14 紅会議 /ショドウェイ視点
「はいはい!今行きますよ!」
そう言って碧騎士隊のほうへ駆けて行く少年。去り際に俺の皿へボドガをぶちまけていったのは可愛らしい仕返しだと思わず口が弧を描いてしまう。…ほんと、子供っすねえ。
しかしこの茶色いフルーツは特殊な調理法を用いなければ食べられないはず、彼は一体どこでこれを…ああ、クァルレイ料理長っすか。
厨房から聞こえてくる「打ち首にならねえようにな!」という軽口は彼らの親密さをうかがわせる。羨ましい限りっす。彼は短時間で誰とでも仲良くなれる特殊機能が備わっているようっすねえ。それが仇とならなければいいんすけど。
じっとシャロンの後ろ姿を見つめていたのをなにか勘違いしたナイトレンがこちらに話しかけてくる。この人のこの『綺麗な物を全て愛す(性別問わず)』という博愛精神は一生理解できそうもないのであまり関わりたくないというのが本音なのだが、どうにもシャロンと一緒にいると厄介ごとは付き物らしい。
まあ、そんな隣を居心地がいいと思ってしまう俺もどうかしているんすけど。
「…ちょっとショドウェイ、聞いてる?まさか今さら心配なんてしちゃってるの?」
「もちろん全部聞こえてるっすよ。えっとなんでしたっけ、隣国の情勢が思わしくなくてそれの被害を我が国、つまりヒグレリア国が被ることになりそうだって話っすよね?」
後半の疑問には完全無視を決めこむ。
片眉を上げて確認を取ると「聞いてるなら返事くらいしなさいよ」と不満げな声が返って来る。事務作業のように淡々と「すみませんっす」と答えを返す。
…煩わしいっすねえ。思わず溢れ出る内心の嫌味。普通の部隊のような会議を食堂で起こすなど、どれだけ混乱しているのかが丸分かりだ。隣国のことなど腐るほど防衛線を張るチャンスがあったはず。そのようなことは大臣が頭引っ付けあって考えればいい。わざわざ紅がする意味は皆無だ。
しかし内心どれだけ嫌味を吐こうとも決して顔には出さない。対人関係の基本っすからね。
「そんな貼り付けたような不気味な笑みを見せないでくれるかしら?シャロンくんとだと喜怒哀楽はっきりしてるくせに、いなくなると一気にそれだなんてうっとおしいったらありゃしないわ」
まあ、この博愛主義者には通じないようっすけど。いちいち触れられたくない所を的確に指摘して来るのは俺がこの人を嫌う要因のひとつでもあると思う。
「って言っても俺には同性愛の趣味はないんすよ?常にそちら側に引っ張ろうとするのはやめて欲しいっす」
「ああら。愛の前に性差など塵にも等しいわ。いい?愛は全てなの。万物を生み出す全てよ!人が愛を覚えたのならば、それはもうこの上なく幸福でどうしようもないこと。ならばただただ己の中で愛を育めば良いだけよ!」
ガタンと椅子から立ち上がり熱弁を振るう斜め前の男。
「すみませんっす。俺にはまだ理解し得る脳が出来てないみたいなんで、さっさと先ほどの説明の続きを始めて貰えませんっすかね?」
なるべくオブラートにくるんで斜め前の博愛主義者を黙らす。
ぶー、と唇を突き出して不満を表していたが気持ち悪いだけなので即刻やめて貰いたい。
「おい、てめえら話進める気がねえなら俺は戻んぞ」
今まで黙りこくっていた赤いたて髪の男が急に口を開く。そちらに目を向けると本当に立ち上がって食堂を出ようとしていた。それを見たレンが慌てて引き止め説得していたが、それも必要ないだろうと思い立つ。
「座らなくて大丈夫っすよ二人とも。ちょうどいいので場所を移しましょうっす」
ここだといろいろ、聞きたがる人間がいるっすから。ちらりと調理場のほうに視線を移すと、言いたいことが伝わったのか二人ともお盆を持って同意を示した。
「ご馳走様でした、美味かったっすよ料理長」
カウンター越しにいつもは言わない台詞を大声で口にすると、料理長から「後でここに来いよショドウェイ」と低い声が聞こえてきた。後ろの方で「男の嫌味は見苦しいわよ」という言葉が投げられたが聞こえたつもりはない。
食堂を出て中庭を突っ切り、無駄に広い廊下の角をいくつも曲がると見えてくるのがアリデライ部隊長の私室。といっても王宮内にたくさんある内のひとつにすぎないので、今となっては紅部隊の会議室のような役割と化している。もちろん上層部はそれについて何も口出しなどしてこない。否、できない、のかもしれない。
がちゃりと扉を開き、結界に自身が認証される感覚が終わると静かに部屋に入る。この結界には外部からのあらゆる干渉を異空間に飛ばす能力がある。なぜ消さずに飛ばすだけなのかと以前部隊長に質問した時「やだなあ、ショドウェイ。証拠って、大切なものなんでしょう?」と返ってきたものだから、あの人の底しれなさが更に深まった。しかもあの話ぶりから察するにこの結界を張ったのはアリデライ部隊長本人だ。あの人が魔術を使うとこなんて見たことがなかったからかなり驚愕した。あんな人外が魔術なんか使って戦闘したらこの世界に敵うものなんて未来永劫存在しないじゃないか、と慄きもした。
足を踏み入れ顔を上げると殺風景な室内が映る。長い四角形の頑丈な机と、五つの大きな背もたれ付きの椅子以外置いてあるものは僅かだ。
ぎしりと鳴る椅子に腰掛けながら、全員が席についたことを確認するとレンがおもむろに口を開いた。
「まず、長年我が国…ヒグレリア国と友好関係を続けていた隣国のヘコイルト国が、東の方にあるサイ国との関係が悪化している件ね」
隣国のヘコイルト国…ああ。
「ヘコイルトっていえば、今日の午前中のデスマッチを王子様と一緒に覗きに来てたお姫様の国っすね?」
馬鹿みたいにネックレスをぶら下げてた記憶しかないが。
「あ?この国に来ていやがんのか、あの小娘。」
ノデルはテーブルの上に乗せていた両足を不快そうに鳴らす。
「何それ、私も初耳よ?」
レンも足を組み直しながら眉間にシワを刻む。
「いやあ…一応アリデライ部隊長にはシャロンが報告してたみたいっすけど、そういえば君達に言うの忘れてたっす。デスマッチに夢中で気付かなかったみたいっすね。我が国の第四王子のリヴァイ様と、ヘコイルト国の第一王女 カルレーナ様が本日午前中に訓練所にて秘密のデートをしに来てたんすよ。外務大臣が今朝騒々しく捜索してたの、見ませんでした?」
外に出てた騎士隊員なら全員に通達が来たはずだ。
「寝てたな」
「夢の中ね」
…そうっすよね。
そもそも部隊長が新入り歓迎会なんて気まぐれを起こさなければ普通の紅部隊員は寝ている時間帯だ。早朝の勤務なんてやりたがるような物好きはこの部隊にはいない。仕事を選べることは、紅部隊の特権のひとつである。
「来てたんすよ。外務大臣が第四王子の捜索の通達に。その時『朝食後より行方不明』って言ってたっすから、多分お姫様は昨夜はこの国にお泊まりになったんじゃないっすかねえ」
「ちょっと待って。外務大臣は堂々とカルレーナ姫の捜索を?」
訝しむように届く声。
「まさか。さすがにそんな馬鹿だと切り捨てるっすよ。大臣が探していたのは表向き、王子様だけっす」
「目下捜索中の王子と居てはならない姫君を同時に見つけたって訳か」
「そうっす。そこから推測をするに、ヘコイルト国は我が国ヒグレリアとより強固な関係を結ぼうと…」
「お姫様を送って来たってわけ?」
「…第四王子との婚姻か」
ああ、理解が早くて助かるっすね。
「その通りっす。おそらくヘコイルト国の狙いは、東の国のサイ国への牽制でしょう。ヘコイルト国とサイ国の関係悪化の原因は、ヘコイルトでしか取れない薬草の交渉破綻からきてると思うっす。」
「薬草…サイ国での疫病ね!?」
「治療薬が見つかったのか…!」
「おそらく。それがヘコイルトの薬草だったんすよ。サイ国は喉から手が出るほどそれが欲しくてたまらない、だけどヘコイルトでも薬草の取れる量が限られてる訳っすから輸出出来る数は少なかったはずっす」
「それで交渉が捻れたってか」
「ま、いつその疫病が自国に来るかも分からないってんなら、少しくらい手元に残して置きたいって思うのが当たり前よね」
「その結果、ヘコイルト国とサイ国の関係は最悪に。もともと、仲がよろしくはなかったんすけど今回のことが決定打になったみたいっすね」
はあ、とそれぞれから聞こえてくるため息。
多分みんな思っていることは同じっすね。
そんな折、唐突に室内に響く高い声。
「全く…自国の問題を他国に持ち込むなって話だよねえ」
「っアリデライ部隊長…!」
「び、っくりしたわああ!」
「…ちっ」
三者三様な反応。
いつもこの調子なのに誰一人として慣れる気配がない、部隊長の急な登場。
全く、勘弁してほしいっすね。
ショドウェイ先輩の視点です。
如何でしたでしょうか…!
他視点から書くのは初挑戦だったのでなかなか大変でした。
違和感などございましたらなんとか…できたらいいなあと思っておりますので、感想とかいただけるとありがたいです。
この14話と次の15話は案外重要になる予定です。




