16 宰相さまのご相談
「デュノセント隊長はもうよいのでお下がり下さい」
「はっ。失礼いたします!」
びしっと敬礼して無駄のない動きで部屋から出て行く碧騎士隊隊長。
え、あれ?追い払っちゃう感じですか?室内に警備兵はいなくてよろしいんですか?国王陛下に王子に宰相までおられるんですよ?もし今襲われたらこの国大混乱じゃないですか?再起不能に陥りませんか?
「では、シャロン殿。立ち話もなんですからこちらへどうぞ」
宰相にしては煌びやかすぎるお顔で進められた、一瞬で上質だと分かる一人用のソファ。
…分かってますよ、ええ。今襲うような馬鹿はいないってことくらい。大混乱で再起不能に陥りそうなのは私ですよええ。なにこれ。座っちゃっていいもん?不敬に当たらない?どうぞ言われてさんきゅかましながら腰を下ろすのは正解?打ち首?
…そうかい。どのみち打ち首かい。王子が熱愛デートやっちゃってるって報告しなかったしね。いいよ別に。どんとこい。打ち首カモン。なんならショドウェイ先輩も付ける。もひとつおまけにノデルも付けちゃう。だから、だから私は見逃してくださいお願いします後生です…!こんなことなら真面目に礼儀作法身につけとくんだった…!
「…シャロン殿?」
「はっ!」
まずい。この非日常に頭が追いついていない。
落ち着いて深呼吸した後、恐る恐るタナレーン宰相の方に顔を向けると笑顔のまま目元を笑せないという上等テクを披露された。
おうふ。どっかで見たわこの冷たい目。あれだ。牢屋で出会ったばっかのショドウェイ先輩の目だ。なんだこの国は。もしやこの笑顔は通常装備なのか。
「お兄さん…?大丈夫?」
「あっ!う、うん!ごめん大丈夫!」
いけない本気で逃走経路を模索してた…!
うん?て、あれ?も、しかして、さっき、話し、かけて、きた、のは……?
「もっ、申し訳ございません!失礼致しました!」
がばっと勢いよく頭を下げる。
訓練所で少年と話しているノリだったからつい同じ口調で返してしまった…!仮にも今は『第四王子』でまわりには陛下に宰相がいんのに!
「え?…あ、別にそんな畏まらなくてもいいですよお兄さん。普通にして下さい」
なんていい子…。だけどここにはそれを許してくれない方しかいらっしゃらないんだわあ。
「なりませんよ、リヴァイ王子。彼は王宮のいち見習い騎士なのですから。彼が王子に気安く話しかけているようでは示しがつきません」
ですよね!
「…と。常なら申し上げるところですが」
へ?
「今この室内には、示しをつけなければならない国民も騎士も官僚も貴族もおりません。…そのように過度に畏まる必要はないでしょう」
恐る恐る頭を上げると、そこには通常装備を解かれた宰相さまがいらっしゃった。そのかわりとばかりに、無表情を貼り付けていたが…まあ、さっきの不気味な笑顔よりはマシなのでよしとしよう。まだこちらのほうが温かみがある気がするし。
少年、もといリヴァイ王子も妖精スマイルで少しほっとした。この部屋に入ってようやく心臓が落ち着いたようだ。
「どうぞお座り下さい」
「あ、はい、失礼します」
もふんっ
あ、すごい。やっぱりふかふか。腰がかなり沈んだ。
うちは公爵家と言えど、客間以外の調度品には金をかけないスタイルだったから新鮮だ。ってあれ?これつい座っちゃたけどいいの?不敬じゃない?宰相さまも王子さまも立っていらっしゃるけどいいの?…と焦ってたら普通に王子さまに宰相さまもお向かいにご着席なさった。よしセーフ!セェェェフ!
ちなみに国王陛下は少し離れたとこの椅子で踏ん反り返っていらっしゃいます。
「では本題に移らせていただきますね」
…ついに来たか。
「ご相談と申しますのは、実は我がヒグレリア国の第四王子にあらせられますリヴァイヘル王子のことについてなのですが」
はい。知ってます。そりゃ目の前にいれば誰だって察しがつくでしょう。
こくんと頷き続きを促すと、宰相さまは一息いれられてから言葉を紡ぎ始めた。
「…リヴァイヘル王子には婚約者がおられるのです。そのお相手の方はヘコイルト国第一王女であらせられまする『カルレーナ・アミン・エレナルソ』様でございます」
ほ、ほうほう。えーと…ヘコイルトっていえば、隣国のことだよね?そこの第一王女さまとリヴァイ王子は婚約関係にあると!なるほどなるほど理解した!…って、うん…?隣国の王女さま…?隣国のお姫様…?あれ、なんか聞き覚えがあるような?
「カルレーナ王女にはもう既にお会いになられたとか」
「はい…?」
な、なんだって?
「ほら、お兄さんに会いにいったじゃないですか!僕と一緒に訓練所でご挨拶した女の子ですよ?」
小首を傾げながら、記憶発掘に助力してくださるリヴァイ王子さま。なんて可愛いんだ。妖精か。…ん?妖精?訓練所?
「…妖精か」
ああね、あの少女のこと。
「「妖精?」」
「失礼致しました。なんでもありません。それで、そのカルレーナ王女がどうなさいました?」
まさか王女がいることは秘密の事案なので知られてしまったからには消すしかないとか、そんな展開ではないよね?堂々と国宝ぶら下げてた王女さまがいけないでしょ…?
びくびくしながら宰相の顔を見上げると、相変わらずの無表情だった。
「…やはり、お気付きでしたか。あまり驚かれていらっしゃいませんね」
うっ。ミスった驚いたふりしとくんだった。
「いやはやそんな。内心驚きを隠せておりません」
「ご謙遜を。ネックレスで気付かれたのではありませんか?」
あ、ごめん無理だわこれ。
「そんな悲痛なお顔をなさらないで下さい。咎めるわけじゃないのですから」
おや、本当ですか?打ち首はなしですか?
「カルレーナ王女とリヴァイ王子は婚約関係にあるということを前提に、このお話をお聞きくださいね。実はカルレーナ王女のお父上、つまりヘコイルト国王がこの婚約に異議を唱えておりまして。いわく『こちらは第一王女なのに、そちらが第四王子というのはあまりにも酷い話ではないか』と。ヘコイルト国には夫婦となった時、夫の格で妻の立場が左右されるものとお聞きしますから国王は大変その事に敏感になっておられるのでしょう。どこの国でもそのようなものですが、ヘコイルト国は特にそういう意識が強い国なのでございます」
う、うん。おっけいおっけい。隣国の王が婚約にケチつけ始めたのね。
「しかし、こちらといたしましてはリヴァイ王子とカルレーナ王女のご意思を尊重したく思っております。なれどヘコイルト国王は『なぜ第二王子か第三王子では駄目なのだ。こちらの王女が結婚も可能な歳だというのにそちらの第四王子ではそれもできぬではないか。可愛い娘を行き遅らせたくはない。今すぐ結婚をさせてやりたい』と、申されまして」
うん?娘を行き遅らせたくはないからって他の王子とくっつけようとしてるの?それじゃあ本末転倒じゃない?
娘のカルレーナ王女はリヴァイ王子にぞっこんだから、行き遅れることくらい構わないだろう。逆に他の王子との婚姻を急ぐ方が、可愛い娘からの反感を買うことは容易く想像できる。
と、いうか。
「あ、あの…つかぬことをお聞きしますが…カルレーナ王女はおいくつなんですか?」
「今年で十六歳をお迎えになられます」
確か、訓練所でこの少年は二歳差がある女の子を連れて来るって言ってたから…。
「リヴァイ王子は十四歳ですか?」
「はい」
てことは、あと二年待てば二人とも結婚できるじゃん。カルレーナ王女もいうほど行き遅れにはならないんじゃないか。十八だし。…それじゃなんでヘコイルト国王は娘の婚姻を急がせようとする?
「もしかして、娘の行き遅れとかの心配は表向きの言葉で、ヘコイルトにはどうしてもヒグレリアと急ぎ縁を結ばねばならない理由があったりします…?」
なんていうか、それくらいしか思いつかないな私の脳みそじゃ。
「…おっしゃる通りでございます。理由は内政のこと故申し上げられませんが」
ふむ。ヘコイルト国王にはヒグレリアとの縁を急がねばならない事情か。なんとまあ厄介そうな。
正直なんでこんな話を私にされるのかさっぱりわからない。
「あれだけの情報でそこまで推察なされるとは、さすが紅部隊の隊員でいらっしゃいますね」
いや、まだ見習い!ここ大事!それとそんだけヘコイルトがあからさまな態度だと誰でも分かるでしょ。
そんなお世辞に揺らぎませんからね!
「…なぜ、このようなお話を私に?」
「それらを踏まえた上で、シャロン殿に当たっていただきたい任務がございまして。カルレーナ王女とリヴァイ王子のことについてなのですが」
…うん?任務…?
「ヘコイルト国第一王女、カルレーナ様の専属護衛騎士になっていただきたいのです」
見た目年齢より実年齢のほうが上だったリヴァイ王子さま。早く大人になりたいそうです。
主人公は物覚えはいいほうです。都合の悪い予感のすることは思い出せないだけで。笑。




