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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
獣人の娘と深き闇

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66 服従すると誓え。そうでなければ、お前たちを皆殺しにするしかない

 俺を捉えた巨大なタコは、俺を海中に引きずり込んだ。

俺が地上だと思って飛び込んだ空気溜まりは、本当にただの空気溜まりだったようだ。

 水中に入ると同時に俺は再びスキル、ガマンを使用して堪えた。


 タコの動きは早く、ガマンの効果が切れる前に、岩壁に開いた複雑な天然の迷宮をさまよい、俺は地面の上に投げ出された。

 水のない地面だが、ジメジメと湿っていて、空が低い。まだ、島にできた空洞の一部なのだろう。


「おい、生きているか?」


 俺と話した半魚人が、魚の顔そのもので問いかけてきた。俺は、大きく肩で息をする。死んでいるかもしれないとタコは俺を離したが、タコそのものは俺から手を伸ばせば届く位置にいる。タコの足であれば、一瞬でからめとれる位置だと言っていいだろう。


「ああ……なんとかな」

「本当に、我慢だけでなんとかなるもんだな。さすが、化け物だ」

「……心外だ」


「おい、こいつを牢まで運べ。一番、厳重なところだ。油断するな。足を喰われるぞ」

「タコなら喰われても平気だろう」

「まあ、そうだな」


 俺は再びタコの足に絡め取られた。抵抗すれば警戒されるし、そもそもその気力もない。ようやく命が助かったばかりである。

 巨大なタコ、というより、もはやタコの魔物だと言った方がいいだろう。そのタコは、半魚人によって飼育されているようだった。


 ジメジメしているとはいえ地面を、8本の足を使って器用に這いずるタコの足は、一本が俺の胴体より太い。足をまっすぐに伸ばせば、体長20メートルは超えるだろう。

 海の化け物とされるクラーケンの正体ではないかと思うが、この世界にそういう伝承があるかどうかはわからない。


 俺は引きずられ、頭や手足をあちこちにぶつけながら、半魚人たちの作った牢に入れられた。

 途中で見た半魚人には、男も女もいる。普通に生活をしているが、半分水没しているような場所が、一番居心地がいいらしい。

 だから、牢もそういう作りだった。

 俺が入れられた牢は、厳重な岩屋の牢獄で、4分の1ほど岩が海面からせり出しているが、それ以外は水の中に沈んでいる。


 人間なら、数日で体調をおかしくして病気になること間違いない環境だ。

 狭くて汚いことでは裁判所の牢の方がひどかったが、確実に体力を削られるという意味では、この牢のほうが最悪だ。もっとも、半魚人たちには俺を弱らせるため、という目的はないかもしれない。むしろ、牢の中でも快適に過ごせるように、という配慮だと考えたとしても、実際には俺にとっての命の危機だ。

 俺にできるのは、現在が干潮時ではないこと祈るのみだった。






 俺は、降伏か皆殺しかの選択をさせるためにホライ・ゾンに放たれた。これが、一方的に虐殺せよという命令を受けていたら、おとなしく捕まるという選択肢はなかっただろう。

 大人しく檻の中に入っていれば、半魚人たちも話を聞く気になるだろうという俺の思惑は、少しばかり修正を迫られた。


 その日は誰も会いに来ず、夜になると、床全体が水浸しになって、寝る場所がなくなるのだ。

 俺は仕方なく一晩中立って起きていた。足首までが海水に浸かっているので、正直体温を奪われて死にそうだ。

 後数日放置されたら死ぬだろうと考え、夜が明けて食事の供給がなかったら、脱出しようと心に決めた。


 夜が明け、潮の満ち引きの関係か、あるいは夜は潮位が高いのか、足場ができた。

 食事は誰も持って来なかったが、牢の中で魚が跳ねていた。

 どうやら、これが食事のようだ。

 牢の中にトイレはなかったが、きっと海水の中で済ませるのだ。


 俺は、体内のものを出す前に牢の中に紛れんだ小魚を捕獲した。殺してアイテムボックスに入れる。なんのためらいもなく、こういう作業ができるようになった、この世界の厳しさを思いやる。

 用を足してから、小魚数匹の死骸を取り出そうとしたが、アイテムボックスが勝手に三枚に下ろしてくれた。

 手間が省けて助かる。


 薄い身を生で食べても塩味が効いて美味そうだが、俺はあえて「ボヤ」を使用した。足場ができていたので、地面も温める。その上に魚肉を置くと、日本を思い出す懐かしい焼き魚のにおいがした。

 思えば、日本の高級食材は海由来のものが多い。どこかに米はないだろうか。

 異世界に転生して、米を求める話はよく読むが、俺にはその余裕は微塵もなかった。


 焼き魚の切れ端を食べると、少量の食事にもかかわらず、疲れていたせいか腹が一杯になり、眠くなった。

 小さな足場の上に座り、足が濡れないように体育座りをして眠った。

 起きた時に誰もいなかったら、今度こそ脱走しようと誓いながら。






 俺は、尻が冷たいので目を覚ました。寝ているうちに、尻の位置がずれて海水に浸かっていた。

 目を開けると、牢の外に半魚人がいた。どれも魚顔なので、見分けはほとんどつかない。


「俺に用か?」

「お前の船は去った。見捨てられたな」

「……そうか。海賊船だ。戻らなければ置き去り、なんだろ?」


 俺は、元の世界の映画で見た、海賊の話を思い出した。時間までに戻らない船員は、島に置き去りにするのが海賊の掟らしい。半魚人たちは顔を歪めた。笑ったのかもしれない。


「海賊のルールなんか知らない。俺たちは、真っ当な海の民だ」

「海の民って、何をするんだ?」

「海を守り、海に守られる。海に生き、海に死ぬ。それを海の民という」

「ああ……まあ……そうだな。それ以外に生きる目的を持つことなんか、ないもんな」


 特別に、陸地を攻撃しようという野望がある人種というわけでもないのだろう。


「お前は危険だ。できれば、殺したい。だが、お前の強さは役にも立ちそうだ。殺さないでおいてもいい。俺たちに従うか?」

「お前たちの長はいるのか? 直接話がしたい」

「お前は、誰と話していると思っている? 俺がそうだ。海またぎのペレモン、一族の長だ」

「そうか。海またぎってなんだ?」


「知らん。強い戦士は二つ名を持つ。意味などない」

「……俺は、カロン。海賊ホライ・ゾンに従って戦闘部隊の隊長だったはずだが、見捨てられたようだ」

「人間が、海に挑むからだ。海は大きく、たくましい。人間の刃向える相手ではない」

「そのようだな。海の民だと聞いて、すっかり人間だと思い込んでいた。失敗したよ」


「海の民を人間だと思う方がおかしい。おかしな奴だ。だが、危ない奴でもある」

「俺は、ホライ・ゾンに支配されている。ホライ・ゾンからは、服従するか皆殺しか、選ばせるように言われている。どちらかを選べ。俺は、ホライ・ゾンには逆らえない」

「海の悪魔ホライ・ゾン……あの忌まわしい悪魔の手先か。やはり、殺すしかないようだ。これだけの力をもった人間、惜しいが、危険だ。やれ」


 族長の隣にいた半魚人たちが、サメの骨かと思われる太い骨を加工した銛を持ち、俺の前に立った。


「毒が効かないと聞いている。気をつけろ。簡単には死なないぞ。檻の中だからといって、油断するな」

「はい」


 二人の半魚人は、頷いて銛を構えた。残念だが、半魚人たちは勘違いをしている。俺を殺したければ、水攻めが一番なのだ。俺をここに連れてきたタコに、海底に沈めさせればいい。

 もっとも、タコを切り刻むこともできるだろう。人間と半魚人の体の違いを失念して、俺がただ強い戦士だと勘違いした結果だろう。俺は確かに強い。だが、人間である以上、欠陥など無数にあるのだ。


 半魚人たちが銛を打ち込む瞬間に、俺は魔法を放った。

「タイカ」

 二人の半魚人が燃え上がり、もんどり打ち、のたうった。俺が認識している魔法より、三倍ぐらい効いている。

 三倍効けば、つまり死ねる。


 失敗した。せめて、「ボヤ」にするべきだった。もはや、これでは交渉など不可能だ。

 俺は「ザン」を牢の岩柱に使って叩き折ると、そばで見て、動揺していた族長の前に出た。


「ま、待て。わ、わかった。命はとらん」

「それだけじゃダメだ。俺は、ホライ・ゾンの命令には逆らえない。服従すると誓え。そうでなけば……お前たちを皆殺しにするしかない」


「……できない」

「ザン」

 俺の目の前にいる半魚人に対し、俺の意思とは関係なく、俺は魔法を放った。

 半魚人の長の体が半分になる。やはり、魔法の威力が上がっているのだ。

 騒ぎを聞き、半魚人たちが現れる。


 俺はほぼ無意識に、「タイカ」を放っていた。

 半魚人たちを焼き殺し、すぐに集落地に出る。

 岩場に洞窟をつくり、簡素だが豊かな生活を営んでいる村があった。

 半魚人の見分けはつかなくとも、性別の違いはわかった。子供は体が小さかった。

 俺を見ると、逃げ惑った。


 俺は、殺したくなどなかった。

 だが、気がつくと、魔法を放っていた。

 あるものは体を裂かれ、あるものは焼け死んだ。

 全て、俺がやったことだ。やりたかったわけではない。だが、海の民を皆殺しにする。ただそれだけのために、俺は動いていた。


 生まれたばかりの子供を抱いて嘆願する半魚人の女を、子供もろとも俺はひきさいた。

 生き残りがいないか、一軒一軒民家を漁った。

 気がつくと、俺は血にまみれ、誰もいない集落の真ん中で、一人、泣いていた。






 本当に、皆殺しにしてしまったのだろうか。俺は、無意識に生き残りを探した。見つければ、きっと殺してしまう。それが、ホライ・ゾンの呪いだ。

 結局、誰も見つからないまま、俺は洞窟の中を上に上にと登った。

 岩壁を登るしか、島に入ることはできない。だが、内側から入ることはできるのではないだろうか。


 島に入って、なにをしたいわけでもない。だが、俺が大量に殺戮した、半魚人たちの死体に囲まれているのは嫌だった。

 俺は洞穴を登り、気がつくと、島の上に出ていた。潮風が気持ちいい。強烈な塩の匂いが、俺が殺した半魚人たちを思い出させ、俺は吐き気を催した。


 小さな島だった。

 海から突き出た岩場のような島だ。

 植物も生えていない。俺は、巨大な岩場の陰で死ぬのだろうか。

 島の上で、俺は横になった。

 海賊船の影もない。やはり、不要なものとして切り捨てられたのだろう。ホライ・ゾンの呪いだけを受けたが、ホライ・ゾン自身は俺のことが嫌いのようだった。


 これで、命令を聞かなくて済む。

 海は広い。もう、二度と会うこともあるまい。

 俺は横になった。

 どうなっても良かった。


 海の魚を取れば、生き延びることはできるだろう。だが、海を泳いで渡る力がない以上、どうにもならない。

 無抵抗で俺に殺された半魚人たちの姿がまぶたに浮かぶ。

 俺も、すぐに同じ場所に行くのだろう。

 俺は目を閉ざした。


 何かに、掴まれたような気がした。

 驚いて目を開けようとしたが、顔の上に何かが張り付き、目も開けられない。

 浮遊感の後、全身が濡れた。

 海に落ちたのだとわかった。


 体が動かない。全身が締め上げられている。

 俺は、俺が牢に入れられるときに拘束した、巨大なタコの数倍はある巨大な魔物に囚われているのだとわかった。

 海の中を、玩具のように弄ばれ、引き回される。


 スキル、ガマンを発動させたが、限界を超えても俺は解放されなかった。

 もとより、口も鼻もふさがれている。

 俺を殺したいなら、酸素不足というのはいい手だ。

 俺は、意識を失った。

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