第三十六話 日記
松道の隠し部屋では、サフィナと百花は一緒にアルバムを見ており、ブレイクも端で本棚を漁っている。そしてノーザイは、アルバムか日記かは分からないが、下を向いて何かを真剣に見ている。
そんな中、松道の日記を棚部と広岡が壁を背にして読み始める。
『先に言っておく。ノーザイがいるならこれを読ませるな。どうせこれを読むのは本貴、雅埜、ナイアーぐらいだろ。大穴で荒乃射の三人の可能性もあるか……。とりあえず分かってるな? 読ませるなよ。ノーザイが私に対して少しでも懸念を抱いたら祟るからな。洗脳させるのにどれだけの労力を費やしたと思ってる。ノーザイは私の最高傑作であり、私にとって唯一無二の相手だ。誰もノーザイの一番にはなれんだろうよ』
ここまで読んで、広岡は棚部に向けて小声で話し掛ける。
「ほーら、やっぱりそうじゃん。あの時に言ってたやつ、もしかして拓斗さんか? とは思ったけど当たってたじゃん、ドンピシャじゃん」
広岡が言っているあの時とは、おそらくコーネダリスやナイアーと共に、大樹の幹の中にある魔法陣の所に行った時の話だろう。
確かに、ナイアーがノーザイは洗脳が難しいとか、広岡が既に洗脳されているのかもとか、コーネダリスが育てた人間に影響されててもおかしくないなどと、そんなことを言っていた気がする。その時の広岡は何かを言いたそうにしていた。それが松道の事だったのだろうと推測できる。
「マジであいつ洗脳してたのかよ。相変わらず変なことに労力を使う奴だな……」
「一番かぁ……誰かの一番になるって以外と難しいんだよね。拓斗さんは相当ノーザイを気に入ったんだろうさ。じゃなきゃ、僕たちにした時と同じことしないよ」
そうなのだ。松道は自分や広岡にも、洗脳を試みた事がある。まぁ、ナイアーのせいで失敗に終わった訳だが……。
松道の洗脳というのは、ある種の愛情表現だったりする。大事な相手ほど離れて欲しくないという思いが、松道には強く出ている。洗脳されたノーザイが正にそうだ。既に亡くなっても尚、この家から出る事はしないし、いつまでもノーザイの一番であり続けるのだろう。
あの時ナイアーがいなければ、棚部自身もノーザイの様になっていたのかもしれない。そう思うと、少し恐怖を感じる。
「あー、あの時ばっかりはナイアーに感謝したな……」
「拓斗さん、洗脳大好きだからね」
「あいつが教祖とかにならなくて良かったなと、常々思うよ……」
二人はそんな事を小声で言いながら、日記の頁を捲る。
『いかん、話を戻そう。まず、私の友人オリバー・カーツィア、棚部本貴、広岡雅埜、ナイアー、そして私が巻き込まれた事件。あの時、オリバーの近くにいた私が突然『カコデモニア』に飛ばされた。飛ばされた先で見たのは死にかけのノーザイとカルキナ・カーツィアという女。オリバーの子孫らしい。カルキナ・カーツィアの目的はオリバーを連れてくる事だったらしいが、何故か近くにいた私が来てしまった。カルキナは、金髪の男が言った通りにすれば彼は帰ってくる。この際誰でもいい、お前に呪いを掛けてやる。少しでも可能性があるのなら、お前の魂を入れ換えてやる。そう呟いていた。そして、本来ならオリバーが受けるはずの呪いが私に付与された。魂の入れ換え云々はまだよく分かってない。私は呪いを掛けられたらしいが、特に何も変化はなかった。それと、カルキナは錯乱状態で話が通じなかったから、とりあえず殺られる前に私が殺しといた。』
あの日、松道が消えた日。確かにそこにはオリバーという男も居た。彼とはその時が初めましてだった。本当ならそのオリバーがこの世界に連れてこられる筈だったが、何故か近くにいた松道が巻き込まれた。そしておそらく、松道がこの世界に飛ばされた時期と、棚部たちが飛ばされた時期の年数が合わないのは、召喚する側の問題である事が推測できる。
色々と情報を整理して、広岡は小さな声で呟く。
「ふぅん……。喚ばれた時期が今の未来よりも百年以上前だったから、あっちとこっちで経った年数が違うってことか……。それに子孫と金髪の男……ね」
棚部は広岡の様子を見ながら、次の頁を捲る。
『ノーザイを引き取って思ったことがある。私の洗脳上手すぎないか? 私の洗脳する才能が開花している。あまりにも自然な洗脳すぎて、誰も疑わない。疑ってたとしても、確証がない。サーラには程々にと言われてしまったが、止められはしなかった。……じゃなくて、私って老けてなくないか? ということに疑問を持ったんだ。サーラに聞いて見ると、ここでの呪いと言うのは、掛けた本人が死ねば殆どは同時に消滅する。しかし私に掛けられている呪いは、誰かがカルキナを手伝って作った呪いだから、中途半端というか変な残り方をしているらしい。その呪いがなんなのか調べようと思う。』
棚部と広岡は視線を合わせ、棚部がまた頁を捲る。
『はいはい分かった分かった、分かったぞ。『カコデモニア』に閉じ込めておくための呪いと、人間の成長を止める呪いだコレ。私が本来居るべき世界に戻ると、たぶん私は死ぬか植物状態にでもなるんじゃないか? それと、不老にはなったが、別に不死になったわけではない。名前は知らんが、茶髪の少女がヒントをくれた。そのお陰で分かったよ。つまり、私は帰れない。しかしカルキナを手伝った相手も殺せば、たぶん呪いは解けるだろう。おそらくカルキナが言っていた金髪の男、そいつが犯人なんだろうが、金髪に該当する男が多すぎるな。何をもってして金髪と言うのか? 片っ端から金髪の男を殺しに回るのは、さすがに面倒だし効率も悪い。……話が逸れたな、つまり私はこの世界と共に死を向かえるしかないらしい。』
新たな頁を読んだ二人は、百花と一緒にアルバムを見ているサフィナに、一瞬だけ視線を向ける。そしてすぐ、お互いに視線を合わせる。
「ビンゴじゃん」
「あぁ……ほぼ同じ呪いだな」
松道が掛けられた呪いとサフィナが掛けられた呪いは、殆ど一致している。確実ではないが、呪いを解く解決策がない訳ではない。
二人はまた同じように視線を合わせ、更に頁を捲る。
『ノーザイが一緒に居てくれるのはとても嬉しい事ではあるのだが、できれば私とノーザイの隣、そこに本貴や雅埜、ナイアーやオリバーが居てくれたら、もう文句はないぐらい私は幸せだっただろう。……待て、いい感じに終わらそうとしたが、これを伝えないといけない。この世界は異界にあり、神話生物の手が加えられている。しかし、神話生物とは違う謎の神の存在もあるらしい。偽造の神とかなんとか言ってたな。どの神話生物が関わっているのか、その謎の神はいったい何者なのか……そこまでは分かってない。分からんので、ナイアーも関わってそうとか言っとく。私一人ではさすがに得られる情報が少ないな、当たり前だ。情報の収集や整理、探索や交渉はお前らの十八番だろ。私が出せる情報なんて、既にお前らが全部持っててもおかしくないんだよな。なんたって、私は戦いと洗脳が専門だからな。情報に関してはこれが限度だろう』
一旦捲る手を止めて、広岡は軽く笑いながら呟く。
「ナイアーが関わってそうは分かるなぁ。今のナイアーというより、未来のナイアーって感じはするけどね」
「謎の神か……」
棚部が呟いた謎の神という単語に広岡は反応する。謎の神はもうひとつの名前で呼ばれていた。それについて、広岡は棚部に聞く。
「偽造の神って何。そのままの意味で受け取っていいのかい?」
「俺が知るわけないだろ」
「うーん、造られた偽物の神ねぇ……。まぁいいや、とりあえず次いこう」
そう言って、広岡は頁を捲る。
『最後にもうひとつ。私のこの日記を読んでるという事は、私は死んでいるのだろう? 私が保管してる、お前たちと一緒に撮った大量の写真はやる。やるが、捨てるなよ? 絶対に捨てるなよ? ノーザイとの写真はノーザイが大事に保管してくれるだろうから、お前らも絶対捨てるなよ。命以上に丁寧に扱え。それは私の大事な宝物だ。』
次の頁を捲ると、やはり続きは書かれていなかった。
しかし、一枚の写真が挟まっていた。それは十二年前の十一月三日に、松道が断るみんなを無視して無理やり撮った写真だった。悪人のような笑みを浮かべる松道と、なんだかんだピースはする広岡と七美、真顔で視線を逸らしている棚部と六門、そして全員を無理やり写真に納めさせたナイアーが写っていた。なんとも懐かしい写真だ。棚部は写真を眺めながら、あの日の事を思い出だしていた。
松道拓斗は写真を撮るのが好きだった。この世界に飛ばされる前も、訳あって松道は大量の写真を持ち歩いていた。その写真ごと、この世界に飛ばされたのだろう。でなければ、元の世界で撮った筈の写真がこの世界にあるわけがない。何かと一緒に写真を撮りたがる松道に、棚部や広岡は既に諦めており、それなら寧ろポーズをとって決めてやるという意志で写真を撮っていた。そんなこんなで大量に撮った写真の事を松道は宝物だと言うのだから、少し気恥ずかしさを感じつつも、懐かしさで二人は笑みが溢れる。
「……拓斗さんって本当に変わらないね。それとノーザイくんだけじゃなく、僕たちの事もめちゃくちゃ好きじゃん。いやまぁ知ってたけどさ。知ってたけど……こうして改めて実感させられると、僕たちもちゃんと言葉にしとくべきだったかな」
少し寂しそうな雰囲気を出して言う広岡に、棚部がとある事を伝える。
「……ノーザイが言うには、松道の墓はちゃんと『サレイア』の墓地にあるらしい。そこで伝えればいいだろ」
棚部の言葉に、広岡が意外そうな顔をして返す。
「へー、お墓あるんだ」
「私はさっき行ってきたよ」
突然二人の後ろから、ここには居ないはずのナイアーが話し掛けてきた。棚部は驚くが、広岡は全く驚く素振りもせずにナイアーとの会話を続けた。
「そう、どうだった?」
「普通の墓だった」
棚部は顔を少し引きつらせながら、ナイアーに言い放つ。
「前々から居たみたいな雰囲気でシレッと会話に入ってくるな。いつ来たんだよ」
棚部はナイアーが本当にいつ来たのか分からない。ノーザイに見られないように移動した時は居らず、棚部たちは壁を背にして日記を見ていたというのに、その二人と壁の間に居たのが謎すぎるのだ。
「結構前から居たよ。キミたちの後ろで、私も一緒に拓斗くんの日記全部読んでたぐらいには」
「気配無さすぎだろ」
「わざと消してたから」
ニッコリと胡散臭い笑みで答えたナイアーに、棚部はため息をついた。横にいる広岡は、棚部の肩に手を置いて「そろそろ慣れなよ」と言った。




