23.プレイヤーの殺し方
※若干のグロテスクな表現があります。
「次は左腕だ。とりあえず手足を動かなくする」
「きっ、貴様らあ! なにをやってる! 早く俺を助けろ!」
周囲に助けを求めるスカーレットだが、あいにくスミスとの能力差は圧倒的のようで、複数人を相手にしながらも戦列を離れてこちらに向かおうとする奴がいれば即座に背後から脳天を撃ち抜いていた。
「そうだ、また人形を潜ませているかもしれないし、その舌も切り落としておこう」
工房の敷地内では魔法は使えないようにしてあるが、万一境界外からの狙撃でもあればたまったものではない。
「ま、待て! そ、その前にこれを見ろ!」
スカーレットが叫ぶと森の奥から行動隠蔽を解いた密偵風の男が、小さな鳥籠のような物を持って歩いてきた。
籠の中には小型のモンスターが詰め込まれており、弱っているのか暴れるそぶりも無くぐったりしている。
密偵風の男は黙ったままダガーを取り出し、そのモンスターにあてがう。
「……なんだいそれは? まさか人質にでもしているつもりなのか?」
確かに僕はNPC同様モンスターも殺したことはないが、それは単に殺す必要が無かったからである。
モンスターはNPCほど高性能なAIは搭載していない上、死んでもリポップすることは推測できている。
現に千代田区内のモンスターはレベリングのために毎日大量に殺されているが、特に数が減少したという話は聞いたことが無い。
もっとも中にはリポップしない特別な種もいるのかもしれないが。
「あーちゃん! ネム様、その子はあーちゃんです!」
更紗がそう叫ぶが、あーちゃん……僕の事ではないだろう。
そう言えば以前怪我をしているところを助けたモンスターが僕の家に住み着き、更紗がそいつにあーちゃんと名付けていたのを思い出した。
よくよく籠の中を見てみると、兎型の角を生やした姿は確かに僕が面倒見ていたアルミラージと言うモンスターと同じ種のようだが。
「くはは! こいつは貴様の工房を調べていた時に見つけたモンスターだ! さあレベルワン、お優しい貴様に大事なペットを見殺しに出来るかな!?」
くだらない。
いくら本物に近いとはいえモンスターのAIは人間とは違う。
すすんで殺したくはないが、ここでスカーレットを見逃すリスクを考えれば見捨てる以外の選択肢は無いはずだ。
しかし――――――。
更紗はそれ以上はなにも言わなかったが、その目は辛そうにじっとアルミラージのあーちゃんを見つめている。
「…………仕方ないか」
僕は手にしていたダークを仕舞う。
「ははっ! それでいいんだよ。好き勝手やってくれやがって……あのクソガキの前にお前からじっくりと憂さ晴らしをしてやるよ、レベルワン!」
そう言ってまだ動く方の腕で僕に手を伸ばすが、瞬間、破裂するようにスカーレットの拳から先が吹き飛んだ。
「おっと悪い悪い、仕留めるつもりが手元が狂っちまったぜ」
護衛兵を全滅させたスミスが銃口をこちらに向けて余裕の笑みで歩いてくる。
「ありがとう。悪いけどあっちも頼めるかな?」
「はいよ……!」
劣勢を悟り逃走しようとした密偵をスミスの.357マグナム弾が頭部ごと吹き飛ばした。
地面に落ちて転がった籠の扉が開き、飛び出したアルミラージは生き返ったように俊敏な動きで更紗の下まで走り寄っていく。
どうやら動物のよくやる死んだふりだったらしい。
「……あーちゃん!」
更紗はアルミラージを抱き上げると嬉しそうに表情をほころばせる。
良かった。もうこれ以上更紗には誰かを失う悲しみは知ってほしくない。
だが感動的な場面の後で悪いが、ここからは少々教育に悪い光景をお見せすることになるだろう。
この隙に逃げようとしていたスカーレットの両足をスミスが撃ち抜くと、痛みは無いはずなのにスカーレットは思わず叫び声を上げていた。
人間は実際の痛みが無くとも、視覚情報だけで充分疑似的な痛覚や恐怖を感じることが出来る。
僕がこれからやろうとしていることもそういう類のものだ。
「スミス、君の銃は威力が強すぎる。あっさり殺したら意味が無くなってしまう」
鞄からポーション瓶を取り出して中身をスカーレットの傷口に降りかけていく。
だがその色は治癒効果を示す翠や黄色ではなく黒だ。
「お、おい……、なんだそれは? 何をするつもりだ!」
「そのままじゃ失血死してしまう。君はそう簡単にはリスポーンさせない」
黒いポーションを浴びた傷口は瞬く間に黒ずみ、腐食することによって出血を止めていく。
「面白いだろう? ポーションを作る過程を中断するとこういう出来損ないが出来るんだ。本来は使い道のないゴミだけど、実はとある目的にはとてもマッチする」
再び取り出したダークに黒化ポーションをたっぷり振りかけてスカーレットの瞼にあてがい、眼球を傷つけないように慎重に瞼だけを切り落としていく。
切ったそばから腐食は始まり、出血させることなく肉体を傷つけられるこのアイテムは拷問において最小限のリスクで最大の効果を発揮する。
「ひィッ!」
「お、おいネム……ちょ、ちょっとやりすぎじゃないのか?」
さすがに引いたのかアネモネが声をかけてくる。
「君は異界人を殺したいほど憎んでいるんだろう? だけどこいつらは死なないし痛みすらほとんど感じない。そんな相手を殺すなら……それは精神を壊す以外に方法は無い」
「くぅ……! エマージェンシーコード:ログアウ―――――」
スカーレットが緊急ログアウトのコードを言い終わる直前、その口に腕を突っ込んで舌を切り落とす。
「させるか。ここで君には永久にこの世界から退場してもらう」
そう言って再び拷問を開始する。ダークを使って身体中の肉を少しずつ削いでいく。
手足は動かず、眼を閉じることもできないスカーレットは自分の身体が少しずつ削ぎ落される様を見せつけられ、懇願するように何かを訴えている。
「更紗……君も不快なら見ない方がいい」
「……いいえ。ネム様はとと様を殺した敵へ、更紗の代わりに復讐してくださっているのです。その罪をネム様だけに背負わせるつもりはありません」
静かに冷めた目で拷問を見つめる更紗。
その言葉を聞いたアネモネも覚悟を決めたのか、拳を握りしめながらも目を逸らさずに堪えている。
スミスは何を考えているのか伺い知れないが、やはり目を逸らすことはしない。
手足の肉が無くなり、骨が露出するほどになった自分の身体を見つめて、スカーレットはついに涙を流しながら呻き始めた。
舌が無いので何をしゃべっているのか分からないが、恐らく許しを乞うているのだろう。
例え痛みは無くとも、平和で正常に生きてきた人間の精神では、この状況はそうそう耐えられるものではない。
「言葉が通じないというのは不便なものだろう? 君が今まで殺したNPCも同じように苦しみ、助けを求めて死んでいったのかもね」
さて、十分に心は折ったがまだ少し足りない。
彼が他の円卓に助けを求めて、数百人規模で再襲撃されたら面倒なことになる。
そうならないように二度とこの世界に関わらないようにトラウマを植え付ける必要がある。
鞄から大きめの瓶を取り出し、その中に詰め込んでいた体長5ミリほどの無数の蟻の群れを見せつける。
「これはキラーアントと言って、集団でモンスターを襲って食い殺すほど獰猛な虫だ。こいつを今から君の体内に流し込む」
それを聞いたスカーレットは、唯一動く首を振って必死に否定の意思を示す。
「痛みは無いけど、体内を生きたまま食われる不快感を味わって、二度とこの世界にログインしないよう後悔しろ」
瓶の蓋を開けスカーレットの口に流し込むと、おそらくシステムが精神汚染を感知したのか気絶するように倒れた体は宙に消え、彼はこの世界からログアウトして行った。
「…………ネム、異界人共が撤退を始めたそうだ。お前さんの……いや、俺たちの勝ちだ」
「こちらの死傷者は?」
「重傷者は出たがお前さんとくるりの作ったポーションで無事だ。死者はゼロ。完全勝利だ」
「……そうか、良かった」
あれだけの惨事に手を染めておきながら自然とそんな言葉が出た。
スミスのチャットからは勝利を喜ぶ歓声が漏れ聞こえてくるが、この場に居る四人だけは沈黙のまま、仲間たちの待つ村へと戻ることになった。




