第三十八話 小さな一歩
棚部と広岡がギャーギャーとしているやり取りを見ながら、ブレイクは二人から聞いた松道の日記の内容を思い出す。サフィナの人外化についてはまだこれと言った解決策はないが、呪いに対する解決策は一応分かっている。分かっているのに、現状できることがない。
「……呪いに対する解決策は分かっても、相手が誰なのか分からないとどうにも出来ないのが、ちょっと歯痒いですね」
そう言ったブレイクの気持ちはみんな分かっている。そして、大切な家族のためにブレイクが焦っているのも感じられる。
ブレイクの言葉を聞いて棚部も悩む。
「……呪いを掛けた本人を殺せば、その呪いは解けるらしい……って事は松道の件から分かってるからな。問題は誰がって所になってくるんだよな」
棚部に続いて広岡も話し出す。
「拓斗さんとサフィナちゃんに呪いを掛けた人物は別人だけど、拓斗さんに呪いを掛けたカルキナは、サフィナちゃんに呪いを掛けた相手と繋がってた可能性が高い。カルキナ周りの情報をしっかり洗えば、何か出てきそうだけどね」
二人の話を聞いていたノーザイが口を開く。それは、誰もまだ考えたことのない可能性だった。
「俺ちょっと思うんだけどさ、拓斗さんの呪いはお試しだったんじゃないかな~って」
「お試し……ですか?」
「サフィナに呪いを掛ける前に、誰かに試してみてどうなるか観察するみたいな……」
ノーザイの言葉にサフィナは疑問符を浮かべる。ノーザイはそんなサフィナを見ながら、分かりやすく説明した。
それに反応したのは広岡だ。
「あー……なるほどね。その可能性は充分あると思う」
「カルキナを焚き付けた奴が誰なのか分かれば、黒幕も分かるかもしれないんだがな。やっぱカルキナ周りを調べるのが一番早いか……?」
棚部が言った黒幕という単語に、ブレイクは少し怖くなる。
もしノーザイの言った可能性が本当なら、サフィナを人外化させた上に呪いも掛けた相手は、こちらの世界の年数で見るなら何百年も前から、サフィナに関係する計画を立てている事になる。
コーネダリスが言ったように、サフィナを誰かの器にしようとしているのなら、余程失敗したくないのかもしれない。黒幕が何を考えて、何をしようとしているのか、ブレイクは全容を知りたい。
悩むブレイクを余所に、広岡が話を進める。
「もしその仮説が正しいなら、拓斗さんの日記で書かれてた金髪の男。この金髪の男が黒幕だと思うけど……」
「金髪の、男……」
広岡の言葉に続けて百花の口から出た金髪の男という言葉に、ブレイクとサフィナ以外の全員がブレイクに視線を向けた。
「……言っときますけど、俺じゃないですよ。俺は松道さんの事を今日初めて知ったので。それに、俺がサフィナにそんな事するわけないでょう」
「大丈夫、みんな知ってる。ただ、キミも一応金髪の男に該当してたから、見てただけだよ。気を悪くさせたならごめんね」
軽く謝る広岡に「気にしないでください」とブレイクは答える。
ブレイクは本当に気にしていない。今この部屋に金髪の男は自分しかいないのだから、みんながこちらを見ても別におかしくはない。ただ、一応否定はしておかないと……と思っただけだった。
「あ、でもティワトも金髪じゃない?」
ノーザイは豆電球を頭に浮かべ、布で顔を覆っているティワトを思い出す。
ブレイクはティワトから繋げて、あの日突然襲ってきた人外の三人を思い出すが、確かに彼も金髪である。しかし、金髪がどこまでを指しているのかが分からない。ティワトだけじゃなく、ヴァヴェートも金髪と言われれば金髪と呼んでもいいだろう。
それは棚部も思っていたようで、金髪について語りだした。
「それを言うなら、ティワトだけじゃなくヴァヴェート辺りも該当するんだよな……。松道の日記にも書かれてたが、そもそも金髪がどこまでの金髪を指しているかが分からない。金髪と言っても種類が多すぎるから、金髪の男に当てはまる人物も多くなる。個人的にブレイクとサフィナは金髪と言うよりも、ブロンドのイメージだと俺は思ってるが、ブロンドも金髪の部類に入るんだよな……」
棚部の言う通り金髪の種類が多すぎるため、該当する人物も当然多い。黒幕に近付いたようで、全く近付いていない。ブレイクの心境は複雑だ。
金髪に悩むブレイクたちに広岡は、黒幕に近付くかもしれないもう一つの可能性を上げる。
「うーん、今分かる情報だけで考えると、黒幕の可能性が高い金髪の男は、キミら二人の血縁関係者か子孫っていう可能性が一番ありえると思う。たぶん赤の他人よりも、血縁関係者の方がこの世界に喚びやすいとかがあるのかも」
広岡が上げた可能性を聞いてブレイクは悩む。確かにありえそうではあるし、それなりに筋も通っている。松道の場合はオリバーの変わりに来てしまい、棚部の場合はサフィナに巻き込まれる形で来てしまった。広岡の言う通り、先祖や血縁関係者の近くだと喚びやすいとか、そういう何かがあるのかもしれない。
もし本当にそうなのだとしたら、ブレイクかサフィナの子孫がサフィナを喚んだという説がほぼ確実になるだろう。
悶々と頭を巡らすブレイクを見ながら、広岡は軽い声音でブレイクに伝える。
「まぁとりあえず、ひとつの可能性として頭に入れとけばいいと思うよ」
ブレイクや広岡の会話を聞いていたサフィナはふと思い出す。ノーザイに聞きたいことがあったのだと。
ノーザイがなぜ人間に友好的で優しくてくれるのか、ずっと気になっていた。おそらく、それは松道のお陰なのだろうということは、なんとなく分かる。しかし、直接本人に聞くのが一番だろう。
「そういえば……話は変わるんですけど、ノーザイさんは松道さんから人間についてどんな風に聞かされていたんですか?」
サフィナの質問にノーザイはうーんと思い出すような仕草をする。そして周りのみんなを見て目を細め、感情のこもった声でノーザイは口を紡ぐ。
「……拓斗さんがね、もしこの世界に新しく人間が来たら、良くしてやってくれって俺に言ったんだ。もちろん人間を全員助けろとは言わない、バカでアホでゴミでクズでカスみたいな人間もいるだろう。それは放置しとけ、でもそれ以外は助けてやれ。人外から人間を守ってやってくれ。普通の人間ならお前に感謝を示すさ。きっといつかお前のやってきた事に、同じ様に返してくれる相手が現れる。そいつらの事は更に信じてもいいだろうな。人間は意外と情に深い生き物なんだ。どんな時でも優しくしていれば、いつかこちらに徳が回ってくる。お前は人間に感謝される側になれ。間違っても、他の人外みたいに人間を攻撃なんてしないことだ。情に深いって事は、いつかやり返されるかもしれないって事でもある。どんな時でも、手を差し伸べる灯りになれ。眩しさは心も焼けるんだからな……ってね。他にも色々と言ってたよ。人間と人外については沢山聞かされてきたからね」
さすがに全部話すと長くなると思ったのか、ノーザイは笑みを浮かべながら途中で雑に纏めた。
そんなノーザイの話を聞いて、棚部は広岡に挑発的な笑みで話し掛ける。
「だとよ広岡。お前は放置しといていいらしいぞ」
「僕がバカでアホって言いたいのかい?」
「クズでカスの部分に決まってるだろ」
「なんだそっちか……」
バカでアホの部分に該当する事を嫌そうにしていた広岡は、棚部にクズでカスの部分に該当していると言われた事に全く否定しない。おそらく広岡もそう自認しており、否定する物でもないと思っているのだろう。
そんな二人のやり取りを見ていた百花はポツリと口を溢す。そんな百花の言葉に、広岡は心の籠ってない声で乗っかる。
「雅埜さんってそんなにクズでカス……かな? あたしは、あんまりそんな風に感じたことないけど……」
「そうだそうだ~、もっと言ってやりなよ百花ちゃん」
あれやこれと言い合いをしているみんなを見て、ノーザイは思う。彼らや彼女らに合えて良かったと。なんだかんだ、ノーザイは今がとても楽しい。本音を言うなら、ここに松道にも居て欲しかった。でも、松道の昔を知る人物もいるし、生まれも育ちも人外である自分の事を仲間として見てくれる。みんなと居ると、これからも何かと巻き込まれるだろう。それもまたいい。退屈な日々より、波乱万丈な日々の方が記憶に残るだろう。
ノーザイは目の前にいるみんなと、館に残っているみんなを思いながら、優しい表情と声で呟く。
「……拓斗さんが人間について色々と教えてくれたお陰で、こうしてみんなに合えたんだな~って思うと、俺はもっと拓斗さんに感謝しないといけないなって思えてきた」
笑みを浮かべながら言ったノーザイに、広岡や棚部も肯定する。
「……そうだね。ほんっと、拓斗さんに感謝しても仕切れないよ」
「確かに、松道とノーザイの二人にはもっと感謝しないといけない。ありがとうな、ノーザイ。あの時、俺たちに寄り添ってくれて。松道と出会ったお前がいなかったら、俺もサフィナも今こうしてここにいられなかっただろうからな」
棚部とサフィナがこの世界に来た時、もしノーザイがいなければ二人は野宿を強いられていたかもしれないし、そもそもこの世界で一年も生きていけなかったかもしれない。棚部たちが今住んでいる『デルテの館』も、ノーザイ経由で借りている建物だ。ノーザイとノーザイをそういう風に育てた松道のどちらにも、助けられている。
棚部に感謝されたノーザイは、照れ隠しなのか視線を逸らしながら話す。
「なんか改まって言われるとちょっと恥ずかしいな。でも、お礼を言われて悪い気はしないし、俺の大事な人が誰かに感謝されると嬉しい」
「もっと誇っていいぞ」
棚部にそう言われたノーザイは、少し顔を赤らめて笑う。
「えへへ……拓斗さんに俺は人間の役に立てたよって報告しとこ!」
ノーザイは松道の墓で報告するのだろう。
五年前に大した別れもできずに、そのまま亡くなった松道の事を考えると、彼の墓参りに行くのも悪くないだろうと広岡は思う。
「……僕たちも空いた時間に、拓斗さんの墓参りしに行こっか」
「あぁ、そうだな」
広岡と棚部が松道の墓参りに行こうという話が、ブレイクの耳にも入ってくる。そして、ブレイクはとある二人の事を覚えている限りで思い出す。
「墓参り……か」
ブレイクはポツリとそう呟く。横に居たサフィナはそれを聞き逃さず、笑顔でブレイクに行った。
「……お兄ちゃん。私たちもいつか帰ることができたら、お父さんやお母さんの墓参りに行かないとね」
両親の墓参り。確かに両親の墓はある。あるのだが、墓の中には何もない。なぜなら、ブレイクたちの両親の遺体はもうどこにも無いからだ。ブレイクは昔の記憶が曖昧で、両親がどうして亡くなったのかも、なぜ遺体がないのかも分からない。何かがあったのは分かるが、その何かがなんなのか分からない。
サフィナもブレイクと同様で記憶が曖昧だが、墓には何もない事をちゃんと知っている。
しかし、それでも二人は定期的に墓参りに行っていた。そうしないと、両親の記憶がどんどん消えていくからだ。二人は両親の事を忘れたくない。今では両親の顔も声も殆どうろ覚えで、優しくて暖かくて大好きだった事しかしっかりと覚えていない。
だから墓参りに行くことで、自分たちの話をしながら、これ以上両親との記憶を失くさないようにしていた。
ブレイクはサフィナに優しく返事をする。
「あぁ、ここで起きた事や出会いを沢山話そう。そして、俺たちも昔に比べてこんなに成長したって伝えないとな」
この世界に来てから大変なことが沢山起きている。サフィナの件だけじゃなく、この世界では元の世界で起きないような事が、当たり前のように何度も起こる。人外や魔法、魔術や戦闘、どれも元の世界に居れば、出会えず経験もしないような事が常識としてある。
『カコデモニア』の事を話しても、信じてくれる人は少ないだろう。しかし、やはり両親には話しておきたい。だから、必ずサフィナと一緒に元の世界に帰るのだ。
ブレイクはそう強く思いながらサフィナに優しく微笑み、サフィナもあどけない笑みでブレイクを見る。
「うん、二人に話したいこと沢山あるもん。……もしノーザイさんもこっちに来れたら、私たちもノーザイさんに負けないぐらい、家族自慢したいなぁ。あ、でも、お兄ちゃん自慢ならここでもできるよね」
「……そうだな。それなら俺は、妹自慢でもするか」
「ふふ、私たちだけじゃなく、みんなの誰々自慢大会が始まっちゃうかも」
ブレイクとサフィナが二人で楽しそうに話している所に、ノーザイがニヤニヤしながら近付いて話し掛ける。
「なになに? 二人とも楽しそうに話してどうしたん? 俺も混ぜてよ」
サフィナは人差し指を口に当てて、片目だけ閉じてノーザイに一言伝えた。
本当は教えてもいいのだが、なんとなく今はまだ、兄だけとの秘密にしておきたい気持ちがある。だから、ノーザイには悪いがもう少し待って貰う事にした。
「今はまだ秘密です」
内容を教えてくれないサフィナに、ノーザイは「えー」と言いつつも彼の顔は綻んでいた。




