18 甘いものに罪はない
ばたんっ。
陛下方がいらっしゃる執務室のドアを少し乱暴に閉めて出た廊下には、アリデライ部隊長の幼馴染、デュノセント碧騎士隊隊長が佇んでいた。
「話は終わったか?」
扉の横の壁に張り付くようにして直立していたデュノセントは、ひょこっとこちらに体を向けて、軽い雰囲気で話しかけてくる。
「そうですね。話というか脅迫というか…まあ、終わるには終わりましたよ」
先ほどの宰相とのやり取りを思い出し、無意識に眉間に皺を寄せるシャロン。その様子に不思議そうな顔を向けるデュノセントだが、シャロンには説明ができるわけがなかった。
「それで、デュノセント隊長はこのまま執務室の衛兵ですか?大変ですね。お疲れ様です。それでは」
早々に挨拶を済ませ明日の事について思考を巡らそうするか、慌てて呼び止められる。
「待て待て。何をそんなに急いでいる?…少し、話さないか?」
「…はい?」
「この部屋の警護は──────おい、マダン、頼んでいいか?」
執務室の扉の壁のもう片方側に張り付いていた碧騎士隊員に言葉を投げるデュノセント。
「え?あ、はい。構いませんよ?」
戸惑ったが即答を返した隊員。
「そうか、すまないな。ありがとう。──────ということだ、シャロン見習い騎士。俺の話に付き合ってはくれないか?」
肩に手を乗せてやんわりと拒否を出させまいとする、デュノセント碧騎士隊隊長。シャロンは、一体何を話すことがあるのだと口を尖らせる。
「…おそらく私にも仕事が残っていると思うのですが」
国王陛下や宰相に呼び出される前は食堂で紅部隊員と遅めの昼食を取っていたが、その後はショドウェイに仕事内容を教えてもらうつもりでいた。
いくら強制的に入隊させられたとしても、給金は出るらしいので労働はきちんと行いたいと考えるシャロン。
つまり勤務時間中に他の騎士隊の隊長とお喋りをしているわけにはいかないと返事を返したつもりだったのだが。
「仕事?戦争中でもないのに紅部隊に仕事なんてあるのか?」
…おかしいな。今すぐにショドウェイ先輩とお仕事のお話がしたくなってきたぞ。なんだ。どういうことだ。戦争中?戦争と言ったか、この男。まるで戦争レベルの大事が起こらなければ紅部隊に仕事はないみたいな言い草だなこの野郎。
「詳しくお聞かせ願えますか」
「ん?ああ、普段の紅部隊についてか?」
「そのことも、含めて、全て、です」
紅部隊のことも、この王宮騎士隊の全容も、この国の政治事情についても。どうやら私は片足突っ込んだだけじゃ生き残れないところまで行っちゃいそうだから。明日からの専属護衛騎士のご予定で。
シャロンの一言一言区切って発した言葉は、思いのほか碧騎士隊隊長のツボにハマったらしい。八重歯を覗かせながら笑うその姿に思わず目を背けた。
「全て、か。もちろんだ。シャロン見習い騎士殿の知りたいことに、できうる限りお答えしようじゃないか。取りあえず、別のところで茶でも飲みながら、でどうだ?」
「そうですね。いつまでも宰相さまがいらっしゃる執務室の前には、居たくありませんから」
「…?何をそんなに怒ってる?」
「…別に、なんでもありません」
ふい、と顔を逸らし早く行きましょう、と言うとそうだなと彼は来た時と反対方向へ歩き始めた。
食堂へ向かうんじゃないの?
「あの、どちらへ?」
おずおずと話しかけると、彼はくいっと右手を持ち上げるようにして。
「俺の部屋だ。街で流行っている茶菓子があるんだが、それとアールグレイとの相性が抜群なんだ」
嬉しそうに言葉を紡ぐデュノセントは無邪気な子供のようであった。
「お茶菓子…?甘いものがお好きなんですか?」
「ああ、悪いか?」
似合ませんね、と出かけた言葉を瞬時に飲み込む。
「いえ、悪くはないと思いますよ。私も好きですし、甘いもの」
「そうか…!それは良かった。これを誰かに言うと、似合わないと笑われるか笑顔で引かれるかのどっちかだからな」
すみません私も似合わないと思いました。とも言い出せず、それは酷いですねと返しておく。隣を歩く彼の笑顔がまぶしすぎて言い出せるわけがないじゃないか。というか、後者の『笑顔で引かれる』って誰か想像がつくぞ。ショドウェイ先輩は絶対そのタイプだ。『似合わないと笑われる』はアリデライ部隊長だな。
「というか、デュノセント隊長の相部屋の方にはご迷惑じゃないですか?急に私が伺ったりしたら」
『俺の部屋だ』という発言にひっかかりを覚えた私はふと考える。
確か宿舎の隊員達は二人一組の相部屋で生活していて、未婚の隊員のほとんどがそこで収まっている。貴族の息子などはわざわざ実家から往復して通っている、とショドウェイ先輩に聞いたのだが。
「ああ、俺は一応碧騎士隊の隊長だからな。一人部屋をあてがわれているんで誰もいない。気を使わんでもいいぞ。おおっぴらに話せないことも、防音効果のある部屋なら、問題ないだろう?」
なるほど。王宮の廊下では話せないことをこれからお喋りに行くんですね。神妙に頷きながらデュノセント隊長を眺めているとそういや、と彼はこちらに顔を向けた。
「紅のとこは宿舎がぶっ壊されてなかったか?確か黒と喧嘩してって噂だったと思うが。それなら部屋足りてないだろう。見習い騎士殿はどこで寝泊まりしてる?」
思わず、うっと言葉につまる。
「あぁ、アリデライんとこか。あいつの部屋広いもんな。何故かベットがふたつあったし」
え!?ベットふたつあるの!?あれ、じゃあ私牢屋じゃなくて部隊長の部屋に泊まらせてもらっても良かったんじゃ…いや、どっちみちあの人と同じ空間にいるだけで精神が削り取られそうだから無理か。
遠い目をしている私にデュノセント隊長はどうした、と声をかける。
「そうですね。冷たい冷たいお部屋で手枷付きというサービスまでしていただいて眠りについてますよ」
はっきりと『牢屋です』とは言わないが、それを匂わせる発言はしておく。これぐらいは許せ。
「手枷…?それまた何で?」
牢屋だと分かっていないのか目を細めて尋ねてくるデュノセント。とても『アリデライ部隊長の趣味だそうです』とは言えない。
「──────ん、着いたぞ」
思案に耽っていると、どうやらデュノセント隊長の部屋へ到着したらしい。まわりを見渡すと同じような扉が並んでいた。
もしかして、と思ったシャロンは隣の部屋の扉を見つめながら問いかける。
「ここの階って…」
「ああ、ここらは各隊長らの部屋がある。アリデライ以外のだが」
ああ、隔離ですね。素晴らしい英断だ。
部屋へ入って行くデュノセントの後を追いながら部屋へ足を踏み入れる。失礼します、と顔を上げた先に広がるのは。
「なんというか…本当に甘いものがお好きなんですね…」
ベットにテーブルに椅子に、よりもまず目につくのが壁に寄り添う戸棚だ。
天井にくっつきそうなくらいのそれは横幅も大きい。中が見えるようにガラス張りから覗く甘味の数々。瓶に詰め込まれたキャンディーやキャラメルやグミ、それも数種類ごとに分けてあるからかなりの数で、一段目と二段目はそれで埋まっている。
三段目には紅茶の茶葉がこれまた種類ごとに並べられていて茶葉だけでなくパックも小さく積み上げられている。
四段目には可愛らしい箱で包まれたチョコレートと小さな宝箱のような入れ物にあるおそらくこれもチョコレート。こちらはビターのようだ。
五段目は他の段よりも縦幅が広いためかシロップ漬けにされた果実がぽんぽんと揃えられている。
「あー、保存が効きそうなのはそっちにあるが、無理なのはあちらに入れてある。からそれだけじゃないんだが」
「…まだあるんですか?」
おっと、これはかなりの上級者とお見受けする。
冷却魔法をかけた透明の大きな箱から見えるのは、チョコレートブラウニーに生チュイールにクリームタルトに苺パイにバナナワッフルに生チョコクッキーにカラメルスコーンまで。
「…なんというか…なんと言えば良いのか」
言葉が見つからない、とはまさにこんな時に使うべきだろうなあと思いを馳せる。
「…やはりおかしいだろうか」
え?なに?お菓子い?
…すみません、別にドン引いてるわけじゃないのでそんな悲しそうな瞳で見つめないでいただけますか。
「おかしくないと思います、よ。少し意外ではありますけど。私もここまでではありませんが甘いものは好きです。って言いませんでしたっけ?」
なんとかフォローを重ねていると、そうか!と嬉しそうにいそいそと紅茶にお菓子の準備を始めたデュノセント隊長。
うん、少しどころか激しく似合わないな。ガタイがいいし仕草がいちいち男らしい故に激しいギャップを感じる。…ああ、そんな大きな手で小さなマグカップなんか持って…おままごとをする少女か。あ、だめだ吹き出しそう。
「シャロン見習い騎士、その辺の椅子に座ってていいぞ。突っ立ってたら居心地悪いだろ」
キッチンで用意をしている音に乗せて聞こえてくるこの気遣い。このさらりとした感じとか、絶対モテるのになあ。
ティーポットにいれた紅茶と透明な箱から取り出したカラメルスコーンを持ってテーブルに並べているデュノセント隊長。
お手伝いします、とティーカップとお砂糖を真ん中に置きながら軽い好奇心で尋ねる。
「デュノセント隊長ってご結婚されていないんですか?」
「……」
カチンと固まるデュノセント隊長。
え?何この反応。
「デュ、デュノセント隊長?」
恐る恐る声を掛ける。と。
びくんっ
とそれはそれは面白いくらいに跳ね上がった。…ぶふっ。おっといけない、時間差で笑いの衝動が。
「な、ななななんでそんなことを聞く!?まさかあの噂を言うやつがまだいたのか!?」
素晴らしい慌てっぷりで。あらやだ、今口角つり上がってないかしらん?
「あの噂?なんのことです?それよりデュノセント隊長、そんなに慌ててるとカップが──────」
零れますよ、と言おうとした直後。
ガチャンッ
高い音をたてて、予想通りカップの中身が零れた。熱い熱い、紅茶のカップの、中身が。こちらにむけて。
「‥‥っつ!」
テーブルを伝って流れて来たその中身は、私の太ももにダイレクトにかかった。淹れたての紅茶の香りがふわりと漂いながら高温度の痛みに足がすくむ。
「っ!すまない大丈夫か!?」
さっきよりも数百倍慌てた様子のデュノセント隊長。顔を真っ青にしながら私を抱えてバスルームに連れて行こうとするその姿に、痛みよりも笑いが漏れた。
「ぶはっ」
あはは、とひとしきり笑おうとしていると。
「なにがそんなにおかしい!早く脱げ!火傷してるかもしれない!」
デュノセント隊長の部屋に備え付けられているらしいお風呂場の前の脱衣所に、隊長は私のズボンを脱がそうと腰に手をかけた。
うん?手をかけた?
‥‥どこに?
「───────ちょっ、ちょっと待った!ストップ!隊長ストップ!じ、自分で脱げますからっ!」
「いいからじっとしてろ!早く冷やさないと跡が残る!!」
聞き分けのない子供を叱るように私のズボンを降ろそうとするデュノセント隊長。
ま、ままま待って下さい!
お願いだから自分で脱がさせて、せめてここから出て行って!!!
デュノセント隊長はシャロンを男だと信じて疑っておりませんので、完全なる100%の心配で行動しています。笑。
これからは(これからも?)不定期更新になりそうです。すみません。なるべく週3くらいの頻度で出せたらいいなと思っております。
追記:最後のはシャロンの心の叫びです。口に出すなんてうっかりさんはやってません。一応。




