22 解除?否。退避。
「…それ、出来れば聞きたくなかったです」
湯の中に顔を突っ込んでうめく。
うん、限りなく必要ない情報。
「そうか?…まあ、なんだ。一部の奴らからすると、一種のステータスってことだ」
「その『一部』がみんな頭がおかしいんですよね?フォローになってないですよ」
むしろダメージが酷くなりました、と呟き隊長を睨むと目を逸らされ話題も逸らされた。
「んんっ、それで聞きたいことは全部か?」
「…ええ。はい、ありがとうございました」
少し逡巡して、話を切る。
これより先は隊長だけでなく私までさらに身も神経もやられそうだし、口を閉じるのが賢いことだろう。
「そうか。もしまた何か聞きたいことができたら遠慮せず俺のとこに来い。物分りのいい見習い騎士は嫌いじゃない」
口角を上げて微笑むデュノセント。
…うぐぅ…私が大人になってそらされてあげたのになんだこの敗北感。ちくしょう、爽やか系上司の無意識なのか故意なのか分からないそれのせいで顔の熱が上がりっぱなしです。ほぼ百パーセント前者だろうけど。
…よし、移動願いは碧騎士隊にしとこう。まともそうな隊だし、頭のおかしそうな上司はいないし。間違っても新入り歓迎会でデスマッチなんて開催する隊じゃなさそうだし。…絶対受理させてやる。
「さて、さすがにこれ以上入ってるとのぼせるな。出るか、見習い騎士殿」
湯船から勢いよく立ち上がるデュノセント。シャロンもそれにゆっくりと続いた。
「…問題はここからだよな」
どうする?
と私のほうへ顔を向ける隊長。おそらく服のことを言ってるのだろう。タオルも服の替えもないと言っていたっけな。
「服なら大丈夫ですよ。魔力に熱を込めて放出すれば──────」
パチンと指をならし発動させようとした、その直後。
バチィンッ
何かにはじかれるように阻害された。直後に吸収された魔力。
「あれ?」
自信満々に鳴らしたのに発動しない、だと?
…ちょっと恥ずかしいなあおい!
「あー…すまん。この部屋で魔力関係は使えないようになってるんだ」
「はい…?」
出ました『すまん』。おそろしい呪文です。
「魔法で奇襲を受けたりすることのないように、この部屋の四隅にネツラリオンを埋めている。各騎士隊長の部屋や重役の部屋、それに客室なんかも大体そうなっているんだ」
ネツラリオン…?
って確か、魔法を封じる枷についてたり貴族のお守り替わりになってたりするあの石のことか?埋めてる、って。
「原石丸々ですか?随分とお金がかかってますね」
記憶によれば、あれはかなり貴重だったはず。魔力による魔法を弾く上にイジれない石だ。いろんなとこが研究頑張ってるせいで品数が不足して、市場に出回るのは高価になったもんばかりだったと思う。
「いや、原産国から直輸入してるから思ったよりはかかってない筈だ。ほんとはこの城全体に使うつもりだったらしいんだが、そうなると物理的な攻撃は防げなくなる上にコストがハンパじゃなくなるからな。各部屋だけに埋めて、王宮のまわりを結界で囲うことにしたみたいだ。そっちのが、術者を超える魔法使いが現れない限り最強だしな」
あ、誰だかわかった。その最強の結界の主はロイド爺さんだろう。たしかにあの賢者を超える魔法使いはそうそう出てこない。かつ、ネツラリオンを使うよりかはコストもかからない。
「うーん。部屋で魔力は使えないんですか。じゃあ振り出しに戻っちゃいましたね」
シャロンはため息をついてバスタブの縁に腰掛ける。
「いや、そうでもない。そうだなあ…少し時間はかかるが…」
私がバスタブの縁に座っているからか、隊長は目の前の床で胡座をかいた。
バスルーム内にこもった湯気と、隊長から滴る湯のせいで忘却しかけていた顔の熱がまた上がる。くそっ色気注意報解除の兆しが見えないんだけどどういうことだ。
「黒の方に伝令機で届けを出して結界を部分的に一時解除してもらえばいい。ネツラリオンの範囲が届かない廊下で、結界も無ければ魔力は使えるだろう。他の隊長に服を借りるわけにもいかんしな」
「なるほど。たしかに時間はかかりますが名案ですね」
特に他の隊長に服を借りるわけにはいかないってあたりが。話したことないけど、部隊長を見る限り他の隊長達と積極的に関わり合いになりたくないというのが本音だ。
「しかし、本当に魔力に熱を込めるなんて所業できるのか?熱魔法とはまた別なのだろうか」
「あ、あぁ…いつも感覚的にでやってるので、熱魔法との違いは分からないんですけど、できます」
「感覚的に魔力操作してるのか。高位魔法士の間でも聞いたことがないが…」
「あー…高位魔法士って私よく知らないんですよね。激ムズな試験とアホみたいにレベルの高い魔法を組む機関の上らへんの人たちのこと、ってくらいしか」
「アホ…ああ、うん。まあ、間違っちゃいないな。正確には、魔法高等学校を卒業したOBらで構成されている『魔法ギルド』ってとこの役職だな。そこから黒騎士隊に転職しているものも多いぞ。引き抜きだから高給取りだと胸を張ってる奴も多い」
「へー。そうなんですか」
「…興味なさそうだな」
「いやあ高位魔法士てあんまそそられないんで。そもそもここの部隊員だってなりたくてなったわけじゃないですし。お金も名誉もちょっとって感じですね」
元々幼少期に庶民的な生活をしてたので、そういう暮らしは自分に合わない。公爵家の一年半でお腹いっぱいだ。
「ふむ。珍しいな。合っても困るもんではないかとは思うが…まあいい。少し伝令機を使ってくる」
「はい、すみません」
デュノセントは軽く服をしぼって、バスルームを出た。その間、シャロンは物思いにふける。
ーーーそうだ。公爵家…あの親子へせめてもの意趣返しをしなければ。そもそもここに入隊する羽目になったのもあいつらのせいなんだから。ここを出たらすぐに考えよう。
それから、魔法についてももう少し勉強しよう。あまりにも独学でやってきたから、熱魔法と魔力に熱を込めて放出することの違いすら説明できなかった。
私に足りないのは、多分基礎だ。
湯船の微睡みの中で、シャロンはふふと笑った。
ここでの生活もそう悪くないかもしれない。身分も民も領地の事を考えなくていいのも結構楽しい。生きているって、感じがする。
しばらくして戻ってきたデュノセントは、頬を赤く染まらせて微笑むシャロンを見てふと、そう、ふと思った。
ーーーーあれ、この見習い、結構可愛ーーー
ガンッ!!!
「わっ⁉︎…えっ、デュノセント隊長…?」
「ーーああ、いやすまん。気付かぬ内に逆上せていたみたいでな。少し頭を冷やしたところだ」
いや隊長、冷やしたというより、思いっきり壁にぶつけてましたけど…。え、こわ…。
苦い顔をするデュノセントは、シャロンの訝しむ顔を見て思い直した。
ーーー問題ないりこいつは男だ。どう見ても、男だ。
「いましがた許可が取れた。では、廊下に行こうか」
「はい。床濡れますけど、すみません」
「かまわん。こちらも長く引き止めて悪かったな」
そうして、デュノセントとシャロンの初のお茶会は幕を閉じた。




