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レベル1の魔神  作者: サナギ雄也
第二章
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第9話  スララの特技

「えっと……それじゃあ、スララ、次は右を剣に、左を盾に」


「わかった~、やってみるよ」

 スララが、二房あるリコリスの片方を剣状に、反対を盾状に変えていった。

「うん。そうしたら、次は右を槍に。左を棍棒に」

「こうかな~。えい」

 言われた通りに、スララは右の房を槍に変化させ、左を太い棍棒へと変えていく。


「うん。すごいよ、スララ。じゃあ、次はもっと早くしていい?」

「もちろん~。どんどん言って~」

 その後も彩斗は次々と同じように、右と左でスララのリコリスの形状を変えさせていった。

 はじめはゆっくり、徐々に速く、何度か繰り返した後に、ローテーションで同じ組み合わせを再現させてもみた。その度にスララのリコリスは、形を剣や槍、棍棒や盾、鉈から短剣から斧まで、多種多様な形状に変えていく。


「うん、じゃあ少し休憩しよう」

 彩斗が、しばらくしてそう言った。

「スララ、色々な形に変えられるんだね。すごいよっ!」

「ありがとう~」


 夜津木との戦いから一夜明け、彩斗とスララは次の闘技に備えていた。

 すなわち、スララの能力の把握だった。

 スライム族のリコリスは、非常に応用の効く器官。夜津木とサイクロプスとの闘技でそれは十二分に示された。

 剣や槍など、攻撃のために形状を変える他、全身を覆い、全ての打撃や斬撃から身を守れる鉄壁の鎧。それは、素晴らしい能力だといっていい。


 夜津木たちとの闘技は、スララが彼らに対して相性面で有利なことが主な勝因だった。実質的にスララに傷を負わせる手段がなかったために夜津木たちの行動はゲヘナを絡めた攻撃に限られ、それが彩斗たちの勝利に繋がっていた。

 けれどそんな幸運は簡単にやってこないだろう。打撃や斬撃を使わないペアが現れたら、不利なのは彩斗たちだ。スララ曰く、リコリスは打撃や斬撃は完璧に防ぐが、炎や氷、電撃などは防げない。そのため、どれだけスララのリコリスを、攻撃に応用できるかが、これからのアルシエル・ゲームを勝ち抜くための課題となる。


「リコリスの形状を変える速度は、一秒に五回くらい。左右の房を別々の形状に変えることも可能で、でも、そのときは変化できる速度は半分くらいになる。全身をリコリスの鎧で覆いながら、残ったリコリスを攻撃用に使うことも可能。でも、その場合の形状変化はもっと遅くなる」

 彩斗はわかったことを反芻していく。

「一番速く変化できるのは、ただリコリスを伸ばしたとき。長さの限界は、この牢屋の中ではちょっと測れない。結構長くできるんだね」

「そうだよ~。それにしても、楽しいね。わたし、こんなにリコリスを動かしたの初めて~」

 ふんわりとした口調で、スララは微笑む。


 攻撃力はないが、リコリスの存在は頼もしい。千変万化、いかなる形状にも変わることのできる半透明の房は、牽制、防御、移動の補佐にも使え、かなりの長時間の操作も可能とする。夜津木・サイクロプス戦は十五分に満たない戦闘ではあったが、同じ戦い方なら、スララは半日でも戦えると豪語した。リコリスの鎧を全身にまとい、ただ相手の打撃や斬撃を無効化するだけなら、もっと長くすることもできるらしい。


「基本的には、スララが前に出て、リコリスで相手を捕縛。そして、ボクがゲヘナでとどめ……っていう戦術になるみたいだね」

「うん。リコリスを変化させすぎると疲れちゃうけど、わたし頑張る~。彩斗は隙を見て、ゲヘナを撃って~」

「……そうだね、それが一番合理的だと思うから」


 正直なところ、スララに負担の大半を任せるこの戦術は、彩斗としては改善したいところだった。けれど彩斗には、魔法もなければ専門の知識もない。

 あるのは闘技中三度まで撃てるゲヘナ。

 夜津木に貰ったコンバットナイフ。

 それだけだ。

 もどかしい気持ちが彩斗の中に沸き起こる。スララの純朴な笑顔を見ていると、彼女にばかり任せるのは胸が痛くなる。


 力が欲しい。

 何者をも超える、絶対的な力が。

 そうすればスララを守りつつ、闘技に勝利することができるのに。


 けれど、スララの方は別段、今の状況を負担とすら思っていないようで、「あの、スララにばかり任せて、ごめんね」と謝ると、

「頼られるの嬉しい~。わたし集落ではのんびりスララなんて言われてたから、いっぱい頼られるとすごく力が出る~」

 なんてことを、頬をほころばせて言うのだから、彩斗としては笑うしかない。


 ――それでも、いつか、スララを守れるようになりたい。

 いや、少なくとも、対等のパートナーとして戦場に立ちたい。

 今はまだできなくとも。コンバットナイフを使いこなし、ゲヘナを操り、一介の戦士として立てるようになることを思い浮かべ、彩斗は心の中で硬く誓う。

 スララを頼ってばかりではなく、彼女に頼られるようになる。そう、彼は心の中で決意を秘めていた。


「よし、じゃあ今日わかったことをまとめてみるね」

「うん」

 とはいえ、そのためにもまずはスララの能力の把握だった。

 彩斗は学校の鞄から、ノートを取り出した。

 アルシエルによってこのエレアントへ召喚される時に持っていたものだ。学校帰りの召喚だったため、鞄も彩斗と一緒に空間を超えてきてしまった。

 鞄の口を開ける。中から一冊のノートを出す。まだあまり使ってない数学用のノートのページをめくり、スララの能力を書き込んでいく。


「彩斗~、それなぁに?」

「ん、授業で使ってたノートだよ。スララの能力で判明したものをまとめておこうと思って」

「授業~?」

 スララが小首をかしげる。

「先生が学校で勉強を教えてくれることだよ。ボクは元の世界では学生だったんだ。そのときに使ってたやつ」

「へえ~、なんだかすごそう。そういう立派なものに書いてるんだ、いいな~」

 白い両手を合わせて、スララが声を弾ませる。

「わたし、そんな立派なものに何かを書いたことないよ。彩斗の世界ではそれが普通なんだね~」


「スララの世界では、授業に似たようなものも、なかったの?」

「ないよ~。わたし、住んでた集落では、隣のお姉さんに口で色々教えてもらってた~。紙もあったけどあんまり手に入らないんだって。作れる魔物が限られてるから」

「へえ……ということは、鉛筆とかシャーペンも貴重なのかな」

 言ってから、そんなものあるわけないと思った。あっても羽ペンくらいなのでは、と思う。実際、その通りなのだろう、スララは彩斗の握っているシャーペンを見て、目を輝かせている。


「(わくわく……)」

 なんだかその瞳は、とても何かを期待しているように見えた。

「……えーと、スララ」

「うんっ」

「試しにこれ使って、何か書いてみる?」

「え、いいの~?」

「うん。こう――片手で握って、上の方を押して、先っぽから芯を出すと書くことができるんだ。どうする?」

「やってみる~」

 大きな瞳に期待の色をたっぷりと込めて、スララは彩斗のシャーペンを受け取った。


 カチカチカチ、とペンの尻を何度も押して芯を出すスララは、目を輝かせた子供そのものだ。リコリスがうきうきとしたようになびき、こぼれそうな笑顔が桜色の唇から洩れる。

 なんだか彩斗は、それだけで嬉しくなる。「わー、すごーい」と華やかに微笑む彼女を見るだけで、こちらまでうれしくなる。


 そしてスララは、ノートに何やら描いていった。

 字を書くのかと思ったが、文字ではない。それは――顔だった。人の顔。顎がまず描かれ、次に頬、耳が加えられ、髪の毛に、鼻や目や口が、次々と描き加えられていく。

 やや薄めの眉毛が描かれた。その時点で、なんだかとても見覚えのある顔になる。


「というか、ボクだよね、それ」

「そうだよ~」

「え、え……? それよりも、な、何これ。すごく上手いっ、ボクの顔がすごく精密に描かれてるっ」

「えへへ~」

 得意気に、胸を反らせてスララが嬉しそうにする。

「あとね、全身も描けるよ~」

 すぐさまスララは彩斗の体を見て、シャーペンを操って、首の下も描き加えていった。さほど時間もかけずに、彩斗の全身像を描き上げてしまう。


「う、上手いっ!」

 貧弱な語彙だと思ったがそれしか言い様がなかった。

 全体のバランスがよく整えられている。陰影のつけかた、表情の捉え方の良さも相まって、今にも動き出そうだ。夜津木に貰ったコンバットナイフが、鞘ごと腰に描かれているが、それは少しアレンジを加えて描かれており、元よりも強靭そうな太さと長さに描かれている。眼は本物よりも少しシャープ。一割くらい美男に描かれていて、思わず彩斗は笑ってしまった。


「……シャーペン、使うの初めてだよね?」

「そうだよ~」

「もしかして似たようなものを使ったことがあって、すぐにコツを掴んだ、とかじゃないよね?」

「そうだよ~。これ、シャーペンって言うの? すごく使いやすい~」

 あまりにも彩斗が驚いているものだから、スララは小躍りするように片手を上げてみせた。

「らんらら~♪ 楽しいすら~」

 妙な語尾までついてくる。彩斗は思わず吹き出しかけて、

「予想外の出来だよ、これ。びっくりした」

「えへへ……彩斗が驚いてる。そんな顔初めて見たよ~。もっと彩斗の色んな顔をたくさん見てみたいな」

「ボクは、それよりも、スララのデッサン力に驚愕だよ」


 ノートを持ちながらまじまじと見ていると、ぽんっ、とスララは両手を合わせる。

「ねえねえ彩斗~、次はわたしを描いてみて~」

「え?」

「彩斗の絵も見てみたい~。きっと上手だと思うな。わくわくっ」

「え、いやぁ……まさか、そう来たか」

 さすがに、スララ以上のものは描けそうにない。けれど描かないと何だか悪い気もする。スララはとても楽しそうで、うきうきとした表情を間近で見せてきて、大きな期待を寄せている。

 それに彩斗だって、スララの色んな面を見てみたい。もしうまく描ければ、まだ見ぬ彼女の表情を発見できるかもしれないのだ。


「よし、ボクも、スララを描いてみるっ」

「ありがとう~。じゃあ、ポーズ取るねっ。可愛く描いて描いて~」

 ぴょこんと、スララが部屋のベッドの上に跳び乗る。女の子座りをして、両手を太ももの間に入れ、にこっと笑みを浮かべてみせる。

 ――やばい、スララ、めちゃくちゃ期待してる。

 彩斗は制服の腕をまくった。芯が十分入っているか確認する。そして数秒の間精神統一に意識を注ぎ、深呼吸をしてみる。そして、顔つきを真剣なものに改めた。

 準備は完了だ。

「いくよ、スララ!」

「うんっ」

 彩斗はノートの真っ白な部分に、シャーペンの先を走らせた。



 結論から言うと、失敗だった。

 どこをどう見ても、彩斗の絵は駄作だった。

 まずスララの顔の輪郭は崩れているし、衣装の模様はバランスがなっていないし、目が左右で大きさが違う。髪はリコリスの部分やそれ以外のミドルヘアなど、それなりには描けているが、あくまでもそれなりだ。腰の丸みはやり過ぎ、スカートは短すぎ、ケープのような上半身の衣装は、本物よりも幅が広すぎて、もはやマントである。極めつけは瞳の描き方で、何度か描き直して紙が汚くなったのも相まって、変な宇宙人のようになっている。

 美術ならば最低評価を貰える絵なのは間違いない。


「ボクに絵の才能は皆無みたいだ……」

 彩斗は膝をつき、がくりと床に両手を添えてうなだれる。

「あれれ、これわたし……? こんなへちゃむくれだったんだ」

「い、いや、違うよ、スララはもっと可愛――ごほ、ごほ、じゃなくて……これはボクが下手くそなだけだ。壮絶に残念な出来なだけだよっ。スララは悪くない」

 出来上がった見るも無残な絵を眺め、しかしそれでもスララは、こぼれそうな笑顔を向ける。

「ううん、嬉しいよ~」

「え……?」

「彩斗が一生懸命描いてくれたのがわかる~。この顔の輪郭とか、太ももとか、何度か描き直してるよね。本当にわたしを可愛く描こうとしたんだって、伝わってくるよ~。あのね、わたし、胸がいっぱいなの。えへへ。ありがとう~、彩斗。わたし、これ大事にするね」

 はにかみながらぎゅっとノートを抱き締めるスララを見て、彩斗はちょっと瞳が潤んでしまう。


 なんていい娘なんだ。それなのにボクは――なんて不甲斐ない。

 このままではあまりにも情けなかった。もっとスララに喜んでもらうことができるのに。これで終われるか、いや、挽回してみせる。

 彩斗はペン入れの中をがさごそと漁る。目的の物を取り出す。そして一つ頷くと、スララの目の前で、高く、高く、掲げてみせた。

「それはなに~?」

「これはね、カラーペンって言って、白黒の紙に鮮やかな色を加えることができるんだ。これでボクはリベンジする。スララ、もっと君を可愛く描いてみせる!」

「やった、彩斗がすごくやる気だよ~。頑張って!」

 とびっきりの笑顔で声援を送るスララに押され、彩斗は力こぶすら作って見せる。

 きらきらとスララの瞳が輝いている。それに応える。もっと彼女を喜ばせる。


 彩斗はまず、別のページに新しいスララの白黒絵を描いて、そこにカラーペンを描き加えることにした。

 ひたすら描く。カラーペンを振って振って色を描き加える。肌色の軌跡が踊り水色のラインがスッスッと描き加えられていく。

 今までで最高の集中。闘技のときの気迫すら凌駕する、圧倒的な凄みを帯びた彩斗の様子に、「がんばれ、がんばれ彩斗~」とスララが応援を送った。

 そして、全身全霊をこめた作品は完成する。

 たっぷりと気迫を乗せて描いたイラストは――


「前にも増してひどい出来になってしまった……」

 もはや人間というより異次元よりの使者のような物体になってしまった。

 とてもスララには見えない。というよりも、これをスララと言ったら失礼な完成度。グロテスクかつ醜悪かつゾンビのような様相のそのナニカは、永遠に彩斗の中で記憶を封印したくなくなるほどの出来栄えだった。

「これも大事にするね~」

「だ、ダメだよスララ。こんな、モデルが誰かもわからない物体を大事そうにしちゃ。そりゃ、大切そうにノート抱いてくれるのは嬉しいけど、嬉しいけど……っ」

 悶絶して、複雑極まりない表情で彩斗は唸った。

 けれど、スララは無邪気な笑顔で、とても嬉しそう。

 スカートを軽やかに揺らして、リコリスを大きくなびかせて、スララはくるくると回っていたのだった。

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