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59.戦局

 マリスとネムたちが対峙している傍らで、磔にされたグリムは自分が取るべき行動を思考していた。

 

 盛大に喧嘩を売ってみたものの、セブンは決して弱くは無い。

 むしろ相性関係なく、全ての円卓と対等に渡り合えるのはセブンくらいのものだろう。

 その彼が攻めあぐねている。そしてその相手はさらに凶暴性を増しているのだ。

 

「ねえねえさっきゅん。私と取引しない?」


 声は聞こえていたらしい。唐突に顔横に開かれた手の平サイズのゲートから、さっきゅんが顔を覗かせる。

 

「なにー? 言っとくけどー、さっきゅんこれでもお金持ってるから賄賂は無駄だよー」


「私がeスポのメダリストなのは知ってるよね?」


「もちもち。ライブストリームも見てたからねー。初心者の頃のグリムちゃんをギルドに勧誘したのさっきゅんだしー」


 二十一世紀後期、ダイレクトセンサリーシステムの登場と共に、eスポーツと言うジャンルは正式に平和の祭典の一カテゴリとして世界的に認知された。

 

 非現実的な大迫力映像と、肉体ではなく脳による人類最強を競うと言う謳い文句により、年齢による限界を感じたアスリートや軍隊上がりから小学生に至るまで、老若男女問わず公平なスポーツとして人気を博している。


 そんな中、デジタル世界での特権とも言える匿名性を貫き通している“グリム・アンデルス”と言う選手(プレイヤー)は、ちょっとした生ける伝説のような扱いすら受けていた。

 その熱心なファンであったさっきゅんは、“グリム”と言うプレイヤーネームと、その鮮やかなプレイスキルから正体を見出したのだ。

 

「今度さっきゅんのチャンネルで、個人大会主催するんだってね? そ・こ・にぃ、ゲストとか登場すると盛り上がるんじゃないかな?」


「え、まじですか? 伝説のメダリスト、グリム・アンデルスがゲストで出てくれるの?」


 普段のローテンションも鳴りを潜め、食い気味に言質を取ろうとしてくる彼女に、グリムはにんまりと微笑む。


 アポカリプス内でこそ初期(イニシャル)プレイヤーとして優位性を持つさっきゅんだが、現実世界ではグリムに憧れとも言える想いを持つ彼女には垂涎の条件だった。

 同時にヴァーチャルアイドルとして活動するさっきゅんにとっても、グリムとの関係性を誇示できることは一挙両得の提案でもある。

 

「おっけー契約成立。約束破ったら正体ばらすからねー」


 グリムを標本のように縫い留めていた槍は消え、代わりにワープゲートから飛び出てきたさっきゅんのポーションによって全快する。

 

 凄惨な戦場において、それぞれの思惑によって駆け引きが行われている傍で、どう見ても場違いな取引を行う二人だが、決して異常なのは彼女たちではない。

 

 たかがゲーム。

 それがアポカリプスプレイヤーの総意であり、この場に生き残った者たちこそがむしろ異端だと言えた。

 そんな中、ある意味グリムのみが、その両方に身を置く中立的精神を保っている。

 

「先輩、こっちも算段付きました。くるりちゃんを助けましょう」


 ネムに一言告げるたグリムに、さっきゅんがエンチャントを付与していく。

 斬撃性能アップ。筋力増強。物理、及び魔法ダメージ軽減。

 そして最後にその足に触れる。

 

「足場はさっきゅんが用意するからー、グリムちゃんは自由に動き回っていいよー」


「ありがと! それじゃサポートよろしくね」


 そう言って空中浮かぶマリスへと一歩踏み出すが、その足は大地に引かれる前に、開かれたゲート向こうに存在する床を踏み抜き、空中階段を駆け上がる様にマリスへと突っ込む。

 

 マリスは左腕の無詠唱魔法によって迎撃を試みるが、地上からの正確無比な光矢によるスナイプに妨害される。

 腕を絡めとるように巻き付いた光矢の筋は、釣魚のようにマリスを拘束した。

 

「動きは俺が止める。 グリムはまずその厄介な羽を切り落とせ!」


 セブンのアシストに難なくマリスの下へと上り詰めたグリムの一閃と、マリスの禍々しい右腕が交差する。

 

「さっきゅん! 今!」


 グリムの周囲に展開した複数のゲートから一斉に槍が射出され、マリスの翼を標本のように縫い付ける。

 しかし蜂の巣となったはずの翼は編み物のように解けると、蛇のように槍を伝い、ゲートを抜けてその先のさっきゅんへと触枝を伸ばした。

 

 特異な能力故に戦闘能力に劣るさっきゅんはすでに安全地帯まで避難していたが、自身の能力を逆手に取られた奇襲に、あっけなく拘束されてしまった。

 咄嗟にゲートを閉じたことで絞め殺される事態は避けたものの、それは同時にグリムの足場を奪うことにもなった。

 

「ちょっ……! さっきゅん! この役立たずー!!」


 落下するグリムを間一髪で受けたのは、黒髪を炎のように揺らめかせたネムであった。

 普段のどこかとぼけたような雰囲気は鳴りを潜め、熟練した戦士のような緊迫した雰囲気を纏っていることに、グリムは大した疑問も抱かなかった。


 彼なら、「そう言うこともあるか」と納得してしまったのだ。

 

「結果的に翼を折る事には成功したな。後は『俺』がやる。お前はアシストを頼む」


「せ、先輩……?」


「今回は『仲間』の危機だからな。上手く炎王の感情を煽って同期出来たようだ」


 言っていることの意味は理解しかねたが、いつもと違うネムの鋭い視線と抱き上げられた状態に、グリムはしばし陶酔した。

 

 彼女を降ろしたネムは小太刀『黄泉斬り』を抜くと、青白い炎を纏わせ、それはかつて三尺の野太刀を振るった鬼族(オーガ)を想起させた。

 

 翼を解いたマリスは、蜘蛛が巣を張る様に周囲の建築物に触枝を張り、大地へと降り立つ。


「お兄ちゃン、どうシテ、私を拒むノ……? 私は、こんナに、お兄ちゃンヲ、愛シテルノニ」


 狂気を讃えたその眼には涙すら浮かんでいる。

 愛を切望するその表情は、異様なその姿でなければ誰もが手を差し伸べたくなる悲哀すら纏っていた。

 

「先輩、あれ本当にくるりちゃんなんですか……?」


「違うし、そうとも言える。アバターだけアカウントハックされている状態とでも言えば解りやすいか」


 ラヴレス曰く、その肉体は死体を繋ぎ合わせたモノである。

 その身体の一部にマリスのパーツが混じっており、そこに宿る思念が表面化したとでも考えればよいのか。

 

 現実ではあり得ない話であるが、ここは電子の世界である。

 肉体を構成するデータに生前の履歴(キャッシュ)が残っていても不思議ではない。

 

 だがそのパーツが特定できない以上、今出来ることは彼女の力を削ぎ、再び意識を失わせるしかない。

 目覚めたときに残っているのはマリスか、くるりか。

 

「厄介なのはあの両腕だ。あれを切り落とし、その後は縛りってでも抑えつける」


 そこに光矢を断ち切られたセブンが、弓を大剣に持ち替え合流してきた。

 

「不死種はコアさえ残ってれば死なねえらしいな。けどお前にそれが出来るかよ、あーちゃん?」


「再生させる方法には心当たりがある。死にさえしなければその程度は致し方ない。……気は進まないがな」


「了解。嫌な役目は俺が引き受けてやるさ。グリムはデバフを頼むぜ」


 頷いたグリムはネムへと視線を投げる。

 

「彼女は俺にご執心のようだ。ヘイトコントロールするから後は任せる」


 雰囲気の変わったネムに、一瞬不可解な表情を浮かべるセブンだが、すぐに今の方が都合が良いと気を取り直す。

 

「レイド戦か。出来れば別のゲームで、もっと和気藹々とやりたかったもんだぜ」


 それぞれの役割を確認し、過去に仲間だった者たちは初めての共闘へと足を踏み出した。


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