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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
海底の王国と人魚の姫

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78 つい先ほど、海底から来たばかりでございます

 俺は、魔女グリフィルに渡された薬を飲み干し、意識を失った。

 最近意識を失うことが多い気がするが、もっぱら海の中での酸素不足が原因なので、陸の生物である俺にはいかんともしがたい。

 気がつくと、俺は浜辺に打ち上げられていた。


 自然に目を覚ましたらしい。周囲には、誰もいなかった。

 見渡す限りの海原に、どこまでも続く砂浜、背後には、小高くなった丘がある。 

はるか遠くの海沿いに、欧州をイメージさせる白い建物が見える。城だ。

俺は、ファンタジーの異世界に来たというより、童話の世界に入り込んだように気持ちになった。

 砂を払って立ち上がる。


 大きく深呼吸した。体に異常はない。

 確認のため、強く思いを込める。

 『ホライ・ゾンを殺す』

 いままでは、本気で考えたことがなかった。考えることが許されなかったことだ。だが、今はすんなりと考えられる。どうやら、呪いは魔女の言うとおり、解けたようだ。俺の脳を侵食していたホライ・ゾンの血は、俺の下腹部あたりに移っているのだろう。問題は、誰に、どうやって呪いを移すかということだ。


 目処は立てていた。娼館だ。娼館の女に移してしまえばいい。問題はその後、その女が死ぬかもしれないことだが、その前にホライ・ゾンを殺せば解決する問題だ。

 ホライ・ゾンが魔王直属の七魔将の一人だというのは大いに問題だが、やるしかない。ホライ・ゾン自身は海から上がることが出来ないようなので、戦場は海の上だ。


 現在のホライ・ゾン自身の血で強化された俺の力なら、あるいは勝てるかもしれない。そう思ってから、竜兵に負けた時のことを思い出す。

 竜兵は、魔王には勝てないらしい。それを考えると絶望的な気分になるが、やるしかない。

 ホライ・ゾンと戦うまでに、さらにレベルアップすることも考えなくてはならないだろう。






 俺は、人間の集落に移動することにした。呪いを誰かに移すにしても、ホライ・ゾンの襲撃が近くなってからのほうがいい。そうでなければ、ただその女を死亡させるだけで終わってしまう。

 足元がおぼつかない。やはり、薬の影響だろう。

 俺は、海を振り返った。ひょっとして、ピノが様子を見に来ているかもしれない。水面から、ピノの綺麗な顔がひょっこり突き出しているかもしれない。そう思って眺め渡したが、発見することはできなかった。


 俺は、自分が海藻を編み上げた服を着ていることに気づいた。

 地上の街では奇異に映るだろう。俺はせめてワカメの上着を脱いだ。そのままアイテムボックスしまおうかとも思えたが、海の幸だ。海に感謝して、海原に預けた。

 ほぼ下着姿だが、全裸というわけではない。

 どうせ金もないのだ。俺は、のろのろと丘を登りだした。






 丘の上に、整備はされていないが道がある。人間が頻繁に使用しているのだろう。轍がはっきりと残っている。

 俺は、その道を城に向かって歩き出す。

 城がただ城だけで存在しているかもしれないが、付近に街があるかもしない。カロン少年の故郷のように、奴隷にならなければ街には入れないのかもしれない。今更、奴隷から始めたくはない。

 ファニーの妹、盗賊になったフラウの気持ちが、少しだけわかった。


 前方には、ただなだらかに曲がった道が見える。

 背後から、重たい音が聞こえていた。

 俺が振り返ると、半裸の男たちが大きな台車を引いているのが見えた。あまり早くはなかったが、それでも追いつかれるほど、俺はのんびりと歩いていたのだろう。


 台車と男たちで道幅いっぱいに広がっていたが、道を譲るほど近くにいたわけではない。

 さらに追いつかれるまでは構わないだろうと、俺はそのまま道を進むことにした。


「誰か、その無礼者を引っ立ててこい!」


 背後から声が飛んだ。俺のことだろう。

 また、面倒に巻き込まれてしまっただろうか。

 再び振り返ると、台車の上に立派な椅子が設えられ、日傘まで設置された場所に、若い男が座っていた。

 どうやら、権力者を見落としていたようだ。






 この世界で奴隷生活が染み付いてしまい、引き立てられることに抵抗する意思すらわいてこなかった。

 俺は逞しい男たちの前にうちえすられた。打ち据えたのは、鎧を着た兵士たちで、車を引いているのは、痩せこけた半裸の男たちである。

 高いところから俺を見下した男が口を開いた。


「余は、王子である。道を塞ぐ物があれば、いかなる物であろうと砕き、排除せねばならない宿命である。そなた、わが宿命の名において、砕かれたいのか?」

「申し訳ありません。王子がお通りになるとは、気づきませんでした」


「見れば、耳もあるし、目も開いておる。余に気づかなかったなどと、世迷言でしかないわ」

「ごもっともです。どのような処罰も、お受けいたします」


「……ふん。往生際がいいではないか。よし、ならば貴様、わが車を曳く歯車の一部にしてやろう」

「はい。ありがとうございます」

「う……うむ……本当に、それでよいのか? 大概は、泣いて許しを乞うものなのだが……」


 王子と名乗った男はまだ若い。二十歳ぐらいだろうか。カロンの肉体年齢よりはだいぶ年上だが、中身である俺からみたら若造だ。その若造にこき使われると言われても、素直に受け入れてしまうのが、今の俺だ。


「ご寛大な処置、感謝いたします」

「ま、まあ……本人がいいなら、よい。貴様、この国の者ではないのか?」

「はい。つい先ほど、海底から来たばかりでございます」

「嘘をつくな」


「その前は、無人島におりました」

「どこから……その話が出るのだ」

「その前は、海戦に参加し、多くの軍艦を相手に戦いました」


「もうよい。世迷い言も大概にするのだ。その若さで、そのような大冒険をしているはずがないわ。それだけの口を叩くのなら、立派に歯車の役目が果たせるのだな」

「はい。この程度であれば」


 俺は、車を曳く男たちを見て、外見以外に劣っている部分を感じなかった。外見はダメだ。痩せこけているとはいえ、引き締まった筋肉に覆われた体をしている。あれほどの体を作るには、長期間の鍛錬と適度な栄養を取らなければ無理だ。

 だが、俺に求められているのは、ボディービルディングではない。俺は男たちの間に入って、王子の乗る車を曳きはじめた。






 王子の城はまだ遥か先だったため、車引きの男たちは順番に休んでいた。

 俺は疲れも感じなかったので、一人だけずっと曳き続けた。

 何度か王子が声をかけて来た。俺のからだを気遣っているようだ。第一印象は悪かったが、優しい王子のようだ。


 城に近づくと、城の周囲に街ができていることがわかった。

 俺は、少し安心した。この世界だ、街があれば娼館もあるだろう。金さえ用意できれば、ホライ・ゾンの血液を外に出せる。


 その後、この街が海賊に襲われることになるが、俺が海賊船に乗り込んでホライ・ゾンを倒せばいいのだ。それに、ホライ・ゾンは陸に上がれないらしいし、上陸した海賊たちは俺が片付けてもいい。先に海賊たちを倒してしまえば、邪魔が入らずにホライ・ゾンに挑める。

 もっとも全ては、俺の呪いを解き力だけが残るという、都合のいい状態に本当になるかどうかにかかっている。


 王子は街の中に、車に乗ったまま入った。街の人々が、王子の姿に道を空けて平伏した。

 本物の王子であることに間違いはないようだ。

 だが、あまり好かれていないようにも見える。街の人々は、平伏はしているものの、王子が行き過ぎたところで陰口が囁かれているのが聞こえた。子供が隠れて舌を出し、やさぐれた男が下品な手つきをしていたのが見えた。この世界でも、下品な手の形はおおよそ変わらないらしい。


 街を抜け、城に入る。広い庭園を横切ったところで、さすがに王子が車から降りた。

 だが、車を曳く仕事は終わらない。車をカーポート、あるは車庫にしまわなければいけないのだ。


「おい、お前」


 地上に降りた王子が声を出した。誰のことか分からなかったので、俺は細い筋肉をした男たちと一緒に車を曳き続けた。


「おい、聞こえないのか? 今日、余に拾われた奴」


 どうやら俺のことらしい。俺が周囲を見ると、同情されたような目つきで見返された。どうやら、ここは王子の呼びかけに答えるほうがいいらしい。


「はっ。俺でしょうか?」

「他におらぬだろう。お前、どうだった? 辛くはなかったのか?」

「いいえ……辛いというほどのことはしておりませんが……」


 俺は正直に言ってから、返答を間違えたかと思った。勇者レベル20のステータスから考えれば、決して辛い作業などしていないが、俺の職業が勇者だとは言っていないし、言ったところで意味が通じるはずがない。


「ふむ。凄まじい体力よな。余は強き兵を集めておる。貴様、兵士の訓練を受けて見る気はないか?」


 王子は俺の経歴を知らないのだろう。俺は歴戦の剣闘士である。だが、ここは従っておくべきだと考えた。


「俺の素性は、気になさらないのでしょうか?」

「海の底にいたのであろう。余に嘘をついたというなら、早いうちに訂正せよ」

「……嘘ではございません」


「そのような者の出自を気にして何になる。訓練を積み、強くなれ。余のそばに仕えるべき時が来れば、改めて尋ねよう」

「はい。ありがとうございます」


 さほど待遇がいいわけではない。どこかの童話のように、拾われてすぐに豪華な生活をさせてくれたわけではない。だが、これまでの生活があまりにも酷かったため、俺には目の前の王子様が、慈悲深い仁君に見えていた。

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