#13 幻妙なる夢
……ここは、どこだろう。妙に懐かしい、そんな場所に私は立っている。
目の前には、木製の的。そして私の手には、弓と矢が握られていた。
ああ、これは私がまだ13歳の頃に、弓を習っていた時の光景だ。そしてそこは、ドルバック公爵家の屋敷の庭。すぐ脇には、弓の師範であるナタナエル騎士団長が立っている。
「さあ、もう一度だ。もう一度、あの的を目掛けて矢を放ってみよ」
そう促されて、私は弓を構えて引く。木製の的を目掛けて、その矢を放った。
矢はまっすぐと木製の的を目掛けて飛翔する。が、その的に矢は刺さりはしたものの、狙った場所からは随分と外れている。
「だめだな。集中しておらぬ証拠だ。それでは的の中心を射ることなど叶わぬ」
騎士団長から言われて、意気消沈する私。だが、騎士団長はこんなことを言い出す。
「いいことを教えてやろう。絶対に外さない、呪文がある」
それを聞いた私は騎士団長に尋ねる。
「なんですか、それは!?そのような呪文があるのですか!?」
「ある。いや、正確には呪文ではないな。聖典の一節だ」
「せ、聖典、ですか?」
「聖典の一節に、邪神と戦う戦乙女が弓を射る瞬間に、神に祈りを捧げる場面がある」
「はい、それならば私も存じております」
「その一節を唱え、弓を射るのだ」
「……あの一節を、ですか?」
「そうだ。私がやって見せよう」
騎士団長はそういうと、私から弓を受け取り、矢を一本、握りしめる。そして、こう唱え始めた。
「太陽の神ユピテイル、大地の魔神ハーデイス、海の女神ポセテイル、空の天使ルシファルよ、四方より我が矢を導き、かの暴虐なる邪神の肝心頭腎を撃摧し給え!」
ギリギリと音を立てて矢を引くと、スンッと音を立てて放たれる、一筋の矢。
まさにそれは、木製の的の中心に吸い込まれるように向かう。そして、的のど真ん中にその矢は刺さる。
「あ、当たりましたよ、先生!」
その見事なる一矢に、感動する私。この時、騎士団長は私に、こう言った。
「無闇に使うものではない。ここぞという一撃の際に唱えよ。さすればそなたの矢は、確実にその的を仕留めるであろう」
そして私は、騎士団長より弓矢を受け取る……
目が覚める。目の前には天井と、照明が見える。ここは、駆逐艦の私の部屋のベッドの上。手にはもちろん、弓矢などない。
あれは、夢だったのか。それにしても、妙に実感のある夢だ。無理もない、実際に私が騎士団長から弓矢を習っていた時の記憶が、そのまま夢となって現れたからだ。あの弓矢を渡された時の感触を、今でも覚えている。
しかしなぜ今ごろ、あの日の記憶が引き出されたのであろうか?いや、理由はともかく、今の私がまさに何を欲しているかを、その夢は示している。
そういえばナタナエル騎士団長は1年前、隣国との戦さにて命を落とした。奇襲に遭い、混乱する王国軍の中で、一人でも多くの味方を逃すために自ら殿を務め、帰らぬ人となったと聞く。
そんな騎士団長の遺した言葉を、私は今一度、思い出してみる。
それから3時間後には、その日の訓練が始まった。私は砲撃手席で、砲撃開始の合図を待つ。艦橋から、敵艦隊接近の報が伝えられる。
『敵艦隊、さらに接近!距離31万キロ、接敵まであと3分!』
照準器には、いつものように岩の塊が映っている。すでに回避運動は始まっていた。揺れ動く的の動きを読みつつ、私はレバーを握りしめる。
ジリリリリンという、砲撃開始のベルが鳴り響いた。艦橋と砲撃長の号令が響く。
『砲撃開始!撃ちーかた始め!』
「砲撃開始だ、撃ちーかた始め!」
私は、装填レバーを引く。キィィィンという甲高い装填音が響き渡る。
その9秒間の装填の間、私は、あの言葉を口ずさんでいた。
「……太陽の神ユピテイル、大地の魔神ハーデイス、海の女神ポセテイル、空の天使ルシファルよ……」
突然始まった私の詠唱に、隣にいるボニファーツ中尉が一瞬、私の方を振り向く。
「……四方より我が矢を導き、かの暴虐なる邪神の肝心頭腎を、撃摧し給え!」
ピーという装填完了音が響くと、私は発射レバーの引き金を引いた。ガガーンといういつもの雷鳴音と衝撃が、砲撃管制室を襲う。
目の前の照準器から光が消える頃に、弾着観測を行うエリアス少尉から、衝撃的な一言が飛び出す。
「命中!ただし、敵艦バリアにて防御との判定!」
いきなり、初弾から当ててしまった。砲撃長が叫んだ。
「おい、そんなはずはないだろう!初弾から当てるなど、聞いたことがないぞ!」
「いえ、本当に命中です!敵艦のど真ん中、バリアがなければ、文句なしの撃沈です!」
どうやら初弾から当てるなど、前代未聞だったようだ。しばらくの間、砲撃管制室は静まり返る。
『艦橋より管制室!次弾装填!』
その沈黙を破ったのは、艦橋にいるローベルト少佐の声だった。私は、左手のレバーを引く。甲高い装填音が、管制室内にこだまする。
ピーという装填完了音が響く中、私は発射のタイミングを測る。なかなかボニファーツ中尉が、的の前に艦首を向けようとしない。
だが、ようやく十字線に、敵艦相当の小惑星が飛び込んでくる。私は右手の引き金を、カチッと引く。
再び雷鳴音と衝撃が襲う。目の前は真っ白だ。光が晴れるのを待つ。やがて、エリアス少尉による弾着観測が終わり、結果が発せられる。
「命中!判定、撃沈!」
信じられない結果だ。たった2発で、私は撃沈を記録した。シミュレーターでも、ありえない結果だ。砲撃管制室はこの結果に湧き立つ。
が、艦橋からはその歓喜を打ち消すが如く、怒声が飛んでくる。
『何やっている!次、ターゲットナンバー5123!』
ただ一人、冷静に回避運動を続けていたボニファーツ中尉が、このローベルト少佐からの指示に応える。
「了解!ターゲットナンバー5123をロック!」
不思議と今日は、頭が冴える。集中しているのを、はっきりと感じる。私は再び、照準器を覗き込む。そして、装填レバーを引いた……
そして、4時間後。
気づけば私は、命中11、撃沈1を記録した。艦隊内でもかなり上位の成績だという。
「やったな!」
訓練終了の合図と共に、ようやくレバーを手放せたボニファーツ中尉が、私に激励の言葉を発してくれる。砲撃長のアウグスティン大尉、エリアス少尉、ヒルデブラント中尉も、私のこの成績を讃えてくれた。
「いやあ、まさか初弾から当てに行くとは思わなかった。ところでマドレーヌ上等兵」
「はっ!なんでしょうか?」
「最初のあの言葉は一体、なんだったんだ?」
アウグスティン大尉が、私にこんなことを尋ねてきた。ああそうか、私は無意識に、騎士団長から教わった必中の呪いを唱えていた。今にして思えば、あれが私をここまで集中させたきっかけではある。
「私が以前、弓を習っていた時に、師範であった騎士団長から教わった、必中の呪いです」
「必中の呪い?それは一体、どういうものなのだ?」
「はい、我が王国正教の聖典の一節で、邪神を打ち破るべく立ち上がった戦乙女が、矢を放つ寸前に唱えた言葉なのです」
「聖典か。なるほど、どおりで神がかった響きの言葉だったわけだ。それにしても、あの言葉を放った途端、マドレーヌ上等兵の雰囲気が、何か変わった気がするな」
「そ、そうですか?私は何も……」
「うまくは言えないが、まるで獲物を見つけ、それを追い詰める狼の頭領のような鋭い目つきだった。少なくとも、昨日までの訓練では、決して見せたことのない表情だったよ」
それを聞いて、私はゾッとする。本人には、そんな自覚はない。ただ私はいつも通り、レバーを握り引き金を引いていただけだ。それ以上もそれ以下もない。
だが、もしかしたらあの時、ナタナエル騎士団長が乗り移ったのかもしれない。そうでなければ、あれほどの命中率を叩き出せるわけがない。私はそう、自身を納得させる。
訓練終了後、私は食堂へと向かう。そこで、いつものように女3人組でかたまり、談笑にふける。
「いやあ、今日は大変だったわ」
「あの、リーゼル上等兵曹殿、何かあったのですか?」
「あったなんてもんじゃないよ。あちこちで電灯は切れるし、エレベーターは止まるし、どういうわけか、洗濯室のロボットが1体、不調をきたしちゃってね」
「そうなのですか。それは、珍しいことなのですか?」
「砲撃訓練でロボットが故障だなんて、聞いたことないよぉ。ましてや、同時にエレベーターが止まるだなんて。なんていうかな、今日の砲撃はいつになく激しかったかなぁ」
「激しい?ですが、砲撃なんてただレバーを引いて装填し、狙いを定めて引き金を引くだけでございますよ」
「そう、そのはずなんだけどね。だけどどういうわけか、慣れている私でさえ、恐怖を感じたなぁ」
「そうそう、私もそうでしたわよ。なぜかしら?久々に、砲撃音に恐怖しましたわよ」
「トルテ准尉殿まで……一体、何があったというのでしょうか……」
主計科のこの2人が揃って、今日の砲撃訓練の異変を訴える。私はそれほど違いを感じなかったが、実際にトラブルが多いところを見ると、何かが違ったのだろう。
そして翌日、その翌日も、砲撃訓練が行われる。その度に私はあの必中の呪いを唱え、毎回、撃沈を記録し続けた。気づけば私は、艦隊でもっとも好成績を治める砲撃手となった。
訓練最終日を終えて、私は再び、戦艦シュレースヴィヒの街を訪れていた。ローベルト少佐と共に。
「……そうか。恐怖か」
「はい。主計科の2人が揃いも揃って、2日目以降の訓練からは恐怖心を覚えたと訴えております。ですが私自身、特にそのような変化を感じないのです」
「そうだな、確かに艦内のトラブル報告は増えたと聞いているが、艦橋にいる限りは別段、砲撃音が大きくなったとか、不具合が多発したとか、それほどのことはなかったな。ただ……」
「あの、何か、気になることでもございますか?」
「うまく言えないが、気迫というのか、そういうものをあの砲撃からは感じたな。あれを恐怖と評するなら、その通りかもしれない」
ローベルト少佐ほどの方から、恐怖らしきものを感じたと聞く。私は、この戦艦でのローベルト少佐行きつけのピザ屋で、8分割したマルゲリータをつまみながら、少佐のその言葉に耳を傾ける。
ますます私は、騎士団長の霊魂の存在を確信する。あの方はいるだけで、恐怖心や威圧感を与えていたと言われている。実際、私も初めて騎士団長にお会いしたときに、腹の底から恐怖のようなものが湧き出すのを感じた。あれと同じ感覚を、主計科のお二人やローベルト少佐は感じたのだろうか?
ともかく、私は初の実弾訓練を、予想以上の成果を持って乗り切ることができた。
しかし、マルゲリータ・ピザを頬張る私に、まさか本物の戦闘が迫っていたなどとは、この時はまだ、知る由もない。




