マイ・ディアレスト - サザンクロス・ジュエルボックス アフターストーリー
ブロンクスのウッドローン墓地は、穏やかな青空の下にあった。
百六十ヘクタールという広大な敷地に、約三十万基の墓が並び、ジョセフ・ピューリッツアーや、デューク・エリントン、マイルス・デイビス、そしてヒデヨ・ノグチなどの先人や偉人たちも、ここに眠っている。近年では、そういった有名人の墓参を目的にした観光ツアーも催されている、ニューヨークの名所のひとつだ。
その一角、滴るような新緑の木陰にその墓石がある。大理石の表面には、「クロンカイト」という名が刻まれていた。
ここには、ひとかけらの遺骨も遺品も収められてはいない。それでもジョセフの父と母と、弟か妹になるはずだった胎児を葬った墓にはちがいなかった。
墓石の前で、ジョセフ・クロンカイトは静かに頭を垂れた。
「パートナーにしたいと思う女性に、出会ったんだ。驚くだろうが、なんと日本人だ……」
ジョセフの脳裏に、谷口美穂とともに築かれるかもしれない家庭の情景が思い浮かぶ。
そのイメージは、つい先日ジョセフが親しい友人たちを招いてホームパーティをしたときのことだ。早朝からジョセフの家のキッチンに立った美穂は、手際よく何種類かのオードブルとパスタ料理とサンドイッチを作り上げた。それまでケータリングですませていたが、この日の料理は来客たちにも好評だった。パーティの最中も、美穂のもてなしは心配りの行き届いたものだった。そんな美穂との関係を問われたジョセフは、「友人だ」と説明したが、帰り際に「おめでとう」と言い残した者は多かった。
ジョセフは、合掌したままで墓石にむかって告げる。
「今日、ミホにプロポーズをしようと思っている。応援していてくれ」
その決心をさせたのは、美穂と同じダイナーでホールスタッフとして働いているキャシーからの情報だった。かつて美穂の同僚として“Star's Diner”で働いていた男が、サンフランシスコから彼女にアプローチしてきたと言うのだ。彼の連絡先を美穂に伝えたときから、こういう事態もありうると考えていたが、思っていたよりもその時期は早かった。本来なら、今日からでかける取材旅行を終えてから、しかるべき状況で申し込むつもりだったが、こうなればやむをえない。
墓地をあとにしたジョセフは、フラワーショップに寄って薔薇の花束を買い、メトロポリタン美術館のルーフ・ガーデンから、キャシーの携帯に電話を入れた。
「ごめんなさい、ミホは急に“Star's Diner”の手伝いが入って、昼まで戻れないの。ほんとに、今日は大丈夫なはずだったんだけど……」
申し訳なさそうにそう言うキャシーに、気にしなくていいと伝えて、ジョセフは電話を切った。キャシーに手引きをしてもらって、美穂をここに呼び出すつもりだったが、アクシデントでその目論見は潰えた。
ふっとため息を落として、目を上げる。こんもりとしたブロッコリーのようなセントラルパークの木立の彼方には、ミッドタウンの摩天楼たちが青空の下にスカイラインを描いていた。
タイム・ワーナー・センターのツインタワーが遠くに見える。あそこのレストランで食事を共にしたのが初めてのデートだったな、とジョセフは思い出す。あれから重ねてきた時間を彼女はどう思っているのか、それを確かめたかった。
電話で告白しようかと迷ったジョセフは、思い直してミュージアムショップでレターセットを買った。そして、ルーフ・ガーデンに戻ると、カフェの席でペンを走らせた。
――親愛なるミホ。
私は、君に大事な話をしたい。君に直接伝えるつもりだったが、それができなくなったので、手紙を書くことにした。電話やメールでは、私の気持ちは伝わらないだろうから。
私は、今日から取材旅行にでかける。一週間で戻る予定だ。そうしたら、私と一緒に旅行に行かないか。無理を言って、十日間の休暇をとった。チケットもホテルも手配してある。行先は、プリシュティナと吉田町だ。君に私の故郷を見てほしい。そして、私を君の故郷に連れて行ってほしい。
私たちは、出会ってからまだそれほど時間を共にしていない。だからこの旅を通して、お互いをより深く理解し合いたいのだ。そして、未来への一歩となる旅にしたいとも思っている。
店のオーナーとキャシーには、私が掛け合って承諾をとる。
来週の水曜日に、君を迎えに行く。君はきっと、旅の用意をしておいてくれると信じている。
これから、いちばん大事なことを書く。私の決心を、何度でも読み返してくれ。
美穂、君を愛している。私はジャーナリストだから、いつも一緒にいることはできないかもしれない。しかし、この心はいつも君のそばにあるだろう。だから、これからの人生を、私とともに送ってほしい。
君への愛と感謝を込めて……
ジョセフ・クロンカイト
――
2015.03.03 書き下ろし




