31 怒り、焦燥
前話を見直してから、この話を見ていただけたら盛り上がれると…思います多分。
「いやぁ、探したよー?君が勝手にお姫様連れてっちゃうからさあ」
ジャリ、と動く革靴。突然現れたその存在に恐怖する震えをなんとか押しとどめながら口を開く。
「まだ怒ってるんですか」
場の空気を軽くしようと発した冗談だったが、部隊長はその言葉をどスルーして地に膝を付けたかと思うと、私の太ももへ手を置いた。
そのまま近づく部隊長の恐ろしい笑顔。
「ねぇ、これ、誰?」
「……え?」
「誰か、居たよねえ?ここに、さ」
すうっ、と撫でつけられる太もも。ビクッと跳ねた体に、楽しそうに目を細めたのはほんの一瞬で、またすぐに恐ろしい笑顔に戻った。
「おかしいよねぇ…なぁんで、こんなとこから、あの男の匂いがするのかなあ…」
恐怖からか命令を聞かない震えるばかりの腕に叱責を叩き、抵抗を示そうと砂利につけた手をゆっくりと上げる。
「な、何を言ってるのか、全く分からないんですが…っ」
つつつっと這い上がってくる部隊長の手を掴む。
しかし、すぐさま掴み返された私の腕は、ガツンッと後ろの木の幹にまわされた。
「……つっ!」
「ね、シャロン。ここに、誰を、置いたの?……置いて、何を、してたのかなあ?」
恋人に睦言を囁くように、甘い声音で問いかけてくる部隊長。鼻先がかすりそうな距離で顔を近づけてくる。ああ、心臓の音が煩いのはきっと恐怖のせいだ。
へその部分まで上がってきていた手は、胸に触れるか触れないかのギリギリのラインで、進行方向を変えて太ももの上へと戻った。
慈しむかの様に這い回る手。だが狂ったような瞳のせいで体の震えは一向に止む気配が無い。
「変だよねぇ…ほら、こんなとこから…男の匂い…しかも、これ、血、だよねえ…?こんなに強い香りで、マーキングされちゃったの?」
ねえ、シャロン?
首筋に埋められる、部隊長の顔。
耳元の、零距離からの声に反射的に頭を仰け反らせた。
「ダメだなあ…あの男、殺したくなってきちゃった…シャロン、お願いだから、答えて?あの男と…ここで何してたの?」
「っあ!」
かぷっと噛まれる首元。
驚き、つい漏らしてしまった自分の甲高い声に体中に血がのぼるのが分かる。
「また、鎖でつないじゃおっか…?今度は…答えるまで出してあげないようにして、ね」
噛んだ首筋にちゅっと口付けて、さらに私を追い詰める。ギシッと音をたてる、拘束された腕。いまだに太ももで這い回る手。
それらで働かない頭を、ぶんぶんと振り回すことで正気に戻す。
鎖とはおそらく、私が寝るために配備されたあの牢屋のことだ。冗談じゃない。
部隊長の顔が僅かな間首元から離れた隙に、矢継ぎ早に口をついた。
「…牢屋はゴメンです…っ!かといって部隊長の部屋もお断りですし、自分の寝床くらい自分で探します…!な、ので…っやめ」
「あぁ無理無理。そう言って、今度は誰の血を付けてくるの?…僕はさあ、シャロン。僕のモノを取られるのって、我慢ならないんだよねえ」
だからつい、殺しちゃうんだけどね?
太ももを這う手は、腰をいったりへそに触れたり、ついには関係の無い鎖骨にまでのびた。訳が、分からない。私は、この男に女だと、知られていないのではなかったのか。
何故、こんな真似をされる?まさか、既に女だと気付かれている?
「一番、ここから強い匂いがするんだよねえ。ここに、男の頭を乗せたの?乗せて、血を匂わせて、何をしてたの?」
鎖骨から太ももに戻る手。部隊長は何もかもが気に食わないようで、強く強く、私の足の付け根を掴んだ。
「…っ、う」
「答えて?シャロン。…答えられないの?」
降りかかってくる気絶しそうなくらいの怒気に、私の口は勝手に動いた。
「部隊長が何を言ってるのか怒ってるのか、全く意味が分かりませんが…、私はただ、ここで死にかけてた男を治療しただけです…!」
太ももの肉にめり込ませていた手がパッと緩んだ。その事に安堵を覚え、ほっと息を吐く。…それがアウトだったらしい。
「…へえ。シャロンはここに男を乗せて、あまつさえ優しーく治療までしてあげたんだ?しかもそれを危ない事だと分かってないみたいだね?」
ギリッ。腕のしめつけが強くなる。
「あ、危ないって、何ですか…!白魔法は完璧にこなしました…多分ですけど、問題は無いはずで…っああ」
再び掴まれる足の付け根。この人外、私の左足をもぎ取るつもりか。
「馬鹿なの?それ、本気で言ってるのシャロン」
「…ぁっ?」
涙目になりながら拘束された腕で抵抗を試みるが、全く意に介されない。むしろ、更に拘束が強くなっている気がする。
「──────そう、だよね。やっぱり、体に教え込むしかないのかなあ」
通常の部隊長の声より低かった声が、その倍低くなった。言い知れぬ感覚が背中に走る。
「……っ?」
「ああ、良いなぁ、その顔、その表情、凄くクるよ…。だけど駄ぁ目。そんな顔しても許してあげられないよ」
そんな顔ってどんな顔だ。涙と羞恥でぐしゃぐしゃになってるだけだと思うけど。
「大丈夫だよ。今夜は冷たい牢屋でなんか、寝かせないから。…ね?」
ゾクッ。
耳元で囁かれる低く甘い言葉。
「じゃあ、行こうか?」
喜色満面な部隊長の笑みで視界が埋め尽くされたかと思うと、その瞬間、瞼が重くなるのを感じた。
…な、んで急に眠く…?
ブラックアウトした意識の中で聞こえた「逃がしてあげられないかも。ごめんね」という言葉に、なんとも酷い幻聴だと感じたのは、気のせいでは無かったと思う。
─────────────……
ところ変わってヒグレリア国 王宮食堂内。
勤務を終えた騎士達が我先にとカウンターへ並ぶ中、その流れをせき止めるようにして立ち止まっている男が、三人。後ろの騎士隊員らが眉をしかめているのも気にせず、カウンターの向こう側で縦横無尽に火を操っている料理長に突っかかっていた。
「ねえ?知ってるでしょう?意地悪しないで教えてよ。シャロンくんはどこいったの?」
腕を組んで、前のめりにカウンターへ体を預けている男。
「だからよ、知らねえつってんだろ」
何度も投げかけられる質問に、苛立たしげに返答を返すのはクァルレイン料理長。このクソ忙しい時間帯に、紅のキチガイな部隊のやつらの相手をしている暇は微塵も無かった。だというのに、男らはそれを知っててわざと突っかかってくる。
クァルレイン料理長がブチ切れるのも時間の問題だろう、と、周りの料理人達はヒヤヒヤしながら見守っていた。
「んなわけねぇだろがコラ。てめえ、ふかしてんじゃねえぞ。あのガキがこっち向かってんのはちゃんと見たんだからな」
赤い縦髪を揺らし口汚い言葉を吐くのは、見るからに柄の悪い男だ。料理長は掴みかかりたくなるのをどうにか堪え、男に返答をする。
「俺があの見習い騎士殿を隠して何をしようってんだ?あ?教えて欲しいもんだなおい」
ギンッと鋭い眼光を向ける料理長に、食って掛かろうとする赤い縦髪の男、ノデルにストップをかけるのは、表面上は優しい笑みをたたえた群青色の髪の男。
「まぁまぁまぁ。確かに、料理長がシャロンを隠す理由なんてないっすし、一旦落ち着きましょうっす、二人とも」
その笑みの不自然さを隠している眼鏡は、なんとも素晴らしい役割を果たしている。この男と面識の無いものだと、安々と騙されてしまうだろう。
…ちっ。ったく、まだノデルの馬鹿のが可愛げがあるぞクソ野郎。何を考えてっか分かんねえ危ねぇ目しやがってよ。
そんな料理長の審美眼は全く狂いがない。その通り。眼鏡の奥の細められた瞳の中では、激しい焦燥と怒りがあった。
ただ、誰に対してなのかは、本人にも分からなかったが。
盛り上がれなかったらすみません。笑
作者の力量不足です。
…頑張ります。




