオナにトマスはにかっ! と笑顔を向けた。
「おうよ、一応ここでフィオナはトマスの娘っつー事になってるからよ、変装してきたわけよ、気配りの出来たおやじだろぉ~? 」
がっはっはとトマス改めレギアスは笑う。
「ふわ~しゃべり方までトマスさんじゃん……すご! 」
フィオナは感歎の声を上げた。
そんなフィオナの服の裾をコイフはついつい引っ張る。
「フィーたんどういうことなの? この方がお父様なのでしょう? 」
「うん、そうなんだけど、姿としゃべり方を変えてるんだ、ほら私王都来るために戸籍偽造したって話したでしょ? その戸籍上の父親役の人とそっくりになってくれてるの! 」
フィオナはコイフの立ち耳へひそひそ話をした。
「ふえええ⁉ そうなんですの? すごいのね!」
コイフも驚きレギアスを凝視してしまう。
(トマスさん本人よりだいぶテンション高いけどね)
とフィオナは思ったが胸にしまっておいた。
頑丈な生地の作業着、丸太の様に太い腕から豪快に生えるすね毛、毛穴まではっきり見える。
「どう見ても本物なのよ、フィーたんの変装魔法はよくよくみると魔法の効果がかけられてるのがわかるけど、これは別の魔法ね、どうなっているのかしら……」
「レギパパは天才魔術師だからね! 凄いんだよ! 」
フィオナはえっへんと自慢した。
レギアスもがっはっはと笑う。
「よぉーし! じゃあさっそく王様にお目見えする衣装をこしらえにいこーぜ! 」
「え、レギ…パパ、その恰好はさすがに止められちゃうよ? 」
「おう、これはすぐフィオナに気付いてもらう為の格好だからよう、そら! 」
トマスの姿のレギアスは、周囲に人がいないのを確認すると、噴水を背にして隠れるように魔法を使った。
普段着のトマス姿から一転、前髪を豪快に上げ髭をダンディにカット、そして皮のジャケットとスーツパンツ姿に早変わりした。
おしゃれシャツから大きな胸板が収まりきらず覗いている。
「これでいいだろ⁉ 」
レギアスはまたもがっはっはと笑う。
「凄い! あっというまにイケオジに変身しちゃったね! 」
フィオナはテンションが上がってきゃっきゃとレギアスというかトマスの太い七分丈シャツの腕にぶら下がる。
「ほ、本当にすごいのよ……! 」
コイフはぽかんと開けた口を何とか閉じた。
さっそく3人は服を買いに向かう。
フィオナはてっきりプロムナード一番街辺りに向かうのかと思いきや、レギアスが案内したのは職人街の方であった。
曰く、プロムナードは観光用に新しく店舗を建ち並べた場所で、きちんとしたものを用意するには限界があるとのこと。
コイフとフィオナは道中レギアスにならってちゃんと馬車や道路を歩いて街を進んでいく。
職人街を進み、ある一店でレギアスは足を止めた。
そこは店名も出ていない高級なサロンのような店だった。
入口には赤い一人がけチェアが置かれている。
床も壁もベルベットの絨毯や壁紙だ。
部屋のすみで観葉植物が鉢に植えられている。
壁には前衛的なアートがかけられとても静かで落ち着いた雰囲気だ。
レギアス、コイフ、フィオナが店内に入る。
向かいの受付に高級そうなタイトドレスを着た女性がおり出迎えてくれる。
「ようこそおいでくださいました、こちらの部屋へご案内します」
そう言って受付の女性は受け付け奥の通路を抜け、一つの扉をあけ奥へ案内してくれた。
入口とは一転、その部屋は黄緑色の明るい絨毯にコーヒーテーブルとソファーの並んだ部屋だ。
レギアスがソファーに堂々と座り、脇のテーブルにおかれていた厚手の本を手に取る。
コイフとフィオナは顔を見合わせ、レギアスに従ってソファーにすわって脇にある厚手の本を取って開いてみた。
「あ、これ服のカタログなんだ」
とフィオナが言う。
厚手の本を開いた状態でコーヒーテーブルに置いて、コイフとフィオナは一緒に読んでみる。
「ホントなのよ、これは目次なのね、男性用、女性用、子供用、あとラグやカーテンなんかもあるのよ」
「そうだ、これで目的のページをみて、そこに割り振ってある数字から、買いに来たカタログの番号がわかるわけだ、そらこれが格式が一番高い服だってよ」
レギアスは読んでいた厚手の本をサイドテーブルに戻し、部屋の棚にびっしり並んだ厚手の本から数字をたどり目的の本を探し当てコイフとフィオナの前に開いておいてくれた。
「ありがとう、レ……パパ助かったよ」
フィオナが感謝してレギアスが見つけてくれた本を見ると、確かに立派な衣装がずらりと並んでいる。
こんこんとノックがして先ほど見た受付の女性が部屋に入って来る。
手にはトレーの上に3人分のお茶が淹れられており、女性はレギアス、コイフ、フィオナの前に丁寧にお茶を置いてくれた。
「お待たせしました、本日お求めのものは儀礼用の衣装でございますか? 」
女性はコイフ達が読んでいるカタログを見て取り尋ねた。
「はい、こちらの娘と友人のお嬢さんが陛下からお褒めの言葉を授与されるんです、とてもめでたい事ですし、失礼のないようにこちらで仕立てていただきたいんです」
「ありがとうございます、さっそく担当の者をご紹介させていただきます」
受付の女性はコイフとフィオナの年齢を聞き、それにあった衣装のページをめくって教えてくれる。
一つはフィオナ向けの子供用衣装。女性はもう一冊カタログを傍の棚から持ってきて、コイフに似た体系の獣人向け衣装のページも見せてくれた。
その後女性は部屋を退出していった。
受付の女性が教えてくれたページからずらっとあらゆる型の衣装が並ぶ。
スーツ、ドレス、民族服……襟や袖のデザインを変えることも出来る様だ。
「わぁ、ドレスってこんなに種類があるんだね」
「なのよ、プロムナードでなかなかみかけないタイプの服もあるのよ」
「あそこは流行りの売れ筋をメインで売ってる所だからな、他にも欲しいもんがあったらこの機会に買ってやんよ」
「ありがとうパパ、……そういえばこのカタログどれも値段書いてないんだけど」
「それはこれから決めるんだよ、ま、フィオナとコイフさんは気にすんな! 」
「ええ⁉ 」
コイフは驚いてレギアスが変装したダンディなトマスを見つめる。
「フィーのお父様、わたくしは自前のドレスがありますので大丈夫ですのよ」
しばらくおごりたいレギアスとそれを断るコイフのやりとりが続いた。
「でもお前さん、自前ってこたぁ洗い替えできるドレスってこったろ? そりゃあ式典にはふさわしくねぇ、こういう式典で着るドレスは一回っきりしか使えねぇドレスを着るのが相応しいってもんだ」
「そ…そうね……その、確かにその通りなのですけど、まだ一度しか来ていない民族衣装があって、それを着ようかと……」
「確かに民族衣装なら格式は問題ねぇだろうさ、でもなぁ、お前さんはなんでメニード流のドレスを着てるんだ? 」
「あ……! 確かにそうなのよ」
会話を聞いていたフィオナが首を傾げる。
「どういうこと? 」
「フィーたん、『郷に入っては郷に従え』なのよ、兎人王家は、『兎人は人国に入っても調和できる種族である』とアピールしたいのよ、せっかくのアピールできる機会である叙勲式に民族衣装だとちょっと浮いてしまうでしょう? だったら人国のドレスコードに合わせた方がスマートなのよ」
「もの分かりがいいお嬢ちゃんだ」
「フィーのお父様、必ずかかった費用はお返ししますわ」
コイフは淑女の礼をした。
「はぁ~、コイフさんおごらせてくれよ~娘がずっと会いたがってた親友のお嬢ちゃんに、おいちゃんも世話ぁ焼きたいんだよぉ~」
レギアスがめそめそしだした。
「ねぇ、コイフ、嫌じゃなければ本当に遠慮しないでよ、お姫様としての事情があるなら仕方ないけど……」
フィオナがレギアスのフォローをする。
「そんなことは無いのだけれど……本当に高額になるから……よろしいの? お父様? 」
遠慮がちに尋ねるコイフの言葉にレギアスがパアァ! と見るからに嬉しそうな顔になり頷く。
「おう! かまわねぇ! いや~やっと首を縦に振ってくれたな! 金は気にすんな! 」
レギアスはがっはっはと豪快に笑った。
その後フィオナとコイフは採寸だのデザイナーとの打合せだのなんだので揉みくちゃにされてヘトヘトになるのだった。
仕立て依頼書を書き上げ、完成した衣装は出来上がり次第コイフとフィオナの住む寮に送ってもらう手はずとなった。
その後、店から出た3人はカフェに入り冷たい飲み物を飲みながら談笑する。
必然的にフィオナが入院からの魔王の結界に閉じ込められた話になる。
心配するレギアス、それを平謝りするフィオナ、コイフも心配したという会話をする。
「そうかい、それでコイフさんは催し物をする事になったんだな、うちの娘が心配かけてすまねえ! 」
「気になさらないで、私フィーの為ならなんでもするつもりですのよ、それで、物産展をやる事になって、お兄様達からお金を借りてしまったから絶対成功させないといけないのよ」
何故物産展をやる事になったのか、全ての顛末をコイフから聞いていたフィオナは申し訳なさそうに頭を垂れた。
「ごめんねコイフ、私のせいで……」
「謝らないでなのよ、兎人文化を人国に伝えたいとはずっと思っていたことだし、いい機会が出来たと思って準備することにしたのよ」
「そうか、それならスポンサーが必要だろう、こいつを生かしてくんな、催し物担当の人員を雇ったり、材料を買ったりと入用だろう」
レギアス扮するトマスは鞄から小切手を取り出し、適当な金額を記してコイフに手渡した。
コイフは大慌てでそれを断る。
「だめよフィーのお父様! こんなにたくさん! わたしきっとお返ししきれないわ! 」
その言葉にレギアス扮するトマスは、がっはっはっは! と豪快に笑って言う。
「やるなんて言ってねーぞぉ、スポンサーってのはいわゆる後見人てやつだ、俺を喜ばせてくれたらそれでいいのさ」
「お父様の喜ぶこと……? 」
「そうさ、俺ぁにぎやかな祭りが大好きだ、ブッサンテンとかいうのも是非見て見たいし参加したい! 」
コイフはその言葉に目を輝かせる。
「お父様、兎人と同じね! 兎人もお祭りや楽しい事が大好きで、自分の楽しみの為に出資する事が多いのよ! 」
コイフもよく、薬学舎時代、寮内でやる小さなパーティー(それはティーパーティーだったり寮生の誕生日だったりした)に何度も出資したものであった。
懐かしい思い出と共に、コイフはレギアスに親近感を抱いた。
「お父様! いいえレギアスおじさま! わたし楽しい物産展を開きますわ! 」
「おお! その勢だ! 」
「コイフコイフー! 私も手伝うよー! 」
「ありがとうフィーたん! 」
三人は飲みかけのコップを高く上げてこつんと打ち鳴らしたのだった。
「さてフィオナ」
カフェを出て、色々な店を散策中にレギアス扮するトマスが真剣な声音で言った。
「魔結石症、お前どうするつもりだ」
フィオナは答えに詰まる。
「入院してるだけじゃ治らないかなぁ……? 」
「無理だろうな、フィオナの魔力量は桁違いだ」
「パパ……なにかいい方法知らない? 」
レギアスはトマスのあごひげを撫でながらにやりと笑って言う。
「今回の騒動でショコラ魔導王国に借しを作ったんだろう? そこの王子に聞いてみな」
「「リンツに? 」」
コイフとフィオナは同時に顔を見合わせて、あーーー‼ っと叫んだ。
「そうだよ! 玄室に行くって約束! 代わりに私の魔結石症を何とかしてくれるって約束だった! 」
「大団円ですっかり忘れてたのよ! 」
「なんだ、もうそこまで話が進んでたのか、要らねぇお節介だったかね? 」
「完全に忘れてた! ありがとうパパ! 」
「ああ、それでも駄目ならまた俺んとこ相談にこい、なんとかしてやるから、どんなフィオナでも俺達の大事な娘だからな」
「うん、ありがとう」
レギアスはトマスの顔のまま優しく目を細めた。
フィオナはレギアスにわっしわっしと頭を撫でられ、心底安心してにこりと笑った。
その日、文具や魔道具など買い物を終わらせたコイフとフィオナは、レギアス扮するトマスに、「しばらく王都に滞在する予定だから、いつでも尋ねて来いよ」と、高級なお宿の地図と部屋番号を渡された(宿泊名義人はトマスだった)。
夕飯を豪華なレストランで取り、コイフとフィオナはレギアス扮するトマスにお礼を言って別れた。
「さっそくリンツと連絡を取りましょうなの」
「だね! 」
コイフとフィオナは学校敷地内の郵便局に寄ることにした。
郵便局内には通信用魔道具が置かれており、近隣の場所なら電話のように会話する事ができる。
さっそくコイフとフィオナは通信用魔道具を使ってリンツの住む寮宛に連絡を取ってみる。
寮の受付に繋がり、そこからリンツへ繋いでくれる。
「はい、コイフさん、フィオナさんどうしたの? 」
リンツの声が通信用魔道具から聞こえてくる
「急にごめんなさい、リンツさんとお話をしたいのだけど、明日一緒に朝食はいかがかしら? 」
コイフの問いにリンツは「かまわないよ」と承諾し、急遽明日の朝食を共にする約束をした。
その後コイフとフィオナは通信局を出てレギアスに買ってもらった文具や魔道具などを抱いてひゅーんと夕暮れの街を飛ぶ、フィオナは病院に、コイフは魔法学校に向かって帰宅したのだった。
翌日、コイフは朝も早くから張り切っていた。
フィオナの養父に買ってもらったインディカ米を使って豆とお米のサラダや珍しい肉の串焼き料理を作ったのだ。
目指すは病室経由でフィオナを連れて、リンツの部屋である。
リンツの住む寮の場所は知っていた。初めてリンツに会った際にコイフは部屋番号の書かれた名刺を貰っていたからだ。
コイフとフィオナは朝ご飯の詰まったバスケットを持って、連れ立ってリンツの寮を訪ねた、
「やぁ、おはようコイフさんフィオナさん」
「早くからの謁見大儀であるぞ」
朝も早い時間だがリンツは微笑んで対応してくれる。
リンツの後ろに立つ『魔王』デルレイ・ショコラも尊大な態度ながら歓迎してくれた。
「『魔王』さまにお約束したのよ、細長い米を探してみますって」
コイフがバスケットを開くと3人前のエスニックな料理が入っている。
「へぇ、ボクの故郷の料理を再現しようと思ったの? 」
リンツはふふっと笑っていつものミステリアスっ子ムーヴである。
「なんだよ、コイフが頑張って作ったんだぞ」
とフィオナ。
「資料もないから外れてても仕方ないのよ」
するとリンツは笑うのをやめて真剣な顔で言った。
「似てるけどハズレ、でもとっても美味しそうだ」
『魔王』デルレイ・ショコラは「変わった料理だな、食えんのがつまらんぞ」
と言いながらバスケットを覗いていた。
「改めて言うよ。『魔王』デルレイ・ショコラの呪縛を解いてくれてありがとう」
「まさかそれが目的だったとかは……」
フィオナが訝しがるがリンツは首を振る。
「まさか! あんな状態だったなんて知らなかったんだよ? だからフィオナさんが消えた時本当に焦った」
「では純粋に私たちと友達になりたかったって思って良いのね! うれしいわ」
コイフがほっぺを持ち上げてむにっと笑う。
「覚えちゃったねコイフ、あざといよ」
「失礼ね、かわいいのよ」
「かわいいけど」
フィオナがそんなコイフの癖にほっぺを軽くつついて突っ込みを入れる。
奇妙な4人での朝食が始まった。
インディカ米と豆のサラダ
ヨーグルトソースの肉の串焼き
トウモロコシ粉のパン
肉餃子のパイ
フィオナは閉じ込められていた際に食べたおそらく古代ショコラ魔導王朝の食事を思い出して語った。
あそこで食べたもちもちしたパンの様な物がまた食べたかったのだ。
それを聞き次にフィオナがショコラ魔導王国へ寄った際にご馳走するとリンツから約束してもらった。
食べながらリンツが言う。
「そういえば君たちにお礼をし損ねていたよ」
「そう、その話ですの」
コイフが応える。
「魔結石症ってどうすれば治るの? 」
リンツは相変わらずのいたずらっ子の笑みで言った。
「人間をやめてしまうんだよ」
コイフの頭の中には石仮面の男が浮かんだが打ち消しながら言った。
「それは……、いったいどういう意味なの? 」
「ショコラ魔導王国に伝わる肉体改造の魔法をフィオナさんに施すんだ、そうすれば魔力で肉体を作れるようになる、魔体と肉体の混じった体になる、と言った方が分かりやすいかな? この姿は僕の生まれつきの姿だけど、こんなこともできる」
リンツは魔法を使って、一瞬で黒い羽毛の小鳥になって見せた。
「リンツよ、それは現代メニード国では禁呪であるぞ」
『魔王』デルレイ・ショコラが面白がるように言った。
「そうそう、禁呪だから秘密にしてね」
とリンツはいたずらっ子の様にウィンクした。
「肉体が自分の魔力の許容量に合うようになる、もちろん肉体は捨てられないけれど、こうやって変身することも出来る、僕はこの魔法をフィオナさんに教えることが出来るよ、さぁどうする? 」
リンツ・ショコラは面白そうに言った。
「やる‼‼ 」
フィオナは一拍も置かずに言った。
「もしもしレギパパ? レギパパの言う通り、なんとかしてもらえそう! そうそう、ありがとね、それでさ、私人間やめる事になるんだって、うんそう、やっぱりわかってたんだね、ヴェラママにも伝えておいてほしい、じゃあまたね」
フィオナは自分の肉体改造前に、魔道具のイヤーカフで養父へ連絡をした。
術後どうなるか不安もあるがフィオナは楽しみでもあった。
あの後リンツが準備ができたらまた連絡すると約束してもらった。
「ねぇフィーたん、本当に大丈夫なの? レギアスおじさまは何て? 」
心配顔のコイフが通話をおえたフィオナに話しかける。
「わかったって、コイフこそ私が手術するの反対? 」
「そうじゃないわ、心配なのよ」
フィオナはしゃがんでコイフを抱きしめた。
「大丈夫、必ず生きて帰ってくるから」
コイフもフィオナの背に手を回して抱きしめた。
その日、フィオナは病院に帰り、コイフは寮に帰った。
後日決まった日取りでフィオナはリンツから肉体改造の魔法をかけてもらう事になった。
「リミットブレ~イク‼ 」
シャラーンとフィオナはポーズを決める。
時間は飛んでフィオナがリンツから魔法をかけ終わった直後である。
「フィーたん調子はどうなの? 」
ポーズを決めるフィオナにコイフは歩み寄り尋ねた。
「体が楽になったかな、あと力がみなぎる感じがする」
フィオナは腕を構えぴょんぴょん飛び跳ねる。
「なんか体が軽ーい! 」
「この魔法は肉体改造が一般的なショコラ魔導王国ではよく行われる術なんだ、この術で生まれ持った肉体の枷を外して、さらなる肉体改造に挑むんだよ、事前にも説明したけど肉体に一時的に効果をかける魔法では無くて、肉体を変質させる魔法をかけたから時間経過で元に戻る事はない」
リンツはふたりへ説明をしてくれる。
「なんか魔力が自分の全身を溶かしちゃった感じだった」
「うん、肉体を作り替えたからね、これからは神聖魔法がききづらい体質になったから気を付けてね」
「じゃあ変身してみようか、術を掛けた時みたいに全身へ魔力で魔法をかけてみて、この時なりたいものにしっかりイメージして、魔力もたっぷり練り込むんだよ」
「はい! やってみます! 」
フィオナはリンツを魔法を教えてくれる先生に格上げした。
むむむ~とフィオナは自身に魔法をかける。
(イメージしやすいといえばきまってるよね)
ぎゅるんとレギアスの様に一瞬でフィオナはミアの姿に変身した。
「うわあ早い……これが天才ってやつなのかなぁ、こわ」
リンツが青ざめながら笑う。
「えっと、体は大丈夫? この魔法は肉体を変えるから変な事になって死んじゃうこともあるから、なれないうちは慎重にやってほしいんだけど……」
「そうなのよ! フィーたん! 危ない事をしてはだめなのよ! 」
「ひぇ、ごめんなさい……えっと、体は特に問題ないかな? あと変身したらずっと魔力消費し続けるんですね」
「うん、魔法を発動するように消費が続くよ、しっかり変身後の体で安定すれば魔力消費も収まって来るんだけど、元の体との矛盾を抱えていても肉体が死なない様に魔力が補ってくれてるんだ、魔力消費えぐいでしょ? 」
「うん、めちゃくちゃ魔力減りまくってる」
「だからこの魔法はもともと魔力量が極めて高い状態の人間にしか施せないんだ、魔力消費量が高いぶん必然的に魔結石症になってる暇がないよ」
リンツはコロコロと笑った。
そうしてフィオナはリンツの元に改造後のケアを受けにしばらく通うことになった。
数日後ショコラ魔導王国から新しく従者が来た。
彼女はショコラ魔導王国で整形魔術師という業務を行っており、肉体改造のスペシャリストだ。
リンツが帰国した後もフィオナが新しい体に慣れるまで面倒を見てもらうためだ。
そしてフィオナはメニードの王立病院から自主退院をした。
ここまでの肉体改造はメニード国では禁止されている。
少し容姿をかえたり体の悪い所を直したりはあるが。
だからフィオナは病院に残された他転生者たちをどうすることもできない。
「でもなんか尻がおちつかないよね……」
とフィオナはぼやいた。
結局特別すぎる力なんて足かせになるだけで生きづらく邪魔なものなんだなとフィオナは感じた。
ほどほどに優秀、出来る事はひととおり人並に出来れば良し、それだけでもなかなかいない人材だ、これ以上を望めばしっぺ返しがくる。とフィオナは身をもって痛感してしまった。
結局フィオナに出来た事は、整形魔術師に病院の魔結石症患者をこっそり紹介する事だけだった。
近く、整形魔術師が勧誘に行くと言っていた。
メニードでは違法になる手術を、するもしないも彼ら次第というわけだ。
そうしてリンツは『魔王』デルレイ・ショコラを連れて彼の僅かばかりの遺灰と遺品が入った骨壺を持って帰国する日が来た。
「リンツさん、もうさよならは寂しいですわ」
「ありがとうコイフさん、次はショコラ魔導王国の王子として堂々とこの国に来れるから、またその時に会えるよ」
「戻ってくるのね、嬉しいわ」
コイフは頬をほころばせてほほ笑んだ。
コイフとリンツは握手をした。
そしてリンツはクロード王子とも握手を交わす。
「僕の事を気にかけてくれてありがとう、メニード国は楽しくも興味深い国だったよ」
「ああ、私も近いうち貴国へ訪問したい、その時はよろしく頼むよ」
リンツを乗せた馬車は走り出す、リンツは年相応の笑顔で馬車から身を乗り出し手を振って言った。
「『合宿』までには戻って来るからー! 」
見送っていた生徒会メンバーはぽかんとしてから青ざめて、目を合わせた。
「『合宿』……! 忘れていましたわ」
ミリー公爵令嬢が言う。
「たしか、新入生の親睦を深める野外授業が『合宿』でしたよね? もしかしてそれも生徒会が……? 」
教えられていた年間予定を思い出しフィオナが言う。
「あぁ……『合宿』の準備も生徒会の仕事だ……」
クロードが頭を抱えてしまう。
「それってどのくらいかかるんですの?」
コイフが恐々と尋ねる。
「『合宿』までまだ日があるから間に合うでしょう、ギリギリですが……」
ミリー公爵令嬢がひきつった笑顔で言った。
「授業ってもう始まるんだよね? 」
「ええフィーたん、学内施設の封鎖は今日から解かれていて、来週の頭から授業開始なのよ」
「コイフさん、フィオナさん、是非君たちの協力をお願いしたいな、優秀な君たちなら生徒会の加入だって大歓迎だよ? 」
クロード王子が爽やかにほほ笑みながら勧誘を始める。
「手伝ってさしあげたいのは山々だけれど、今日はわたしのお兄様のお手伝いがありますの」
「いつでも歓迎するよ! 生徒会室の場所はここだ! 放課後でも昼休みでも誰かしら作業しているだろうから気軽に訪ねてほしい、では生徒会メンバーは急ぎ生徒会室を開けに行こう」
クロード王子は生徒会の場所が書かれた名刺をコイフとフィオナに渡し、言うなり急ぎ足で学校の方へ行ってしまった。
その後研究生のクローブお兄様が研究棟へ戻るのでコイフとフィオナは手伝いに行った。
貴族寮北の旧貴族寮にはたくさんの研究生が集まって荷物の運び出しをしていた。
「コイフ、それにフィオナさんも来てくれたんだね」
研究生のクローブお兄様が日用品の入った包みを背負っている。
「お兄様にはたくさん助けていただきましたもの! お手伝いいたしますわ」
「ありがとうコイフ、実はここの荷物の運び出しより、僕の部屋の実験中の器具の始末の方が大変そうなんだ、研究生を目指すには良い経験になると思うから是非手伝って欲しい」
クローブは鼻の上にちょんと乗せたメガネを指で押し上げ、弱ったようにたはは、と笑った。
一緒に日用品を持って図書塔よりも奥にある研究棟に案内される。
入口で入館証を貰うと、コンクリートで作られた石組の建物に入る。
中は良く言えば近代的で、悪く言えば無機質だ。
木の扉を開いて「ここが僕の研究室だよ」と案内された先は腐海の森だった。
生活感マシマシの、床の見えない部屋にコイフは声にならない悲鳴を上げる。
「お、おおお、お兄様……! 何故こんなことに!? 」
「研究に没頭してる時に閉鎖指示が出たから片づけが間に合わなかったんだよ」
「ランドリーはどこですの? 」
「奥の部屋だけど皆殺到してるでしょ」
「わかりましたわ、タライをお借りしますのよ! 」
コイフはタライを洗い場から借りてくると、そのタライに洗濯物を山盛りにして部屋を出て行った。
フィオナとクローブお兄様は、やっと見えた床を掃いていく、ゴミをひとまとめにすると出てきたのは焦げたビーカーやカビたフラスコだった。
「ああ、やっぱりだめだったか、実験のし直しだね」
とクローブお兄様はうなだれてから、日用品の片づけに向かった。
フィオナは生活魔法で習った通りにそれらの実験器具に魔法をかけて綺麗にしていく。
「見事な生活魔法だねフィオナさん、それなら成績も最優秀の出来でしょう」
「あ、えと、ありがとうございます」
「研修生に向いてるのは案外フィオナさんの方かもね」
「コイフが研究生になりたいって言ったんですか? 」
「うん、君を助けられなかったから魔法で他の人を助けられるようになりたいって」
フィオナは顔を曇らせた。
「コイフはバフやデバフを学びたいって言ってました」
「なるほど、それならコイフには向いているかもね、それに研究生の研究分野だ」
「研究生の向き不向きってなんですか? 」
「新しい物を作り出そうとする熱意、今ある物を深く知ろうという情熱かな、フィオナさんは前者、コイフは後者だと思うよ」
フィオナの問いにクローブが応えた。
「新しい物を作り出す……か」
フィオナの中に研究生という進路選択が芽生えた瞬間だった。
こうして少しのドタバタがありつつも、魔法学校は平常の安寧を取り戻していくのであった。
応援ありがとうございます!コイフとフィオナの冒険はまだまだ続きますが、ここで一旦区切りとさせていただきます。
ネタ切れなのでひと月ほどお休みをいただく予定でいます。
これからも応援よろしくお願いします。




