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#12 微妙なる技

「敵艦隊まで、あと31万キロ!接敵まで、あと3分!」


 訓練が、まもなく始まろうとしている。(わたくし)砲撃手(ガンナー)席でレバーを握り、標準器を覗き込む。

見えているのは、十字線に大きな岩。小惑星と呼ばれる宇宙に浮かぶ岩の塊だが、駆逐艦ほどの大きさのその岩を一ヶ所に集めて、敵艦隊に見立てて攻撃する。これが、砲撃訓練だ。

 わずかひと月ちょっと前まで地下牢で閉じ込められていた元令嬢が、今まさに王都セリエーニュすらを一撃のもとに粉砕するほどの威力を持つ高エネルギー砲の発射レバーを握り、攻撃開始のタイミングを待っている。


 ボニファーツ中尉が、レバーを操作し始めた。目の前のターゲットが、上下左右に動き始める。回避運動をしつつも、時折、敵艦を十字の中央に寄せる。予測不能な方向に回避しつつ、敵艦を捉える。この矛盾の塊のような操作は、簡単なように見えて、実に難しい。

 ローベルト少佐曰く、ボニファーツ中尉はまさにこの操舵手(トレーサー)の名手だという。敵に悟らせない動きで、敵艦を捉える。(わたくし)もこの3週間のシミュレーター訓練を共にして、その巧みさに舌を巻く。ゆえに(わたくし)の命中率の高さは、ひとえにボニファーツ中尉の操舵の技術によるものと言っても、決して言い過ぎではない。


「30万キロ!敵艦隊、射程内!」

『司令部より砲撃合図!撃ちーかた始め!』

「砲撃開始!撃ちーかた始め!」


 艦橋と砲撃長から、砲撃戦開始の号令がかかる。と同時に、ジリリリリンッと合図のベルがけたたましく鳴り響く。(わたくし)は左手で装填レバーを引いた。

 シミュレーターでは決して味わえない、艦全体を流れる膨大なエネルギーを、座席からひしひしと感じる。キィーンという甲高い音に、ビリビリと震える座席。その約9秒後には、ピーという装填完了音が鳴り響く。

 (わたくし)は照準器を覗き込む。映る敵艦相当の小惑星は、十字線(ターゲットスコープ)から大きく外れている。が、装填完了音からまもなく、ボニファーツ中尉は艦首をその敵艦に寄せ始める。

 そして(わたくし)は、タイミングを合わせて右手で引き金を引く。


 ガガーンという落雷のような砲撃音と、全身を揺さぶるほどの振動が、(わたくし)に襲い掛かる。照準器の中は真っ白な光で覆われ、照準器内の十字線すら見えない。


「外れ!左に7、上に11!」


 が、すぐに弾着観測員であるエリアス少尉から、砲撃の結果を知らされる。やはり早々簡単に、当たるものではない。


「弾着補正!次弾装填!」


 砲撃長のアウグスティン大尉の指示が響く。(わたくし)は左手のレバーを引き、装填を開始する。

 その9秒後に装填が完了し、その直後に第2射を放つ。


「外れ!右8、上9!」


 ……おかしいな、もうちょっと寄せられたと思ったのだが、思いの外、狙いがずれている。


『タイミングが遅い!もう少し早く引き金を引け!』


 スピーカーから、ローベルト少佐の叫び声が伝えられる。(わたくし)は再び、照準器を睨む。


 だが、どうにも、集中できていない。


 訓練の開始前から、違和感のようなものをずっと感じている。それは多分、シミュレーターと実物の違いもあるだろう。だが、それだけではない。(わたくし)にはそれがなんなのか、薄々分かっている。

 どうも、昨日のあのやりとりが、頭を離れていない。

 それが(わたくし)から、集中力を奪っている。


 砲撃手(ガンナー)が集中しなければ、当たるものも当たらない。初めての実戦想定訓練だ。ただでさえ、シミュレーターとの違いに惑わされるというのに、集中力まで落ちてしまえば、砲撃手(ガンナー)として失格だ。

 そこで(わたくし)は、少し前のめりに照準器を覗き込む。周りの視界を遮れば、もう少し集中できるのではないか?

 などと考えるが、その程度で(わたくし)の集中力が上がるはずもなく、なかなか思い通りにはいかない。


 結局、この日の砲撃訓練で、(わたくし)は1発も当てることは叶わなかった。


「らしくないな、少し集中力が足りないんじゃないか!?」


 わざわざ副長自ら砲撃管制室までやってきて、(わたくし)に苦言を述べる。見るからに不機嫌なローベルト少佐、さりとて(わたくし)には、返す言葉がない。


「……まあ、実戦訓練は初めてには違いないから、シミュレーターとの違いに戸惑っているのだろう。が、音と振動以外にほとんど違いはない。明らかに、本調子ではないな。今日はとにかく、ゆっくり休め」

「はっ、承知いたしました……」


 艦隊1、2の成績が、聞いて呆れる。実戦訓練での(わたくし)は、ボニファーツ中尉どころか、艦隊1、2を争うほどの下手くそではあるまいか?


 意気消沈しつつも、砲撃管制室を出て食堂へと向かう。ああ、(わたくし)は、ローベルト少佐を失望させてしまったのだろうか。と、そこに、リーゼル上等兵曹が現れた。


「マドレーヌちゃぁん!一緒に食べよう!」


 いつものように、まるで(わたくし)を抱き枕か何かのように抱きつくリーゼル上等兵曹。だが、今日の(わたくし)には、それに抗うほどの気力がない。


「あれれ?マドレーヌちゃん、なんだか元気ないね?」

「え、ええ……」

「砲撃訓練、うまく行かなかったの?」

「まあ……そんなところです」

「なあんだ、そんなの気にしなくてもいいよ。ほら、ボニファーツ中尉なんてさ、半年もの間、外しまくっても、全くお咎めなしなんだから」


 すぐ後ろを歩くボニファーツ中尉の表情が一瞬、曇るのを悟る。リーゼル上等兵曹の言動は、容赦ない。


 食堂についたが、あまり食欲の沸かない(わたくし)は、軽い食事で済ませようと、サンドイッチとサラダのみを注文する。一方のリーゼル上等兵曹は、なんだか肉の盛り合わせのような胸焼け感たっぷりな食事だ。


「だめだよぉ、そんな少なくっちゃぁ!もっと食べないと!」


 などと言いながら、そのくどい肉の詰め合わせから一切れ取り出し、(わたくし)のサンドイッチの中に挟み込む。それを見た(わたくし)は胸の奥に、何やら熱いものを感じる。


「すいません、でもやっぱり今日はちょっと、立ち直れそうになくて……」

「ふうん、そうなんだ。だから副長は、私にマドレーヌちゃんのことを頼んだのかなぁ?」

「えっ!?ローベルト少佐が、リーゼル上等兵曹殿に?」

「そうだよ。ついさっき副長が主計科事務所に現れてね、マドレーヌちゃんのことを気にかけてくれってさ」


 そんなところまで、(わたくし)はローベルト少佐に気を使わせていたのか。でも、リーゼル上等兵曹に励まされたくらいじゃ、今日のこの気分を盛り上げることはできそうにない。


「ね、ちょっと聞くけど、マドレーヌちゃんの悩み、今日の失敗だけじゃないでしょう?」


 と突然、妙なことを言い出すリーゼル上等兵曹。


「ねえ、どうなの?」

「ど、どうと言われましても……」

「ねえ、当ててあげましょうか!マドレーヌちゃんの悩み!」


 なぜか、リーゼル上等兵曹から問い詰められる(わたくし)。このお方からは、何かを見透かされているような気がする。


「マドレーヌちゃん、ヴァルター大尉から何かされたんでしょう?」


 満面の笑みで放ったリーゼル上等兵曹のこの一言に、(わたくし)はサラダを思い切り吹き出しそうになる。なぜ突然、そんなことを、まさか、少佐がリーゼル上等兵曹に……(わたくし)には、ローベルト少佐のことが脳裏を過ぎる。


 そういえば先ほど、リーゼル上等兵曹がローベルト少佐から(わたくし)のことを託されたと言っていたが、その際に話したとすれば辻褄が合う。なんだか少し、裏切られた気分だ。


「やっぱりねぇ、副長が心配するわけだわ」

「ま、まさか、ローベルト少佐が、リーゼル殿に……」

「いや、何があったなんて、一言も聞いてないよ」

「えっ!?それじゃあ、なぜ……」

「だって、私もやられたんだよ、ヴァルター大尉に」

「ええっ!?り、リーゼル殿も、ヴァルター大尉に!?」


 思わず叫んでしまった。なんだ、ローベルト少佐が昨日のことをリーゼル上等兵曹に話したわけではないのか……いや、そんなことよりも、リーゼル上等兵曹も、あれと同じことを?どういうことか。が、リーゼル上等兵曹はさらりと、その詳細を話してくれた。


「そうだよ。私がこの艦に配属されたばかりの時に、あの男が突然、私の腕を掴んで言いやがったのよ。お前、俺のものにならないか、ってね」

「そ、それでリーゼル殿は、どうされたのですか!?」

「そりゃあもう驚いたのなんのって、それで私、思い切り叫んだの」

「さ、叫んだって……」

「きゃー!痴漢ーっ!ヘンタイー!って。艦橋まで響くほどの大声で叫んでやったのよ。そしたら大尉は慌てて逃げ出して……」

「あの、そんな話、ここでしても大丈夫なんですか?」

「なんで?」

「いや、そんな話聞かれたら、大尉が何かしでかさないかと……」

「ああ、大丈夫だよ。有名な話だし。あれだけ叫んだら、誰が誰に何をしたのかなんて、すぐに分かっちゃうからねぇ。で、それ以来、私はヴァルター大尉から避けられているってわけ」

「ああ、通りで」


 そうか、だからショッピングモールでのあの時、ヴァルター大尉は姿を(くら)ましたんだ。


「ちなみにね、トルテ准尉もやられたんだよ」

「ええーっ!?そ、そうなんですか!?」

「トルテ准尉はああ見えて度胸がないから、何もできなくて凍りついてたらしいけどさ。たまたま通りかかったモーリッツ少尉に、何してるんですかぁ、って叫ばれて、それで未遂に終わったって話よ」

「そうなんですか……って、まさかヴァルター大尉って……」

「なんていうかなぁ、自信過剰で、自分はモテるって思い込んでる節があって、それで司令部内でもあの調子で女性に手当たり次第、声をかけてるみたいよ。だから司令部でも、わりと有名なんだ」

「それでも、司令部ではお咎めなしなんですか?」

「いや、そんなことないよ。しょっちゅう呼び出されては怒られてるんだけど、あの通りしばらくするとまた声をかけて……まあ、そろそろマドレーヌちゃんの順が回ってくるかなぁと思っていたけど、やっぱりねぇ」

「どうしたらいいのでしょう?(わたくし)、これからもまた、ヴァルター大尉に……」

「ところでさ、マドレーヌちゃんはその時、どうやってヴァルター大尉を振り切ったの?」

「実はですね、ちょうど通りかかったローベルト少佐が大尉を恫喝してくださってですね」

「なあんだ、副長が現れたんだ。じゃあ、大丈夫だよ」

「えっ!?そ、そうなんです?」

「意外とあいつ、ヘタレだから、そういう目に合うと二度と手を出さないみたい。現に、トルテ准尉もあれ以来、手を出されていないらしいよ」

「そ、そうなんですか……」


 リーゼル上等兵曹の話を聞いて、(わたくし)はなんだか肩の荷が降りたような感触を覚えた。またヴァルター大尉に詰め寄られたらどうしようかと思っていたからだ。だが、もし仮に同じ目にあったなら、大声で叫べばいいとリーゼル上等兵曹は教えてくれた。


「でもさぁ、あれがきっかけでトルテ准尉は、モーリッツ少尉と付き合うことになったんだよ」

「そうなんですか……って、ちょっと待って下さい!なんでリーゼル殿が、トルテ准尉とモーリッツ少尉のことを知ってるんです!?」

「ああ、そうだったね。あの二人、内緒にしているつもりなんだけど……でもさ、こんな狭い艦内でそんな秘密が、いつまでもバレないで済むと思ってる方が甘いわよ」


 この瞬間、私はヴァルター大尉よりも、リーゼル上等兵曹の方が怖くなってきた。(わたくし)も、下手なことはできないな。


 それから風呂場でいつものようにいじられた後、部屋に戻る。少し軽快気味に部屋へと向かう(わたくし)だが、そこにヴァルター大尉の姿はない。本当に、リーゼル上等兵曹のいう通りのようだ。(わたくし)は少し、安心した。


 そして(わたくし)はベッドに入る。初めての実弾訓練に疲れたのか、布団に入るとすぐに(わたくし)は眠ってしまった。

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