21 注意報継続中
ぽちゃんっ。
指先で湯船の中のお湯を遊ばせる。
「ふぃー…極楽極楽、ですねえ」
「…」
「あれ、どうしました?なんだか随分なしかめっ面」
「おま…本当にこれでいいのか」
何がです?
そうシャロンが返すと、さらに眉間にしわを寄せるデュノセント。沈黙が走るバスルームの湯船では、シャロンとデュノセントが向かい合うようにして湯に浸かっていた。
デュノセントは上半身裸で、シャロンは服を着用して、だ。
替えの服は魔力に熱を込めて乾かせばよくね?と思い立ったシャロン。
てか私なんで今までその発想が出てこなかったんだ。魔力ぶつけて隊長を眠らせることだってできたじゃないか。ああでも、碧騎士隊隊長さまともなれば魔法耐性の訓練とかごりごり受けてそうだな。うん、無理。
など、物思いに耽ってり立ち尽くしていたシャロンはまたくしゃみを連打した。それに反応したデュノセントは慌てて「とりあえず風呂入れ!」とお湯を溜めてたバスタブの中へシャロンを放り込んだ。
まあいいか、とお湯の中に顔をうずめているシャロンに、デュノセントは再度服を脱ぎだし「なんで一緒に入る思考回路にしか辿り着かないんですか!」とシャロンに怒鳴られていた。
にんまり笑い「裸の付き合いってやつだな」と完全に男性見習い騎士隊員にかける言葉を吐いたデュノセントに、半ば諦め状態のシャロンは「せめてズボンは履いておいて下さい。私野郎のアレ見たら潰したくなる性分なんで」と警告し最後の砦は死守した。
うん、隊長にドン引きされながら「ホラーすぎる性分だな」と言われても気にしない。気にしない。
「…では、せめて下着だけになったらどうだ。それでは気持ち悪いだろう」
「やですよ。言ったじゃないですか、背中から胸にかけて大きな古傷があって他人に見せたくはないんですよ」
うん。純度100パーセントの嘘だけど。
あ、やめて下さい、そんな傷付いた顔しないで下さい、私の小指ほどの罪悪感が悲鳴をあげてます。
「…傷なんぞ、騎士隊員になったら腐るほどできるだろう。気にするな」
「あはは。そういう隊長は確かに、たくさんの傷跡がありますねえ。そのおへその部分のとか、どうしたんです?」
「…入隊したばかりの時、同期の奴と魔獣を駆逐しようとした時にできたんだ」
「へえ、デュノセント隊長の同期の方とですか。なら結構出世とかしてそうですね」
「…………あぁ。確かに部隊長やってるな。だがその同期の奴は驚くほどのクズでな。そん時の魔獣駆逐訓練で俺にべったりと魔幼獣の血を塗りつけて囮にしてから、自分は木の上で見物してやがったんだ。なつかしいなあ」
「………」
「血を塗りつけられた最初はもちろん抵抗してな、二百ほどの魔獣相手にぶった斬ってぶった斬ってを繰り返してたんだがそうすると段々剣が脆くなってきてな?半数狩ったくらいのところで武器がなくなった。そこらに落ちてた木の棒でなんとか戦闘を続けてたんだがさすがに王家の森の魔獣となると楽には殺せなかった。はは」
「た、隊長…」
「だが奴は笑い転げるのに忙しかったようで、手をかす気配は微塵も無かった。最終的に俺が瀕死の状態で頭からやられそうになった時に、からから笑いながら木の上から降りてきたんだ」
「あの、たいちょ…も、もういいで──」
「地面に降り立った奴は素手で魔獣をぶっ飛ばしながら『相変わらず雑魚すぎデューくん』などと俺にトドメをさすかの勢いで腹に一撃よこしやがった」
「…………………え?」
「そこで俺の意識は飛んだ。後々、白銀隊───医療隊のようなもんの奴らだ。そこから話を聞いたところによると、どうやらあいつはあの魔獣の群れを全滅させたあとも、俺をダシにしてもう二つほどの群れを潰したらしい。全身返り血のあいつと瀕死状態の俺とで一時医療室は騒然となったそうだ」
「…………………た、いちょ」
「奴は血まみれの手で俺の頭を掴み、まるで荷物を放るかのように白銀隊隊長の顔面めがけて俺を投げつけ──────」
「隊長ぉおおおおおおおお!!!やっやめましょう!!!このお話やめましょう!!!」
なんかヤバいから!デュノセント隊長の目が光を反射しなくなってるから!お湯につかってるはずなのに超寒いから!
地雷かー!これ地雷だったかー!話を逸らすつもりがエグい地雷出てきたわー!予想できんかったわー!腹の傷がまさか自分とこの部隊長さまの一撃とか予想できんかったわー!
ばちゃばちゃと湯を跳ねさせながら必死に別の話を吹っかける。
「──────そ、そうだ!私、王宮騎士隊のお話途中までしか聞いてなかったなー!創立しか聞いてないからその先聞きたいなー!」
むごい、むごいよ。アリデライ部隊長の鬼畜レベルがどんどん上がってる。そしてデュノセント隊長の不幸レベルもどんどん上がってる。私の中でこの二人のキャラが着々と確立していってる。どうしよう。涙なしに隊長を直視できない。
「王宮騎士隊…ああ、そうだったな。成り立ちまでは話してたんだっけな」
ばちゃり、と湯から片腕を上げて髪を後ろにかきあげる隊長。おぉっと仕草がやばいです。色気注意報はまだ解除されていない模様で。湯けむりと火照った上半身裸の身体が……ぐぅっ。今度は別の涙が溢れそうです…!眼福的な意味で…!
「では次は王宮騎士隊の中身についてだな。ヒグレリア国王宮騎士隊は全部で四つの隊と一つの部隊で成り立っている。隊は、俺が隊長やってる『碧騎士隊』王家の諜報をメインに活動している『黒騎士隊』この国一番の医療組織の『白銀騎士隊』様々な分野の研究を主にやってる『黄騎士隊』。んで、部隊はご存知の『紅部隊』な」
カチリとスイッチを切り替える隊長。流石です。お仕事関係は真面目ってことですよね。決してあのお話から逃げたかった訳じゃないですよね。
緩みそうになる口元をお湯にうずめながら、ぶくぶくと喋る。
「四つの隊と一つの部隊、ですか。…あの、なんで紅だけ部隊なんです?」
とてつもなく嫌な予感がするから聞きたくないけど。
すると碧騎士隊隊長さまはよく気づいたとばかりに指を立てて。
「紅は、公式的な武力組織じゃないからだ」
「…はい?」
ぱちゃっと顔を上げて目を見開く。
公式的?どゆ意味?
「言ったろう?王宮騎士隊の成り立ちを。元の王宮騎士隊は軍の、あの方の、兵だった。それが何十年もかけて今になったんだ。だから四つの隊は創設時の軍事的な意味をもって『騎士隊』の名がついてる。だが紅はそうじゃない。軍から授けられたものじゃないんだ。そうだな…確か、十一年前にできたもんだったと思う。王家の上層部の間で、密かにな」
んん?要は軍の手がついてるかもなのが四つの『騎士隊』。軍とは全く関係のない、真っ白なのが『騎士部隊』ってこと?
「そうだ。軍と繋がっていない、というしっかりとした安心が欲しかった王家が作ったんだ。王家のもとの武力という意味をこめて『騎士部隊』。そん時はそんな意味合いだった」
「…今は違う?」
「ああ。見りゃ分かるだろ。『キチガイ部隊』なんぞと呼ばれてる」
「なるほど。王家のためだけに剣をふるう忠実な部隊、安心できる部隊、をわざわざ作ったというのに実際は誰の言うことも聞かない、異様な部隊となってしまったと」
「だな。必要時以外ふるわないはずの武力を気まぐれに取り出す。しかも…アリデライのやつが何をしたか知らんが、上からの圧力を全く受けない。むしろそれ以上の力を持ってるように見える。はたから見れば治外法権とまで言える部隊だ」
治外法権。なるほど言い得て妙だ。
だから王子の捜索をせずに堂々とデスマッチなんかしてても問題なかったのか。ショドウェイ先輩の『アリデライ部隊長の暇つぶしに付き合うことこそが仕事』発言も納得。王様や大臣に対するお粗末さもね。
「ちなみに、紅は入ろうと思ってもそうそう入れる部隊じゃないからな。どんな基準で決まるかは知らんが他国で最強を謳われている槍の使い手が入隊したいと言ってもはねつけられたそうだ」
ほおん。ならどうして私は強制入隊になっちゃってんですかねえ。
キリ悪いですね…すみません。
不憫なデュノセント隊長。笑。




