26 告白
アリデライ部隊長は、一歩一歩カルレーナ王女との間合いを詰めていく。まるでピクニックに行くかのような足取りの気軽さは、先の言葉を聞き間違いだったのではと一瞬思わせた。が、圧倒的な部隊長の圧を前ににその考えを即座に捨てた。
ーーーまずい、動けない。
最初に口を開いたのはやはりというべきか、ショドウェイだった。
「っ!ナイトレン!!」
「っああ!」
普段の女言葉をかなぐり捨て、野太い声で瞬発的に体を動かすナイトレン。歩き続ける部隊長の背後に走り、その両脇へ腕を固まわして固定し、羽交い締めで歩みを止める。
「どういうことよ?あたし、何にも聞いてないわよ、部隊長」
収縮している筋肉がぎちぎちと悲鳴を上げている。ナイトレンは、対話を試みた。
アリデライと共に登場を果たした故に、周囲は「王女さま死んでおこっか」発言に関わりがあるものだと思ったが現状を見て思い直した。
羽交い締めにしている腕は周囲から見てもかなり力を込めていると分かる。足と腕の筋肉がブルブル痙攣するほどナイトレンは必死だというのに、アリデライは何事も無く涼しげに笑っているだけだった。
「…シャロン、今すぐ、王女さまの護衛に行くっす。ナイトレンと死ぬ気で部隊長止めておくんで、なんとか逃げ切って下さいっす」
後方から囁かれる。部隊長に届かないよう細心の注意を払って返事を返す。
「む、むむむ無理ですよ…!まず先輩とレンちゃんだけであの人外止めておくってのも無理ですし、仮に数十秒止められたとしても、私がその後の部隊長の追撃から逃れられるってのも無理です…!」
魔法使えない私なんか五歳児の戦闘力にも劣りますぜ先輩。てか、絶対見殺しにするかと思ってました。いや、私は嫌いじゃないですからできれば助けたいんだけど。
「あはは。数十秒…、良いとこ突いてくるっすね。そうっす、止められたとしても多分数十秒が限界っす。だから全力で逃げ切るんすよ。転移魔法なら、もう使えるようになってるっすから」
「へ?な、なんで?」
思わず後ろを振り返って疑問をぶつけると、ショドウェイ先輩は悪戯っ子のように目を細めて右手をかざした。
その手の中にはヘコイルトの秘宝【神の奇跡】と呼ばれていた石があった。
「こっこれ…!」
「しー…静かに。この混乱に乗じてちょいと拝借したっす。研究バカがうるさかったすから。これが側にないなら、シャロンは魔法を発動できるっすよね?」
「え、ええ。結界の穴を見つけられれば、多分いけると思います」
アホな魔力量を持ってしてぶち破れば。
「なら頼んだっすよ。今あの王女さまに死なれたら困ることがあるんで」
そう言い残して動いたショドウェイ先輩。…速い。タンッって鳴って速攻部隊長の背後とか、あの先輩隠密でも目指してんの?手グセもすごく悪いし。
見殺しにしない理由の「王女が死ぬと困ること」とやらがとても気になったが、尋ね返す暇はない。私も王女さまのほうに駆け出す。
部隊長の圧にやられてか、未だ放心状態の王女さまと公爵令嬢姉妹。この姉妹もついでだから回収していこう。
「王女さま、カルレーナ王女さま。今すぐ動きますよ。できますか?」
すぐさま表情を取り戻した王女さま。こくりと頷く首を見届け、公爵令嬢姉妹と手をつなぐよう促す。四人ともが手をつないだのを確認した後、転移魔法の詠唱を口ずさむ。
結界。うん、バレないようにゆっくり破ってる暇なんてないから無理矢理行くの一択だ。ここら一帯は見事に穴がない綺麗な物だし。うん。無いなら仕方ない。作るしかない。
ごめんなさいロイドの爺さん…!
ヴァアアッ!!
輪になった中心から漏れ出る魔力。青白く輝く魔力の変色に王女さまと公爵令嬢姉妹から驚いた声が上がる。
っ!うぇえっ!四人纏めて転移って…しんっどい!魔力が足りない気がする!ど、どどどうしよう!一番近くの部屋に転移してそっから自分の結界組み立てるのが良いかな⁉︎うん、それしかない!
ヒュッ
転移する間際、ふと部隊長達のほうに顔を向けるとしゃがみこんだレンちゃんと息も絶え絶えな先輩が見えた。その前方に、こちらへ向けて至極満面の狂った微笑を浮かべているアリデライ部隊長。パクパクと動いた口元、読み取られる言葉の内容は。
「………ッッ!」
ゾゾゾッ
つま先からてっぺんまで感じた震えをなぎ払うように転移魔法の最後の詠唱を叫んだ。
「…今は、逃がしてあげる」
──────────────
「な、なんなのですか…あの男…」
転移した先は結構広めな物置のような場所だった。大幅に使った魔力の残量を確認し、後三、四回くらいだなあと呟く。結界を張る詠唱を唱えながら、聞こえてきた王女さまの苦言に笑いを堪えられず、つい音が漏れてしまった。
「…あははっ」
「な、なにがおかしいのです」
ぶすっと拗ねた表情の王女さま。
うん、可愛いなあ。凛とした王女さまも良いけど、子供っぽいこの感じも良いと思う。
「ですの。カルレーナ様を笑うなんて失礼すぎますの」
「だな」
やっと口を開いた公爵令嬢姉妹。さっきまでのつっけんどんな態度は和らいだように感じる。ふむ、これは所謂吊り橋効果ってやつか。
二重三重と私お手製オリジナルの結界を部屋の周囲にぐるぐる張り、しっかり起動していることをテストした後王女さま達の方へ向き直った。
「いいですか、あれは、生きている限り、なるべく関わらないようにしなければならないタイプの生物です」
キリッと真顔を作る。うん、良い感じにシリアスな雰囲気。
「生物って…あの男は確か、紅部隊長のアリデライ・ソルソ・ロンウィルじゃございませんこと?シャロン様の部隊の長でしょう?」
はっはっは。甘い。甘すぎる。デュノセント隊長のお菓子よりも甘々だ。情報収集足りてないんじゃないですか?
「そうです。ですが、見ての通り、部下全体からは『人外』と称されています。それくらい人間離れしているんです。なんの因果かあんな生物の下で働いていますが…とりあえず関わらないに越したことはないです。何故王女さまの命を狙ったのかは不明ですけど、次会ったときは全力で逃げることをオススメします」
うん本気で。あんなんに命狙われるとかご愁傷さまとしか言いようがないもん。ご愁傷さま。
「そっそうだ。なんであいつはカルレーナ様を殺そうとなんて…」
「ですの!国王に抗議なんてものじゃ済まないですの!下手したら戦争ですの!」
だから分からないってば。もしかしたら「気まぐれだよ」とか言い出すかもしれないし。無いと信じたいですけど大いにあり得る。
「………心当たりはありますわ」
「「「え?」」」
うそ、何したんですか王女さま。
「申し訳ないですが、この場では言えませんわ。恐らく、国家間の問題だと思いますの」
…第一王女として漏らせない事柄か。そら聞くわけにはいかないですな。んんん?でもあの部隊長、政なんて気にするタイプじゃないと思ったんだけどなあ。でも国家間ってったら政治関係だよね?それ以外…あるかな?んー部隊長、何考えてるかさっぱりだしなあ。
「………プラス、個人的な感情が含まれているようにも感じたのですけれど」
個人的な感情?いや、部隊長がすることって個人的な感情しかないんじゃないですか?
とも思ったけど、王女さまが「藪蛇ですわね」と言って会話を終わらせたのでそれ以上何も言えなかった。
それから、王女さまは空気を変えるように声のトーンを上げて話しかけてきた。
「ねえ、シャロン様。わたくしのネックレスの効果をご覧になりました?」
「へ?えっ、ええまあ」
頷いて良いものかどうか迷ったけど開き直って頷くことにした。
その奥で慌てている公爵令嬢姉妹が目に入ったが、多分無くなったネックレスに気付いたんだろうなとほくそ笑む。
「わたくし、どうしてもシャロン様にお会いしたかったのです。この国にいる間、どうしてもシャロン様に守って頂きたかったの」
はい?あ、あれ?なんか王女さまの目、潤んでません?ていうかなんでそんな頬を真っ赤にして言う?
「わたくし、訓練所でシャロン様を一目見た瞬間からビビビときましたの」
な、なぜ迫って来る。ビビビってなに。
シャロンは一歩後ずさった。
「はぁ…わたくし…絶対そうだと思っておりましたの…」
ピタリ
シャロンの胸に触れた王女さま。
「…やっぱり…うふふ、シャロン様、女性でございますわよね?」
ーーー真っ赤なお顔で嬉しそうに、とんでもないお言葉を頂きました。
きました!うゃっほぅ!やっとバレてくれました!
すみません、一人でテンション上がってます。まずは女の子同士でさせたいことがたくさんありまして。やっと物語が進む…!




