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第十八話 霊長類最強の男、昇進する








 古城調査のクエストから、約一カ月の月日が流れた。

 アラガミがこの世界に訪れて初めて成し遂げた試練。

 その成果は、良くも悪くも彼らの生活に大きな影響を与えていた。


 莫大な報酬。山の様な報告書の作成。同業者からの注目。ギルドからの尋問。

 目まぐるしく変化する忙しい日々に、さしもの霊長類最強の男も他のクエストを受ける余裕は持てなかった。


 いや、正しくは受ける余裕も必要性もなかったというべきだろう。

 理由はアラガミの昇進である。

 冒険者ランクの七階級特進。それが今回のクエストでアラガミが受けた最大の恩恵だ。


 残怪物(レガシー)の討伐に参加する為の最低条件であるランク8への昇進は、彼にとっての当面の目的であった。

 それが今回のクエストであっさりとクリアしてしまったものだから、今のアラガミは少し手持無沙汰気味である。


 無論、良くも悪くも調査の報告や何やらで忙殺されていた為、暇を感じることこそなかったが、それも一カ月も経てば落ち着いてくる。


 要するにアラガミは時間が出来たのだ。

 異世界に来て初めてのオフ日というやつである。


 金もある。時間もある。おまけに残怪物(レガシー)の出現報告も上がっていない。

 そんなオールフリーな状況で彼が何をしていたかというと




「あら、アラガミじゃない。こんな所で何してんの?」

「湯浴みだ」



 温泉に通い詰めていた。


 その日偶然アラガミを見つけたティー。

 麗らかな日差しの下、いつもよりも心なしか肌が艶々している霊長類最強の男の後ろには『ランテスの湯』と書かれたのぼりが立っていた。




「ここの温泉良いわよね。種類も豊富だし岩盤浴も楽しめるから私もちょくちょく来てるわ」

「うむ」



 そのまま横に並んで歩きだす二人。

 しばらくの間、二人はランテスの街を歩き回りながら温泉談義に花を咲かせた。

 最もアラガミはいつもの調子なので専らティーが口を動かしていたのだが。



「そういえば最近どう?」


 故に近況を尋ねたのも当然ティーからだった。



「どう、とは?」

「深い意味は無いわよ。古城調査のクエスト終わってからそれなりに時間経ったでしょ。だからどうしてるのかなぁと思ってさ」



 アラガミとティー。即席でパーティを組み、そして死線をくぐり抜けた二人は目下活動休止中であった。


 理由は前述した通り事後報告のゴタゴタのせいであったが、それに加えてティー自身が少し遠慮していたという部分もある。



 古城調査のクエストにおいて誰が一番活躍したかと問われれば、それは勿論アラガミである。だから歩合制で最も多く評価され、同時に多くの報奨金を貰ったのも彼であった。

 この事について誰ひとり異論を唱えるものはいなかった。当然である。あの事件は彼が一人で無双し、一人で解決したようなものだ。本来であれば彼一人が報酬を独り占めしても致し方ない程にアラガミの活躍は群を抜いていたのだから。


 しかし現実はそうはならなかった。最低限の依頼料は勿論の事、参加した冒険者はそれぞれ自身の活躍とは到底見合わないような特別手当を支給されたのである。


 これは吸血妃ジュデッカ・レヴァンテインの存在をアラガミ達が秘匿した弊害であった。

 ジュデッカの存在を隠すという事はイコール彼女によってアレックス達が倒されたという事実そのものも隠蔽しなければならない。

 だから結果としてレイスやスカルドラゴン、そしてケルベロスといった大物はアラガミを中心に全員で討伐したと報告せざるを得なくなり、その結果として参加者達は自分達のランクに不相応の享受するハメになったのだ。



 中でも一番恩恵を預かったのはティーである。

 アラガミ程では無いとはいえ彼女のランクから考えれば桁外れな報奨金と二階級特進――――どうみても身に余る栄誉だとティーは感じていた。

 

 確かに彼女がアラガミの次に評価されるのは、クエスト参加者の中でいえば妥当である。

 何せ他の参加者は軒並み死んでいたのだ。その中でいえば色々と口を動かしていたティーは二番目に活躍していたのかもしれない。


 しかしそれはあくまで比較論の話であって、実際はアラガミの活躍を自分達が掠め取ってしまったのだとティーはそんな風に考えていた。



 きっとその後ろめたさや申し訳なさがアラガミとの接触を遠のけていたのだろう。

 疎遠になったわけではない。報告書の作成や何やらと会う機会にも恵まれていた。霊長類最強の男と金髪エルフの関係は相変わらずボケとツッコミの様に軽快で、今もこうして楽しく雑談を交わしている。

 

 けれど。またもう一度冒険しようなどという厚顔無恥な誘いを行える程無遠慮な関係というわけでも無かった。

 それが冒険者としてのプライドなのか、寄生を許さない自分の倫理観なのかはわからない。しかしティーがアラガミとのパーティ活動を躊躇している事は確かだった。



「最近は少し時間の余裕が出来たからな。冒険者ギルドと湯屋、後は不動産を見て回っている」

「あぁ、吸血妃と同棲するんだったわね」

「うむ」



 淡々と頷くアラガミ。ランク8に到達した彼の目下の悩みは住む場所であった。


 現在、アラガミは宿屋で寝泊まりしている。その点について彼は特段思う所は無い。

 元々感性が死滅している男である。きちんと寝る事さえできれば家だろうが宿屋だろうがどうでもよいというスタンスのアラガミにとって、本来であれば住居周りの出来事は非常に優先順位の低いものである。


 しかし今のアラガミは決して身軽な身ではない。吸血妃ジュデッカ・レヴァンテインという規格外の化物を連れている立場なのだ。


 現時点においてジュデッカは、クエストの帰り道に拾った記憶喪失の美女という設定でアラガミと行動を共にしている。


 無論、その件について少なからず冒険者ギルドにツッコまれはしたものの、とうのジュデッカ本人が目尻に涙を浮かべて「自分の事もわからない私を旦那様は救って下さいました。その恩を生涯かけて返したく思います」とほざいたら、監査員達はあっさりと落ちた。美人は何かと得である。



 ともあれ、アラガミに保護されるという形でジュデッカはランテスの街に受け入れられた。

 しかしだからといってその気になれば笑顔で惑星を割れるような女を、人の出入りの激しい宿屋に常駐させる等正気の沙汰ではない。


 故にアラガミは忙しい時間の合間を縫って不動産屋に通っているのだが




「少し問題があってだな」

「問題? 手頃な物件が見つからないって事?」

「いや、そうではない。金銭的な余裕はある」



 言うまでもない事だがアラガミは金持ちである。転生時に与えられた元々の手持ちに加え、古城調査のクエストの莫大な報酬がアラガミの手元にはあるのだ。正直金は掃いて捨てる程あった。



「まぁ、当然よね。でもそれじゃあ何悩んでるの?」

「ふむ」



 ティーの問いに霊長類最強の男は顎に手を当て何やら思案していた。



「丁度これからジュディと不動産屋へ行くところだったのだ。よければティーも着いて来てくれないか」



 アラガミにしては珍しい頼み事とジュディという愛称に引っかかったティーであったが二つ返事で了承した。


 ちょっと面白そうだったからだ。









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