58.災厄の不死種
僕らがその場に辿り着いたとき、そこは戦場と言うより地獄と表現するべき凄惨な有様だった。
周囲の建物は破壊され、所狭しと血だまりが出来ている。
何より目に焼き付いたのは、くるりから伸びる触枝によって百舌鳥の速贄のように吊るされた数多のプレイヤー達だった。
急所は外れているのか、ほとんどは死に至らず、その場を逃れようともがいている様がさらに異様さを醸し出している。
あれでは自決でもしない限りリスポーンも出来ない。
意図的かどうかは分からないが、くるりは最善の手段をもって百人以上のプレイヤーを処理していた。
その中で唯一、触枝を避けながら本体に攻撃を加えているのがセブンだが、無数の触枝と二本の異様な腕によって、その場を動くことなく全てを無効化されている。
「くるり!」
「……オ兄……チャン?」
誰の事を言っているのか。
一人だけ、僕をそう呼んだ者がいたことを思い出す。
「よう、遅かったなあーちゃん」
致命傷こそないが、決して余裕とは言い難い姿をしたセブンも、僕たちに気付く。
「随分と厄介な奴を連れ込んでくれたな。見ろ、この有様を。ある意味、一年前に俺たちの街を焼き払った時以上の惨劇だ。これでもお前はNPCと仲良くしろって言うのかよ?」
「彼らはくるりを殺そうとしたんだろう。殺されても仕方ない」
「……俺、お前のそういう正論しか言わないとこだけは苦手だわ」
苦虫を嚙み潰したような表情を見るに本心なのだろう。
「どうするのかしらネム? くるりを保護しに来たつもりだけど、あの状態じゃ大人しくいう事を聞くとは思えないけれど」
力づくでも大人しくさせて――――と、言いたいところだが、今くるりを無力化すれば拘束されている百人近いプレイヤーを相手にすることになる。
何より暴走するくるりを殺さずに大人しくさせるかが問題だ。
「ミゼル。君、あの状態のくるりを相手に勝てるかい?」
「…………」
「ミゼル……?」
ミゼルはくるりを睨みつけたまま、微動だにしない。さらには顔に僅かながら冷や汗までかいているようにすら見えた。
恐らく単純な戦闘能力でなら、僕らの中でも群を抜いているはずのミゼルですら恐れるほどの力だというのだろうか。
「今あいつ、「お兄ちゃん」って言ったよな。それにこの匂い、あれはマリスだ」
「……何を言ってる? マリスは死んだ。埋葬した僕が保証する。君だってマリスのゴーストにビンタされていただろう」
「知るかよそんなもん。少なくともオレ様の嗅覚は間違いなくそう言ってる」
かなり歪に変容してしまっているとは言え、その顔は間違いなくくるりの物である。
しかし確かに、僕を「お兄ちゃん」と呼んだのはマリスしかいない。
考えられるのは、僕の身体に炎王の意識が入り込んだように、何らかの理由でくるりの身体にマリスが入り込んでいる――――?
「お兄チャン、……ワタシ、苦シイの。マタお兄ちゃんガ、助ケテくれルノ?」
あくまで無表情のまま、くるりの顔をしたマリスは縋るようにこちらに手を伸ばす。
僕は思わず、その手を取るべく足を踏み出してしまった。
「危ない! ネム君」
死角から迫る触枝を、寸前でレイヴンが切り払ってくれる。
「事情は分からないが、彼女は今、君を殺そうとしている。暴走を止めるためにも、今はくるり君を何とかするのが先だろう」
「貴方モ邪魔スルの? ジャあ、死ンでね」
無数の枝分かれした触枝は一斉にレイヴンへと狙いを定める。
その隙を狙っていたかのように、セブンのショートボウによる速射がマリスを襲い、その左手から展開された魔法障壁のようなものに弾かれて落ちる。
「ドウしテ、邪魔スルの? ヒドイ人ばかリ。ソンな酷イ人タチは、皆ミンナ、死ネばイイのに」
そう呟いた瞬間、触枝に貫かれたプレイヤー達の叫び声が上がる。
「な、なんだこりゃ!? 身体が……石に!」
瞬く間に全身石像と化したプレイヤー達は、触枝から抜け落ち地面に転がる。
「あれは竜種の魔眼ね。歪な四肢に他種族の特徴、あの子の正体が見えてきたわね。あれは多分、死体を繋ぎ合わせて造られた個体種。言ってみれば、フランケンシュタインの怪物ってところかしら」
ヴィクター博士が求めたのは“理想の人間”。
しかし出来上がったのは心優しくも醜い怪物だった。
果たしてくるりを造った者は、一体何を求めて彼女を生み出したのだろうか。
そんなことに思いを馳せる間もなく、くるりの変貌は始まる。
自由になった触枝は、まるで編み物のように複雑に折り重なり、全幅二十メートルはあろうかと言う翼を形成したかと思うと、一直線に空中へと舞い上がる。
呪詛のように文字の刻まれた左腕をかざすと、その先には悪魔でも召喚しそうな魔法陣が生み出された。
「気を付けなさい。無詠唱の魔法が来るわよ!」
腕に刻まれた詠唱であろう文字が光ると同時に、魔法陣からはのたうつ蛇のように無軌道な光が、その場にいる者たちを襲う。
それぞれに対処しているが、生み出された光の蛇は消えることなく、対象を襲い続けている。
そんな中、荒れ狂う光蛇の群れを掻い潜ってマリスへと疾走する影が一人。
「いい加減にしとけよ。このバカ姉貴が」
マリスの浮かぶ上空まで駆けるように飛び上がったミゼルは、全力の蹴りでマリスを地面に叩き落した。
建物を貫くほどの強力な一撃だったはずだが、崩れた瓦礫を雪のように蒸発させながら、マリスは再び姿を見せた。
当然のようにその身体には傷一つ無い。
「ミゼル……どうシテ、アナタまで邪魔スルの?」
いつもの適当な態度は姿を隠し、本気の苛立たしさがミゼルを満たしているのが感じられた。
「マリスは、死ぬほど苦しくても無差別に誰かを殺そうなんて考えたりはしない奴だ。そんな魔人種としては出来損ないなアイツを、オレ様はそれなりに尊敬してた。だからテメーは……ひどく不愉快だ」
吐き捨てるようなセリフに、マリスの目つきも変わった。
ミゼルを認識できているにも拘らず、マリスは彼を敵と判断したらしい。
この世界の基準でも強者に入るであろう双子は、今互いを敵として認識し、対峙している。
「セブン――――いや、モブさん。頼みがある」
「なんだよ。都合のいい時だけその名前で呼びやがって……」
「あの二人を戦わせたくない。もし彼女たち全員を無事に逃がしてくれるなら、僕のその後の生殺与奪の権を君に預けよう」
「協力はしないが、大人しく捕まってくれるって訳か。変わったと思ったが、やっぱあーちゃんはあーちゃんだな」
「返答は?」
「断る理由はねえな。どの道あいつを止めなきゃガーデンは崩壊して、またあの時の繰り返しだ」
恐らく一度火の付いたミゼルに、僕の言葉は通じないだろう。
一見協力的に見えるが、彼は基本的に自身の欲求に忠実に動いている。
あの二人を止めるには、僕やラヴレスの力だけでは不十分だ。
その時、不意にグリムからのチャットが飛んでくる。
(先輩、こっちも算段付きました。くるりちゃんを助けましょう)
周囲の惨状に気を取られて気付かなかったが、倒壊していない建物の屋根の上で、空洞から突き出た槍に縫い留められたグリムを見つけた。
光蛇を狩りつくしたレイヴンとラヴレスも駆け寄ってくる。
「ミゼルの奴、完全に出来上がっちゃってるけれど、どうするのかしらネム?」
「二人を止めてここから脱出する。彼の協力も取り付けた」
セブンを視線で指し示す。
当然その密約については明かす気は無い。
「多少不本意ではあるが僕も協力しよう。くるり君を殺させるのは、僕の信念に反するからね」
そうして密かに組まれた即席の共闘のなど素知らぬように、最強の魔人と災厄の不死種の殺し合いは幕を開けた。




