#14 計妙なる敵
戦艦シュレースヴィヒを出航し、我が駆逐艦4160号艦は僚艦と共に帰路につく。10隻で円錐陣形を組みつつ、前進を続ける。
自室のモニターから、外の様子を伺うことができる。我が艦を中心に、4151号艦から4159号艦が、まるで槍先のような円錐形の陣形で、地球997へと向かう。
自室に篭るのもよくないと思いながらも、ただでさえ訓練で集中し続けているところに、戦艦での少佐殿の付き添いに疲れたため、部屋でゴロゴロしていた。どうせ、あと7時間ほどで到着する。訓練の成績は上々、やることはやった。このまま部屋の中にいたって……
「マドレーヌちゃ~ん!お風呂行こ~う!」
と、そんな時でもガンガン扉を叩いて、私を自身の欲望の赴くまま誘いをかける、頭のおかしな女性兵士がいる。
「あの、リーゼル殿。もうあと7時間で到着するのですから、何もわざわざお風呂など行かずとも……」
「何言ってるの!命中率、命中数ともに艦隊一の砲撃手が、風呂も入らなくてどうするの!それに、あと7時間しかこの艦にいないんだよ!?だったら、今すぐにでも入るべきではないの!?」
もはや、支離滅裂である。リーゼル上等兵曹のいうことに、さほど道理がないことは明確である。毎度その手には乗るわけが……
乗ってしまった。いや、強制的に乗らされたと言ったほうが、正確であろう。
カポーン……と、浴場の中で湯浴び後の手桶を置く音が響き渡る。浴槽に入る私の両側には、いつものようにトルテ准尉とリーゼル上等兵曹がいる。
静かだ。今日は珍しく、私はこの二人にいじられることなく浴槽に入る。
「あ~っ、疲れたぁ……」
「ほんと、疲れましたわねぇ」
珍しくこのお二方はお疲れのようだ。私は尋ねる。
「何がそんなに疲れたのでございますか?」
「何がって、今回の実弾訓練は、トラブルだらけだったからねぇ」
「そうですよね。大体、エレベーターやロボットが同時に止まるなんて、前代未聞ですわよ。一体あれは、なんだったのでしょう?」
「故障のタイミングがたまたま重なったってことなんだけどさ……でも、なんだろうねぇ」
そういえばこのお二人は、訓練の度にいつもトラブルの多さを愚痴っていた。今回はとにかく、トラブルが多いようだ。私の好成績の一方で、艦内では多くのトラブルを抱えるこの訓練航海であった。
「あの、私でよろしければ、何かして差し上げたいのですが……」
いつになく参った様子のこのお二人を見ていると、私にも何かできるのではないかとの想いから、声をかけた。
が、これがいけなかった。
二人の表情が、みるみる変わり始める。
「んふー!そういうことなら、マドレーヌちゃん……」
「そうですわね。そこまで言われるのであれば、仕方がないですねぇ……」
この瞬間、私はこのお二人に、はめられたと気づく。私の胸に、魔の手が伸びる。そして、いつも通りの展開となった……
「うう……今日もまた、穢されてしまいました……」
「なーに言ってるのよ!毎回綺麗に、丹念に揉み解してあげてるんじゃない!」
「そうですわよ、しかも今日は、マドレーヌちゃん自らが進んで、私達の為にと仰ったではないですか!?」
この2人、いつも罵り合ってるくせに、こういう時だけは連携して、私の身体を弄ぶ。やはりこのお二人は、どこかおかしい。
「でもダメねぇ。やっぱりそろそろマドレーヌちゃんの身体も、殿方を知らなくてはねぇ」
この上、とんでもないことを言い出すリーゼル上等兵曹。
「そうですわよねぇ……って、私も殿方を知らぬ身ですから、人のことは言えませんが」
「なーに言ってるよ、トルテ准尉。モーリッツ少尉というお人がありながら、今さらそういうこと言う?」
リーゼル上等兵曹がこう言い放った瞬間、その場の空気が一瞬、凍りつく。そしてトルテ准尉が、私の顔を睨みつける。
「……ま、まさか、マドレーヌちゃん、あのことをリーゼルに……」
えっ?私、今、疑われてる?というか、トルテ准尉とモーリッツ少尉とのこと、まだリーゼル上等兵曹に気付かれていないと思ってたの?困惑する私の前で、リーゼル上等兵曹は続ける。
「え~っ!?まさかトルテ准尉、未だに気付かれていないって思ってたのぉ!?マドレーヌちゃんが来る前から、夜な夜なモーリッツ少尉の部屋に入っていく姿を目撃されてるっていうのに、あれで内緒のつもりだったのですかぁ!?」
「な……」
リーゼル上等兵曹の矛先が、トルテ准尉に向いた。
「い、いつから……」
「ヴァルター大尉に襲われそうになり、モーリッツ少尉に助けられたその翌日に、トルテ准尉殿はモーリッツ少尉の部屋に、押し掛けて行きましたよねぇ」
「……なぜ、それを……」
「なぜでしょうねぇ?ま、いずれにせよ、この狭い艦内で、誰にも知られずに過ごせるなどと思う方が、世間知らずもいいところですよ」
「……この話、どの辺りまで、知られてるの……」
「艦長」
「は?」
「艦長も、ご存知ですよ」
「と、言うことは、もしや……」
「あの艦長ですら知っていると言うことは、当然、艦内で知らぬ者などいないでしょうねぇ」
「な、なんてこと……そんなに知られていたなんて……」
今、明かされた真実。脱衣所でトルテ准尉は1人、頭を抱えてその場で立ち尽くす。それを得意げな顔で見下ろすリーゼル上等兵曹。ああ、やはりこの人、只者ではない。モンブロー監獄にいた看守よりも、危ない人だ。
と、危険極まりない会話が繰り広げられているこの浴場の脱衣所で、それ以上の危険が迫っていることを知らせる音が、突然鳴り響く。
ウォーンという警報音が、この狭い脱衣所内にこだまする。この瞬間、ここにいる3人に緊張が走る。今は訓練ではない。この警報の意味するところは、たった一つだ。
そう、「敵襲」だ。
だが、なぜここで?
ここは地球997近く。こんなところに敵が、連盟の船が現れるなんて、まったく想定外のことだ。
「警報よ!トルテ准尉!」
「すぐに着替えて!マドレーヌちゃんも!」
「は、はい!」
「着替えたら、リーゼルはすぐに主計科事務所に!マドレーヌちゃんは砲撃管制室!急ぐわよ!」
さすがは軍人だ。この2人、先ほどの欲望丸出しから戦闘態勢へと、すぐに頭を切り替えた。私も大急ぎで着替え、エレベーターへと走る。そして私は砲撃管制室の階で降り、管制室へと急ぐ。
「よし、全員揃ったな。では、状況を説明する。現在、我が戦隊の前方、33万キロの地点にて、敵艦10隻が確認された。敵の動きから察するに、今のところまだ、敵はこちらに気付いていないらしい。戦闘態勢を整えたのち、敵の戦隊へ接近、これを迎撃する」
砲撃長のアウグスティン大尉から、状況報告が伝えられる。そんな近くに敵が……いや、近いと言っても、その距離は地球と月ほどの距離だ。その間に、王国が何百個入るかという距離だというのに、だんだんと私の感覚が、宇宙規模に麻痺しているのを感じる。
「砲撃長、あの敵はたった10隻とのことですが、敵地の只中にたった10隻で乗り込むとは、奴らは何が目的なのでしょうか?」
「うむ、おそらくは偵察目的だろう。撹乱工作を企んでいる可能性もある。何れにせよ、我々の目的はこれを排除することだ」
この私の問いに対する砲撃長の応えを聞いて、私に緊張が走る。ついに私も、敵の船と砲を交えることとなるのだ。そう、覚悟する。
「ともかく総員、戦闘配置だ。幸いにも敵は電波管制中のためか、我々に気づいていない。このまま慣性航行で接近、迎撃。これが、作戦の概要だ」
この10隻だが、危うく見逃してしまうところだったようだ。だがたまたま我々の戦隊の近くにいたため、重力感知センサーが敵艦の出す僅かな重力を感知し、それで発覚したという。
砲撃科の5人は、各々の配置につく。私は砲撃手席に座り、レバーを握る。すると、アウグスティン大尉が私の背後からこう言った。
「おい、マドレーヌ上等兵。レバーを握るのはまだ早い。今からそれでは、緊張を維持できないぞ。まだ楽にしていろ」
「は、はい!」
てっきりもう戦闘態勢かと思いきや、構えるのは早いと言われてしまった。私はレバーから手を離し、席にもたれかかる。
「マドレーヌ上等兵にとっては、初めての実戦となる。だが、訓練も実戦も変わらない。敵が的に入れば、それを撃つ。ただ、それだけだ」
「はっ!」
私を案じて、アウグスティン大尉が一言、付け加える。ただ、この砲撃長の言葉とは裏腹に、訓練と実戦の違いというものを私は感じている。
大きな違いは、2つ。それは、今度の砲撃目標には人がいること、そして、その目標も撃ち返してくるということだ。訓練とは同じなどと、とても割り切れないだろう。
徐々に接近する、10隻の敵。脇に表示されている、陣形図。どちらも慣性航行により、我が星系の太陽の重力に引かれるがまま、前進を続けている。
敵の10隻は、32万キロ先をこちらの後ろを見せたまま、悠々と進んでいる。我々は徐々に距離を詰め、あと30分ほどで、その敵を射程内に捉えようとしていた。
あちらが気づく時は、こちらが砲撃を加えた時。初弾で当てれば、何が起きたか分からぬまま死んでいく者もいるだろう。それも、大罪人として処断される予定だった私の手によって殺されたとなれば、その皮肉な運命に同情せざるを得ない。
……のだが、どうにも先ほどから、違和感を感じている。
こう言っては何だが、あからさまに敵は、後ろを見せつけているようにも見える。そしてなによりもこの状況は1年前、私に弓矢を教えて下さったあの騎士団長が命を落とされた、あの戦いに似ている。
あの時、王国軍は隣国の隊列を発見し、その後ろから忍び寄っていった。が、いざ奇襲という時に、後方から別働隊に攻められた。前後から挟撃された王国軍はたちまち総崩れとなり、敗退する。
その時、騎士団長自ら殿を務めて、王国軍の全滅を防いだと言われる。だがその代償として、我が国は英雄を失った……
その時と、あまりに状況がよく似ている。あの敵艦はわざと我々に背を向けているようにも見える。第一、敵の本拠地の只中で、あれはあまりに無防備すぎる。そんな違和感も相まって、私は推察する。
あれは、囮ではないのか、と。
「砲撃長!」
私は突如、叫んだ。急に叫ぶ声に驚くアウグスティン大尉。
「な、なんだ、どうした!?」
「意見具申致します!あの敵艦は、囮だと考えます!」
「囮……だと?その根拠は?」
「敵地の真ん中で、あやつらはあまりに無防備です!それに、我々があやつらを発見できて、あやつらが我々を発見できていないというのも、どこか不自然です!」
「うーん、確かにそうだが……しかし、それだけでは……」
根拠はない。あくまでも私の直感だ。だが、どうにも胸騒ぎがする。私は一心に、アウグスティン大尉を睨みつける。
「……分かった。ならば艦長に意見具申し、もう一度、周囲の索敵を行うとしよう。それでどうだ?」
「はっ!異論はございません!」
私の意見を、砲撃長は聞き入れて下さった。早速、艦内電話にてその旨を伝えるアウグスティン大尉。
『……分かった。言われてみれば、確かに出来すぎている気がする。もう一度、重力センサーで周辺チェックを行うとしよう』
艦長がアウグスティン大尉の意見を受け、もう一度、索敵を行うこととなった。電話をおき、続報を待つ砲撃長以下、5人の砲撃科の乗員。
その続報は、すぐに飛び込んだ。
『重力子反応!5時方向、距離31万キロ!艦影確認、その数10!』
『光学観測!艦色視認、赤褐色!連盟艦10隻と判明!』
私の予感通りだった。ほぼ後方に、別の連盟戦隊が発見される。それを受けて、艦内は大騒ぎになる。
『面舵90度!全速前進!現宙域を離脱、敵の包囲網を抜ける!』
ローベルト少佐の声だ。その号令と同時に、艦内には重苦しくけたたましい機関音に包まれる。
と、同時に、敵も動き始めた。
『後方の敵戦隊より、重力子反応多数!高速前進中の模様!』
『前方敵戦隊からも機関の反応あり!こちらに転舵!』
『かまうな!まずは包囲から抜けることを優先する!艦橋より機関室!リミッター解除、10分間の大出力運転を許可!』
この緊迫した会話の後、今までに聞いたことがないほどの大きな機関音と振動が伝わってくる。左の装填レバーが、ガタガタと震えている。私はそれを思わず握りしめる。
「まさか本当にいたとはな……危なかった」
アウグスティン大尉が呟く。だが、まだその危機を脱したわけではない。前後合わせて20隻の敵艦が、我々を再び挟み撃ちにせんと迫ってくる。
『艦橋より砲撃管制室!』
と、そこにローベルト少佐の声が突然、飛び込んでくる。
『これより、全艦回頭し、時計回りに後方敵艦隊の側面へと回り込む!すれ違いざまに、移動砲撃を加えよ!』
「管制室より艦橋!移動砲撃なんて、訓練でも試したことはありません!無茶ではありませんか!?」
『当たらなくともいい!このまま敵に隙を与えるな!味方の増援が集結するまでの時間稼ぎができれば、それでいい!』
移動砲撃、すなわち、全速で走りながら的に当てろというのだ。弓矢でも難しい高等技術。それを、この馬鹿でかい駆逐艦でやれと副長はおっしゃる。
だが、ここは我が星の目前だ。ここで敵を逃せば、易々と我が領土に敵の侵入を許してしまうことになる。それはとても、受け入れがたい事実だ。このため我が戦隊10隻は、2倍の敵を相手に攻撃を加えざるを得ない。
やがて、ローベルト少佐の指示通り、回頭が始まる。10隻がその場で大きく回りながら、後方の敵戦隊側面に回り込もうとする。
が、敵も簡単には側面を見せてはくれない。あちらも回頭しつつ、こちらを捉えようと必死だ。傍らのモニターで、私はこの追いかけっこを見守るしかない。
が、すぐにこちらに出番が回ってくる。
『まもなく、30万キロ!砲撃戦用意!』
艦橋のレーダー手から怒声のような報告が飛び込む。私は照準器を覗き込み、2つのレバーを握り締めた。
『艦橋より砲撃管制室!20秒だけ、操縦系をそちらに渡す!その間に一撃加えよ!』
「管制室より艦橋!了解!」
『カウントダウン!5、4、3、2……』
「砲撃戦用意!装填、開始!」
目まぐるしく変わる状況に、突然の砲撃命令。私は大急ぎで装填レバーを引いた。そして私は、唱える。
「太陽の神ユピテイル、大地の魔神ハーデイス、海の女神ポセテイル、空の天使ルシファルよ……四方より我が矢を導き、かの暴虐なる邪神の肝心頭腎を、撃摧し給え……」
唱え終わる頃には、ちょうど装填完了のピーという音が鳴り響いた。そして照準器の中には、赤茶色の駆逐艦の姿が映る。
「砲撃開始!撃てーっ!」
砲撃長の号令が、この管制室内に響き渡る。照準器に映る敵艦はこちらに完全に向いておらず、まさに回頭中だった。相手は回避運動もしていない。だが、全速で航行しながらのこの船の揺れが、なかなか照準を定めさせてはくれない。
が、ここだ、と思ったその瞬間、私は引き金を引いた。
ガガーンという音と共に、照準器の中は真っ白に変わる。いつもならばその光が消えて視界が戻るにはしばらくかかるのだが、その光はすぐに消える。我が艦の向きが、変わったためだ。
艦の操縦は、砲撃後すぐに艦橋へと戻る。正面に敵がいないため、弾着観測に時間がかかる。先ほど放ったあの一撃は、どうなったのか?機関音により喧騒の只中にあるこの砲撃管制室で、エリアス少尉の判定を待つ。
「撃沈1!我が艦のターゲット艦の、消滅を確認!」
信じられない一言が返ってきた。なんと、初弾で撃沈である。大暴れする我が艦から放った一撃が、思わぬ戦果を生み出した。
そして、その一撃が招いた結果なのか、敵の動きに変化が現れる。
『敵戦隊、離脱を開始!』
レーダーサイトを見ると、そこに映る敵の艦影が星系の外側へと向かい始めていた。戦意喪失によるものなのか、それとも、元から逃げにかかっていたのか?
『逃すか!追撃する!転舵、反転!』
だが、ローベルト少佐は諦めていない。まだ追うつもりだ。転進しつつ、その敵影を追い始める。
追いついた敵に向けて、もう一撃放たれる。だが、敵もさすがに回避運動しながら逃げている。そう簡単には当たらない。
そうこうしているうちに、10分間の特別機関出力の時間が来てしまった。あまり長時間、機関を回し続けるのは危ない。通常出力に戻った我が戦隊は、ついに敵に追いつくことはなかった。
『やむを得ない。あとのことは、艦隊主力に任せるとしよう。戦闘態勢、解除!』
ローベルト少佐から、戦闘終了の宣言が伝えられる。それを受けてこの砲撃管制室も、態勢解除となった。
「やったな、マドレーヌ上等兵!」
私の初戦果に、管制室内は湧き上がった。この度の戦いでは、戦果は1隻。しかも、私が放ったあの一撃によるものだけである。
たった一撃だが、それが敵の戦意を喪失させ、逃亡を促した。結果、我が地球997は守られた。
「よくやった。移動砲撃などやったことはないが、まさに日頃の訓練の賜物だな」
「あ、ありがとうございます、砲撃長」
アウグスティン大尉からも、お褒めの言葉をいただいた。私はそれに応える。
こうして私の初陣は、突然幕を開け、華々しくも、あっけなく幕を閉じた。