81 英雄色を好むともいいますし、勇者も同じでしょう
俺は牢につながれた。あまりにも度々のことなので、なんとも思わなくなった自分にも驚いている。
罪状は、姦通罪未遂である。
そんな罪が成立するのかどうかは、この国の法を知らない俺にはなんとも言えない。
だが、ピノが俺のベッドで見つかり、それを見た王子が激昂したのは事実だ。
ピノは口も利けず、生やしたばかりの足ではまともに歩くこともできなかった。
それなのに、王子はピノの美しさに参ってしまったのだと、俺は看守から聞いた。
「俺は、死刑になるのか?」
牢に入れられ、充実していた状態から突然暇になった俺は、看守に尋ねた。
看守は奴隷かどうかわからないが、俺が初めて入れられた裁判所の牢にいた看守より、はるかにいい服を着ていたし、栄養状態もよさそうだった。
「知らん。王族への姦通罪は重罪だ。未遂といっても、死刑になるかもしれない」
「……王族? どうやって知ったんだ?」
ピノは海の王の娘、お姫様だ。確かに王族といって間違いではないが、口が利けず、全裸で倒れてていたピノを、どうして王族だと知ったのだろう。
「『知った』も何も、城中の噂だよ。長いこと独身を通してきた王子が、いよいよ結婚を決めたんだ。口は利けないが、大変美しいお嬢様に一目惚れしたらしいとね」
「……ピノのことか?」
「ああ……そんな名前だったかもしれないな」
間違いない。間違いようもない。ピノを王子が見染めたのだ。ピノは多分、俺の自惚れだという可能性もまだ若干はあるが、俺を追ってきた。尾びれを失って海岸に打ち上げられ、俺が助けた。
俺が看病し、俺の部屋に忍んできて……俺と結ばれることを希望した。ホライ・ゾンの呪いを受けてくれるというのは、そういう意味だ。
それなのに、王子が横から割り込んで、俺を罪人だと断定し、ピノを連れ去った。
どうやら、俺はかの有名な『ネトラレ』という状況にあるのだと確信した。
だが、ピノが王子を受け入れなければ、それも成立しない。
ピノが俺をたすけに来ることは期待できない。尾びれも声も失ったピノは、ただの美しい娘にすぎないのだ。このままでは、ピノは王子のものにされてしまう。
ピノがそれを納得するのであれば、俺も引き下がるつもりはある。なにしろピノはお姫様だし、俺にはまだ会ったこともない幼馴染のファニーがいるのだ。
だが、嫌がるピノが無理やり王子に手篭めにされる可能性も多分にある。俺が助けなければいけないのだ。
俺は、牢に入ってしばらく経ち、頭の中の整理がつくと、脱獄することにした。
そもそも、俺は何もしていない。姦通未遂どころか、俺を誘うピノを説得していたところだったのだ。
大人しく、ピノが不幸になるのを見ていることはない。
捕まる前に逃亡するなり、王子を誘拐するなりすればよかった。だが、権力者に捕まることに、あまりにも俺は慣れすぎた。捕まってもどうにかなると、どこかで考えてしまっていたのだろう。結果、俺は牢に入れられるまで、状況の整理がつかなかった。
だが、今は違う。
俺は、立派に脱獄を決意しているのだ。
看守が遠ざかった隙を見計らい、俺はアイテムボックスにほうりこんであったガラクタの山から、針金をとりだした。
牢には鉄格子がはまり、鍵がかかっていた。形状は南京錠に似ている。
俺は、これまでほどんと使用してこなかった補助魔法を使用する。
「トウシ」
南京錠に似た錠前を透視する。
鋼鉄の内側が見える。中が見えていれば、簡単な鍵を開けるのは難しくない。俺は、細い金属の棒だけで、鍵をこじ開けた。
牢から出る。
「おっ、お前、どうやって……」
「ヒツジ」
気のいい看守だ。殺したくはなかった。俺が魔法を使用すると、看守はその場に座り込み、寝息を立て始めた。
今まで補助魔法はあまり使ってこなかったので、ホライ・ゾンの血で強化されているのかどうかわからない。だが、あまりにも簡単に、面白いように眠ってくれた。
出会い頭にヒツジを使い、次々に城の中の人間たちを眠らせる。
ピノが居るのは、王子の部屋の近くだろう。執事見習いとして、王子の部屋の位置は知っていた。王城の中の、最も高い塔の中にある。
俺は、兵士たちを眠らせながら進んだ。
「ヒツジ」は、一回に一人しか眠らせられない。大勢の兵士に囲まれたくはない。その場合、まとめて焼き払う必要が生じるだろう。俺は、この後に及んで大量殺人などしたくなかった。
飾ってある鎧や壺の陰に隠れ、足音を殺して歩く。
この間に見られた人数は五人だが、全員眠らせた。つまり、実質誰にも見られず、俺は目的の塔までたどり着く。
これから塔を登るといっても、外壁をよじ登るわけではない。階段を登るだけだ。緊張する必要はない。俺が足を踏み出そうとした時、肩をたたかれた。
「どうやって、ここに来ました?」
背後を振り返り、振り返りざま、俺は魔法を使用しようとした。当然「ヒツジ」だ。
だが、途中で思いとどまった。知っている顔だった。俺は初めて見た。エルフのロマリーニだ。港町キョンラノで、衛兵を病院送りにした俺に腹を立て、愛想をつかせて俺の元から去ったのだ。
「……ロマリーニ?」
「ええ。久しぶりですね、カロンさん。私もこの城で執事として働いていますから、カロンと言う名の執事見習いが入ったことは聞いていました。ひょっとして、と思いましが、本当に本人だとは思いませんでしたよ。どうしました? 幽霊でも見たような顔をして……ああ……カロンさんは、逮捕されて牢獄につながれているはずでしたね。ここにいるということは、脱獄したのですね。だから、私を警戒しているのですか? 姦通未遂でしょう? 褒められたことではありませんが……英雄色を好むともいいますし、勇者も同じでしょう。私は、カロンさんを責めるつもりはありませんよ」
「……罪は償ったつもりだ。姦通未遂、というのは、冤罪だ。だから、それ以前の罪は償ったつもりだ」
ロマリーニは、俺が港町の衛兵に暴力を振るったことに腹を立てて俺の元から去った。その時の罪は償ったと思う。だが、その後に巨大な罪を犯し、ホライ・ゾンを倒すことでしか償えないと言われている。そのことは、教えなくていいだろう。
「……また、私と一緒に旅をしたいと言われているように感じますね」
「そうは言わない。だが……俺は罪を償った。勇者としては……失格かもしれないが」
「……いえ。勇者として失格かどうかの前に、強くある必要があります。あなたより強い人を、まだ私は知りません。竜兵は別です。あれの親玉は、エルフの天敵と言っていい。竜兵に負けたことは、考えなくていいですよ」
「ここで話し込んでいる時間はない。いや……時間がないというより、見つかったら面倒なことになる。ロマリーニは執事だろう。身を隠せる場所は知らないか?」
「はい。当然、城の中は王族より心得ています。カロンさんを見つけるまで、大勢寝ている人を見ました。今回は怪我人も出ていないようですし、カロンさんを信じましょう。私に任せてください」
エルフは、薄い胸を叩いて請け負った。闘技場の従業員より、やはり執事服がよく似合う。
ロマリーニに導かれ、俺は使用されていない一室に忍び込んだ。




