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焦燥



★第14話目


 「あん……あ……んん…」

いづみチャンの甘い息が耳元に吹きかかる。

俺はグッと腰に力を込め、全てを感じ取るように更に彼女の奥へ。

「んん……こ、洸一くぅん……」

首に回した腕に力が篭り、彼女はうわ言のように俺の名を叫ぶ。

「あ……あぁ……ん…」


「……」

いづみチャン…

俺、君の事が世界一好きだけど…

とても幸せなんだけど……

ごめん。

今は……

心に押し寄せる不安を紛らわす為に、君を抱いているかも知れないんだ……


★11月26日(日)


「ふにゃ~♪」

俺の胸に顔を埋めたまま、いづみチャンが幸せな吐息を漏らした。

俺はそっと彼女の髪を撫でながら、

「いづみチャンも……だいぶ感じるようになったね」

と呟くと、彼女は照れながらもどこか咎めるように、

「だってぇ……洸一君、いっつもエッチしたがるんだモン」

言って、俺の頬をキュッと摘んだ。

「洸一君がこんなにエッチだったなんて……私、知らなかったよ」


「い、いや……それはそのぅ……なんちゅうか、いづみチャンが可愛すぎるからね」

あとは俺が若過ぎるからかな(笑

「あのさ、もしも嫌だったら……ちゃんと言ってくれれば俺は別に独りで楽しめる(?)からさぁ……」


「クスクス……別に嫌じゃないよ♪」

そう言って体を起し、優しいキスを一つ。

「だって私、洸一君のこと大好きだモン。何だって……出来るんだモン」


「い、いづみチャン……」

チチチチ、チクショーーーーッ!!

どーしてお前はこんなに可愛いんだよぅ……

俺、泣いちゃうよ?

感動で涙が溢れちゃうぞッ!!

俺は思わず彼女をギュッと抱き締め、本日5回目(爆)のバトルに突入しようとしたが、

「……洸一君」

彼女はそっと俺の胸を手で押し退け、そしてどことなく哀しいような切ないような、そんな声色で、

「た、尋ねたい事が……一つあるの」

と、真剣な眼差しで俺を見つめながらそう言った。


「尋ねたい事?」

はて?ゴムだったらまだまだたくさん残ってるが……

なんてったって、ダース単位で買うからねっ!!


「あのね、洸一君」


「うん」


「その……何か悩みでもあるの?」


「はへ?な、悩みって……」

特にコレと言っては無いが……強いて言うなら、少々アクロバティックな体位のアビリティを習得したいんじゃが……いづみチャンが協力してくれるかどうか、と言う事ぐらいかな?

「いや、特には……別に苦悩しちゃう青春的問題は抱えていないぞ?……どうしてそんな事を聞くんだい?」


「だ、だって洸一君……最近、少しおかしいよ?」


「おかしい……って俺が?」

神代さん家の洸一君はちょっぴり変よ、等とご近所のオバサンに噂された事はあるが……おかしいと言われた事はないぞ?


「う、うん。な、なんかね、時々すんごく深刻な顔で、空をボォーっと眺めてたりしてるから……」


「……」

彼女の言葉に、俺は一瞬、心臓を掴まれる思いがした。

だけどそれを臆面にも出さず、

「いや、あれは単に哲学的考察をしているだけだよ。具体的に言うと……例えばゾウやキリンは『ゾウさん』『キリンさん』って言うのに、サルはどうして『おサルさん』なのかとか、キツネは『キツネさん』なのに、タヌキは結構呼び捨てじゃね、とかね」

そう言って、訝しげに見つめる彼女の頬をプニプニと指で突っ付き誤魔化してみる。


「そ、それだったら良いんだけど……」


「……」

――ごめん。

心の中で彼女に頭を下げる。

確かに君の言う通り……俺は今、悩んでいる(もちろん体位の事ではない)。

いや、悩みと言うよりは……不安なんだ。

だけど、それを言葉にする事は出来ない。

自分でも、何が不安で何を悩んでいるのか、理解できないんだ。

……

最近……夢をよく見る。

例の見知らぬ女の子達が出て来る夢だ。

最初の内は全く繋がりが分からない、途切れ途切れの夢ではあったが……

ここの所は、それはあたかも自分が実際に体験してきたかのように現実的で、夢から覚めた後も鮮明に記憶に残っている。

今ではもう、夢に出て来る女の子達の名前まで覚えている始末だ。

ひょっとして俺は……何か精神を病んでいるのでは?

それとも……病んでいるのはこの世界の方なのか?

そんな愚にも付かない考えが頭を過る事さえあった。

現実と虚構……

自分の目で見た事しか信じない俺様ではあるが、それがあの圧倒的現実感を持って迫って来る夢の前に、あたかも砂上の楼閣の如く崩れ去って行く。

そしてそんな不安定な俺が、唯一心から安心できるのが、いづみチャンと一緒に居る時だけだ。

彼女が傍に居るという絶対的な現実が、俺の心を、このどこか虚ろな世界で迷わないようにしてくれている。

だから俺は今日も彼女を抱いている。

自分を見失わないように。

そして、彼女を失わないように……



「……」

不意に目が覚めた。

真っ暗な部屋の中で手探りしつつ、枕元に置いてある時計を引き寄せ目をやると、時刻はまだ夜中の3時だった。

「……」


「……ブニャン」

足元で蹲る、拾ってきたというか勝手に着いてきて住み付いた黒猫「黒兵衛」が、安眠を邪魔されたのか金色の目を光らせながら不機嫌な声を上げた。


……また……あの夢だ……

今日の夢は、一学期の終業式の夢だった。

豪太郎や多嶋、それに金ちゃんと言った顔馴染みに加え、それぞれに個性のある夢の中限定の可愛い女の子達と、学校帰りに駅前で遊ぶ夢。

皆でゲーセンへ行ったりカラオケしたりファミレスで喋っていたり……

……楽しかった。

それが率直な感想なのだが、やはりその夢には、いづみチャンは出て来なかった。

あたかも、その世界には最初から存在しないように、俺の周りに一切の形跡が無かった。

それが……物凄く悲しかった。



★11月27日(月)



「ハァ~…」

学校から帰宅後、俺は居間のソファーにドサッと身を投げ出しながら、やるせない溜息を吐いた。

「な~んか、ヒマだよなぁ…」


「ナブゥゥ~ン」

やる気のない声で鳴く黒兵衛。

体を洗い、ブラッシングすらしてやったにも関らず、この猫は相変わらず小汚いというか、限りなく貧乏臭い。

もしかして今まで発見されていない、新種の猫かと疑ってしまうほど個性的だ。

ってゆーか、そもそも猫かどうかも疑わしい。


……学校へ行って……授業を受けて……そして帰宅して……

単調で変わり映えのしない毎日だった。

俺の学園生活は、こうも同じ事の繰り返しだったか?

もっとこう、何か色々とあったような……


「……いづみチャンがいればなぁ」

思わずそう口から漏らすと、

「ナァッァブゥ」

代りに俺がいるじゃないか、と言わんばかりに黒兵衛が鳴いた。

実にまぁ、嬉しくない。


……はぁぁぁぁ……しかし1週間かぁ……

本来ならば放課後は梅女行って、部活動が終ったいづみチャンと乳繰り合いながら帰宅するのが日課だったのだが……あろう事か彼女は、明日から1週間修学旅行へ行ってしまうのだ。

しかも行き先はスイス。

永世中立国とか謳いながら各家庭にライフル銃などの常備が義務付けられている上に、『ヨーロレリィホ~』と街の人々が挨拶代わりにヨーデルを奏でるという伝説の国。

どこかにあるというユートピア。

さすが名門梅女の修学旅行である。

北海道のジャガイモ農家を、これがポテチの原料かぁ……って将来何の役に立つねんッ!?と突っ込みながら見学していた俺の学校とはレベルが違う。


しっかし、スイスだもんなぁ……

さすがの俺様とて、彼女を驚かそうと「やぁ」と気さくな態度を取りながらノコノコ着いて行くワケにはいかない。

国内ならば学校をサボってコッソリ目的地に行っちゃう事も出来るのだが、相手がスイスではそれは無理だ。

ってゆーか、そもそも俺はスイスが何処にあるのかすら知らない。

スキーをしちゃうんだぁ♪といづみチャンが言っていたから、きっと北極か南極に近いのだろう。


「う~む、1週間も会えないなんて寂しいよなぁ~……な、黒兵衛?」


「ブニャ…」


「だってよぅ……俺、いづみチャンと付き合ってから、殆ど毎日顔を合わしてたんだぜ?それが1週間も顔を見れないなんて……ちょっと耐えられないッス」


「……ナブゥ」


「そっかぁ……お前も、そう思うか……」

俺は呟きながら、腕を伸ばしてちっともフワフワではない黒兵衛のゴツゴツとした頭を撫でるが

「俺、なんで猫と会話してんだ?」

思わず苦笑。

これではまるで、ロンリーな独身OL(22歳・商社勤務)みたいではないか。


彼女と出会う前の俺は、孤独を愛する野生の狼のような男ではあったが、最近は孤独になるとクスンクスンと夜泣きでもしちゃう寂しがりボーイに転落してしまった。

その原因は、例の夢にもあった。

直感的に、今見ている夢の終焉が近い事を俺は知っていた。

全てを見終わった時、俺は一体どうなるのか?

色々と変わってしまうのか?

そんな愚にもつかない不安が頭を過る。

いづみチャンが聞けば一笑に附すかもしれないが、それでも誰かに傍に居て欲しかった。

ナブナブ鳴く黒兵衛では役不足もいい所だ。


「なぁ黒兵衛…」

俺はソファーから身を起こし、気だるそうに横になってウトウトとしている「生まれつきやる気を持ち合わせていないです、はい」と言わんばかりの黒猫に話し掛ける。

「この不安感……俺が単に情緒不安定なのか?それとも不安定なのはこの世界の方なのか?……どっちなんだろうなぁ……」


「ナブッ」

黒兵衛は全てを知っているかのごとく、短く鳴いて断定した。


「……そっか」

もっとも、何を言っているのか俺には全く理解は出来なかったが。









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