3 煙の中からこんにちは
「そろそろ本当の答えが欲しいのじゃがのう…教えてくれませぬか?小さな魔法使いどの」
長く伸びた顎鬚をさすりながら老人は暗に言う。逃げ場などないのだからさっさと手順と動機を吐けと。
「…さっきから思ってたんですけど、その魔法使いって呼ぶの、やめてくれません?私の大嫌いな人物を彷彿とさせるんですよね。胸糞悪いです」
「ほっほっほ。随分と遠慮がなくなったのう。不躾なその態度、今までの下手な演技よりはマシじゃろうて」
(あー…初めから何もかもお見通しかあ)
マリノリスクを注入された時点で、彼女はロイドに対する恐怖を乗り越えていた。
どう抗おうと最後にはどうせ殺されるのだ。
いくら冤罪だと謳ったところで、証拠がない。時間稼ぎにはなるかもしれないが、公爵家を引き合いに出してあの親子の手の上で踊るのが嫌だった。
それならば手立てはなくと脱走を諦めず、最悪でも家のことを明かさず殺されたかった。
彼女がじっと黙ったのを勘違いしたのか、老人は一呼吸おいて口を開いた。
「そうじゃのう…。ではそなたの名前を教えてくれぬか?」
「…シャロンと申します」
家名を告げる必要はない。あえて平民が使うひとつの名だけを名乗った。
「ほう。シャロンのう。ではシャロン、そなた、誰に魔法を習ろったのかのう?独学というわけではなかろう?」
「…」
(そう来たか…困ったな。なんて答えよう。独学と言っても過言じゃないけど…禁術とか変なのは教えて貰ってるしな…)
そもそもシャロンは魔法を使った自覚は一度もない。有り余る魔力を使って事を成したことはあるが…きちんと魔法を学ぶのは家のことを片付けた後だと考えていた。
これを説明するとなると少々ややこしい。
「…それって、王家の森に関係あります?」
故に逃げた。
「大有りじゃのう。侵入者の経歴調査は至極真っ当。これもそなたの刑に関わることじゃ」
「…ですよね」
老人の目が厳しくなる。ここに来て彼女は喋ったことと言えば名前だけ。どう見ても怪しいことこの上ない。
頭の片隅で逃げる方法を模索するが、ロイドとその周辺の武力も分からず、しかもいつの間にか囲まれた状態。
いつまた身柄を拘束されてもおかしくない緊迫した状況であった。
(なんとか…なにか喋らなきゃ)
ドッカァアアンッッ!!!
そこへ突然、真横の壁が吹っ飛び爆音と悲鳴が響いた。
「わわわっ!?」
「離れろ!」
「老師!ご無事ですか!」
「総員厳戒態勢を取れ!」
混沌とした室内で上がる煙と瓦礫。老人はその爆心地へ一歩近づき、ため息を吐いた。
「ふうむ…紅はほんに荒っぽいのう…」
シャロンのさまよっていた目が一点に集中する。もうもうと上がる煙の中から出てきたのは…
(あぁ。二度と会いたくなかったのに。確実に頭壊れてるのに。今はすごい救世主に見える)
思わず信心のかけらもないシャロンが拝みそうなほど、キラキラと輝く笑顔で彼は再登場を果たした。
「やあやあ!元気だったかい?まだ死んでないよね?君に死なれたら、僕困るからさあ」
変わらない口調。王家の森で仕留めた龍の剣を携えて飄々と現れ、こともなげに言った。
「じゃあちょっとその子貰ってくよ。ロイドのじいさん」
助かったと喜ぶべきなのか、また一歩早く死に近づいたと悩むべきなのか、シャロンは神に問うた。




