第22話 アルシエル・ゲームの真実
激しい闘技を終えて、彩斗とスララはガーゴイルに再び牢屋に連れていかれた。
格子の中に押し込められてからもスララの疲労はなかなか治まらない。負担を度外視したリコリスの使用は、彼女に大きな疲労を与え、ほとんど身動きもままならない状態にさせていた。
そこで彩斗は、ふと思いついたことを提案してみる。
「あの、スララ」
「なぁに~」
「疲れてるならさ、少しマッサージしてあげようか。気休めかもしれないけど」
「ありがとう~。それじゃあ、さっそくやって~。全身をやってほしい」
「うん。わかった」
彩斗はスララをリコリスのベッドの上に横たえ、うつ伏せにしてみた。自分はその上に跨がり、膝立ちになる。
「いくよ、まずは肩から揉むね」
「うん」
彩斗は出来る限り優しく、けれど適度な力を入れて揉んでみた。
「はあ~、気持ちいい~。すごくいいよ~」
心地よさそうな声を洩らすスララに気分を良くして、次いで彩斗は背中から腰、それから腿の辺りをマッサージしていった。
「はう~、気持ちいい~。彩斗、上手だね~」
「ありがとう。続けていくよ」
しかしその後からが大変だった。うつ伏せの状態から仰向けにスララを寝かせ、彩斗はマッサージを続けようとしていったのだが。
「はあ~、気持ちいい~、天国すら~。
もっと、もっとやってほしいよ彩斗~。
あん、くすぐったいからそこはだめ~」
徐々にスララの吐息が艶めかしくなっていく。最初彩斗は一生懸命やっていたのだが、スララのとろける声が響いてきて、甘い吐息が顔にかかってきて、スカートの裾がめくれて白い太ももがあらわになり何か変な気持ちになってくる。
「あーん。良いよ、彩斗。もう少し強く~。
ふわふわしてきた~。あ、あ、くすぐったい~」
「な、なにかボク、これ以上はやってはいけない気分になってくる……っ」
はずみで、彩斗の手がスララの胸に触れてしまった。
「うわ、ごめんスララ! ……痛っ! 頭ぶつけた……!」
思わず仰け反って壁に後頭部を激突させた彩斗は、頭を抱えて悶絶する。スララが起き上がり、心配そうに顔を覗き込んだ。
「彩斗、大丈夫~?」
「だ、大丈夫。ちょっと頭の中で星が出たけど大丈夫」
「そう……あ、今度はわたしが彩斗をマッサージしてあげようか。わたし、集落でみんなが疲れたとき、揉んであげてたんだよ~」
そう言ってスララはリコリスをほよほよと浮かしてくる。
元気になったスララを前にして、急に彩斗は胸が締め付けられる感覚に襲われる。
「……あの、さっきはごめんね」
「え、何が~?」
「その……闘技の前、キミに向かってこっちに来るなとか、あっちへ行けとか、散々言ってしまって……」
リコリスをふわりと下ろして、優しい笑みをスララは浮かべる。
「いいよ~。わたしも彩斗に話してなかったことがあるもの。お互いさまだよ~」
「……全部、話してくれるんだよね?」
「うん」
「じゃあ、今からお願いしていいかな」
スララはこくりと頷くと、姿勢を正した。そして虚空を見つめ、何十秒か考えをまとめるように思考を巡らすと、やがて彩斗の眼をまっすぐ見つめる。
「まず、いちばん大切なことを、彩斗に伝えるよ~」
「うん」
「これは、彩斗をすごく驚かすことで、そのことで彩斗がわたしを見る目が変わるかもしれないけど、彩斗は……前と同じままでいてくれる?」
「それは……もちろんだよ」
どんな真実が隠されていようとも構わない。
ガルムたちと戦う前、彩斗は不安で不安で仕方がなかった。スララが夜中にアルシエルと逢瀬をし、もしかしたら彼女は黒幕の一人ではないかと疑った心情は、苦しく、全身が震え上がる思いだった。ずっと苦楽を共にしてきたパートナー、スララが影であざ笑っていたのかと思うと、夜も眠れなかった。
けれど、そうではない、スララは事情があると言っていた。
人には『言えない』、彩斗を巻き込みたくない事情があると彼女は告げた。
だから、覚悟を決めようと彩斗は思った。アルシエル・ゲームの奥底に何があろうとも、スララを信じ、彼女を支え、そして乗り越えていこうと、決意していた。
彩斗の『覚悟』の意志を汲み取ったのだろう、スララはベッドの上で正座になった。
そして告げる。彼女の秘密を。そもそもの始まりの話を。スララは語っていく。
「まず、前提として言っておくね」
「うん」
「あのね、じつは、わたしとアルシエルは――血を分けた、姉妹なの~」
「え……」
衝撃的な告白に彩斗は目を見張る。背中に電流が走り、一瞬硬直する。
記憶の中の光景が爆発的な勢いで再生される。スララとアルシエル、その共通点が彩斗の中で重ね合わされていく。
その結果、共通点として上げられたのは、笑い方だ。
スララのあどけない笑みをもっとずっと大人の色香に昇華させた場合、確かに二人には似通ったものがある。
人を引き寄せて止まない、愛らしい笑みと、蠱惑的な笑み。
「姉妹……それじゃあ、アルシエルは――」
「うん。わたしのお姉ちゃん。唯一残された家族」
その言葉に含まれた響きに、悲しいものが混じっていたことに彩斗は気付く。混迷した過去が隠されている。
ごくりと唾を彩斗は飲んだ。
スララは記憶を辿るように、顔を伏せた後、
「そもそもの始まりはね、お姉ちゃ……アルシエルが、故郷を焼き払われたところから始まったんだよ」
「故郷を、焼き払われた……?」
スララが、こくりと頷く。
「昔、今から二十年くらい前の話だよ。魔神ベリアルが、エレアントのあらゆる地域と、種族を支配しようと目論んだことがあったの。ベリアルは敵対する種族を打ち倒して、どんな抵抗も叩き潰して、世界の覇者になろうと、猛威を振るったんだって。わたしが生まれる、少し前の話だよ~」
エルンストが解読してくれた牢屋の文字の情報と合致する。スララは、あのとき何も知らないと言っていたが、そうではなかった。
「ベリアルはエレアントのほぼ全ての地域を支配したの。そして、残った人間の軍隊と、魔物の軍勢は、最後の抵抗をしようと、ベリアルに戦争をしかけたんだって。それが、『大戦』。最高の勇者たちと、数多くの悪魔や、魔獣、それに巨人や竜や、精霊たち、エレアントに住む七割以上の勢力が、ベリアルに挑んだの。だけど――」
スララがわずかに声音を低くする。
「でも、それでもベリアルに勝つことはできなかったみたい」
「そんな……」
「黒き大蛇と言われる最強の炎が、どんな守りも砦も焼き尽くしたんだって。集落の魔物たちがそう言ってた。戦いは三ヶ月間続いたけど、人と魔物の連合軍は、全滅させられちゃった。……でも、それでもね、ベリアルは満足しなかったの」
唇をきゅっと結んでからスララはその単語を言う。忌まわしい過去の出来事が解きほぐされていく。
「『ベリアル・ゲーム』っていう、人と魔物のペアを組ませ、コロシアムで戦わせるゲームを、ベリアルは開催したの」
「え……」
「負ければ石化させられるゲームだよ。普段は牢屋の中に閉じ込められて、ガーゴイルに見張られて、戦うときだけ、外に出してもらえる、そういうゲームに……わたしの両親は参加させられたの」
「そんな……スララの両親が……?」
「うん。その時、わたしは生まれたばかりだったから、覚えてないけど……アルシエルは、凄惨な戦いだって言ってた」
スララの声は硬くなってくる。それはまさしく、核心へと迫っている証。
「わたしの両親は、頑張ってベリアル・ゲームの中盤まで勝ち残ったみたい。でもその後にお母さんが負けて石化させられて……。お父さんも頑張ったけど、残り八組になった直後、人間の勇者に負けて石化させられたらしいの。その光景を、アルシエルは間近で見て、とても悔しがったみたい」
姉の不幸を案じる心が、スララの瞳には映しだされていた。
どんな気持ちなのだろう。父と母が目の前で石化してしまう光景というのは。
そして想像する。そこから歪んでしまうアルシエルの未来を。
「ベリアル・ゲームは終わったけど、ベリアルはその後、エレアントで何もすることがなくなって、異世界に行くことを決めたの。他の様々な世界に渡って、エレアントと同じ、ベリアル・ゲームを開催しようとしたんだって。様々な世界の苦悩や足掻く姿、ベリアルにとっては何よりのご馳走になる、『誰かの不幸』を求めて、あちこちの世界に渡ったの」
「異世界……そんな、とんでもないことができる、魔神がいたなんて」
スララはまた一つ頷いた。
「どれだけの世界が犠牲になったかはわからない。たぶん多くの人たちや魔物が、ベリアル・ゲームに巻き込まれたと思う。結果的に、ベリアルはそれでエレアントからいなくなったけど……アルシエルは、そんな残酷なベリアルに、復讐を決意したの」
スララは話し続ける。彩斗の手のひらには、嫌な汗が湧き出ていた。絶大な強さと魔力を持っていた、魔神ベリアルの脅威と、アルシエルの決断。
「まず、アルシエルはベリアルに並ぶ力が欲しいと思って、伝説の『ダジウスの輝石』を求めたの」
「ダジウスの輝石?」
「うん。アルシエルがいつも首にかけてる、あのペンダントだよ」
そういえば彼女の首元には、常に茜色のペンダントがかけられていた。冷酷な物言いや、苛烈な炎の印象に隠れがちだが、黒いウェディングドレスのような衣装に、あれはよく映えていた。
「ダジウスの輝石はね、百年以上前に、ダジウスっていう魔神が作り出したんだよ。エレアントの二大宝具の一つなんだって。身に付ければ、強い力を得られる神秘の輝石。アルシエルは十年以上かけて、それを手に入れたの。そして、魔神アルシエルになって、天空宮殿を乗っ取った。それから、本格的に復讐の実行を進めていった。つまりね……」
スララの言葉が徐々に速くなっていく。同時に痛ましい声音も、含まれていく。
「両親が味わった苦悩や恐怖を、そっくりベリアルにも味わわせるために、アルシエル・ゲームを開催したの」
「……それじゃあ……まさか」
彩斗は声を震わせる。時が、凍り付く。
スララがゆっくりと、伏し目がちな表情で語っていく。
「うん。このアルシエル・ゲームは、ベリアルに復讐するためのゲーム」
凍り付く時間の中で、スララの声だけが静かに響いていく。
「閉鎖された天空宮殿の中で、人と魔物にペアを組ませ、最後に勝ち残るまで、ひたすら戦わせる、模倣されたゲームなの。……アルシエル・ゲームは、全部ベリアル・ゲームと同じ内容だよ。一組のペア。右手の腕輪。負ければ石化する闘技。三度だけ使えるゲヘナ。優勝者には想示録。普段の牢屋の中での生活も、回廊を見回るガーゴイルも、何から何まで一緒。アルシエルは完全に同じやり方で、ベリアルに復讐しようとしているの」
「それが……このゲームの……」
真実。
数多の人間や魔物が集められ、日夜戦わせるこの残酷なゲームの全て。
それは、元々は魔神ベリアルが行っていたものの踏襲だと彼女は言う。
明かされた残酷な事実を前に、彩斗はあえぐように問いを発した。
「お姉さんは……アルシエルは、本気で……?」
「……うん」
「で、でも、そんな、無茶苦茶だよ。無関係な人や魔物を、こんなに巻き込むなんて。第一、ベリアルは異世界に渡ったんだよね? どこの世界にいるかわからないベリアルに復讐するなんて、ほとんど不可能だ」
「うん。だからアルシエルは、唯一ある手がかりを元にしたの」
「ベリアルへの手がかり? それは、いったい……」
「彩斗もたくさん調査したはずだよ。それは――『火傷の痕』だよ」
電撃を受けたような衝撃が、彩斗の背中を貫いた。
「まさか……」
吹き出る嫌な汗が、止まらない。
「まさか、このゲームの参加者は、右腕に、火傷の痕がある人ばかりなのって……」
「そう。ベリアルの右腕にも、火傷の痕があったからなの」
心臓が不気味に高鳴るのがわかった。ずっとずっと、わからなかったことが氷解し、砕け散り、真実という新たな形へと再構成されていく。
「じつはね」
とスララは語った。
「ベリアルは、『大戦』の時、右腕に消えない傷を負ったの。『聖剣』によってつけられた特別な傷。それは、治療の魔法でも決して癒えない、今のベリアルを特定する、唯一の目印なんだって。だからアルシエルは、天空宮殿の機能の一つ、召喚機能を使って、様々な世界から右腕に火傷の痕がある人間や、魔物を、手当たり次第に召喚したみたい」
「そ……」
彩斗はあまりの真実の中身に、鳥肌が立つ。
「そんな……でもそれなら、火傷の痕を目印にしてるなら……最初召喚したときに、復讐はできたんじゃないの? わざわざゲームなんて仕掛けなくても、最初の日、ボクら皆が召喚されたとき、アルシエルはベリアルの姿を見つけて、戦いを挑むこともできたんじゃ……」
復讐が目的ならベリアルだけを狙えば叶うはず。大勢を巻き込み大規模なゲームを開く必要はない。けれど、スララは小さく首を横に振る。
「ううん、それは、アルシエルはしないよ」
「え……?」
「だって、アルシエルの目的は『同じゲームでやり返す』ことだもの。ベリアルを普通におびき寄せて、倒すことが目的じゃない。『同じ』ゲームをして、『同じ』苦悩を、植え付けることが大切なの。それに……」
「ま、まだあるの……?」
「ベリアルは自分の姿を自由に変えられるから、誰がベリアルかわからないの」
「姿を、自由に変える……?」
もう何度目かになる、スララの頷き。
「そうだよ~。エルンストも牢屋の文字を解読して、言ってたよね。ベリアルは黒い業火や、石化の魔法、召喚の他に、変身の魔法も得意だったって」
「そういえば――」
それも牢屋の文字の解読で判明したことだった。ベリアルは残虐非道なだけではなく、無数の魔法を使いこなし、エレアントの全てを手中に収めていた。
「ベリアルは熱しやすく冷めやすい性格だったみたい」
端的にスララは言った。
「自分の姿を変身の魔法でよく変えてたらしいよ。鏡を見て自分の新しい姿に見惚れるのが趣味の一つなんだって。同じ姿でいるのは三日あるかないか。だから、火傷の痕を元に召喚しても、そのうち誰がベリアルかはわからないらしくて……」
「それは……そうだろうね」
単純な暴力だけではなく、自らの姿を自在に変えられるのなら、特定はほぼ不可能だ。
ゲヘナという黒い業火。石化を促す魔法。それに召喚や変身の魔法にも長けていたベリアルは、あまりに強大過ぎる魔神。
「……勝てるの?」
寒気を感じながら彩斗は聞く。
「そこまで圧倒的なベリアルに、アルシエルは挑んで、勝てるの?」
「それは……」
スララは一瞬だけ口ごもった。
「……勝てると思う。いまのアルシエルは、ダジウスの輝石で魔神の力を持ってるから。これを造った過去の魔神、ダジウスはね、輝石の力でエレアントを支配していた時期もあったみたい。だからたぶん、それを手に入れたアルシエルの強さは、ベリアルに匹敵してる。戦えばきっと勝てると思う。でも、ベリアルは、なかなか正体を現そうとしない。アルシエル・ゲームが始まって、仕返しをされてるはずなのに、ずっとベリアルは沈黙を続けているの」
「そんな……」
戦えるだけの力がありながら、ベリアルが正体を現さないために、アルシエルはゲームを続けている。
火傷の痕を右腕に持つ者は、天空宮殿の中に集めた。この中に、ペアのいずれかに、ベリアルは必ずいる。
けれどアルシエルが闘技を開催しても、それを続けても、ベリアルはじっと息を潜ませ、姿を現そうとしない。
待っているのだろうか。
アルシエルが焦れて疲弊するのを。
復讐への復讐を考えているのかもしれない。ベリアルは残忍かつ強大な魔神。アルシエルを狩るのに一番適した時期をうかがって、観察して、それから行動を起こそうとしていても不思議ではない。
彩斗は、スララの姉の過酷な運命に、思わず背筋を震わせた。
「止めなくちゃダメだ」
彩斗は語気強く断言する。
「お姉さんを、すぐに止めないと。こんな……大勢を巻き込んで、復讐のために費やすなんて、悲しすぎる。それに、ベリアルがいつ正体を現すかもわからない。このままじゃスララのお姉さんは、きっと壊れてしまう。心が、どうしようもなくなって、正気じゃいられなくなる」
「……うん。だから、わたしはアルシエルが復讐のゲームをやるって知ったとき、こっそり天空宮殿へ忍び込んで、止めさせようとしたの」
「え……」
息を呑む彩斗に対し、スララは言葉に熱を帯びさせる。
「アルシエル・ゲームなんてやめてって。そんな残酷なことしちゃダメだって、そうわたしは何度も言ったんだよ。……でもね、アルシエルは、聞いてくれなかった」
顔をわずかに伏せる。
「それどころか、すごく怒りだして、わたしまでゲームに参加させたの」
「妹のスララまで巻き込んだっていうの? アルシエルが自分で……」
「ううん、それは別にいいの。アルシエルを止められるのはわたしだけだもん。追い出されるよりずっといいよ~。でも……」
少しだけ、スララは困ったような顔をした。
「ゲームが始まって、わたしが毎日、彩斗が寝ているときに説得に行っても……アルシエルは全然やめてくれない。それが、悲しいの」
「スララ……」
彩斗は思わず彼女の手に、自分の手を重ねた。
「じゃあ、あの晩、牢屋を抜けだして、アルシエルの部屋に行ったのも……?」
「うん。アルシエル・ゲームをやめて欲しくて、説得しに行ったんだよ」
「ガーゴイルとすれ違っても何もされなかったり、メイドさんに様付けされたのは……」
「一応、わたしだけはアルシエルの家族だから、アルシエルはガーゴイルの設定をいじって、手荒なことはしないようにしてるみたい~。メイドさんにも、わたしへ気を払うように命じてるらしいよ」
恐怖の元だった謎が次々と氷解していく。しかし代わりに次々と、悲しい事実が現れる。
「アルシエルは、そこまでキミに気を割いて、どうして、ゲームをやめてくれないんだろう……」
「……わからない~。わたし、アルシエルがわからないよ。わたしにとって、アルシエルは物心ついたときから、いつもベリアルのことばかり考えていて、復讐ばかり考えてる怖いお姉ちゃんなの。魔神になる前、集落で一緒に住んでいたときも、ほとんどアルシエルは部屋にこもってた。人間の書いた書物を眺めたり、古い伝説の記述を探ったり……ダジウスの輝石探しのために、怪しい魔物たちと情報を交換したりもしていて、一緒に遊んでくれたことも、ほとんどなかったの」
「スララ……」
「でもね、アルシエルはね、時々だけど、わたしに優しい声をかけるときもあったんだよ~。いつもむすっとしてたけど……機嫌が良いときは、笑いかけてくれるときもあったの。わたし、あっちのアルシエルを信じたい。復讐にまみれたアルシエルじゃなくて……その中にいる、本当の優しいアルシエルと話したい。でも最近、アルシエル・ゲームを開いてから、お姉ちゃんはちっとも優しくなくて……笑顔を浮かべながら、ベリアルを殺すって、そればかり言ってるの」
「スララ、キミはずっと、それを抱えて……」
ずっと孤独と闘っていたスララに、胸が痛くなる。
笑っていたときも、励ましていたときも、スララはその笑顔の奥で、姉の悲劇に胸を痛ませていたのだ。
一番悲しいのは自分なのに、誰かにすがりたいのはスララなのに。それでも彼女は彩斗が怯えたときは暖かく声をかけ、彩斗が意気込めば応援し、隣でいつも支え続けていた。その裏で、彼女は必死にアルシエルへ説得を試みていた。
いつか、優しくアルシエルになるのだと信じて。
どこにでもある、姉妹になれることを夢見て。
スララは毎夜、姉の部屋に赴いた。
けれど運命はスララとアルシエルに平穏など与えはせず、ただ残酷な悲劇だけを突きつける。
助けてあげたいと、彩斗は思った。
スララとの思い出が脳裏に過ぎる。闘技、似顔絵、湯浴みの騒動、様々な表情のスララがめまぐるしく躍り、今までどれだけ彼女に助けられてきたのかを改めて実感する。
スララがいなければ今の彩斗はいない。
歴戦の猛者と渡り合えるようになったのは、彼女がいてくれたから。
けれど、話しながら、今のスララは泣いていた。いや、泣き顔は彩斗の前で見せなかったけれど、彼女は心の中で泣いている。彩斗はそれがわかった。スララは溢れそうになる感情を抑えて、気丈に、健気に、姉のことを心配して、話していることが伝わってくる。
彩斗は、自然と次の言葉を言うことができた。
「――スララ。お姉さんを、今すぐ説得しに行こう」
「え……?」
「そんなの、そんなのってないよ。アルシエルにとって、スララは残された最後の家族だ。それなのにスララまで巻き込んで、こんなゲームは続けさせられない。お姉さんの無念が大きいのはわかるけど、絶対に止めるべきだ。すぐに説得に行こう」
「でも、お姉ちゃ……アルシエルはわたしの話もまともに聞かないよ。機嫌が良ければ笑うことはあるけど、頭の中はベリアルの中でいっぱい。ベリアルをどうやって引き裂くか、焼き尽くすか、血まみれにするか、八つ裂きにするか、そんな話ばかりしてる。もうどうやって説得をすればいいのか、わたしもわからないの」
「それなら、ボクも行くからっ」
彩斗は思わず詰め寄った。
「アルシエル・ゲームを止めさせられるのは、きっとスララしかいない。他の誰もできないよ。ボクが、手助けをする。絶対にこんなゲーム、中止にするんだ!」
「彩斗……」
スララは困ったように彼の顔を見返す。
「なにか、秘策はあるの?」
彩斗は少し思案した。
「……うん。いま、一つ浮かんだ。すごく危険だけど……スララとアルシエルが姉妹だというなら、もしかすると何とかなるかもしれない」
スララは長い間迷っていた。しかし妙案は浮かばなかったらしく、困ったような、それでいて、信頼を帯びた瞳で、彩斗を見た。
「わかった。今から、アルシエルのところに行こう~。でも彩斗、危なくなったらすぐに逃げて」
「……うん」
返事をしたが、彩斗には逃げる気はなかった。たとえ燃やされても、切り刻まれても、アルシエル・ゲームが中止になるならそれでいいと思っていた。
スララは、いつも微笑んでいた。でもそれは悲しさを隠すための薄氷の笑顔。
彼女に本当の笑顔を取り戻させたい。そのために――。




