5 条件
「ここじゃなんだし、とりあえず移動しよっか」
そう言って男に案内されたのは、とある一室のバルコニーだった。真っ赤な夕焼けが彼女達を照りつける。
シャロンの気分は婚約者を残して戦地へ赴く兵士、もしくは生け捕りにされた観覧魚だった。どちらも死にゆく定めの目をしている。
(父よ…今私はそちらへ向かいます…)
夕焼けに向かって祈りを捧げる彼女に、男は眉を潜めた。
「ねえ、さっきからぶつぶつ言ってて気持ち悪いんだけど…僕の話、聞いてる?」
「あ、すみません。もう一度お願いします」
現実逃避に明け暮れていた彼女はすぐに現実に引き戻される。
「はぁ。だからね、君の罪状は言わなくても分かってると思うんだけど…まあぶっちゃけた話、打ち首でもおかしくないの。首と胴がパックリ逝かないだけでも感謝してほしいくらい。ここまではいい?」
「…はい。つまり私は死罪を免れたってことでしょうか」
「そうそう。でね?本来裁かれるべき案件が権力者によって握りつぶされるようなことって、あっちゃならないんだよね?」
へえ、この男からこんなまともな論理を諭されるとは思いもよらなかった。意外と常識があるんだ、とシャロンが彼の認識を改めようとした時。
「まぁそんなふざけたこと抜かすやつは物理的に黙らせてやってもいいんだけど」
「…」
すぐに前言撤回をした。男に常識なんてものを期待するのが間違いだと。
「ま、建前としては使えるから、使えるもんは使っておこうって方向で。君の釈放には条件がある」
シャロンは喉を鳴らして覚悟を決めた。
「…条件、とは何でしょう」
鉱山での永久労働か、莫大な保釈金か、それとも…と彼女は想定しうる限りの最悪を考える。
「ふふ。君にはこのヒグレリア国王宮特別騎士隊紅部隊の見習い騎士になってもらうよ。しめて五年てところかな」
「……はい?」
「良かったねえ。たった五年の労働だけで五体満足で釈放されるんだよ?しかも給金はちゃんと出る。なんて素晴らしい条件なんだろう!」
「え、いや…………は?」
「あ、だけどちょっとむさ苦しいかな。なんてったて女の子一人いないんだもん。まあでもたった五年だから耐えられるよ、うん。大丈夫大丈夫!いざとなれば花街にくらい連れて行ってあげるって!」
「いや何が大丈夫!?」
思わず絶叫する。
確かに、釈放条件としてはかなり寛大な類だ。名誉ある騎士隊での五年間の労働、しかも給金有り。
それはそう、彼女が男であればとてつもなく寛大な処置であった。
(紅部隊なんて聞いたことないし!しかも全員男!?)
「ちょっと待って下さい!無理です!普通に無理ですから!だって私、おん─────」
「これ以外の条件なんて存在しないから」
「──おん…御身に全力で尽くすことを誓います!」
(あっ、あっぶなぁああ!これ女だってばれたら即死罪ってこと!?”五年間働けない=条件飲めない=死罪”ってこと!?)
絶望の方程式が彼女の中で出来上がった。顔を覆うシャロンに男は続ける。
「それでねえ、さしあたっての問題がさあ。…部屋が無いんだよね」
「…はい?」
「最近さあ、ノデルの馬鹿と黒の奴らとが小競り合いしちゃってさ。宿舎の半分が吹き飛んだんだよねえ。…全く、この時期にはた迷惑な話なんだけどさあ」
宿舎が半分吹き飛ぶ小競り合いとは、なんて突っ込む気力も無い。そう、大事なのは彼女の寝泊まりする部屋が無いということ。
「修繕終わるまで近くの宿に泊まらせてもいいんだけどさ。君逃げそうだし面倒じゃん」
「それはまぁ…逃げないですがそうですね」
(逃げないっていうか逃げ切れる自信がないんだけど)
底知れないこの男から逃走を図った時、一体何が起こるのか。最後に出てくるのは先ほど出会った化け物だと考えると、逃走の選択肢はすぐさま無くなる。
「ってことでさあ君に選択肢をあげるよ。ひとつ、ふかふかでとーっても寝心地の良いベッド。ふたつ、ゴツゴツで冷たぁい石畳。さぁ、どっちで眠りたい?」
怪しいことこの上ない選択肢だ。
右手に一本の指を、左手に二本の指を立てた男は、それはそれは美しい顔で微笑んだ。
「さ、どっち?」
「っ、い、いち?」
ふかふかのベッド。
考えるまもなく急かされたので素直な欲に従い二本の指を指した。彼の顔を恐る恐る見上げるシャロン。
(…あ、選択肢ミスったみたいね!)
悪魔的な笑みを浮かべる男を見てすぐ後悔した。
「ふふふっ、いやぁいいと思うよ?素直が一番だよね。さあ、そうと決まったら早速行こうか?」
「ど、どどどこに」
「あぁ、そんな怯えた顔しないで。ぞくぞくしちゃう」
「…!?」
「大丈夫だよ。僕の部屋も壊れたけど、いの一番に修復させたから。そんなに汚れてないと思うよ」
捕食者の目で見つめる男にシャロンは固まった。が、男の言葉を反芻してすぐに危機を察する。
「どっ、どこに向かうんですか!?」
「だから僕の部屋だよ」
(そうね貴方の部屋だよね!男であれば問題ないよね!そう、私が男ならばね!)
まさか心の底から男性になりたいと願う日が来るとは思わなかった。彼女は奥歯を噛み締めてもう一方を問う。
「…ちなみにふたつめの寝床は…」
「牢屋」
「ろっ…!?」
まともな選択肢が一つも無い。仮にも私は騎士隊員になる人間ではないのか。
彼女は叫びそうになるが、そもそもが罪人という体で考えれば妥当ではあった。
「…ふふ、もう一度、選ばせてあげようか?」
頭を抱えるシャロンを見て意地の悪い笑顔を浮かべる男。
(そもそも私、入隊するって言った覚えないし…!いや、する気がなかったら打ち首決定なんだけどさあ…!)
「ふふふ、どっちがいい?」
いずれにせよ、令嬢としてのプライドはここで捨てておかねばならないようであった。




