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【26】平穏の終わりへのカウントダウン_2

 朝を迎え、沙稀イサキ忒畝トクセとの約束を果たしていた。城内を案内し、人捜しを手伝う。広い城内を歩き回り、早二時間。それでも、忒畝トクセは手がかりをつかめずにいた。

「今日は早朝からありがとう」

 そう切り出すと、

「僕の思い違いだったかもしれない」

 と付け足す。沙稀イサキは力になれずに申し訳ないと詫びたが、忒畝トクセは充分だと笑顔で答えた。食事を前に、ふたりは別れる。


 朝食後、忒畝トクセは昨日通された部屋に大臣といた。大臣には、沙稀イサキから話がきちんと通っていたようで、忒畝トクセが急いで来た理由の詳細を話さずとも済んだ。

 大臣が『伝説』の『四戦獣シセンジュウ』が復活したという深さを刻むように口にする。

「今からおよそ六百年前に、最大の神を守る女神『女悪神ジョアクシン』は天界に存在していた。天界でも『悪魔』のように強く、恐れられこの名が付いたと言われている女神でしたね。……伝説では、力が世界の調和が乱れ、崩れたときに『女悪神ジョアクシン』が地上に降り、祭られたとなっている。そのときが、まさに鴻嫗トキウ城が今の地位を失ったときだったのですね。その後、魔物が地上を侵そうとし、女悪神ジョアクシンは人類を守り、けれども、『力』を抑えられずに……人々を襲った。やがて、最後に残った四人の『女悪神ジョアクシン』の血を継ぐ者たちは、人々から恐れられ、『四戦獣シセンジュウ』と呼ばれ、ひとりの研究者……克主ナリス君主が彼女らを封印した。楓珠フウジュ大陸での伝説が、まさか世界全体に繋がる過去そのものだったとは」

 過去が『伝説』として姿を変えたのは、いつからだったのだろうか。

 ただ、最高位の城が失脚したこと、人々の女悪神ジョアクシンへの信仰心の移り変わり、果ては、その信仰していた者からの襲撃、そして、『力』を恐れての封印──目を背けたいものばかりだったのだろうと思えば、『伝説』となってしまったことも納得できる。

 しかし、現在としては一般的に『伝説』の域を出ないことを、すぐに受け入れようとするには、やはり時間が必要なのかもしれない。

 揃いすぎている事柄を目の当たりにしても、その事実に戸惑いながら大臣は言葉を発する。

「私どものところに来るかもしれないと、忒畝トクセ君主がご心配くださったのは充分にわかりました。しかし、一番に行かれるのは、四戦獣シセンジュウが封印されたとされる場所が残る楓珠フウジュ大陸の克主ナリス研究所の方では……」

「確かに、そう思われて仕方ありません。ですが、克主ナリスの血を継ぐ者は実在しません。彼は子を授かりませんでしたから」

 封印した者の血族がいないとなれば、伝説の流れを考えると貴族――特に高貴な者が狙われると考えるのが確かに自然なのかもしれない。

 貴族は女悪神ジョアクシンの崇拝を受けて一度失脚したが、何事もなかったかのように、その地位を復活している。女悪神ジョアクシンからすれば、急におだてられ人々を守ったが、失脚してからの末路はひどいものだ。逆恨みされてもおかしくはない。

 だが、やはり大臣には実感が湧かなかった。

 大臣も今でさえ事務職で多忙な日々を過ごしているが、元々は彼も腕の優れた剣士だった。剣を手にし、体中を血で染め続けた日々もあった。

 沙稀イサキをあそこまで育てたのは自分だという自負もある。

 護れずに失ったものもあったが、この城だけはどうしても失えない理由がある。再び剣を手にすることなど、かんたんな理由が。

「ご心配いただき、ありがたく思います。しかし、鴻嫗城ココは大丈夫です」

 大臣の想いが、この言葉を言わせてしまった。

「永いこと平和な日々が続いていることは、いいことではありますが、剣士にとっては致命的になる場合もあります。ですが、沙稀イサキをはじめ、他の者たちもより引き気を締めておきます。世界で一人しか存在しないS級剣士を誇るこの城が、主を、城を護れなくては。……そうでなければ駄目です」

 忒畝トクセは思うところはあったが、口に出すのをやめる。大臣の誇りを汚すことはしたくない。

「わかりました」

 言葉を呑み込み、会釈をする。

 そして、和やかな口調のまま、用が済んだので帰る旨を告げた。




  梛懦乙ナジュト大陸から楓珠フウジュ大陸への船は昼前と夕方だ。急いで向かえば、昼前の便に間に合うかも知れないと忒畝トクセは急ぐことにした。

 悠穂ユオの所在は確認できなかったが、鴻嫗トキウ城に危険がないとわかっただけでも忒畝トクセには、来てよかったと思える。


 来たときと同様に、裏口へと向かう。

 そのとき、手前の長い廊下にひとりの女性がいると目に留まった。彼女に遠い距離で忒畝トクセは足を止める。

 船の出港時間は気にしている。帰路を急ぐ気持ちはあったが、止まらざるを得なかった。──彼女は泣いていた。

 このような場面が、決して苦手な訳ではない。だが、忒畝トクセは正門から出るべきかと、近寄るのを避けようかと迷った。人目に付くのを避け、ひとりで泣いていると察したからだ。

 声を殺して涙を落とす彼女は──ルイだった。

 忒畝トクセが声にならぬ声を呑み込んで背を向けようとしたとき、ルイが顔を上げる。

 ジッと、瞳と瞳が合った。

 視線を逸らせなかった忒畝トクセの視線を感じて、ルイは顔を上げたに違いない。それだけのはずなのに、数秒の間が無情に流れる。

 互いに視線を離せないでいたが、ルイはふと下を向くと、すぐさま裏口へ逃げるように走り去っていく。


 忒畝トクセは急ぐ気持ちと裏腹に、ゆっくりと歩き出す。彼女の微かな残り香に包まれながら、彼女と同じ方向へと。

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