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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
海底の王国と人魚の姫

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82/195

82 僕は君をお妃に迎えようと言っているのだよ

 俺は、エルフのロマリーニと再会し、空室に導かれた。エルフは閉じた扉に植物の蔓を巻いた。複雑な詠唱を行うと、蔓が成長して扉を護るかのように張り付いた。


「ロマリーニは、どうしてこの国にいるんだ? 闘技場に戻ったかと思ったんだが」

「先に私の心配ですか? 簡単ですよ。一度勝手に仕事場を捨てた私に、席は残っていなかったということです。盟約によりエルフ族は奴隷にされませんが、職業まで保証されているわけではありませんのでね。能力を示して、雇われるしかないのです」


「……この国は、俺がいた国とは近いのか?」

「ああ……カロンさんはずっと奴隷だったから、世間のことに詳しくないのでしたね。この国は、同じ大陸ですよ。カロンさんが剣闘士をしていた国はエルフの森と隣接していましたが、この国は陸続きですが反対側に当たります。エルフの本拠地から遠くなったという意味では、私にとっては左遷ですよ。カロンさんのことを知っている人も少ないでしょう。ないしろ、遠いですからね」


 俺にとっては、そのほうがいいのだろう。俺は頷いて話をはじめた。

 ロマリーニと別れた後のことだ。

海賊船に潜り込んで国を脱出した。途中で降りるつもりだったが、海賊の長ホライ・ゾンは魔王の直属の配下であり、七魔将と呼ばれる強力な魔族であるらしい。カロンはホライ・ゾンの血を飲まされ、逆らうことができなくなった。その代わりに魔法の威力が跳ね上がり、戦闘状態の艦隊を全滅させ、半魚人の集落を殲滅した。


 海の魔物に囚われて海底の王国に行き、人魚姫のピノと知り合った。ピノは海の魔物に生贄に捧げられたが、俺は一緒に戦い、海の魔女グリフィルと知り合った。

 グリフィルによって罰を与えられ、ホライ・ゾンの呪いを逃れる術を与えられ、地上に戻された。


「そこをこの国の王子に拾われ、現在に至る……というわけですか」


 最後はロマリーニが締めた。間違ってはいない。俺は首肯した上で付け加えた。


「人魚姫のピノが……俺を追って来て、だと思うが……地上について来た。尾びれと声を失い、すっかり人間の姿となっていた。俺が拾い……連れ帰った。ピノは……俺の呪いを体外に出すのに協力してくれるつもりのようだ。だけど……王子がピノを見染めた。俺のベッドにピノが忍び込んだんだ。そこを王子に見つかり、王子が求婚していた相手を拐かした罪で、俺は投獄された」

「なるほど。では、カロンさんは奪われたピノさんを取り戻すために脱獄したのですか?」

「……それもある」


 ほとんどの理由が、ピノの奪還だ。


「諦めることはできないのですか? カロンさんは、魔王を倒そうとする者たちにとっては、非常に重要な人物です。ですが、ピノさんはそういう人ではないでしょう。大多数の人間にとって、重要なのは平穏な生活です。カロンさんを追ってこの地上に現れたのだとしても、カロンさんのことを忘れて王子と結ばれたほうが、よほど幸せになれるのですから」


 ロマリーニは、魔王を倒せる人間を探すために、世界中に放たれたエルフの一人だ。

 確かに、ロマリーニの言う通りなのかもしれない。


「ホライ・ゾンの呪いは、魔女グリフィルの言葉に従えば、俺の頭から出て下半身に移っている。俺の体から本当に外に出すには、別の生命に注がなければいけないらしい」

「……つまり、女性の体内に……という意味ですか?」

「ああ……ピノが協力してくれようとしたと言っただろう」


「……そういう意味ですか。でも、それもピノさんでなくてもいいのでしょう?  娼館をご案内しますよ」

「俺がホライ・ゾンを倒せなければ、俺が呪いを注いだ相手は死ぬことになる。ピノは、それを承知していた。承知して、俺を信じてくれた……7日……いや、すでに6日後か。ホライ・ゾンが乗る海賊船がこの国を襲う。その間に、俺に命を預けてくれる女を、別に見つけることはできないだろう」

「黙っていれば、わからないでしょう」


 俺はロマリーニの顔を見た。どうやら、本気で言っているようだ。


「衛兵を倒した俺を罵倒した男と同一人物とは思えないな」

「魔将ホライ・ゾンを倒せば問題はないわけですから……衛兵の時とは違いますよ」

「仮に……俺がピノを諦めたと知ったら……ピノはどう思う?」

「そこまでは、私は知りません」


 ロマリーニの言うことも、間違いではない。そのほうが合理的だ。すでに人間になってしまったピノを俺の犠牲にするより、王子と結ばれたほうが幸せになれるのは確かだろう。


「そうだな……だけど、もう一度ピノに会いたい。会って、はっきりとそう言おう。王子と結ばれるのを受け入れるように、俺が言えばいい」

「そうですね。わかりました。協力します」


 エルフは頷いた。


「いいのか? 俺は海の民を惨殺した。ピノにも、もう会わないほうがいいかもしれない。協力するのか?」

「海の民とは、エルフは折り合いが悪いのですよ。それに、ほったらかしにすれば、何をするかわからないのがカロンさんですからね」


 エルフは笑いながら立ち上がった。






 俺は城内を知り尽くした執事を勤めるロマリーニに導かれ、ピノの部屋にたどり着いた。

 まさに、お姫様の部屋だ。豪華で手の込んだ調度は、贅をつくしたものだろう。

 俺には理解できなかったが、絵画でしか見たことがないような部屋だった。

 誰もいない。


 エルフは俺を部屋に導くと、自身は退出した。また仕事を失ってはたまらないということなのだろう。手引きしたのも、ロマリーニだとはわからないはずだ。

 検討した結果、俺は定番としてベッドの下に隠れた。


 しばらく待った。扉が開く。俺の位置からは、絨毯の上10センチ程度しか見えない。「トウシ」の魔法を使えばベッドの構造が見られるかもしれないが、意味はない。

 足が入ってくる。ピノの足ではない。ピノの足は小さく、足取りはおぼつかない。


 女の足であることは間違いない。だが、しっかりとした歩き方はピノではない。

 ロマリーニが、案内する部屋を間違えたのだろうか。

 俺は戸惑ったものの、脱獄した身分である。発見されるわけにはいかない。

 じっとしていると、入ってきた足の持ち主がベッドの前に立ち止まった。


「あの女! あの女! あの女! 私のウィルをたぶらかして……どういうつもりの? こうして、こうして……こうしてやる!」


 柔らかいものをどすどすと叩く音が上から響く。ベッドを殴りつけているのかもしれない。『あの女』がピノであることは間違いない。『ウィル』というのは王子のことだろう。王子にも、当然名前があるはずだ。いままで知らなかったが、ないはずがない。


「えっ?」


 女が突然声をあげ、振り返った。


「えっ? ど、どうして?」


 てっきり、俺が見つかったのかとヒヤヒヤしたが、違った。


「まだ、お食事中じゃないの?」


 足音でも聞こえたのだろうか。

 女は突然叫び、ベッドの下にもぐりこんだ。つまり、俺がいる場所である。


「……先客がいたのね」


 女は俺と鉢合わせし、意外と落ち着いていた。貴族社会ではよくあることなのだ。たぶん。

 扉が開く。入ってきたのは、一人ではなかった。

 女が俺の口に指を立てた。喋るなという意味だろう。俺は、何も言うつもりもなかった。


「ああ……フローレア、どうしてダメなんだい? あんな、得体の知れない執事見習いのことで、まだ怒っているのかい?」


 入ってきた一人は王子だ。声でわかる。もう一人は、ピノだ。小さい足に細い足首、よたよたとした足取りは、人間になって間もないからだと感じさせる。

 ピノは答えない。話すことができない。


「あいつは、逃亡してどこかに行った。君を捨てて逃げたんだ。忘れたまえよ」


 二人の足が止まる。位置が近い。


「キィッ! 抱き合っているの?」


 俺の隣で女が歯ぎしりをした。できれば、この女とは近づかないほうがいいだろう。俺はベッドの下の狭い場所で、ずりずりと後退した。


「フローレア、僕は君をお妃に迎えようと言っているのだよ。何が不満なのだい?」


 何かを打つ音がした。二人の足が離れる。

 重い音がした。俺の近くだ。俺の隣で、女が立ち上がろうとして頭をぶつけたのだ。呻いて伏せていた。俺は、さらに後退した。


「フローレア、待って。誰かいる。おい……君は……」


 王子はベッドの下を覗き込んだ。目が見えたが、俺の方は向かなかった。まっすぐに、ベッドの下の女を見つけた。

 女は這い出て行った。

 俺は動かない。ただ、見つからないようにと祈り続けた。


「フローレア! あなた、私のウィルをたぶらかした上で、何をしたの? ああ、ウィル、頬が赤くなっているわよ。この女にぶたれたのね。可哀想、こんな女のことは忘れなさいよ。ウィルには私がいるじゃない。私では不満なの?」

「チェ、チェルキー……ど、どうして……君とは……3日前に……」


「いいえ。お別れなどしていませんよ。お金は受け取りましたけどね。あれは、私が受け取る当然の生活費です。ウィル、あなたこそ、こんな女のことなんか忘れなさいよ。私なら、あなたをどこの国にも負けない、立派な王にしてあげられるというのに」

「ふ、フローレア、誤解だ。ちょっと、どうしたんだい? そんなに鼻をヒクヒクさせて……ベッドの下に何かいるのかい? チェルキーが潜っていただけだよ」


 ウィル王子が慌てているうちに、ピノがベッドの下に潜りこんできた。

 相変わらず可愛い顔をして、目をキラキラと輝かせて俺を嬉しそうに見つめている。

 ベッドの下にさらにずりずりと入り込むと、指を伸ばして俺の顔に触れた。

 口が動く。俺は驚いた。声を失ったはずの、ピノの言葉がわかったのだ。


『見つけた』


 ピノは、楽しそうにそう言った。俺は思い出した。隠れんぼは、海底にいた時のピノのお気に入りの遊びだった。

 俺にはゴブリンの言葉がわかった。だが、ゴブリンはそもそも、言葉を持たない種族なのだ。

 声にならなくても、俺が持つ翻訳機能は、意味を伝えてくれる。


「……ピノ、喋ってみて。俺には、きっと解る」

『本当?』

「ああ。本当だ」


 俺が答えた瞬間、ピノの目がさらに大きく広がり、目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

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