表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/409

★【45】過去からの使者

「お……はよう。え……忒畝トクセ? 体調悪いんじゃない?」

 図星だ。けれど、できればごまかしたい。

「まぁ、少しね」

「少し? ……なわけないわ!」

 馨民カミンが勢いよく動く。両手で持ったお盆をサッとちいさなテーブルに置くと、忒畝トクセの机にある電話に手を伸ばす。

「もしもし? あ、丞樺ショウカちゃん? ごめんね、充忠ミナルいる?」

「困ったなぁ」

 ゆるりと呟いた忒畝トクセの独り言は、馨民カミンの耳には入らない。

「あ、充忠ミナル? すぐ来て、早く!」

「大丈夫だよ? 大袈裟……」

「何言ってるの! 忒畝トクセより大事な仕事なんてあるわけないでしょ!」

 ガチャン! と受話器を置いた馨民カミンは、言葉を途中で止めた忒畝トクセと目が合う。

 妙に噛み合ってしまった言葉。忒畝トクセに苦笑いが浮かぶ。一方、馨民カミン忒畝トクセの言葉が耳に入っていたわけではなく、自らの言動を恥じて苦笑いしている。


 そうしているうちに、充忠ミナルが姿を現し、一言。

忒畝トクセ、お前さ。そんなに顔面蒼白で仕事していいわけねぇだろ」

 充忠ミナルの姿を見て、更に白くなっているのは説明するまでもないだろう。忒畝トクセの横では、馨民カミンが激しく首を縦にしている。

「大丈夫だよ」

「それは、同じ医学博士を持つ者としての見解か?」

 するどい言葉に、忒畝トクセは暫し言葉に迷う。

「わかった。聞き方を変える。もし、こんなに顔面蒼白な患者を見たら、お前は医師として何て言うんだ?」

 白衣から手鏡を出した充忠ミナルは、忒畝トクセに自身の顔色を見せる。それは、お世辞にも血が通っているとは言いにくいほどに白くて。

「『今日は、ゆっくり休みなさい』」

 苦笑いしてでも正論しか言えない。

 忒畝トクセの回答に、充忠ミナルはにっこりと笑う。

「大変よくできました」


 かくして、忒畝トクセは一日休むことになった。だが、ひとつ問題を起こしてしまった。それは、素直に従うしかなく、仕事に手をつけるのをやめてベッドに体を横たえたあとのこと。


忒畝トクセ、腕」

 充忠ミナルだ。続けて馨民カミンに、

「採血の準備」

 とも言う。

 忒畝トクセは慌てて腕を振り払う。充忠ミナルは目を見開いて、忒畝トクセを疑うように見た。

「採血くらい、自分でできる」

「何だよ。採血くらい、俺がしてもいいだろ?」

「断る」

 断固拒否を貫く。充忠ミナルとも、馨民カミンとも──誰とも同じではないと、知られたくない一心で。

「じゃあ、私が……」

「置いておいて」

 忒畝トクセのいつになく強い口調は続く。理由が言えないのだから仕方ないが、充忠ミナル馨民カミンからすれば理不尽この上ない。

「わかった」

 充忠ミナルは立ち上がり、

「そんなに信用されてないとは思わなかったよ」

 と、忒畝トクセに強い口調で返す。扉に歩いていき、途中にいる泣きそうな馨民カミンの肩を叩く。

 信用していないのではないと言える状況ではない。忒畝トクセにとっては、跳ね除けるしかない状況なだけで。

 充忠ミナルは大きなため息をついた。そして、あと一歩で部屋を出るというところで足を止め、背を向けたままこんなことを言う。

「言いたくないなら、今はそれでいい」

 今度は忒畝トクセが目を見開く。その言葉は──。

「お前が昔、俺に言った言葉だからな」

 今度は振り返って言うと、充忠ミナルは『貸しだ』と言いたげに口角を上げる。──つまり、言えるときがきたら話せと言われたも同然。

「だから、何も気にせずにゆっくり休めよ」

「ご飯、ちゃんと食べてね。あ、でも、無理はしないで……」

「どっちなんだよ、お前は」

 廊下と部屋の境界線で始まったそんなやりとりを眺め、忒畝トクセは笑う。すると、ふたりの会話は静かになった。

「ありがとう。ゆっくり休んで、ご飯も食べられる限り食べます」

 返答に満足したのか、

「おう」

「おやすみなさい。またね」

 と、ふたりは部屋を出ていく。

 忒畝トクセは脱力し、親友に心から感謝する。




 夕方には体調も顔色も回復した忒畝トクセは、夕食に向かい食堂でふたりを探し、

「ありがとう」

 と、きちんと礼を言えた。それだけでわだかまりは残らず、平穏な空気が流れる。

 採血の結果は、著しく悪い──とは言えない。一般的な青と表現する範囲を超えて、群青と呼ぶべき色まで一気に加速した。

 竜称カミナの言っていたことは正しい。忒畝トクセの体にとって正常な時は動き出し、決して止まることなく、進んでいくだけなのだから。

 回復といっても、慣れて動けるようになった範囲であって、だからこそ顔色も戻っただけであって。これからも、忒畝トクセ自身が不調に慣れていくしかない。

 採血はしたのか、結果はどうだったのかと詮索も追及もされず、他愛のない日常会話で時は流れる。やがて悠穂ユオも顔を見せ、何もなかったかのような気にさえなる。何もなかった、何もないと言えて日常に戻れたなら──。

 話してくれるときがくるまで待つ。それがどんなにありがたいのかを充忠ミナル馨民カミンも知っている。今度は、忒畝トクセがそれを抱えているだけだ。いつもそばにいてくれるみんなが、どんなときも普通に接してくれるからこそ、忒畝トクセ忒畝トクセでいられる。




 翌朝。話せない事情を抱えたままなら仕事で返そうと、忒畝トクセは研究を一旦停止して仕事に励む。自他ともに研究オタクと認める忒畝トクセが、研究の手を止めるのは珍しい。


 慌ただしく日々は過ぎた。一通りの仕事を終えたころ、体調の悪さにふとあの夜のことを思い出してしまう。──あの夜から竜称カミナの気配を感じることはない。何よりも、悠穂ユオは母を忘れたかのように、日常に戻っている。

 またしばらく四戦獣シセンジュウは影を潜めるのか。そうだとしたら、目的が余計にわからない。忒畝トクセに余命をより意識させ、尚且つ、過去生まで思い出させてきた。竜称カミナの口調からすれば、竜称カミナの生きていたころ──およそ六百年前の同じ時代に、忒畝トクセは過去生である琉菜磬ルナセとして生きていたと考えられる。

 竜称カミナ忒畝トクセの幼少期から接触し続けてきたこともある。つまり、竜称カミナは、何かを伝えようと? ──竜称カミナに会った最初のときにさかのぼり考え始めるが、次第に恐怖心が強まる。植え付けられた恐怖に、思考は何度も中断する。それでも、抗うように──だが、恐怖に包まれた中での抵抗は、体調の悪さに止まることを余儀なくされる。

 仕事に没頭していた昨日までは、あの夜がなかったかのように思えていた。しかし、思い出してしまえば気になることがある。

「子どもには、きちんと会わせてやろう」──妊娠期間は一般的な長さのおよそ半分。

 ──半年後。

 忒畝トクセは暦を眺め、漠然と脳裏に浮かぶ。それまでの間か、そのころには何かが起きると。

 そのときだ。面会があると、馨民カミンが顔を出す。

「心当たりがない人だから、職場に連れてくるのはどうかなと思って。応接室で待ってもらっているんだけど……」

 行くと告げ、忒畝トクセは職場を出る。応接室までの道のりが妙に長く感じ、歩くことにも不調が表れていると思ってしまう。いや、こうして負の感情を募らせてしまうことこそ──と、忒畝トクセは大きく息を吸う。

 応接室に着き、忒畝トクセはノックをして入る。

「お待たせしました」

 会釈をし扉を閉めると、待ち人はスッと立ち上がった。──フワリと薄いレースが舞い、遅れて蘇芳色の長い髪が舞う。振り返ったその人の、揺れる李色の瞳はとても懐かしくて。

黎馨レイカ

 名を呼び、忒畝トクセは自身で驚く。初めて会ったにも関わらず、彼女を、名を知っていて。この記憶は、込み上げてくる感情は、忒畝トクセ自身のものではない。──けれど、忒畝トクセに津波のように押し寄せる。

 孤独から救ってくれる人。ひとりの人間だと、男だと認めてくれる人。癒しを、安らぎを、愛を与えてくれる人。それは紛れもなく──愛し合い結婚した、透き通るような美しさを持つ愛おしい妻。

忒畝トクセ様。お会いするのは初めまして、ですね」

 彼女は伏せ目がちに微笑む。それを見て、忒畝トクセは困惑する。自身の体の反応に。顔は熱くなり、鼓動が高なっている。

 肌を合わせ、その体液に快楽を感じながら、彼女とひとつに繋がりたいと強く望んでいた。彼女を、愛していたから。

黎馨レイカ……ずっと、待っていた」

 感情が一気に押し寄せ、忒畝トクセ黎馨レイカを抱き締めていた。強い感情に抗うことができない。自身の感情ではないと理解していても。

キャラクター紹介

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ