35 帰還
バレてない?いや、女だと分かってはいるけどサラシがわかんない?どっちだ…ァッ!
がばっと起き上がって瞬時に服を正す。乱れた息を整えて、おずおずと口を開いた。
「あ、の…つかぬことをお伺いしますが、部隊長って…男色?」
ぎょっと目を見開き「何言ってんのこいつ」とその口から飛び出してきそうなくらいの顔をした男。
明日世界が滅びますと言われても「あはは。楽しみだねえ」と笑っていそうな部隊長にもこんな顔が出来るんだなあと明後日の思考をしながら返事を待つ。
「は?違うよ。…あれ、でもそうだねシャロン、きみ男だよねーーーえぇ僕どっちもいけたんだ」
な、なるほど〜〜〜〜!!!
こりゃうっかりさんなんてもんじゃないぞ!この人自分を両刀使いだと決定づけるほど私を女だとみてくれない!気付いてない!いやそんなことある!?おいなんで部隊長が嫌そうな顔をしてんのそれする権利あるの私!
衝撃を受けつつ、ほっとしたようなモヤっとするような感情に違和感を覚え、しかめっ面がとれない。
「あの、部隊長…私にその気はありません。どうか、どうかお考え直しを…」
「うーん、僕もその気なかったはずなんだけどなあ。どうしよう。入れられるかな」
な、なな何を…!?何を入れ…!?もう今後何もなければいいのでは!?犬に噛まれたとでも思って忘れるからナニを何するとかやめいやちがそうじゃない…ッ!
絶句するシャロンに部隊長は嗤う。
「あはは、じょーだん。僕もうっかりしてた」
「う、うっかり…」
「あれ、主が呼んでる。行かないとなあ」
ふと、血痕が残る天井を見上げで部隊長は呟いた。
またとないチャンスだ。拍手喝采で送り出す。
「ど、どうぞどうぞ!早く行って下さい!一刻も早く!出来れば二度と戻ってこられない時空の果てまでどうぞ!」
「残念。もうちょっと楽しみたかったけど…」
まあいいか、とゆるりと笑い男は消えた。
シャロンはかつてないほど深いため息をつき、うずくまる。
「……っとわけわからん。なにがどうして…」
顔が熱い。たぶん耳まで赤く染まってるんだろう。てかそもそもここはどこ。部隊長の部屋?私は食堂に向かってたはずなのに…あぁ、ショドウェイ先輩に会いたい。あの無害な雰囲気に癒されたい。もうこの際ノデルでもレンちゃんでもいい。今ならロイドの爺さんにだって泣いて抱きしめれるよ。
「うぅ…先ぱぁい…」
ずびっと鼻をすすって虚空に呼びかける。虚しい。
「はいっす」
あぁ…普通の人間が恋しすぎてついに幻聴まで聞こえるようになったか。もう私の頭も末期かもしれない。紅部隊に染まってしまったのだ。気が狂っている。居もしない人物の声まで、脳内でそっくりそのまま再現できるようになるなんて。
「あれ?シャロン?まさか、泣いてるんすか?シャロンにもそんな殊勝とこあったんすね!」
「チキンのくせにこの不躾な物言い本物か!相変わらず失礼な先輩だ!」
ばっと顔を上げる。居る。居た。ここに。なんで、いや、嬉しい。人畜無害を地でいく男だ、私はやっとまともな人間に再開できたのだ。
「誰がチキンっすか。迎えに来てやったのに失礼な後輩っすね」
「い、いつからそこに」
本物だったのは凄く嬉しいし飛びついて頬すりしたいくらいだが、あれやこれやをこの先輩に見られてたかと思うと即座に首を吊れる。いや私なんにもしてないしなんも悪くないけど秒速であの世へ行ける。
ショドウェイ先輩は眼鏡を押し上げて、ポケットから小さな小袋を取り出した。
「ついさっきっす。ククトン隊長に飛ばして貰ったんで。ここどこか分かるっすか?」
「いや…さっぱり。部隊長に飛ばされたので…」
「はー。あの人面倒なこと押し付けた癖に部下と遊んでたんすね」
「遊んでないです!わたしは!殺されかけてました!」
「それはご愁傷様。いつものことなんで慣れるしかないっすよ」
いつものこと!?アレが!?あのキチガイ新入りが来るたびにあんなことやってんのか!
「帰りの座標わかってるんで戻ろうと思えば戻れるっす。行くっすよシャロン」
「…はい」
はしっとショドウェイ先輩の服を掴む。先輩は何か小さな魔道具を取り出して、ボソボソと呪文を唱えた。転移の魔道具?貴重なモノなのによく持ってるな。私はここの座標が分からないので、先輩に頼るしかない。ぎゅぅうっとねじれる空間を見届ける。
…短時間しかいなかった部屋なのに脳からぶわっと発生する嫌悪感がすごい。もう二度と、死んでも訪れない場所だと己に言い聞かせる。この部屋を発狂しながら破壊しても許されるのではないだろうか。
悪趣味な物が溢れる部屋を尻目に、私達は転移を終えた。
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「たーだいまっす」
軽快な声を上げ、雑多な食堂内に腰を据える先輩。辺りを見回すと、夕飯を食べ終えた騎士たちが各々部屋へ戻っていく最中だった。…なんだろう、帰っていくはずの騎士たちからの視線が痛い。「あれが」とか「噂の」とか「可哀想に」とか聞こえるのは一体どういうことだ。言い分を聞いてやったあとに全員一列に並ばせ端からまとめて撃ち殺してやりたい。
「シャロンちゃん。おかえりィ」
ガタイの良い引き締まった筋肉で抱きついてくるレンちゃん。苦笑いを返していると後方から重低音が聞こえた。
「おいクソ坊主…てめえどこほっつき歩いてた」
これ以上ないくらい、眉間に皺を刻んだノデルだ。問答無用で殴られそうなくらい、それはもう渋い顔をしていた。
「はあ!ほっつき歩けていたらどれだけ幸せだったか!ノデルも部隊長にケツ狙われてみればいいんです」
ぎょっとした顔のノデル。こいつーーー、まさかもうそんなプレイを?あの部隊長と?言葉を失うノデルに、男だと信じ込まれていると考えるシャロンは続ける。
「ほんと信じられない。なんであんな狂人に部隊を任せてるんですか。上層部の気が触れてるとしか思えない。この国早く滅びればいいのに」
男だと!思っていながら!あんな!あんなこと…!せめて女だと思われていたなら。そしたらこんなにムシャクシャすることも無かっただろうに。
頭をかき回すシャロンに、右側面からやけに気怠げな声が届いた。
「……うるさい」
首を回すと、青白く不健康そうな男がいた。騎士にあるまじき細さだ。黒髪を目にかかるくらい伸ばし、見えないはずの目は何故か眠たそうに細まっているのだろうと予測がつく。
誰ぞ、これ。
「………紅の、用が終わったならソレ返して」
「了解っす。いやあ、どうもお世話になりました」
ショドウェイ先輩が麻袋を男に渡す。受け取った男は、こちらをゆったりとした動作で睨みつけた。
「………お前も、僕を煩わせるな。ロイドの結界を破ったと聞いたから見にきたのに……この程度か」
全く恨みなど買った覚えのない男から、あからさまに不満を述べられるこの理不尽。
カチンときたシャロンはつい、そう、つい、この喧嘩を買ってしまった。
「誰か知らないけど、そういうのは雑な結界張ってる方の問題じゃあないですかねえ。この程度も何も、見習いごときに何を求めていらっしゃんたんですか?」
はんっと、鼻息を鳴らすシャロン。
ここで、気付いた。食堂内の空気が、様変わりしたことに。
夕食を終えたのに、まだ居残っている騎士はそう多くない。だが居座るほとんどが、神のように崇める黒騎士の隊長を長く見ていたいという信者ばかりだった。
ーーー当然、彼らは激高する。神を冒涜されたのだ。クソ生意気な、それも入りたての見習いごときに。
シャロンは己の迂闊さに顔を覆った。
なんだか、やらかした感凄いぞ、と。
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