第11話:夏の風物詩、スイカ割り(※スイカじゃなくて魔王の卵でした)
「ふぅー、食った食った! もうお腹いっぱいだ!」
夕闇が迫る実家の縁側で、俺は大きく伸びをしながら満腹のお腹をポンポンと叩いた。目の前の庭には、巨大な鉄板──先日討伐したエンシェント・ブラックドラゴンの鱗をリサイクルしたものが置かれており、その上には先ほどまでグツグツと煮立っていた『特大アクアパッツァ』の残り汁だけが、美味しそうな香りを漂わせている。
世界樹サイズに成長した『スイート・ルビー(トマト)』の酸味と、近所の川で釣ってきた『深淵の海竜』の濃厚な白身が絶妙に絡み合い、我ながら最高の出来栄えだった。
「ひっく……。そ、創造神様……もう、一口も入りません……」
「おのれ、満腹感という名の幸福な拷問……! 我がエルフの長い歴史の中でも、これほどまでに胃袋を限界まで酷使したことはありませんぞ……!」
俺の横では、エルフの女王と近衛騎士団長が、お腹をパンパンに膨らませて縁側に転がっていた。彼らは最初こそ上品に食べていたものの、一口食べるごとに神話級の魔力が体内に溢れ出す『神の飯』の虜となり、最終的には無我夢中で鉄板に直接かじりつく勢いで食べ尽くしてしまったのだ。
ポチ(S級神獣フェンリル)に至っては、あまりの美味しさと魔力過多で白目を剥き、犬小屋に頭を突っ込んだまま幸せそうに気絶している。
「アハハ、みんなよく食べたね。でもさ、ご飯の後はやっぱり甘いものが欲しくならない?」
俺がニヤリと笑ってそう言うと、エルフの女王がビクッと体を震わせた。
「あ、甘いもの……!? ま、まさか、またあの世界樹の果実(軽自動車サイズのトマト)をデザートとして……!?」
「いやいや、トマトはもういいよ。夏といえば、やっぱりアレでしょ!」
俺は立ち上がり、ポンッと手を打った。
実家の庭の片隅、お爺ちゃんが昔よく野菜を作っていた小さな畑のスペース。そこに今年の春先、俺が気まぐれでホームセンターで買ってきたスイカの種をいくつか植えておいたのだ。本来なら収穫はもう少し先のはずだが、この庭は昨日から異常な成長速度(ドラゴンの血肉+俺のステータスの影響)を見せている。もしかしたら、スイカもいい感じに育っているかもしれない。
「よし、ちょっと畑の様子を見てくるよ。みんなはここで休んでて」
俺はサンダルをつっかけて、薄暗くなってきた庭の奥へと向かった。背後でエルフたちが「何が出てくるんだ……」と怯えるようにヒソヒソ話しているのが聞こえたが、ただの家庭菜園に何をそんなにビビる必要があるのだろうか。
「えーっと、スイカの蔓はこの辺りに……おっ! あったあった!」
俺は畑の草をかき分け、その中心に鎮座している『丸い物体』を発見して歓声を上げた。
「すっげえ! まん丸でデカい! しかも、普通の緑のシマシマじゃなくて、真っ黒なやつだ。これ、『でんすけスイカ』って品種かな?」
俺の目の前には、直径一メートルほどもある、漆黒の巨大な球体が転がっていた。表面はツヤツヤとしており、触ってみると大理石のように硬く、ヒンヤリと冷たい。なぜかスイカの表面から、ドクンドクンと心臓の鼓動のような脈動が伝わってくるし、周囲に紫色のモヤのようなもの(瘴気)が漂っている気がするが、まあ、田舎の夜の湿気だろう。
「よし、今年の初物はこいつに決まりだ! みんなー! すっげえ立派なスイカが獲れたぞー!」
俺は漆黒の球体を軽々と抱え上げ(※重さは数十トンあるが、限界突破ステータスにより発泡スチロール並みに感じている)、縁側で休んでいるエルフたちの元へと持っていった。
ドンッ!!
縁側の目の前の地面に、漆黒の球体を置く。
その瞬間──
「「「…………ッッッ!?!?!?」」」
エルフの女王と近衛騎士団長が、悲鳴すら上げられず、カッと目を見開いて硬直した。彼らの透き通るような白い肌が、一瞬にして死人のように蒼白になり、全身から滝のような冷や汗が噴き出している。犬小屋で気絶していたポチすら、ヒンッ!と悲鳴を上げて飛び起き、そのまま裏山の彼方へと猛ダッシュで逃亡してしまった。
「えっ、どうしたの? そんなにスイカ好きだった?」
「そ……そ、そ、創造神様……ッ!」
エルフの女王が、ガチガチと歯を鳴らしながら、震える指で漆黒の球体を指差した。
「そ、それは……スイカなどという、生易しい植物では、ありません……ッ! なぜ、なぜこんな恐ろしいものが、この聖地に……!?」
「え? スイカじゃない? じゃあメロンかな? でも皮が黒いしなぁ」
「ち、違います!! それは……『魔王の卵』です!!!」
近衛騎士団長が、絶望に満ちた叫び声を上げた。
「魔王の卵……?」
俺は首を傾げた。中二病みたいな名前の品種名だな。最近の農協はネーミングセンスが尖っているのだろうか。
「文献に記されし、世界を終焉に導く絶対悪……! 数千年前、神々が総力を挙げてようやく封印したとされる、大魔王の魂の器……! なぜ、それが地上に顕現しているのですか……ッ!」
エルフの女王が涙目で訴えかけてくる。実は、数日前に発生した『ダンジョン・エラプション』の影響で、日本中の地脈が乱れ、そのエネルギーの淀みが、たまたま『世界一魔力が濃密な場所(ユウトの実家の庭)』に吹き溜まってしまったのだ。そして、その強大なエネルギーを苗床にして、異次元に封印されていた『魔王の卵』が偶然にもこの裏庭の畑に再臨してしまったのである。
「その卵から発せられる瘴気は、触れるだけで凡人の精神を破壊し、肉体を腐らせると言われています! ああ……なんという絶望のオーラ……! 卵の状態でこれほどの威圧感、もし孵化でもしようものなら、世界は一瞬で灰燼に帰すでしょう……ッ!」
エルフたちは完全に恐慌状態に陥り、互いに身を寄せ合ってブルブルと震えている。
「へぇー、そんなにすごいスイカなんだ。よし、じゃあみんなで食べよう!」
「話を聞いていましたか創造神様ァァァァァッ!?」
俺はエルフたちのツッコミを華麗にスルーし、物置の方へと向かった。いくら魔王の卵(という名の高級スイカ)とはいえ、そのままかじりつくわけにはいかない。夏の風物詩といえば、あれしかないだろう。
「おーい、準備できたぞー。じゃじゃん! 『スイカ割り』だ!」
俺が物置から持ってきたのは、一本の古い木の棒だった。お爺ちゃんが漬物石を転がすのに使っていた、ただの太い木の枝である。そして、首に巻いていた手ぬぐいを目の位置でギュッと結び、完全な目隠し状態になった。
「よし! 俺は何も見えないから、女王さん、スイカのある場所まで俺を誘導してくれ!」
「す、スイカ割り……!? あの世界を滅ぼす魔王の卵を、木の棒で叩き割るおつもりですか!?」
「そうそう。スイカ割りって、割れた時の達成感がスパイスになって、より美味しく感じるんだよね。さあ、遠慮せずに指示出して!」
俺が手ぬぐい越しにニコニコと笑いかけると、エルフの女王と近衛騎士団長は、互いに絶望的な顔を見合わせた。しかし、彼らにとって俺は『絶対的な力を持つ創造神』である。その命令に逆らうことはできない。それに、万が一このまま卵が孵化してしまえば、彼らも世界も終わりだ。創造神の狂気に賭けるしかない。
「わ、わかりました……ッ。そ、創造神様、そのまま、まっすぐ……三歩、前へ……」
女王の震える声が響く。
「三歩前だな。いーち、にーい、さーん。よし、ここか?」
「は、はい……! そして、少し右へ……」
「右だな。おっとっと」
目隠しをしたまま、俺は指示通りにじりじりと進んでいく。
***
その頃──
漆黒の球体『魔王の卵』の内部では、数千年の時を経て、恐るべき悪の意識が覚醒しようとしていた。
『……ドクン……ドクン……』
『フハハハ……。長き、長き封印の時を経て……ついに、我の力が満ちたぞ……!』
卵の中で、魔王は歓喜に打ち震えていた。かつて世界を火の海にし、神々すらも恐怖させた最強の大魔王。その強大な魔力は、数千年の封印の間にも全く衰えることなく、むしろ蓄積されてより凶悪なものへと進化していた。
『感じる……外には、我の復活を恐れおののく、矮小なエルフどもの気配がする……。フハハ、怯えよ! 絶望せよ! 我が産声を上げたその瞬間、貴様らの命は塵となり、この星は我の新たなる遊技場となるのだ!』
魔王の卵の表面に、バチバチと赤黒い稲妻が走り始める。瘴気の濃度が跳ね上がり、周囲の空間がガラスのようにミシミシと軋み音を立てた。卵の表面にピキッ、ピキピキッ……と、無数のヒビが入り始める。
『さあ、世界よ! 我の復活に平伏──』
魔王が卵の殻を破り、まさにその凶悪な腕を外の世界へと突き出そうとした、その瞬間である……
***
「よし、そこです! 創造神様、そのまま、足元の卵に向かって……全力で棒を振り下ろしてください!!」
エルフの女王が、魔王の孵化を察知し、悲鳴のような声で叫んだ。
「オッケー! ここだな! 夏の風物詩、いただきまぁぁぁぁっす!!」
俺は木の棒を両手でしっかりと握りしめ、頭上高く振りかぶった。そして、元ブラック企業で培った『絶対に納期に間に合わせる火事場の馬鹿力(※限界突破ステータス)』を全開にし、渾身の力を込めて、真っ暗な視界に向かって木の棒を振り下ろした。
ゴォォォォォォォォォォォッ!!!!!
俺が棒を振り下ろした瞬間、ただの木の枝から、空間を真っ二つに切り裂くような凄まじい物理的衝撃波が発生した。そのオーラは、木の棒を『神々の武器すらも凌駕する絶対破壊の神宝』へと強制進化させていた。
***
『な、なんだこの恐るべきプレッシャーは!?』
孵化しかけていた魔王は、頭上から迫り来る『ただの木の棒』を見て、その目に信じられないほどの恐怖を浮かべた。神々の全力の一撃すらノーダメージで弾き返す、魔王の絶対防壁。それが、あの粗末な木の棒から放たれる圧倒的な『暴力』の前に、紙クズのようにペリペリと剥がれていくではないか。
『ば、馬鹿な! 我が、こんな、目隠しをした人間の遊び(スイカ割り)のような一撃で……!! ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』
***
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
実家の庭の中心で、小型の戦術核が爆発したかのような凄まじい轟音が響き渡った。
俺の振り下ろした木の棒は、魔王の卵のど真ん中にクリーンヒット。卵の表面を覆っていた絶対防壁も、中から這い出ようとしていた魔王の肉体も、そしてその絶望のオーラすらも、すべてをまとめて『真っ二つ』に粉砕した。
ズバァァァァァァァァァァン!!
衝撃波は魔王の卵をカチ割った後も止まることなく、実家の裏庭の地面を深くえぐり、さらにその奥にある裏山までを、まるでモーゼの海割りのように真っ二つに引き裂いて彼方へと消えていった。
「……おっ。なんかすごい手応えがあったぞ。綺麗に割れたかな?」
俺は手ぬぐいをシュッと外し、足元に視線を落とした。そこには、綺麗に真っ二つに割れた『真っ黒なスイカ(魔王の卵)』が転がっていた。断面からは、毒々しい瘴気など一切なく、代わりに宝石のようにキラキラと輝く、ルビー色の極上の果肉が顔を覗かせている。
魔王の邪悪な魔力や怨念は、俺の限界突破オーラを帯びた一撃によって完全に浄化(物理的破壊)され、極限まで濃縮された純粋な魔力エネルギーの結晶体──すなわち『超高級スイカの果肉』へと強制的に事象を書き換えられてしまったのだ。
「おおーっ! すっげえ美味しそう! やっぱり俺の目に狂いはなかったな。これ絶対、糖度二十度超えてるぞ!」
俺は大喜びでしゃがみ込み、割れたスイカ(魔王)の果肉を指ですくって舐めてみた。口いっぱいに広がる上品で濃厚な甘み。そして清涼感のある瑞々しい果汁。間違いなく、俺の人生で食べた中で一番美味しいスイカだった。
「「「………………」」」
エルフの女王と近衛騎士団長は、真っ二つに割れた裏山と、即死して極上スイーツと化した魔王の残骸を交互に見比べ、完全に魂が抜けたように口を開けたまま硬直していた。
世界を滅ぼす大魔王の復活。それが、田舎の兄ちゃんの『スイカ割り』によって、文字通り数秒で阻止(調理)されてしまったのだ。彼らの持つ常識や歴史観が、音を立てて崩壊していく。
「あ、みんなも食べてみて! これ、本当に美味しいから!」
俺が台所から持ってきた包丁でスイカ(魔王)を切り分け、お皿に乗せて差し出すと、エルフたちはビクッとして我に返り、恐る恐るその果肉を口に運んだ。
「……あ、甘い……」
「なんてことだ……。魔王の絶望の魔力が、すべて純粋な生命力へと変換されている……。これを一口食べるだけで、我々の魔力器官が別の次元へと進化していくのがわかる……ッ!」
エルフたちは、先ほどのアクアパッツァの時以上にボロボロと涙を流し、今度は魔王の果肉を貪るように食べ始めた。
ただでさえ世界樹の果実と深淵の海竜の肉で限界突破していた彼らのステータスは、大魔王の魂の結晶を取り込んだことで、もはや神の領域に片足を突っ込むレベルにまで到達しようとしていた。
(※ちなみに、彼らが国に帰った後、この時の経験を元に『アルフヘイム無双』という伝説を打ち立てることになるのだが、それはまた別の話である)
「いやあ、夏はやっぱりスイカだな。アクアパッツァの後のデザートに最高だよ」
俺は縁側に座り、スイカの果肉にかぶりつきながら、のんびりと夜空を見上げた。澄み切った夏の夜空には、満天の星が輝いている。庭には涼しい風が吹き抜け、鈴虫の鳴き声が心地よく響いていた。
「……ププッ」
俺は、スイカの黒い種を庭の草むらに向かって適当に吹き出した。魔王の膨大な魔力と生命力の核が凝縮されたその種が、後にとんでもないものを生み出すことになろうとは、この時の俺は知る由もなかった。
「ふぁ〜あ。お腹もいっぱいになったし、明日は何をしようかな。新しい野菜でも植えてみるか」
世界を揺るがす大事件を無自覚に解決し続けながら、俺の求める最高に平和でスローな田舎ライフ(?)の夜は、穏やかに更けていくのだった。
次回、第12話「庭に吐き出したスイカの種が、世界を覆う大迷宮に成長!?(※ちょっと草むしりのつもりが、ダンジョンマスターになっちゃった!)」
翌朝、ユウトが庭に出ると、昨晩吐き出したスイカの種が発芽し、実家の敷地を飲み込む超巨大な『ダンジョン』へと変貌していた!「うわっ、雑草がすっげえ伸びてる! 草むしりしなきゃ!」最強の農家が、自身の庭に誕生した最高難易度ダンジョンを、軍手とカマで「草むしり」として無双する!?どうぞお楽しみに!




