謎
★第13話目
「じゃあね洸一君♪」
お別れアーンドお休みのキスの後、お家の玄関先で手を振る彼女に別れを告げ、俺は帰宅の徒に着いた。
テスト期間中の俺様は、本来ならば早々に切り上げ勉強をしなければならない身であったのだが、やはり久し振り(たった4日だが)に会ったいづみチャンとの逢瀬を楽しみたいが為、「勉強しなくて良いの?」という彼女の問い掛けに
「屁のツッパリはいらんですよ」と答えながら遊び呆けること数時間。
気が付けば、辺りはもう真っ暗でござるよニンニン、と言う事になっていた。
「フゥ~…」
ブラブラと歩きながら瞬く星空を見上げ、軽い溜息を一つ。
いやはや……
今日は実に楽しかった。
梅女の学園祭は気品に満ち溢れていると言うか限りなく高尚な催しだった為、少々精神的に疲れてしまったが……やはりいづみチャンと一緒に居ると言うのは、それだけで俺をハッピーな気持ちにさせてくれる。
もっとも、彼女の友達連中に
「ほぇ~……コレがいづみの彼氏かぁ」とか「ど、どこで拾ってきたのよいづみ?」とか「良いなぁ……コレ良いなぁ……」とか散々言われたのには、少しだけ閉口してしまったが……
それでもまぁ、楽しかった事に違いはなかった。
「……フゥ」
途中、自販機で炭酸飲料を買い、それを飲みながら、
後は、明日のテストを乗り切って……今度のお休みはいづみチャンと映画に行って……それから……
等と週末の予定を確認しつつ家路を歩いていると、
「ナブゥ~ン……」
どこから聞こえてくる、くぐもった猫の鳴き声。
「……?」
キョロキョロを辺りを見渡すと、
「ナブゥ」
すぐ横の塀の上に、闇に溶け込む様に黒猫が一匹。
まるで俺が通るのを待っていたかのように、その場で佇んでいた。
「ぬぅ……お主はこの間の、小汚い野良猫ではないか」
俺は立ち止まり、塀の上に座りながら自分を見下ろしている猫に向かってそう言った。
「言っておくがこの俺様、お主のような器量無しな猫を飼う程の度量はないぞ?拾われたいのなら……誰か別の、奇特な美意識の持ち主を当ってくれぃ」
「ナァァァァブゥ…」
「な、なんだよ?」
黒猫は相変わらずやる気のない声で鳴くと、サッと塀から飛び降り、そして振り返りながらもう一度
「ナブゥ」
と鳴いた。
それはまるで、「黙って着いて来い!!このクソたわけがッ!!」と言っているようにも聞こえる。
「……?」
う~む、何やよう分からんが……猫の集会に参加しろってことかな?
俺はそんな事を考えながら、トテトテと黒猫の後についていく。
そいつは数メートル進んでは振り返り、俺が付いて来ている事を確認すると「ブニャ」と鳴き、そしてまたトテトテと進んで行く。
それを何度繰り返しただろうか。
いい加減「俺……何やってんだろう?」等と思い始めた時、気がつくと目の前に、一人の男性が立っている事に気がついた。
年の頃は50から60ぐらい。
髪のサイドに少しだけ白いものが混じったオッサンだ。
医者だろうか?白衣を身に着けている。
その男性は、意味深な笑顔を浮かべて何故かジッと俺を見つめていた。
どことなく、顔立ちとか自分の親父に似ている。
そしてふと彼の足元を見ると、先程の黒猫が「ブニャ」と鳴きながら纏わりついていた。
もしかしてこの人は……獣医さんか?
そんな事を考えながら、俺はどうして良いか分からず、ただ黙ってその場に立ち尽くしていると、
「……本当に、何でかいつも汚いなぁ……お前は」
と、その猫の頭を撫でながら、その白衣の男性は苦笑しながら漏らした。
「君もそう思うだろ?」
「え?あ、まぁ……」
い、いきなり話を振られても……
「……でもなぁ……コイツも本来なら、のどかさんに拾われて悠悠自適な使い魔生活を送ってる筈なんだがなぁ……」
「は、はぁ?」
のどかさんって誰だよ?しかも使い魔って……何故にファンタジィな用語が?
「ふむ…」
その男性はいきなりスッと俺に近付くと、顎に手を掛けながらフムフムと独り頷いた。
何かちょっと怖いんですけど……
「……なるほど。もう少しって所か」
「は、はぁ?」
本当に、なんなんだこの人は?
雰囲気から察して、俺の事を知っているような感じはするが……俺自身に記憶は無い。
もしかして、遠縁の親戚か何かだろうか?
それともただ単に、テンパってる人なのだろうか?
★
「あ、あのぅ……もう少しって、何がですか?」
俺は少しずつ下がりながら、あくまでも相手を刺激させないよう、敬語で聞き返す。
だっていきなり刺されでもしたら、洒落にならないからね。
「ふむ……」
腕を組み、夜空を見上げ考え込む白衣のおっさん。
「記憶に掛かった封印が解けるまで……と言う事かな」
「は、はい?」
封印?何それ?
意味が全く不明ですぞ?
ってゆーか、そもそもアンタ誰なんだよぅ……
俺は眉間に皺を寄せ、疑問と猜疑と少しの恐怖に固まった視線でその謎のおっさんを見つめていると、
「……神代洸一君」
いきなり俺の名を呼んだ。
「そんなに警戒しないでくれ給え。とは言え、訝しがるのも当然と言えば当然なんだが……」
「い、いや……その、別に俺は……」
俺の名を知ってると言うのは……やはり親戚のオジサンか何かか?
「良いかい、神代君?取り敢えず……何を言っているのか理解出来ないと思うが、今から言う事を、少しでも良いから記憶の片隅にでも留めて置いてくれたまえ」
その見知らぬ白衣の男性はそう前置きすると、妙に真剣な顔付きで、俺を見つめながらワケの分からない事を言い始めた。
「現在、君の記憶は封印……ある種のプロテクトが掛けられている」
「は、はぁ…」
「もちろん、前世の記憶とか、そのようなあやふやなモノではなく、君が歩んで来た、君自身の本来の記憶だ」
「俺の記憶……」
「神代洸一君。今、君は高校二年だが……実はこれが三度目の高校二年だと言ったら、君は信じるかい?」
「は、はぁ?三度目って……」
「高校二年という歴史を、君は繰り返しているって事だよ」
「……」
「強制力……因果の消失などにより歴史が改変される際、新たに構築される脳の記憶。この次元世界に住まう全ての生命に適応される。ただ、君は少し特殊でねぇ……」
そう言って白衣の男性は、何故か自嘲気味に笑った。
「通常なら、強制力の発動と共に記憶は一から塗り変えられる。巨大過ぎるその力には、誰も抗えない。例えそれが理外の者、即ち媒介者でもだ。ただし、君の持つ縁と絆は強い。故に、封印が働いた。それは記憶を封じるのではなく、強制力から守る為に、敢えて封されたのだ。記憶を失わないようにね」
「あ、あのぅ……全く話が見えてこないんですが……」
一体全体、何の話だ?
俺、厨二の妄想話に付き合わされてるのか?
「お、スマンスマン。どうも、時の流れと因果の話は、複雑過ぎて今の私にも良く分からなくてねぇ……」
謎の男性はガハハと笑い、そして「本題に入ろう」とか言いながら話を続けるが……今のが本題なんじゃね?
僕ちゃん、本当にチンプンカンプンなんですが……
「強制力の行使が済んだ今、記憶の封印はその役割を果たし……徐々に解けかかっている。もう間もなく、君が意図しようがしまいがそれは完全に破られ、君は一つ前の現実を思い出すだろう」
「現実……」
「思い当たる事がある筈だ。例えば、夢に出て来る女の子達とか」
「ッ!?」
「真実を目の当たりにした時、君は一つの選択をしなけらばならない。因果に拠って定められた道を歩むか、己の意思と諸々の運に左右される道を選ぶか……どちらを選ぶのも君の自由だ。そしてどちらを選ぶにせよ、それは誰にも責められる事では無い。それが媒介者の運命と言うものだ」
「……」
「まぁ……今の君には話の一割も理解出来ないと思うが……兎も角、身の回りに起こる不可思議な現象に於いて、何かしら疑問や不安を感じたのなら……その時、もう一度会おう」
そう言い残すとその男性は、足元に蹲る黒猫の頭をクシャクシャと撫でつけると、サッと踵を返しそのまま闇夜に溶け込むかのように俺の前から去って行った。
「ナァァァブゥ…」
小汚い黒猫が、俺を見上げて一鳴き。
「な、なんだったんだろう……」
「ニャブゥ」
「ってゆーか、俺も結構な暇人だよなぁ……ワケの分からん人のワケの分からん話に付き合って……」
そう自嘲気味に苦笑しながら俺は腰を下ろし、目の前に座る黒猫に話しかけた。
「おい、ばっちい猫」
「ナブ…」
「ここで会ったのも何かの縁だし……俺様の役に立つ、と言うのなら飼ってやっても良いが……どうする?」
「……ナァァブゥ」
「そっか。……だったら付いてきな」
「ブニャ」




