表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/76

25.【グリム】とギルドマスター

※今回は三人称視点です

 プレイヤーの拠点となる街、ガーデン。その最奥部にそびえ立つ塔の中を、女性は速足で歩いていた。

 赤い髪を肩と同じように揺らしながら急ぐ様ははた目からも怒りに震えているのが分かり、通り過ぎる者は触らぬ神に祟り無しと、誰も彼女と目を合わせようとしない。

 しかしそれが職務とあれば無視するわけにもいくまい。

 彼女の進む先には大きな扉があり、その脇に立つ二人の騎士風の男たちは無断で扉を開けようとする彼女に恐る恐る声をかける。

 

「あ、あのグリムさん……ここより先は円卓の方以外の立ち入りは禁止されていまして――――」


 言い終わる前に口を開いた男の首は女性の振るう短剣によって宙を舞っていた。

 突然の凶行の前にもう一人の男は武器を構えることも忘れて、黙って扉を開けるグリムを見送った。

 有無を言わせぬ行動に制止は無駄だと判断したのだろう。

 

 扉の先には小さな部屋があるだけだったが、この階にはほかに何も無く、にも拘らずここが最上階と言うわけでもない。

 

「グリムお姉さ~ん、ここより上は円卓メンバー専用ですよ~。それとも入隊希望かな~?」


 長椅子に寝転がるようにしてセクシーなポーズをとっていた少女は、視線を動かすことも無く自身のスクリーンショットを撮りながら来客にそう応えた。

 奇妙な光景と殺伐な空気にそぐわぬ呑気な声に毒気を抜かれたグリムは血まみれの短剣をしまい肩を落とす。

 

「さっきゅん……一人で何やってんの……?」


「動画用のサムネ撮影~。う~ん、これはさすがにきわど過ぎてBANくらっちゃうかな~」


 さっきゅんと呼ばれた十代前半と思われる少女はVR空間においてアイドルをやっており、そのアバターをそのままアポカリプスでも流用しているため、彼女を追ってこのゲームを始めたプレイヤーも多い。

 

 とはいえその実力はギルド『インペリアル』最強の円卓の一人に数えられるだけあって折り紙付きだ。

 

「ちょっとギルマスに会いたいんだけど、案内してもらえるかしら?」


「だからメンバー以外はだめですよ~。ん……? ギルマスからチャット来てる~。ん、ん、りょ~(了解~)


 チャットを切ると姿勢を正して立ち上がったさっきゅんは持っていたサイリウムを円形に振ると、その中心から割れるように空間に亀裂が入り、奥には豪華な装飾に満たされた部屋が広がっているのが見えた。

 

 これこそが彼女が円卓に座る理由となった固有スキル空間門(ゲート)である。

 最上階となる円卓の間へ続く階段は無く、各階層には窓も無いため、最上階へは彼女の能力を使うしかなく、これ以上ないセキュリティとして機能している。

 

「許可下りたんで通しますけど~、あんまり派手なことしない方がいいですよ~。あの人怒らせると粘着質ですから~」


「わかってるって。最悪2,3回ぶっ殺すだけだから大丈夫」


 気軽に手を振りながらゲートをくぐり円卓の間へと入るグリムを迎えたのはギルドエンブレムを背にして座る一人の男と、その脇に立つ頭部をフルフェイスメットで覆った性別不明の人物だった。

 

「やあ! グリム君よく来たねぇ。ついにボクの誘いに応じて円卓に入る気になってくれたのかな?」


 軽薄そうな口調で話す男は金髪に装飾過多のいかにも貴族と言ったマントを羽織っており、脇に立つ男は黒い甲冑の頭部部分に身体は執事服と言う珍妙な出で立ちだった。

 

「こんにちはアインス、ところで先日あなたの部下が先輩の工房に押し掛けたと聞いたんだけど、それについて弁解はある?」


「ああ、スカーレット君のことだね。心配しなくても君の大事な先輩は無事に逃げおおせたみたいだよ」


「その後から先輩のフレンド登録が消えてるんだけど、それについては?」


 先輩ことネームレスの存在は死んだと同時にアカウントとは切り離されている。

 現在の彼は一NPCとなっているためプレイヤーとしてのアカウントは消去され、グリムのフレンドリストからも消滅していることになる。


「さあ? 君が単純にフレンド切られただけじゃないのかな?」


 その言葉を聞いた瞬間部屋中に殺気が充満する。

 グリムは自分が『先輩』にとって最も近しい存在であり、唯一の友人だという自負と密かな喜びがあったため、それを侮辱されることは先輩を侮辱されることの次に不愉快なことだった。

 

 殺気を感じ取ったフルフェイスの人物は一歩前に出ると無言で拳を構える。

 対してグリムも二本の短剣に手をかけ、抜刀の構えで応じる。

 

「はいはーい、ロゼもグリム君も抑えて抑えて! これ以上ボクのために争わないで! ……なーんちゃって?」


 金髪の男、アインスのおふざけに二人はとりあえず構えを解く。

 実力的に劣りそうなアインスに二人が従うのは、彼の言葉に毒気を抜かれたのもあるが、この場を真に支配しているのがこのアインスというインペリアルナンバーワンの男であることを内心で理解していたからだ。

 

「私がギルドに入る代わりに先輩には干渉しないって約束だったはずよね、アインス?」


「心外だなー。ボクはスカーレット君が兵隊を貸してくれって言うから何人か付けただけで、それ以外のことまでは責任持てないよ」


「ならそのスカーレットとか言うのに話を付けて来るわ。今どこにいるの?」


「彼ならもう三日ほどログインしてないよ。四六時中ログインを欠かさない子だったんだけどねぇ。さーてグリム君の先輩は一体どんな手段を使ったのか興味深いねぇ」


 そのセリフはまるでスカーレットがログインしない原因がネームレスにあると確信しているような口ぶりだった。

 それは事実ではあるが、この時点でアインスがその答えに至る手掛かりは彼と最後に会ったのがネームレスであるという一点のみである。

 当然グリムはアインスの言葉に疑問を抱く。

 

「先輩が原因だとでも言いたげね。確かにプレイヤーに対して容赦はないけど、現実世界にまで干渉できるわけないでしょ」


 言葉では否定しながらもグリムは「彼ならひょっとしてそう言う事も出来るのでは?」という一抹の疑念を拭えずにいることも確かだった。

 その思いを後押しするかのようにアインスはさらに核心を突いてくる。


「さてそれはどうかなぁ? 肉体に干渉できなくても精神がそこにあれば殺すのはそう難しい事じゃない。ボクならそうするね。 例えば恐怖さ。ちょっとトラウマを植え付けるだけで人は簡単に殺せるんだよ。……ね? 物部童話(もののべぐりむ)君?」


 それはグリムの現実世界の名前であり、コンプレックスの一つでもあった。その言葉にグリムは再び苛立ちを隠せなくなる。

 とあるトラウマを持ってこの世界へと逃避してきた彼女には、まるで「君なら理解できるだろう?」と言われたような気分で不愉快さを感じていた。

 現実世界の素性がバレている以上、そのトラウマの内情も承知の上での挑発なのだろう。

 

「なるほど……大した強さでもないあなたがギルドマスターなんてやってるのはそういう理由なのね」


 ゲームに限らずネットの世界において個人情報を知られるのは最悪のディスアドバンテージとなる。

 それも一方的にとなればオンライン上の諍いではほとんど無条件降伏せざるを得ないほどの強力なものだ。

 それをここで晒すという事は自分の優位を示し、相手に対し暗に服従を示唆することにもなりえる。


「酷い言い方だなぁ。別に脅したことなんか無いし、それなりに良い上司やってるつもりだよ?」


 しかしアインスはそのような思惑など感じさせない笑顔である。

 故にグリムは彼の真意が測り切れず、それ自体が無言の圧力となって迂闊に手を出せないでいた。


「それで……私を脅して何をさせようって言うつもりなのかしら?」


「簡単なことさ。前々から誘っている通り、君には円卓のメンバーに入って欲しい。丁度穴埋めに使ってたスカーレット君もいなくなったことだしね。君は強さだけじゃなく頭もいい。是非その手腕をボクの治世のために使って欲しいな」


「あなたの奴隷になれと? リアルバレして社会的に死ぬほうがマシな選択だわね」


「ハハハ! まあそう言わずに。もし仲間になってくれたらボクにできうる限りでグリム君の願いを叶えてあげるよ。もちろんこのアポカリプス内に限らず、現実世界の童話(グリム)君の方でもOKだよ? おっと、これはヒントを出しすぎたかな?」


 わざとなのだろうがグリムもその一言でアインスの素性についての手掛かりを得たことに気付いた。

 つまりこの男はただのゲーム廃人ではなく、他人のアカウントから個人情報を割り出し、その相手に対し一定以上の干渉を行えるほどの権力を持つ人物である可能性が高いという事に。

 しかもその権力というものが、彼の脅しがただの晒し行為やネット中傷で終わらないもっと直接的な攻撃も可能なことを示唆しており、脅迫としての効果はより高まったことになる。

 

 ただグリムにとって幸運と言えるのか、彼女には生憎と現実世界で失うものなど無いと考えている。

 彼女にとってはこのゲーム世界がほぼすべてと考えており、実際プレイヤーの中にはそういう人生において上手くいかない者たちの逃げ場となっていることも事実だった。

 そう考えればアインスの脅迫はグリムにとって大した効果は無いはずだが、彼女は敢えてこの誘いに乗ってみようと考えている。

 

「ならひとつ頼みがあるわ。それはNPCの代表と停戦交渉の席を設けること」


「停戦交渉? それはまた随分と予想外の要求がでてきたもんだねぇ」


「私じゃなくて先輩に頼まれたことよ。プレイヤーとNPCが共存出来る世界を創りたいってね」


「先輩……レベルワンについてはボクももちろん知っている。何しろ最古参のプレイヤーにして最高の錬金術師。現在の錬金術スキルのほとんどが彼の開発したものを基礎に作られているほどだからね。それに彼が重度のAI人権論者で、NPCを守るためにインペリアルが禁止しているPKを繰り返していることもね」


 それにも関わらずネームレスがこれまでインペリアルから放置されてきた理由にはグリムの存在があった。

 彼女をインペリアルに引き入れる見返りにネームレスのPKや違法行為を見逃してきたというのが実情だ。

 しかしアインスの予想以上にグリムが優秀であったこともあり、インペリアルのトップ十二である円卓への加入をこれまでもしつこく繰り返していたのだ。

 

「うんうん、なるほど。その交渉の席にはレベルワンも同席するのかい?」


「当然そうなるでしょうね。なにせNPCの言葉を理解できるのは先輩だけなんだから」


「…………へえ、彼にはそんな特技まであるのか。そいつはますますもって興味深いね。うん、いいとも! その条件飲もうじゃないか」


 グリムは気付いていないが、この時すでにアインスの興味はグリムよりネームレスの方へと傾いていた。

 彼のこのゲーム世界での目的にとって、ネームレスと言う存在が価値あるものか、それとも害となるか、それを見極めようと考えていた。

 だがそれをグリムに気付かせるわけにはいかない。

 彼女はこと『先輩』に関しては何よりも優先させるという調査報告を得ており、下手に彼に手を出せばグリムの造反に繋がりかねない。

 彼女を潰すことは容易いが、完璧主義者であるアインスにとっては部下の造反などあってはならないことだからだ。

 そのためあくまで表面上はグリムの勧誘が目的であると印象付けた。

 

「これで君は晴れて円卓の一員だ! そうだな……他のメンバーのメンツも立ててやらないといけないし、とりあえずは第八席辺りから始めてもらおうかな」


「あら、随分と好待遇なのね。やっかみでいじめられたりしないかしら?」


「その時はボクに相談するといいさ。なあに、君の名前の物語と同じようにきっちりハッピーエンドにしてあげるとも」


「ならさしずめ私はラプンツェルかしら? でも気を付ける事ね。本当のグリム童話って案外恐ろしいものなのよ」


 そう言い残して開きっぱなしだったゲートから退室して行くグリムを見送り、アインスはそれまで一言もしゃべっていなかったフルフェイスの人物へと話しかける。

 

「ロゼ、レベルワンの素性調査をしておいてくれ。住所年齢性別はもちろん、人間関係や思想に至るまでなるべく詳細に頼むよ」


「……それならすでに行っております」


 初めて声を発するフルフェイスのロゼと呼ばれた執事服の声は中性的で、やはりその人物像は見えてこない。

 

「へえ、さすが仕事が早いね。それでどういった人間なんだい?」


「不明です」


「は? なんだって?」


「来栖川の情報網を駆使してもその素性はおろか、アクセスポイントやその痕跡すら発見できませんでした。おそらくただの一般人でないことは確実です」


「へえ、それは本当におもしろいね。ボク以外にもそんな力を持つ奴がこのゲームに紛れ込んでいたとはね」


「ゲーム制作者の可能性もあります。現状、このゲーム自体にも第一級レベルのセキュリティが施されていますので」


「それはどうだろうねぇ。ボクの知る限りレベルワンは行き過ぎたリベラリストにしか見えないんだけど……まあそういうイレギュラーが居たほうがボクとしては楽しくなりそうなんだけどね」


 予想通りにいかない方が面白い。それは自分が絶対的強者だと確信している者の自信からくる言葉であった。

 

「無法地帯だったこの世界に文明を与えてやって半年……、簡単すぎてそろそろ飽きてきたところだけど、これでまた楽しみが一つ増えそうだ。さあ期待を裏切らないでくれよレベルワン! 精いっぱいボクを楽しませてくれ!」


 邪悪な顔で無邪気そうに笑うアインスの横で、ロゼはただ静かに主の声を聞いているだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ