1.リリアナは叶わぬ夢を見る。
あの日から、すべての歯車が狂った。
幼馴染に婚約破棄を言い渡したあの時、あの瞬間から、彼女は地獄に落ちたのだ。父は何者かに殺され、家督を継いだ後も上手くいかず、家は取り潰し。
身を寄せた先でも邪険に扱われ、日々都合のいい捌け口にされた。
そんな日々は、活発であった彼女の心を壊す。
『すべて、私が悪かったのです』
苦しみから逃れるために、リリアナはついに諦めを選択した。
父の言いなりになって婚約破棄をした自分が悪かった。父を殺されたのもきっと、自分のせいなのだろう。家督を継いだ後に、あまりに無力であったことも。
なにもかも、自分の過ちだったのだ、と。
やがて涙も出なくなった。
『ごめんなさい。ごめんなさい……!』
それでも、謝罪の言葉は止まらない。
誰に向けてのものなのか。それは、分からなかった。
あまりに無力だったが故に、不利益を与えてしまった人か。それとも――。
『あぁ。あぁ、ごめんなさい……!』
いいや、そんな時に彼女の頭に浮かぶのはこの名前。
もう顔は思い出せない。だけど、昔からよく笑顔を向けてくれた人。
『ごめんなさい、レオ……!』
婚約者だった、優しい青年。
すべての終わりの始まりであった、あの日の出来事はまだ……。
◆◇◆
「…………ゆ、め?」
リリアナは目を覚ます。そこは、孤児院の一室だった。
まだまだ見慣れない風景であったが、あの男たちと過ごした二年間よりは万倍マシ。もっとも、そんな考えは彼女の中にはなかった。
何故なら、リリアナは諦めの只中にいるから。
この二年間で彼女の心は砕け、かつてあった覇気も、なにもかもがなくなった。
「…………」
おもむろに身を起こしたリリアナ。
窓際に向かい、空を見る。そして不意に、彼の名を口にした。
「レオ……」
夢の中に出てきた彼の名前。
どうして、今さらになってそれを思い出すのだろうか。
いいや、その理由は分かっていた。自分を助けてくれた暗殺者を見た時に、思ったのだ。とても懐かしい、と。
どうしてだろう。
理屈はまったく通らない。
彼とあの暗殺者は、まったくの別人のはずなのに。
「……私は、なんて都合の良いことを。愚かすぎる」
そこまで考えてから、ふと我に返るリリアナ。
仮にレオに会えたとして、今さら彼にどんな顔をすればいいのだろう。
父に指示されるまま難癖をつけて、自分には相応しくないと見下し、プライドも何もかもを傷付けてしまった相手に。合わせる顔などなかった。
少しでも甘い考えをしてしまった自分を、リリアナは蔑む。
なんと、腐りきっているのか。
「ごめん、なさい……」
でもこれだけは、伝えたい。
直接、彼に『ごめんなさい』と、一言だけ。
「…………」
――叶わぬ夢。
大人になったはずの彼女は昔のような少女の気持ちになり、口を噤むのだった。